0001 プリンスと呼ばれし天才少年
――颯爽とフィールドを駆けていた――
11月のとある日曜日、神奈川県某所のサッカースタジアムである。
今ここでは、若さ溢れる高校生達が全国大会への切符をかけた試合を繰り広げていた。
【全国高校サッカー選手権大会 神奈川県予選決勝 海山帝高校vs秀明高校】
青のユニホーム、かつて高校サッカーの常勝校だった海帝山高校。
黄のユニホーム、かつて偏差値しか取り柄のなかった秀明高校。
試合は終盤。
前半後半共に終わり、ロスタイムに突入。
センタービジョンに映し出された現在のスコアは――
【秀明29-0海帝山】
……念のためもう一度。
全国高校サッカー選手権大会、神奈川県予選決勝。
センタービジョンに映し出された現在のスコアは――
【秀明29-0海帝山】
繰り返すが、サッカーである。
地区予選といえど、決勝である。
長きにわたって常勝街道を歩んでいたのは海帝山高校の方である。
にもかかわらず――
【秀明29-0海帝山】
この点差はイカサマでもマグレでもない。
ただただ今の2校の実力差が如術に表われただけだ。
いや、『2校の実力差』では少し語弊があるだろうか。
というのも……秀明高校の29点は1人の選手が叩き出したからだ。
そう、たった1人。
彼の存在によってチームの差が逆転し、高校サッカー界の序列は崩壊した。
だからもし彼が海帝山高校にいれば同校の常勝時代は今もなお続いていたことだろう。
それも、より圧倒的な形で。
秀明高校からしてみれば、彼は超新星の如く現われたスーパースターだ。
背番号10のユニホームを身に纏い、エースストライカーとして颯爽とフィールドを駆ける。
ロスタイムを含めた90数分の試合の中、彼がボールを保持する時間はほとんどを占める。
独りよがりなプレーとは言えない、言わせない。
燦然と輝きを放つ彼はフィールドを支配していた。
――それが俺、陽川大地だ――
29点差がついても攻撃の手を緩めない。
満員御礼の観客席からは溢れんばかりの歓声が飛ぶ。
ボールを操る俺がゴールに近づくにつれ、それはさらに大きくなる。
笑みをこぼすのはチームメイト。
すでに勝利を確信している。
絶望的な表情は相手チームの選手。
戦意喪失状態だ。
そろそろ試合終了のホイッスルが鳴るだろうか?
29点は区切り悪いなあ……よし!
ドリブルを止め、自慢の右脚を振り抜いた。
ロングシュートは相手DF・GKをすり抜けゴールに吸い込まれる。
【秀明30-0海帝山】
おお、見栄えよくなった。
チームの30点目にして自身の30点目を決めた俺はご満悦。
大喜びでこちらに駆け寄るチームメイト。
期待通りの展開に沸く観客席。
―― ピッ、ピッ、ピッー ――
おっと試合終了だ。
なにはともあれこれで年末年始の選手権大会出場は我が校に。
冬休みが全部潰れちゃうなあ、まいったまいった。
「やったな大地! また全国に行けるぜ!」
「ま、実力の差を鑑みたら当然だろうな。大地とならどこまでも行ける」
「圧勝ですね! やっぱり大地先輩は凄いです!」
駆け寄ってきたチームメイト達は喜びの声を上げる。
「「「「「大地! 大地! 大地! 大地!」」」」」
観客席からは自然と大地コールが巻き起こる中――
「さすがフィールドのプリンス……勝てねえよ……」
相手チームの選手から発せられたそんな声が、風に乗って耳に届いた。
これは端正な顔と金髪を持ち、世間から『まるで王子様のようだ』と語られるルックスの俺に、スポーツメディアが名付けた肩書きだ。
圧倒的な実力でフィールドを支配する王子様。そんな意味を込めて――
『フィールドのプリンス』
俺は人々からそう呼ばれる。
~翌朝~
圧勝で全国行きを決めたその翌朝。
月曜日ともあって俺、陽川大地は高校へ向かう。
フィールドのプリンスも普段は普通の高校生だ。
だが、この曲がり角の先に校門があるというところで、俺は立ち往生していた。
というのも……
―― ワー!ワー! ――
―― キャー!キャー! ――
「ねえ! 大地様はいつ来るの!」
「もうすでに教室に入ってるってことはないわよね!」
「秀明の知り合いにLINEしたけどまだ来てないって!」
「じゃあここで待ってたらいつかは来るのね!」
「ああ! 早く会いたい!」
「私、大地様に握手してもらうんだ!」
「私は一緒に写真撮りたい!」
これはやばい。
どういう状況かというと、他校の女子生徒達が校門前でわんさか溢れかえり、俺を入り待ちしているのだ。おそらく300人以上いる。
なにも知らない人が端から見ればある種の学生運動で学校が占拠されたのかと勘違いしそうな光景だ。
やっぱり俺、普通の高校生とはほど遠いかも。
「こら君たち! さっさと自分の学校に登校しなさい! 遅刻するぞ!」
我が校の厳つい生徒指導教師が必死で注意しているが、女子生徒達は応じず。
騒ぎが収まる気配はまるでない。
それどころか――
「遅刻なんてどうでもいいわ!」
「大地様に会えるなら遅刻なんて安いものよ!」
「いつまでも待ち続けるもん!」
この肝の据わり様である。
まいったな……どうしよう……
試合の翌日は必ずこうだ。
他校の女子生徒達は大活躍を収めた俺を目当てに秀明高校まで来てしまう。
試合観戦の興奮をそのまま引っさげて来るから善悪の区別がつけられないのだ。
入り待ちは試合翌日の恒例行事といえよう。
だから今回はそれを見越し、
『遅刻ギリギリで登校したらさすがに捌けているだろー、彼女らにも学校あるしー』
と、いつもよりかなり遅く登校したのだが、安直だった。
捌けるどころかむしろ増え続けてるくらいだ。
まさかここまで意思の固い連中だったとは……。
俺は群がる女子生徒達にため息ひとつ。
さて、これからどうしよう?
