0022 ギルドのガイドさん
「こんちゃーす!」
カウンターに陣取るガイドの女性に向かい、体育会らしく元気のよい挨拶。
すると「こんにちは」と無表情のまま挨拶が返ってきた。
血の通っていないロボットのような、抑揚のない声だ。
「なにかご用でしょうか?」
「ええと、俺、新人の冒険者なんですけど、知らないことが多いので色々と教えてください」
「色々とは? なにを教えてほしいのですか?」
「え?」
なんだこの人、やけに冷たいな……。
「えーと、そうですね……」
返答に窮していると、女性は小さく嘆息した。
「はあ、こちらに内容を一任されたという認識でよろしいでしょうか?」
「はい、よろしいです……」
な、なんか話しづらい人だなあ……。
絶望的に呼吸の合わない会話に不安を覚えつつも、女性は「まずはこの世界のことからお教えします」と案内を始めた。
「ここはジャイア王国に属する街のひとつで、リスタと呼ばれます」
「王国ってことは、王様がいるんすか?」
「はい。ですがリスタにいらっしゃるわけではありませんよ。王都にいらっしゃいます」
へえ。1度行って会ってみたいものだ。
王様なんて簡単に会える存在ではないだろうけど、最強の冒険者になれば会えるだろ。
ちなみに前世の俺は総理大臣と対談したことがあった。
俺を踏み台にした票集めかと思ったが、蓋を開けてみればそんなことはなかった。
というのも……対談後に裏でこっそりサインを求められたのだ。
総理大臣すらファンにさせてしまう、それが俺のすごさだ。
「次にここ、ギルドについてです。冒険者の皆様に利用して頂くべく、無料で開放している施設となります。まあ実際の利用者層には偏りがありますが」
うん、それは俺もさっき実感した。
「右手をご覧ください。掲示板がありまして、寄せられた魔物の出現情報が得られる場所となっております。最強の魔物から初心者向けの魔物まで、幅広くございますからご自身の実力に合わせた魔物をターゲットにしてください」
なるほど。
「近くにあるリスタの森にも強力な魔物が出現します」
街に来る前にゴブリンを見つけた森のことか。
平穏そうな森だったが、そうでもないらしい。
ま、強敵狙いの俺にとっては願ってもない話だ。
「ですので油断しないよう常に注意を怠らないでください。くれぐれも死なないようお願い致します」
「あ、はい。わかりました」
不注意で死ぬわけねえだろ。
と言いたいところではあるが……。
不注意の末、交通事故で死んだ俺にとっては耳の痛い話だ。
夜道でサングラスをかけ、トラックに轢かれて死ぬラノベの主人公をバカにしていたら、自分が同じ目に遭って死んだ。
なんともまあ……涙が出そうなくらい馬鹿らしい。
「なお奥の部屋には食堂があります。有料ではありますが安価なメニューが豊富ですのでお気軽にご利用ください」
俺が苦虫を噛み潰したような顔をする中、女性は皆が宴会の準備をしてくれている奥の部屋を指して言った。
なるほどなるほど、食堂を宴会の場所として選んだわけね。
相談する様子もなく当たり前のように駆け出していったことから、皆に親しまれるスポットとなっているのがよくわかる。
「あと、金銭面に不安のある方はこのギルドで寝泊まりして頂いてもかまいません。ただしその際、迷惑行為は慎んでください」
「と、いいますと?」
「一ヶ月入浴していない状態で寝泊まりしようとしたり、」
ふむ。それはたしかに迷惑な行為だ。
最低限の清潔さはマナーだ。
「ごくまれですが女性の冒険者が寝泊まりすることもあります。これは以前、魔法使いの若い女性が寝泊まりした際の話なんですが、隣で自〇行為にふけった冒険者がいまして。すぐ出禁を言い渡しました」
「ええぇ……」
それはもう迷惑とかマナーを通り越して犯罪だ。
「ちなみにその出禁になった冒険者は捕まったようです」
「へえ、その件でですか?」
「いえ。ついさきほど備品の買い出しに出かけたとき耳にした話ですけど、魔法石を盗もうとして捕まったそうですよ。なんでも急に飛んできた別の魔法石に転ばされたらしくて」
俺が蹴ったやつじゃん!
