背中は任せろ
光の苔がぼうっと周りを照らす空洞。その空間の中で、二人に襲い掛かるモンスターが次々と屠られていく。
人の背丈ほどの体長を持つカマキリ型のモンスターは恐るべき速度で首を刎ねられ、空間の高い所から転がり落ちて攻撃しようとしてくるダンゴムシは恐るべき力で両断される。
代わりの銀色の刀を手にしたスミレが前日より少なくなったモンスターの集まりに先導して飛び込み、黒髪をなびかせながら踊るように首を斬り落とす。
それまでの動作の中で、形を保っていたものが血しぶきと共に辺り一面に散らばる。
その残酷に美しく舞うスミレを追いかけるように、クラウスは両手剣を振るってまだ息のある仕留めそこなわれたモンスターに止めを刺していく。左手には小手にも見える小さな盾。
ダンジョンの情報をスミレは覚えており、今のところ二人に敵は無しだった。
「あはっ、あはは! 愛刀よりは斬りづらいですが、これはこれというもの! ああぁぁあ、美しい……」
血を払って納刀し、地面に落ちたカマキリの頭を片手で拾い上げる。まだ口が左右に動いており、まるで胴体と離れたことに気づいていないような生命力を保っていた。
うっとりとその目から光が失われていく様子を見届けた後、その頭を地面に落とした。
「うふっ、うふふっ……」
ぞくぞくと体を震わせ、恍惚と快感に浸るスミレ。使い慣れていない武器で実力が下がった分、より命のやり取りを感じられて心地よいのだ。
「前に偶然見た時も思ったが、やはりアンタの動きは早いな。正直俺のスピードではついていけない」
「合わせづらいから、もう少しゆっくり進めということですか?」
「いや」
そういうことじゃないと、クラウスは頭を振る。
「アンタは飛び込んで獲物を自分で狩るのが好きなんだろう。俺がアンタの動きになるべく合わせていく。だから、アンタは思うがままに好き放題暴れてくれ。背中は任せろ」
何を言われたのかと、スミレはしばし茫然とした。自分の実力やしたことを怖がられるのではなく、もう少し周りに合わせろと言われるのではなく、それが好きなら好き放題暴れていいという許し。
彼女は自由にしていいなどと言われたのは初めてかもしれない。
次にスミレが浮かべた表情は、ニタァというぞっとするような笑みであった。
周りを気にせず自由にしていいという言葉の響きが気に入ったという笑みだ。
「好き放題……いいですわね、その響き。では参りましょうか、ひとまず愛刀の所まで」
スミレはくるりと振り返り、年端もいかない少女のようにるんるんとした様子で歩いていく。まるで可愛らしい子供だなとクラウスはその後姿を見て思うのだった。
そこからの道もスミレが飛び込んでモンスターの群れを壊滅させ、斬り残しや耐久力のあるものをクラウスが斬っていく。
スミレが大型のダンゴムシに愛刀を刺したまま置いてきてしまったというところまで、あっという間だった。
「ふうっ、やっと回収できましたわ。わたくしの刀、『奈落一凛』。他の冒険者が回収する前でよかった」
クラウスの力もあって、ダンゴムシの体から刀が抜ける。刀身にこびりついた固まった泡を落とすと、スミレの着物と同じ色の綺麗な姿を現した。
「それがアンタの刀なのか」
菫色に淡く光る刀身。反りのついた美しい構造をしており、クラウスの両手剣と比べて薄い。
しかし強靭で、スミレが硬い甲殻に真正面から突っ込んでも折れない硬さを持つ。装飾用に飾るだけだとしても高い価値を持つだろう。
二つとない、妖刀とまで言われる怪しき刀。それがスミレの『奈落一輪』。
クラウスの方へと振り返り、スミレは笑みを浮かべる。自分の体の一部が戻ってきた感覚なのだろう。はしゃぐまでとはいかずとも、納刀した直後にくすりと笑い声を漏らした。
「この刀、わたくしの左目や服と同じような色をしているでしょう? 斬りやすいしお気に入りですの。どんなに硬い甲殻でも斬れる、わたくしにとって最高の刀ですわ」
言い終えたところで、スミレの目が突如として爛々と輝いた。自分に向けられる殺気を感じ取り、クラウスは構えるよりまず先にかがみこんで姿勢を低くする。
スミレはクラウスに向かって地面を駆け、彼のにぶつかる直前でくるりと慣性をつけたまま宙返り。そのまま刀を振るって、彼の背後で攻撃の姿勢をとっていたモンスターの首を両断した。
彼女がふわりと着地すると同時に首が落ち、モンスターの体はぐらりと揺れて倒れ込む。飛びながら首を切断するという絶妙なる美技だ。
「……さすがだ。アンタの殺気が無ければ気づかなかった」
かがんでいたクラウスが振り返り、ぴくぴくと痙攣するモンスターの体を確認した。スミレが殺気を出すまで存在に気づいていなかったらしく、冷や汗をかいている。
「そちらこそ、よくわたくしの殺意が背後に向けられたものだと」
クラウスの背後に向けた殺意を、一瞬で自分に向けられたものではないと気づいた彼。
並みの冒険者やスミレを恐れるものならば、その殺気が自分に向けられたものだと誤解して硬直するだろう。その後、背後のモンスターに攻撃されてダウンか死亡だ。
「くすくす。相性がいいのかもしれませんわね、わたくし達」
カチン、と音を立てて納刀されるスミレの妖刀。居合切りのごときスピードで首を斬ったため、血液は刀身についていないようだ。これだけで彼女の技術がどれほどのものなのか見て取れる。
「さて、命を救ったというところで、これで命の貸し借りは無しということでよろしいでしょうか」
借りは返したと、ニコリと笑う。そんなことは気にしないでもよかったのにと、クラウスは肩をすくめてみせるのだった。
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