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0023 もうひとりの転生者 

 どうして残業代が出る可能性を感じたのかと、尋ねたいのはむしろこちらの方だ。

 

 呆然とする俺を見て、残業代が出ないことを感じ取ったガイドの女性は「ではこれにて」と言い残し、そそくさと帰って行った。


 その後ろ姿を見送りながら、「彼女は国から派遣されてここに来ている」と言ったのはドミゴだ。


 たしかに国家試験を通ってこの職業に就いたと言っていた。

 どうりでお役所仕事なわけだ。


「名をコームという」


「そのまんまだな」


「なにがだ?」


「気にするな。こっちの話だ」


 コーム員、てな。


「ところで、途中になっていた神話を教えてくれよ」


 ドミゴを見て今思い出したが、神話の話が途中だった。

 

 さっき聞けばよかったと思いもしたが、コームさんに尋ねたところで、どうせ業務範囲外だと却下されるのがオチだろう。


 ドミゴは「ああ、そうだな」と頷き、「この世界の神話にはこんな一節があってな」と前置きして語る。



「黒を纏いし邪悪なる者、山に火、海に氷、地に雷を降らせん。これ退けたるは光を纏いし神聖なる者。戦い終わりてのたまうに『これよりは、転生者なる、強き者、うちいで民を救うなり。名の頭、つきしミョージ、証なり』……とまあ、こんなところだ。ちなみに神聖なる者は神様のことだぞ」


「ほほう、なるほど」


 わかりやすく口語訳しよう。

 

 真っ黒のめっちゃ悪い奴が、山に火をつけ、海を氷漬けにし、地面に雷を落とした。

 そいつをやっつけたのがピカピカ光る神様であり、戦いに勝った後、『これからは転生者という強い奴がみんなを救うよ。名前の頭についた名字がその証だよ』と言った。

 

 しかしまあなんというか……古文みたいな神話だな。剣と魔法の世界なのに。


「皆、最初はその存在に懐疑的だった。ここの連中も『そんなの迷信だろ』『胡散臭い話だ』『オレ達の方が強いぜ』『ワタシが神だ!』などと一切信じていなかったんだ」


 最後の奴は新興宗教の教祖かなにかか? 

 まあそれはいいとして。

 

 そんなおとぎ話めいたもの、たしかに信じられるわけない。

 

 日本にも神話はあったが、真に受けているやつなんて、それこそなにか宗教の信仰者くらいだ。


「ところが今から約1年前、転生者がこの街に現われた。そいつは神話のとおりにミョージを持ち、この世のものとは思えぬ……いや、この世のものではないと知らしめるぶっとんだ強さで強力な魔物を次々と葬っていった」


「そいつ、近くにいるのか?」


 間髪入れずに尋ねた。

 しかしドミゴは首を横に振る。


「いや、いない。さらに強力な魔物を倒すため、リスタを旅立ったんだ。帰ってくるかは不明だな」


 それを聞いて、苛立ちと落胆が心の中で入り混じる。

 ぶっ飛んだ強さというのを肌で感じてみたかったからだ。

 ま、さすがに俺が負けるほどではないと思うがね。

 

「だが探せば意外と簡単に見つかるかもしれない。その強さが世に轟き、今ではかなりの有名人なんだ。『炎の剣士』と、だれかに尋ねる時はその言葉を出してみろ」


「炎の剣士? なんだそれは?」


「そいつの肩書きだ」


 ほう。炎のように熱く燃える熱血漢の剣士なのか。


 どんなやつにせよ、これで強さに信憑性が増した。

 

 肩書きがつくというのは強さの証になるからだ。

 俺がフィールドのプリンスと呼ばれていたように。


「ちなみにだが、炎の剣士に加えてもう一つ肩書きがあって……」


「なに⁉ ふたつだと⁉」


 驚きだ。肩書きの数が強さに直結するわけではないが、この俺でさえ世に深く浸透していたのは『フィールドのプリンス』のひとつだけだった。


「人々が戦々恐々とする肩書きだ」


 ドミゴはそう言うと、みるみるうちに青白い顔になり、両手で頭を抱えた。


「ああ、口に出すのも恐ろしい。オレからひとつ言えることがあるとすれば、そいつは強さだけじゃなく内面もぶっ飛んでいる。ギルドに集まる連中が相対的に常識人だと思えてくるほどには」


「な、なんだと……」


 あのインパクトの強い個性の塊のような連中が常識人だと……?


 炎の剣士の内面はどれだけぶっとんでいるんだ? 

 まるで想像がつかない。


「もうこの話はよそう。二つ目の肩書きを知らなくとも、『炎の剣士』さえ知っていれば充分探せるはずだ」


 ドミゴはブンブンと首を振る。

 まるでどんよりと漂う重苦しいムードを振り払うかの如くだ。


 俺としては『人々が戦々恐々とする肩書き』というのを知りたくないわけでもなかったが、目の前でそのような態度を見せられては追求も自重せざるを得ない。


「ところで」とドミゴは話題を切り替えた。


「ヨウカワダイチの後ろにいるお前は何者なんだ?」


 その言葉は俺を飛び越えて、『後ろにいるお前』に向けられる。萌生だ。


 そういやこいつ、ギルドに来てから一言も発してないな。

 

 連中に囲まれたときも、コームさんと話している時も、今ドミゴといるときだって、俺の後ろにぴったりとくっついて、自分から前に出ようとは一切しなかった。

 

 それどころか身を縮め、俺の背中に隠れるような姿勢だ。


「ま、まさか、お前も転生者か⁉」


 ドミゴが問うたが、萌生は沈黙。

 俺が肘でつついて返答を促すと、


「ぼ、僕は……」


 ようやく、おそるおそる口を開いた。


「て、転生者……」


 うんうん。


「ではないでヤンス……」


 うんうん……うん?


「そうか。でも剣に鎧姿ってことは、冒険者ではあるんだろ。それならオレ達の仲間だ」


「よ、よろしくでヤンス……」


 いやいやいやいや、ちょっと待って⁉ 

 こいつ転生者だよ⁉ 

 御手洗っていう立派な名字が付いてるよ⁉ 


 俺が後ろを二度見三度見すると、萌生はばつの悪そうな表情を浮かべて目をそらした。


 俺に嘘吐いたのか? ……いや、違う。


 転生者が嘘とは考えにくい。

 

 ここに来るまでの俺に寄り添った丁寧な説明は、『元日本人の転生者』という同じ境遇に立ってないと不可能な出来だった。

 

 加えて会話の節々に、元日本人しか知り得ないだろう言葉が出ることもあったし。


 

 てことは、考えられることはただひとつ。


 

 萌生はドミゴに嘘をついた。

 つまりは転生者であることを隠したのだ。


 なぜか? そこまではわからない。意図が読めない。

 ずっと隠れていたことと合わさって、違和感は加速する。



「おーい! 準備できたぜー!」


 

 俺の心境とはまるで合わない嬉々とした声が、奥にある食堂から張り上がった。

 扉を開けた冒険者のひとりが、とびきりの笑顔で手を振っている。

 ドミゴは俺に視線を向けた。


「さあ主役さんよ、歓迎の宴会といこうじゃないか」


「お、おう……」


 ドミゴの、巨大な壁のような背中についていく。

 萌生は相変わらず俺の後ろで縮こまったままだ。


実際は公務員も大変ですよね

国家公務員はもちろん、地方公務員も部署によっては残業の嵐みたいですし。


楽な仕事なんて、たぶん存在しないです。

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