気付かぬうちに関わりを持ってしまったものだ。この世界も狭い。
「ワタクシからの説明はひとまず以上とさせていただきますが、なにか他にございますでしょうか?」
「えーと……ここリスタ以外にはどんな街があるんすか?」
なにか面白い情報が仕入れられたらいいなと、世間話程度の軽い質問だ。
当然のように答えてくれて、ここからさらに話が広がっていく。
そんな展開を予想したが……
「他の街はワタクシの管轄外ですので、その質問は業務範囲外となります」
「……え?」
話は広がるどころか断ち切られた。
「いやいや、そんなかしこまった質問じゃないっすよ。特色や物珍しい施設があったら教えてほしいな、と」
「業務範囲外です」
「なんなら名物とか美味い飯屋とか、そんなのでも……」
「業務範囲外です」
一応粘ってみたが、返ってくる言葉は『業務範囲外』の一点張り。
なんて融通の利かない人なんだ。
「……わっ、わっかりました。あっ、そうそう、冒険者になるにあたって、登録作業とかはあるんすか? 冒険者が申請して、ガイドさんが名簿作って、国で管理していたり……」
「ございません。ご自由に魔物と戦って、ご自由に冒険者だと名乗ってください」
いい加減だな。
てか、それならガイドなんていらないんじゃないか?
業務範囲外の質問には一切答えてくれない。
一応備品の買い出しがあるみたいだけど、それもしょっちゅう行くものじゃないだろう。
この仕事を常設する意味が見いだせない。
「今、この人いらないんじゃないか、と思いましたね?」
「えっ、あっ、そ、そんなこと思ってないっすよ!」
ドンピシャで心の中を言い当てられ、焦った。
ロボットのような対応のくせに、お察し能力だけは鋭い。
「言葉で否定しても顔に書いてあるからわかります。それにワタクシも同意見ですから」
……はい?
「この仕事、はっきり言って不要です」
自分で言っちゃったよこの人。
「ですが、ワタクシは必死に勉強して国家試験を通り、この職に就いたんです。ギルドのガイドは楽で、かつ安定していますからね、倍率も高いんです。今ここに座っていられるのは他でもないワタクシの努力の賜物と言えるでしょう」
国家試験⁉ ギルドのガイドさんってそんな大層な職業だったの⁉
自由に名乗ることしかできない冒険者とはえらい違いだなと思いながら、視界に入ったのは鬼かと見間違えそうな表情である。ガイドの女性が眉間にしわを寄せてこちらを睨んでいるのだ。
「だから、国に意見書でも出そうものなら……許しませんよ」
「そ、そんなことしないっすよ」
「それならいいですが」
安堵したようで眉間からしわが消える。
しないとは言ったものの、しれっと出したらどうなるのだろう?
そんなことを考えてみたが、恐ろしい未来しか予想できなくて、すべきではないと確信した。
俺だってむやみに人から恨みを買うようなことは避けるさ。
「おいおい姉ちゃん、期待の新人をいじめないでくれるか?」
いつの間にか笑いながら近づいてきたのはドミゴだ。
俺に「もうすぐ準備できるぞ。ギルドの食堂は早い・安い・美味いの三拍子だ」と告げる。
どこかで聞いたことあるな、それ。
「では、定時ですのでワタクシはこれにて」
一方、ガイドの女性は付き合いの悪いサラリーマンのような台詞を吐いて帰り支度を始めた。
「お姉さん」
「なんでしょう?」
「これから宴会を開いてくれるみたいなんだけど、お姉さんもどう?」
冷たい人かもしれないが、悪い人というわけでもなさそうだ。
だったらせっかく出会えたわけだし、これを機会に仲良くなっておきたい。
今は心を開いてくれなくても、きっと友達になれるはずさ。
100%の善意で誘うと、間髪入れずお姉さんの口をが開いた。
「残業代、出ますか?」
出るわけねえだろ馬鹿。




