0010 プリンスの毒牙
11月、暦の上ではまだ秋。
だが朝夕の冷え込みにそろそろ防寒具を欲する時期だ。
コートとマフラー、どこにしまったっけ?
帰ったらクローゼットの中を探るとしよう。
「へっへっへっ、今日の練習は楽だったなー」
「ほぼ自主練だったな」
気楽そうなのはわんぱく坊主の圭一、冷静なのはインテリヤクザの修介だ。
レギュラーであるこいつらも開始20分後にはグラウンドから下ろされた。
そして紅白戦が終わるまで自主練、その後はクールダウンして練習終了だったから確かに楽だろう。
昨日が試合だったからその配慮かな? 疲れを残さない、的な。
ちなみに今は帰路につく最中だ。
家が同じ方向にある俺・圭一・修介・智里、加えて駅へ向かう咲矢も含めて、計五名での集団下校である。
「だが油断してると足下すくわれるぞ。控え選手はレギュラーを奪い取ろうと必死になってるんだ」
眼鏡の位置を正しながら語るのは修介だ。
うんうん、確かに控え選手は死に物狂いでくる。
俺も控えだった頃は……あ、そんな時期一度もなかったな。
「今は控えに甘んじているやつらが実力を伸ばして俺達を追い越すことも充分にあり得る。そうなれば……来年の夏はベンチどころか客席で応援、なんてことになるかもな」
「おお……怖い怖い……」
3年生最後の夏の大会でベンチ入りすら逃す自分を想像したのか、圭一は腕を抱えて身震いした。
そこに追い打ちをかけるのが咲矢だ。
「そうですよ。圭一先輩はそこまで大したことないんだから油断してると抜かれちゃいますよ」
「生意気な口きくな!」
「イテ!」
圭一は咲矢の額にデコピンをお見舞いした。
傍らでは修介がまたも眼鏡の位置を正す。
そんなに頻繁にズレるなら買い換えろよ。
「いや、咲矢の言うとおりだ。圭一は今日の自主練、真面目に取り組んだか?」
「え! い、いや……真面目かと聞かれるとそうでないような……」
「だろ。その点咲矢は大地と一緒にずっと走り込みをしてたぞ。ついていけてなかったけど。そういった日々の積み重ねがのちに大きな差となるんだ。まあついていけてなかったけど。レギュラーを死守したければ自主練に手を抜くな。まあ咲矢は大地のスピードにまったくついていけてなかったけど」
「え? 修介先輩は圭一先輩を咎めると見せかけてぼくを虐めてます?」
「すまん。言葉が足りなかった。『咲矢は大地のスピードにまったくついて行けてなかったけど、腐ることなく最後まで走り続けた。あのひたむきな姿勢には年下ながら見習うべき点がある』と言いたかったんだ」
「めちゃくちゃ足りないじゃないですか!」
咲矢は「むー」と頬を膨らます。
男がそんな顔するな。
「そもそも大地のスピードについて行けるわけないだろ」と修介。
「無理ですね……」と咲矢。
「そ、そういや大地、ずっと走ってたけど、いったいどれくらいの距離を走ったんだ?」
旗色が悪い圭一はここぞとばかりに俺に話を振った。
でもあいにくだが、俺はそれに対する答えを持ち合わせていないんだよなあ。
「さあ? 一周の距離も知らねーし、何周走ったかも数えてないからな。だぶんいっぱいだよ。いっぱい走った。あっはっはっ」
言うと、修介から深いため息が返ってきた。
「あっはっはっ、じゃないぞ大地。お前は学力は高い。でも言動にその知性を感じられる場面が極めて少ないのが残念なところだ」
「要するにバカっぽいんだよなあ」
「大地は昔からバカみたいだよね」
修介から圭一から智里から。親友なのに散々な言われようだ。
酷いなあ。
でも智里は元の調子に戻った。謎の不機嫌が払拭された様子でなによりだ。
あれの原因、なんだったのだろう? 見当も付かない。
「さすが大地先輩ですね! 素敵です!」
そんな中、対照的に褒めちぎっているのは咲矢だ。
俺の腕に手を回してひっついてくる。
この流れでなぜ? という疑問もあるが……。
それよりも智里の禍々しい眼光が怖い。
せっかく機嫌が直ったと思ったのに、もう何が何だがわけがわからない。
「ちまちま考えすぎず目の前の一挙一足に集中するってことですよね! 大物オーラが漂う発言にクラクラしちゃいました!」
随分おめでたい解釈をしてくれたもんだ。
俺は嬉しいよ。何もかもを崇拝の対象にしてくれる後輩を持てて。
他の三人はドン引きしてるが、気にするなよ。
「ほんと、大地先輩はすごいですぅ……」
恍惚とした表情で言葉を締めた咲矢。
まあ、そうだろうな、俺はすごい。
……だってそうだろ?
そのとき、俺の胸の奥に潜む毒が牙をむいた。
なにがすごいのかって、すごいとしか表現できないところだ。
この世に存在するありとあらゆる言葉、どれを使っても俺のすごさを的確に表すことは不可能だ。
完璧? 足りない。
超人? まだ足りない。
無敵? ある意味的を射ている。俺に対抗できるやつなんて『無』だからな。
でもちょっと簡潔すぎるなあ。
あえて言うのなら『人智を超越した誰もつけいる隙の無い天才』くらいかな?
それが俺、陽川大地だ。
しかしまあ、俺が圧倒的な実力を持つ一番でよかった。
だって中途半端な実力でギリギリの一番ならきっとこいつらを見下し、友達になんかなれやしなかった。争いは同レベルの者同士でしか起きないって言うだろ。俺には圧倒的王者だという紛れもない事実から生まれる余裕があるからこいつらと仲良くできるんだ。
上を見てみろ、人なんか誰もいない。
下を見てみろ、離れすぎて誰も見えない。
どいつもこいつも俺とは実力が乖離しすぎていてな。
見下すとか、そんなレベルに居ないんだよ。俺は唯一無二の存在だ。
それにしても咲矢は気の毒なやつだな。
だって俺と同じポジションだなんて、ほとんど活躍できないぜ。
俺が前線へボールを運んで、俺が点を取る。いつもこの展開だから咲矢の出番はない。
他校ならバリバリのエースストライカーなのに。あーあ、もったいない。
次回、プリンス死す