10人程度なら握手や写真に応じられるが、あの人数はきついなあ……。
かといって無下にすると泣きわめかれたこともあったし……。
なんとかこっそり入校できればいいが、正門だけじゃなく裏口も人で溢れかえっているだろう。前回がそうだった。
うーむ……よし!
塀をよじ登ろう。
不審者みたいだが致し方ない。
そうと決めた俺は快足を飛ばす。
裏路地などを利用し、正門裏口どちらからも死角となる塀まで移動。
目の前には自分の背丈より高い塀だ。
先に鞄を向こう側に投げ、手を伸ばしジャンプ!
てっぺんに手が届けばあとは腕力に物を言わせ塀を乗り越え……
「あっ、大地様よ!」
「壁をよじ登ってるわ!」
「そんな姿も素敵!」
うっ、やべえ、見つかった!
「捕まえましょう!」
「逃がさないわよ!」
俺は脱獄囚か!
ツッコミどころ満載なのはさておき、こちとら既に塀のてっぺんに足をかけているのだ。
逃げ切りは確実! 俺の勝ちだ!
余裕を持って塀の向こう側に着地し、無事登校完了。
やったぜ!
………………うーん。
なんかこの達成感むなしいなあ……。
俺、朝からなにやってんだろ……。
――キーンコーンカーンコーン――
おっとやべえ遅刻だ!
また走り出した忙しない俺。
誰もいない階段を駆け上がり、誰もいない廊下を突っ走り、教室へ飛び込んだ。
ちなみに俺は2年生である。
「はよざいまーす!!!」
「あっ、やっときた!」
「よっ、重役出勤のプリンス!」
「ヒーローは遅れて登場するもんな!」
クラスメイトからおどけた野次が飛ぶ。
「おいおい陽川、遅いぞ」
「たははは、すんません」
担任教師も同様だ。
遅刻したにもかかわらずお咎めはなんとも軽いもので、笑いすら混じっている。
事情を察してくれたのだろう。ありがたいね。
「それよりほら、ちょうどお前の番だ」
「なんすかこれ?」
教師からA4サイズの紙がすっぽり入る封筒を手渡された。
「この前やった全国模試の結果が返ってきたんだ」
「はあ、まあ見るまでもないと思いますけど……」
一応封を開けて結果を確認してみる。
どれどれ……
国語 点数:200/200 全国順位:1/ 34521
数学 点数:200/200 全国順位:1/ 34342
英語 点数:200/200 全国順位:1/ 34875
物理 点数:100/100 全国順位:1/ 19810
化学 点数:100/100 全国順位:1/ 19627
第一志望 東京大学理科三類 A判定
第二志望 京都大学医学部 A判定
第三志望 大阪大学医学部 A判定
ふむ、まあこんなもんだよな。いつもこんな感じだ。
満点以外の点数を取ったことがない。
だから1位以外の順位を取ったことがない。
ちなみに志望欄は適当だ。
ただ偏差値の高そうなところを並べてみたらこうなった。
「かなりハイレベルな模試なんだが……お前はいつもいつも凄いな……」
飄々と結果を眺める俺の隣では、教師が感心したように息を吐く。
そんなに凄いかな?
簡単な問題ばっかだったけど?
向かうところ敵なしの彼は人生を謳歌していた。
だが数日後、ひょんなことから死に至り、彼は異世界に転生してしまう。
そこで待ち受けているのは神からチート級身体能力を授かった転生者たち。
果たして彼はどうなってしまうのか……?