私のお嬢様は転生者
私はメイドです。
屋敷にお仕えするメイドであり、それ以上でもそれ以下でもありません。私自身はこれといった特徴はないですが、旦那様のお嬢様は少し変わっています。
「アイアムジャパニーズっ!!」
お嬢様が言うには、前世は二ッホンでジェーケーという仕事に就いていたようです。そしてスマホゥを使いながら歩いてたら、馬車に轢かれて死んだとか。
まったく、持って意味が分かりません。ニッホンなんて国など聞いたことがありませんし、それにジェーケーは仕事じゃなくて食べ物です。すべてがおかしな話です。
そんなことを得意げに話すお嬢様を見て、私は笑顔で「えぇ、そうですねぇ」とひたすら首を振り続けました。おそらく子供特有の妄想というやつでしょう。きっと大人になれば、黒歴史になって悲鳴を上げるのですから、せめていまは優しくしてあげましょう。
すると私の態度(偽りですけど)を気に入られたようで、お嬢様専属のメイドになりました。
「私のことをこんなに信じてくれるのは、あなたが初めてよ!」
と、抱きしめてもらえました。やばい、罪悪感で一杯です。しかし給料が増えるから、辞めるという選択はありませんでした。おかげで、おやつがクッキーからケーキになって私のお腹は幸せです。
この幸せを守るためにも、私は辞めるわけにはいかないのです。だいじょうぶ、お嬢様は意地悪な方ではなく、ただ少し妄想癖のある変わった女の子です。それに付き合うことなど造作もありません。
そう気楽に考えながら部屋に入ると、お嬢様はベッドに横になりながら転がっていました。
「…なにをしているのですか?」
「お嬢様生活を満喫してるのよー」
私に返事をしながらも転がり続けるお嬢様。一体、この行為にどのような満足感があるのかよくわかりませんが、少なくとも女性としてはしたない行為です。注意しなければ。
「…ごほぉっ!?」
あ、落ちた。
しかもずいぶん、汚い声で。
「だいじょうぶですか?」
「うぅ…、いてぇよぉ」
私は少し遅れてかけよります。お嬢様は、どうやら痛みのショックで口調がおかしくなっているようです。そのまま涙目でベッドに倒れました。
「顔がいたいあついひぐぅ…」
「氷をお持ちしましょうか?」
「…いえ、それはいいわ。それより冷たい食べ物がほしい」
「冷たい物ですか」
冷たい物といわれて、いますぐに出せるものは何でしょう? 前は決められた時間に配膳をしていただけなので、急なことに慣れていません。私が悩んでいると、お嬢様がこちらを見つめてきます。
「…パフェ」
「え?」
「パフェが食べたい!」
「え」
それは恐ろしい要求でした。
〇お嬢さま
私がJKであり日本人であり車に轢かれて死んだのは前世の話だ。今は生まれ変わって、貴族のお嬢様としての生活を楽しんでいる。女に生まれたおかげで家の跡目争いにも参加しなくていいため、比較的自由に暮らせており幸せだ。しかし時々、無性に我慢できないものがある。それは前世の料理をもう一度食べたいという欲求だ。そして今食べたいのはパフェ。よく放課後にスイーツ巡りをしてたときに食べたあの駅前の絶品イチゴパフェの味は今でも覚えている。あぁ、食べたい。ものすごく食べたい。食べてぇ…たべてぇよぉ。
あっ、ちなみに前世は男です。
「しょ、正気ですか! お嬢様!?」
なんかパフェ食いてぇと言ったら、うちのメイドが悲鳴上げてるんだけど。なぜだ。
「ええ、正気よ。いまとても食べたいわ」
「そ、そんなぁ。考え直してくれませんか…?」
メイドが顔を真っ青にして、私の肩をつかんでくる。なんか急に距離が近くない? というかイタイイタイ!? 肩に爪が食い込んでるよぉっ!
「ちょ、いたい! やめてぇぇ!?」
「お願いします! 本当に勘弁してください!! パフェは…パフェは嫌ですぅ!!」
こちらの悲鳴に一切気づいていない。なんで、そんなにパフェがだめなの? えぇい、こうなればもう絶対食べてやるもんっ!!
