0011 プリンス死す
「ちょっと大地、話聞いてる?」
「……おおう智里⁉ なんだ?」
「おおう、じゃないでしょ! やっぱり聞いてなかったのね!」
いかんいかん。
まったく聞いてなかった。
智里は鼻息を荒くさせつつも、俺が愉悦に浸っていた間に展開されていた話の内容を伝えてくれた。
「今からみんなで晩ご飯行こうって話。大地は予定ない?」
「ああ、飯か。大丈夫だ。行こう」
「まったく、ボーッとしやがって」と修介。
「そんな大地先輩も素敵です!」と咲矢。
「それで、どこ行くんだ? 駅前には色々あるけど」と提案を募ったのが圭一だ。
「それならできる限り人目に付かないところがいいなあ」
俺が言うと「お前は有名人だもんな」と修介が頷く。
「そうなんだよ。サインや握手を求められたりして、近頃は落ち着いて外食もできない。こうやって日々サングラスを持ち歩いているくらいで……」
俺は鞄からサングラスを取り出し、皆に披露するため実際につけてみせた。
……これ、危ないな。
夜のサングラスは街の色彩のほとんどを奪い、危険だと本能で察した。
……でもまあ、いっか。
だがうっすらとしか見えない景色に新鮮味を感じて面白がった俺は、あろうことか付けっぱなしにしてしまったのだ。
この軽率な行為が後の大惨事に繋がることを知らずに。
「ブレザーの制服にサングラスは余計目立つぞ。てか、隠すならまず、その派手な金髪をどうにかしろ」
「言えてる。ニット帽でも被ったらどうだ?」
修介の的確な指摘に、圭一は笑った。
なるほど、たしかにそうだ。
「じゃ、じゃあこんど私とショッピングでも……」
「大地先輩! ぼくと買いに行きましょう! お揃いにしちゃおうかなー、って痛! なんでぼくの足を踏みつけるんですか智里先輩! 絶対わざとやりましたよね!」
「わざとだなんて、人聞きが悪いなあ咲矢君は」
「じゃあ今すぐ足をどけてください! いつまで踏みつけてるんですか!」
おうおう、あいつらあんなに仲良かったのか。いいことだ。
後輩と幼馴染み、知らぬ間に育まれていた友情にしみじみ思っていると、咲矢は足を踏みつけられながらも「あっ!」となにか思いついたような声を出した。
「それならカラオケ行きましょうよ! ご飯食べながら歌って遊べますし!」
「名案じゃねーか咲矢!」と圭一。
「個室だから人目に付かないという条件を完璧に満たしているしな。悪くない」と修介。
「ふん、まあ、いいんじゃない」と不機嫌になりながらも同意した智里。
「大地先輩もいいですよね?」
「もちろんだ。鈴木〇之やEXI〇E、井上〇水の曲でも歌おうかなー」
「サングラス付けてるアーティストばっかじゃねーか!」
ゆるいボケに圭一の鋭いツッコミが入り、場が笑い声に包まれた。
端から見ると非常にくだらないかもしれないが、俺はこんな時間が好きであり、高校生活がこれからも続く以上、同じような場面が何度も訪れるのだろうなと、なんの保証もないのに思う。
こんな毎日が楽しくてしかたなかった。
「そうだ! マ〇ク持ち込もうぜ! ハンバーガー食いたい!」
唐突に言ったのは圭一だ。
「カラオケに飲食物の持ち込みはダメでしょ」
忠告した智里へ、修介が口を開く。
「いや、オレのデータによると……」
えええ! ついにそんな台詞言っちゃうんだ! 歴史的瞬間だよこれは!
人知れず興奮した俺を他所に、修介は言葉を続けた。
「駅前に新しいカラオケボックスができてな。どうやらそこは飲食物持ち込み可能らしい。関西を中心に展開しているカラオケチェーンなんだが、値段にシビアな土地で揉まれてきただけあって料金も安い。いい店がここ横浜にやって来たものだ」
それはそれは。横浜生まれ横浜育ちの俺達からすれば朗報だ。
「最高じゃねーか! そこにしようぜ!」
圭一の声を筆頭に、皆同意。
異論を唱える者は誰ひとりとしていない。
「ああ。だがその前にちょっと本屋に寄っていいか? この道沿いを数十メートル進んだ先にある。五分だけ時間をくれ」
「別にかまわないぞ。参考書でも買うのか?」
俺の問いかけに、修介は「いや」と首を横に振って。
「欲しいのはライトノベルだ」
「ライトノベル?」
「ああ。親戚が持っていたから借り受けて読んでみたんだが、意外と面白くてな。自分で買おうと思うくらいにはハマってしまった。今日はオレが一番好きなシリーズの最新刊が発売する日なんだ」
へえー、理系論文を愛読書にしてそうな修介がライトノベルとは意外だ。
ちなみに俺はライトノベルを読んだことがない。
表紙がアニメチックな絵柄の小説、その程度の知識しか持ち合わせていなかった。
「そのライトノベルって、中身はどんな感じなんだ?」と俺。
「一口にライトノベルと言っても様々なジャンルがあるからな。代表例として、オレのハマったシリーズについて挙げるが、それは異世界転生物と言って……」
ふむふむ。
「まず、主人公がトラックに敷かれて死ぬんだ」
はあ⁉
「え? それって冒頭でいきなり?」
「ああ、いきなりドーンだ」
修介は興奮しているのか珍しく擬態語を使った。
好きの気持ちは伝わってくるが、主人公がいきなりトラックに敷かれて死ぬなんて、そんな小説なんか嫌だな。俺ならその時点で読むのをやめるぜ。
……この世の主人公である俺はどうだろう?
語り続ける修介の声を右から左へ流しながら、『もし俺にトラックが襲ってきたら、たぶんトラックの方が吹っ飛ぶんじゃないか』なんてことを考える。
人間の身体が鉄の塊に勝てるわけがない。
そんな当たり前のことに、数秒後、身をもって気付かされる。
極まった傲り昂ぶり、そしてサングラスが生んだ不鮮明な視界は……
俺の油断と不注意を呼ぶ要素として、充分であった。
「で、そのチート無双ハーレム主人公が……っておい大地!」
取り立てに来たヤクザの如く轟いた声。
背後からそれを耳にしたときは、すでに遅かった。
え? と振り返ろうとして、真横で首が止まる。
トラックだ。スピードを緩める気配はない。
「信号赤だぞ!」
その事実を知ったときはもう、横断歩道の真ん中で宙を舞っていた。
骨という骨を粉々にする衝撃を全身に受け、待ち構えた固いアスファルトが受け身も取れない俺に追い打ちをかける。
為す術無く倒れ込んだ俺。
寒いのか、熱いのかもわからないまま、声にならない悲鳴が雑音に紛れて聞えた。
これ、やばいだろ。
助かるかなんてわからないけど、無理な気がした。
ただひたすらに眠く、まぶたが勝手に閉じられる感覚に陥る。
なんとなく閉じてはいけないような気がして必死にあらがうが、その努力もむなしく、身体中の力が抜けていく。
嘘だろ……俺、死ぬのか……?
まだ17歳だぞ……しかも未来有望……
そんな俺が……こんな無様な形でこの世を去るなんて……。
認められない、認めたくない。
だが現実は残酷だ。意思とは裏腹に目が閉ざされ、視界から光が消える。
もう……終わりか……。
ここで……終わりか……。
薄れゆく意識。
そして、最後に2つの声が脳を揺らした。
「おれと一緒に風俗行く約束はどうなるんだ!」
「オレと一緒にファンクラブぶっ潰す約束はどうなるんだ!」
そんな約束してねーよ。
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