0020 弱い魔法を使う理由
「それって、魔法の杖だよな?」
確かめると、持ち主たるヒグマのような大男は「そうだ」と頷いてにっこり笑った。
「年季は入っているが、いい杖だろ。オレの相棒だ」
魔物を素手で蹴散らしそうな体格の大男は、見た目とは裏腹に魔法使いだったらしい。
だが……魔法は弱いと聞く。
魔法石は赤色で、需要の高い回復使いでもない。
どうして近接武器で戦わないんだろう?
「意外か? こんなでかい図体をした男が魔法使いだなんて」
大男は俺の気持ちを読み当てた。
「ああ、意外だ。良い体格してるから、近接武器で戦えばいいのになと思う」
俺も素直な気持ちをぶつける。
「もっともな意見だ。魔法は強い力を持たない」
大男は言った。
続けて、まるで我が子のように杖を優しく撫でながら、意外だと言った俺に対して返答する。
「でも、楽しいぞ」
それこそ意外な答えであった。
楽しい。
威力の弱い魔法を使う理由として、1番に挙げられたのがそれだ。
「魔法には近接武器にない魅力に溢れている。遠くから魔物に狙いを定め、見事命中したときの喜びは他に代えがたい。もちろん逆もまたしかりで近接武器にも魅力は多いが、オレは魔法により強く心惹かれたんだ」
弾むような声で語る大男の目は輝いていた。
頷く冒険者達からは、
「結局、それが1番だよな」
「そうそう、オレ達も楽しいから冒険者なんてやれているんだよ」
「そうでなきゃこんな危険な生活できないよな」
と口々に肯定の声が上がる。
ははあ、なるほど………………
理解しかねる。
だってそうだろ?
遊びならともかく、勝ち負けのつく戦いで楽しいを優先してどうなる。
弱ければ、楽しいもクソもない。つまり重要なのは強さ。
そして、勝ったときにようやく楽しいと思える。
これが勝負事だ。
だから俺は魔法を戦闘ツールとして除外した。
これがもし個人的な裁量が無限大ならやりがいも生まれるのだが、あいにく強さの底が見えているものを手にしようとは思わないね。
繰り返すが、大男の理論は理解しかねる。まったくわからん。
だがそれを声に出すほど俺も子供じゃない。
「なるほどな」とひとつ頷いて話を切った。
「そういうわけでよろしく頼むぜ。おっと、自己紹介がまだだったな。オレは炎使いのドミゴだ」
大男はドミゴというらしい。杖を掲げ、意気揚々と名乗った。
「こちらこそよろしくな。俺は大地。陽川大地だ」
「……ヨウカワダイチ?」
ドミゴが腑に落ちない様子で反芻した。
他の冒険者達も一様に首をかしげ、口々に言う。
「言っちゃ悪いが、変な名前だな」
「ああ、それに長い」
「途中で息継ぎが必要だな」
そこまでじゃねえだろ。
どうやら皆ドミゴのように外国人めいた名前なのか、こうした日本名に馴染みがない様子だ。
「俺は転生者だからな」
――ザワッ!――
親切心で疑問に答えたその瞬間、ギルドの空気が一変した。
ざわざわと、冒険者達のざわめきで空間がねじ曲げられるようだ。
しまった……!
その空気に触れてようやく、ことの重大さに気付く。
後の祭りとはこういう状況を指すのだろう。