「とおっ!」
「きゃっ!?」
私はメイドをベッドに投げ飛ばす。そして間髪入れずに、床ドン。
「ねぇ、メイド」
「はっ、はい」
メイドの頬が朱色に染まり、呼吸が荒く緊張している。よしっ、ここまでは前世のラブコメ漫画の必殺技「床ドン」の通りだ。そしてこの状態なら、どんなことも思いのままに受け入れてくるはず。……たぶん。初めてやったからわからないが、なんかいける気がする。
そして私はメイドの耳に囁くように言った。
「私のパフェになれよ」
え、ぎゃぁぁぁああっ!? 間違えたっ!?
「俺の女になれよ」と「パフェちょうだい」が混ざってこうなってしまったぁ…! こんなにキメ顔したのに、こんなにキメ顔したのに!? やばい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……あ、あ、あ、あ、あ、っしぬぅ…!
「……は」
…へぁ?
「はひぃ。わかりまひぃたぁ…」
えぇっ! あれでいいのかよっ!?
私と目を合わせようとしないが、ぎゅっと手を握ってくるメイドの姿が、すごく印象的だった。
〇メイド
まだ少し体が熱いです。しかしそれも仕方ありません。だってお嬢様にあんな情熱的な愛の告白をされたのですから。あんなすごいプロポーズは、本でも現実でも聞いたことがありません。もう完全にあの時の私の顔はドロドロに溶けていました。いま思い出しただけでも心臓が苦しいです。
「ねぇ…メイドぉ?」
「はい、なんでしょう」
愛しのお嬢様の声に、私の声も柔らかいものになります。さっきまでただの変人だと思っていましたけど、いまではもう愛しすぎます。あぁ、そのお嬢様の金髪の匂いを嗅ぎたい。もっと近くに寄りましょうか。いいですよね?
「ね、ねぇ? 聞いてる?」
「ええ、聞いてますよ。なんですか?」
と、言いながら私はお嬢様と歩く速度を合わせて隣によります。えへへ。
「なんで、私たち森にいるの?」
「何を言ってるのですか。お嬢様がパフェを食べたいというからですよ」
「…へっ、どういうこと?」
「いや、ですから。今からパフェを狩りに行くんじゃないですか」
「か、狩り? あ、え、ふぇ?」
ぽかーんとした表情でお嬢様が見つめてきます。その表情もグッドです。しかし、私たちは今森の中を歩いているのですから、前を向かないと転んでしまいますよ。それにもうすぐあいつの住処です。
「まさかお嬢様もついて来てくれるとは思いませんでしたよ。本当にうれしいです」
「い、いや…外にあるっていうから、てっきり店で食べれると思ってついてきたんだけど……か、狩るって? え、ほんとになに?」
「いえですから、パフェを狩るんですって。正直、最初は死ぬほど嫌でしたが、お嬢様のためなら命を懸けても構いませんよ」
「えぇぇ……命…なんでぇ?」
お嬢様との会話を楽しみながら森の奥まで進んでいると、一瞬にして空気が冷たくなりました。この異様な空気、あいつが近くにいます。「なんか寒くね」と言うお嬢様の手を握りながら、私はさらに奥へと向かいます。すると二つの赤がこちらを見つめてきます。
『ほう、ここまでわざわざ来るとは…何ようかな?』
それは漆黒の龍でした。赤い目で私たちを面白そうに見つめながら、しかし同時に嘲笑うかのような表情を浮かべています。まるで昔の時と変わらないその姿に、少しばかりの恐怖を感じます。しかし、私は逃げません。なぜなら愛があるから。
「や、やばい。映画で見たことあるやつだぁ…!? に、にげようメイド!?」
「えぇ、そうですね。狩りましょう」
「おいっ!?」
私はお嬢様の前に立ち、腰に差したレイピアを抜きます。そしてその切っ先を龍へと向けて覚悟を決めます。それを見た龍は私たちを睨みつけながら笑いました。
『ほう、我を喰らうか、人間。この冥翼の龍パフェを!!』
「えぇ、その通りです。冥翼の龍パフェ」
おそらくパフェは覚えてなどいないでしょうが、かつて私はパフェを討伐しに行きました。しかし結果は惨敗。大きな恐怖と挫折とともに2度と立ち上がることはできませんでした。だが、お嬢様への愛の力があれば、負ける気がしません。
「ね、ねぇメイドメイドメイド!?」
