0018 冒険者の洗礼?
――過ごした前世はまるで違う。――
萌生はそう言った。
そりゃそうだろう。当たり前のこと言って何になる。
俺が他の誰かのようにはなれる。が、しかし、誰も俺のようにはなれない。
俺は特別だから。俺はNo.1だから。
「それはそうと、案内の続きを頼むぜ」
このまましばらく悦に入りたいところだったが、そうもいかない。
萌生の暗い雰囲気を払うため、前世の話を切り上げた。
この異世界、まだまだ俺の知らないことがたくさんありそうだ。
「あ、うん。次は……ギルドを案内するでヤンス!」
話題と共に声色も元に戻った。
よかったよかった。
「そこはどんな場所なんだ?」
「冒険者達が集まる場所でヤンス。仲間を募ったり、食事したりできるでヤンスよ」
「ほほう」
「もうすぐ着くでヤンスよ。ほら、奥に見える建物がそうでヤンス」
「おお……あれが……」
それは街の奥、今歩く大通りの道に行き止まりを作るように悠然と建っていた。
外観を一言で表すと、異彩。
古い教会を想起させる荘厳たる建屋は、和やかなこの街ではひときわ目を引き、圧倒するようなオーラで来る者を拒み他を寄せ付けようとしない。あれが冒険者が集うギルドだという。
際立った存在感に目を奪われながら、歩みを進める。
入り口までたどり着くと、どちらともなく1度立ち止まり、萌生が口を開く。
「さあ、あの扉を開いて冒険者としての第一歩を踏み出すでヤンス!」
コの字の取っ手が両側に付いた観音式扉を、意気揚々と指し示す。
同時に放たれたRPGの案内役みたいな台詞に、俺は「ふっ」と笑った。
この中にはどんなやつらがいるのだろうか?
筋骨隆々の大男? 紳士風の騎士? 不気味な魔法使い?
だが、どんなやつがいようとも、1つ断言できることがある。
それは……誰が相手でも俺は決して負けないということだ。
前世で1番だったように、この異世界でも頂点に君臨するのは俺であり、その椅子は誰にも譲らない。
2つの取っ手を両手に掴んだ。
これが冒険者としてのスタートで、かつ新たな伝説のスタートだと決意を込めて。
扉を、力一杯押した。
「……あれ?」
が、開かない。どんなに強く押し続けても、開かない。
「……ああ、そっちか」
おそらく手前に引くタイプの扉だ。
押してもダメなら引いてみろ。この言葉はどんな世界でもきっと常識だろう。
気を取り直して扉を力一杯引く……が。
「……ダメだ」
開かない。どんなに力を入れても、ビクともしない。
押してもダメ、引いてもダメときたら、いったいどうやったら開くんだ?
「……はっ!」
なるほど!
答えにたどり着いたとき、頭に電流が走るかの如き衝撃に見舞われた。
そう、俺は試されているんだ!
おそらくこれはただの扉ではない。
冒険者を志す者へ、最初の試練となる仕掛けが施されているんだ。
突破できた者のみが冒険者になることを許される。
裏を返せば、この程度突破できないと冒険者は務まらないというメッセージだろう。
ふっ、まったく、とんでもない洗礼を頂いたな。
「どうしたでヤンスか? 早く開けるでヤンス」
腕を組んで自慢の脳みそをフル回転させていると、萌生が言った。煽るような口調だ。
ははあ、なるほど。
萌生、お前もそっち側の人間か。
今まで親切に案内してくれたが、最後の最後で先輩冒険者として、俺を試す側の人間に回ったらしい。掌を返されたような気分になるが、そうこないと面白くない。今の俺は反骨心でメラメラだぜ。
「まあ焦るなよ。ふふふっ、俺を陥れようとするとは、お前もなかなかやるな」
「はあ? いやいや、何を言い出すつもりでヤンスか?」
挑戦の受け入れを示す言葉を返すと、とぼけた萌生はまたも煽るような口調で……煽るような……口調で……あれ?
全然煽っていないし、とぼけてもいない。
口調に重みが感じられない。
ただ純粋な疑問を投げかけただけだな、こりゃ。
それに今思い返すと、一言目も別に煽ってなかったような……。
「萌生、これは試練なんだろ? 洗礼なんだろ?」
「試練? 洗礼?」
首をかしげた萌生は「急におかしなことばかり言い出すでヤンスね」と取っ手を掴んだ。
かと思えば次の瞬間、
「ただの引き戸でヤンス」
――ガラガラ――
いとも簡単に扉を横に滑らせ、俺はずっこけた。
メラメラの反骨心、返して。