0012 俺を知らない日本人
頬を撫でる風と、クッションのようなふかふかの地面。
加えてほんのりと暖かさを感じたのは、意識が戻った直後だった。
なるほど、ここが死後の世界なのか、と。
まぶたを開ける前からそう決めつける。
身に受けた空気感が病院とはほど遠かった。
答え合わせをしようと目を開けてみると……ほらやっぱr⁉⁉⁉
誰⁉
驚いた。
人がのぞき込んでいたからだ。
もちろん智里でなければ修介でも圭一でも咲矢でもない。
初めましてのお方だ。
その見た目を一言で表すと、知的。
眼鏡をかけた男で、歳はおそらく俺と同じくらい。
『オレと一緒にファンクラブぶっ潰す約束はどうなるんだ!』
ここまでの特徴は俺の死に際にそう叫んだやつと非常に似通っている。
だが、目の前の男に修介のような狡猾さはなく、代わりに兼ね備えているのは色気。
なかなかの美男子だ。
風になびくさらさらの髪が、その端正な顔つきをさらに映えさせる。
白衣を身に纏って病院に勤めたとしたら『セクシーな医者』として女性患者から圧倒的支持を獲得するだろう。
だが、こいつは医者ではない。絶対に。
なぜなら……身に纏っているものがいかめしい鉄の鎧だからである。
どうしてこんな格好なんだ……?
疑問を持ち、目を丸くしながら眺める。
そんな中、先に声を発したのはあちらの方であった。
「大丈夫で――」
おずおずとしながらも、そいつは外見とは少し合わない高い声で、俺を心配する言葉を告げる。
優しいやつなのかな?
「ヤンスか?」
……はい? あなたこそ大丈夫ですか?
「魔物の出る森で無防備に昼寝は危ないでヤンスよ」
……ツッコんでほしいのだろうか?
内容なんかそっちのけで、気になったのは語尾にくっつくおかしな言葉。
ヤンスとは、なんだろう?
「……あーあーあーあー」
上半身を起こし、まずは発声練習。
声は通常通り出せそう。安堵した。
というわけで早速ツッコ……いや、それよりも先に聞くべきことがあるな。
「な、なあ、ここは死後の世界なのか?」
場所。
己の視界に映る物だけで判断すると、ここは森の中だった。
生い茂る木々に、差し込む木漏れ日。
尻の下には草が生え、小鳥のさえずりすら聞える風景は日本でも見られそうである。
死後の世界は、こんなにも馴染みやすい所なのか?
おかしな語尾の少年が口を開く。
「まあ、僕らからしたらそうでヤンスが……」
うわー、案の定死後の世界かー。
やっぱ俺死んじゃったのか。
しかもトラックに轢かれて……。
直前まで馬鹿にしてた死因だけになんとも言えない気持ちになった。
そんな中、少年は言葉を続ける。
「そんなこと聞くなんて、もしかしてさっきこの世界にやってきたばかりで、その上説明もあまり聞いてないでヤンスか? 格好もどうやら高校の制服のままみたいだし、剣と鎧を貰わなかったヤンスか?」
????????????
待て待て待て待て!
説明? 剣? 鎧?
なぜそんな単語が飛び出たのか意味がわからない!
かろうじてわかったこと、というか視認できたことだが、俺は死してなおブレザーの制服を身に纏っていた。足に履いたローファーも変わりない。
どちらも事故の影響を受けているとは思えぬほど綺麗である。
ちなみにサングラスはどこにも見当たらなかった。
あんな忌々しき物、もう見たくないから都合がいい。
てか……。
死者でもちゃんと足あるんだな。
俺の足は一年間で五十億稼げる価値がある。
もしヒラヒラ足のお化けになってしまったら、大した損失を被るところだったぜ。
「まあとにかく……」
俺は剣や鎧などと理解不能な単語達をさておき、現状確認に努めることにした。
「お前も死んでここにやってきた日本人なのか?」
日本語を話しているからたぶんそうだろう。
問うと、ヤンスの少年は「うん」と首肯した。
なるほど。妙に馴染みやすいこの森はやはり天国らしい。
「どうやら知らないことがいっぱいあるみたいでヤンスね。よかったらいろいろ案内してあげるでヤンスよ?」
「おお! 助かるぜ!」
見知らぬ土地で救いの手が。これぞまさに地獄に仏だ。
……いや、待てよ。
ここは天国だから、天国に仏か。
……それだと当たり前のことだな。仏は常に天国にいるものだ。
「それにしても、驚いたんじゃないか?」
心底どうでもいい妄想をさっさと切り上げた俺は、ヤンス少年の肩を組み、反応も確かめず、一方的に言葉を続けた。
「なにせこの俺が急にこんな所に来たんだから。それはそれは衝撃だっただろう?」
前世の俺は有名だった。
日本に住んでいて知らない人などいないのではないか。
フィールドのプリンスと呼ばれた陽川大地の知名度は計り知れない。
とまあ、こんな風な自負を、
「あれ? 生前、どこかで会っていたでヤンスか?」
くじいたのがヤンス少年だ。
ガクン、と俺の首が折れる。
「お、おいおい、会ったことはないぜ、ないけどさ……」
首をかしげたヤンス少年は俺についてまったく見当がつかないようだ。
でも、名前を言えばさすがにわかるだろ。
「俺の名前は陽川大地。そう、かの有名なフィールドのプリンスが俺だ」
胸に手を当て自信満々に宣言したが、
「フィールドのプリンスってなんでヤンスか?」
ヤンス少年はまたも俺の調子をくじく。
「な、なんで俺のことを知らないんだよ……あ、そうか! ここでの生活が長いんだな! 俺が有名になる前に飛び立ってしまったんだろ!」
なんだか海外移住した人に向けるような言葉になってしまったがそれはいいとして、このヤンス少年は俺がまだ無名だった頃に死んでしまったんだ。違いない。
「いや、長くはないでヤンスよ」
しかし、ヤンス少年は首を横に振った。
「ここに来て一年も経ってないでヤンス。十七歳になる年の春に死んだから、半年くらいでヤンスかねえ」
ぴったり同い年であったことなど、もはやどうでもいい。
それならどうして俺のことを知らないんだと、頭を抱える。
半年前なんて、とっくにブイブイ言わせていたぞ。
「そういう君は前世で有名人だったでヤンスか?」
「えっ、あっ、はい。一応有名人として、やらせて頂いておりました……」
有名と豪語した手前、相手が知らないとなると恥ずかしくなるな……。
「まあ、僕はかなり流行に疎い方だったでヤンスから……皆が知るような人でも知らない場合が多々でヤンス」
その上、慰めのような言葉で気を遣われたら、これはもはや追い打ちだ。
惨めすぎる。
俺はブンブンと首を振って気持ちをリセット。
開き直ってヤンス少年と接する。
「というわけで俺の名は陽川大地だ! お前の名は?」
「御手洗萌生、でヤンス」
「これからよろしくな! じゃあ、まずは案内をお願いするぜ! 萌生!」
俺が名前を呼んだ途端――
ヤンス少年改め萌生は、ビクッと身体を震わせた。
なんでだろ? 声が大きかったかな?
☆Regular Member☆
陽川大地
御手洗萌生 ←NEW