「どうしました? 危険ですから下がっていてください」
私のスカートを握りしめるお姿は可愛いですが、集中できないのでやめてください。
「…この龍の名前パフェっていうの?」
「? えぇ、そうです。世界に存在する七体の至高龍。腐翼アーモンド・永翼レモン・死翼キャンディ・法翼ポテチ・狂翼クリーム・聖翼ヨーグルト・冥翼パフェ。その中の冥翼パフェがこの龍です」
「名前考えたやつ絶対日本人だろ!?」
お嬢様はものすごい剣幕で叫んでいます。一体何にそこまで動揺しているのでしょうか。べつにそこまで変な名前でもありませんし、むしろ普通すぎるぐらいだと思うのですが。
そんなことを考えていると気づけば、龍が私ではなくお嬢様のほうを興味深そうに見つめていました。
『ほう、その娘。なかなかおもしろい能力を持っているではないか。ふふ、サキュバスあたりが餌を集めるのに使っているのを見たことあるが、人間は初めてだ』
「お嬢様のほうを見るんじゃありません。あなたを狩るのは私です」
『…餌のくせに煩わしい。食い殺すぞ』
「えぇ、私がね」
「ちょ、ちょっとまって。わたしの思ってるのとちが」
互いに睨み合い、そして私はレイピアに強化魔法を付与して龍の顔面めがけて疾走します。龍も迎え撃つように爪を空へと振り上げました。待っていてください、お嬢様。必ずあなたにこのパフェの肉を差し上げます。そしてその暁には結婚しましょう。
「はぁぁぁぁああああ!!」
『ぐぉぉぉぉぉおぉぉ!!』
「ちょっとまってぇぇぇぇぇちがうのぉぉぉパフェ違いよぉぉお!!」
三者の声が響き合い、私のレイピアと龍の爪が轟音と共に衝突した。
〇お嬢さま
「ひぐっ、もうしわけありません…。お嬢さまぁぁ」
「いいのよ、ぜんぜん。いや、ほんとに」
ぼろぼろになったメイドを慰めながら私は街を歩く。街の人々が私たちを不審な目で見つめてくるが、先ほどの激戦の後だと何とも思わない。
結果を言うと、メイドは龍に負けた。
メイドの人間離れした剣技はすごかったのだが、龍の空を割るほどのブレスには敵わなかった。やはり人間と龍とでの種族の強さを見せつけられた気がする。
メイドが倒れても龍は私たちを殺そうとせず立ち去った。『生かしたほうがおもしろそうだからな。こいつもお前も』そんなことを言っていたのだが、正直意味が分からない。まぁ、死ななかっただけましか。
「お嬢様への愛の証明が…うぅ」
「気にしないでいいのよ」
「お嬢様との結婚が…うぅ」
「それは、ちょっとわからないな」
メイドの言葉にツッコミを入れながら、家へと向かう。結局、パフェを食べることはできなかった。龍じゃなくてスイーツのほうである。それだけが少しばかり心残りだが、ここまでの出来事があったのだから、もうあきらめるしかない。
「にしてもお腹すいた…」
「はっ! なら私の行きつけの喫茶店に行きませんか! その目の前ですので」
メイドが先ほどと、うって変わってキラキラした犬のような目で私を見つめてくる。一瞬、私はぎょっとしたが、目の前の喫茶店は結構レテロな雰囲気で良かった。お腹が空いているしちょうどいいし、いいか。
私はメイドに誘われるがままに喫茶店へと入ると、席へと座る。そしてメニュー表をぺらぺらと開いていると、とある料理の絵を見て驚愕した。
「パ、パフェだ」
そ、そう。パフェ。いや、龍ではない。アイスやクリームがのっているデザートのパフェがある。
「注文決まりましたか。お嬢さま?」
「え? う、うん」
私は急いで、このパフェ(スイーツ)の絵の横に書かれている料理名を見る。この世界ではおそらくパフェではなく、別の名前なのだ。そして私はその料理名を見て、再び驚愕する。こ、これは。
「そちらのご注文は何でしょうか?」
ウェイトレスが私へと問いかける。どうやらもうメイドは言ったらしい。私は動揺しながら、一度もこんな状況で使ったことのない名前を言う。
「すいません。ジェーケーをください」
「はい、かしこりました」
ウェイトレスが去っていく。誰もこのことに違和感を覚えていない。
「お嬢さまもジェーケー好きなんですか。私も好きなんです」
涼しい風が吹く。
生まれて16年。私はまだこの世界を知らないようだ。