英雄の歩む道
「なぜっ! なぜ俺の領域で立てる!? 押しつぶされないんだ!」
ぎゃあぎゃあと喚くブローンに対し、無言で連撃をしかける。斜めに両手剣を振り下ろしたかと思えば、横に振るう。そして突いた直後にはもう重量のある両手剣を構えなおして縦に振り下ろす。
己の魔法であるグラビティ・エリアに頼ってきたブローンの剣術では、剣一本で戦ってきたクラウスと真正面に戦って勝ち目というものは無かった。
後ろにバックステップで下がり、呼吸を整えるブローン。今一度クラウスに対して、なぜ自分の領域で立てるのか問う。
「お前、なぜ立っていられるほどの! 近くなら魔力を整えられる空間ではないはずだぞ!」
「そんなに知りたいか? 単純だ。その足りない頭で考えろ」
クラウスも呼吸を整える。どういうことが起こっているのかわからないブローンは、その言葉だけで激昂してしまう。
クラウスの技術、アナライズ・ボディ。体内の膨大な魔力を相手が放つ魔力に同調させ、その効力を無効化する特殊な技術。
さらに今、流れ出る血液を止めるためにも身体強化で魔力を使っている。筋肉を強化して無理矢理流れ出る血を止めているのだ。そのことから、彼の中にとんでもない量の魔力が備わっている事がわかる。
ただしこの技を発動させるためには、相手の魔力フィールド内に侵入することや相手の魔法攻撃を何度も受けて、その魔法の波長を解析することが必要である。
また、それに気づいた相手が魔法の波長を少しずらすとクラウスは対応できなくなるという弱点もあった。
だが、ブローンはその弱点や発動条件を知る由もない……!
「そ、そうか、何かの魔法で俺のグラビティ・エリアを無効化しているな! だが、どこからそんな魔力がわいてい――」
喋っている間に、ブローンの懐にクラウスが飛び込んでいた。ブローンが反応できない速度で、一瞬で。
元々クラウスは膨大な魔力を1つの形にまとめることや、具現化するというのが得意ではない。なので、彼は斬撃を飛ばす場合や身体強化にほとんどの魔力を使っている。
よって、その膨大な魔力で強化された肉体の直進スピードは、最高速のスミレに匹敵する。
「喋りに夢中になりすぎだ」
やっと気づいた時には、すれ違いざまに一閃。
しかし、何も起こっていないじゃないかとブローンは振り向く。
「手加減の、つもりか?」
「斬っていることにも気づかないくらいノロマか」
何を、とブローンは自分の胸部に目を落とす。胸部のアーマーが裂け、そこから血が噴き出す。
グラビティ・エリアを多用してきたブローンにとって、そうそう体験しない重傷。吹き出す血を逃さないように慌てて胸部を押さえ、その血の多さに驚いて失神するように倒れた。
「た、助けろぉ……誰か、助けろぉ……!」
かすれ声で助けを求めるブローン。
だが、クラウスはそれを無視して腰に下げていた袋から緊急用のポーションを取り出す。そのままスミレの上半身を優しく抱え上げて、それを彼女の口につけた。
「あ……んくっ、んくっ……げほっ! げほっ!」
「焦らなくていい。ゆっくり飲んでくれ」
最初は咳き込むスミレだったが、やがてポーションをゆっくりと飲めるようになる。内臓に強い衝撃がくわわっていたので、飲むのは辛いだろう。だが、こうでもしないと緊急で体力は回復できない。
「誰か、俺の血を止めろ!」
「自分の身体強化で血を止めてみろ」
「助けろぉ! 誰か、お前ら、俺の部下よ!」
だが、流れ出る血の多さにパニック状態になったブローンは聞く耳を持たない。そしてブローンの部下はその言葉を聞かない。自分を見捨てる者をなぜ救わなければならないのかと。
確かに行動不能になりそうな出血の量。早めに無理矢理の身体強化で血を止めたり細胞を活性化させるか、ポーションによる回復を行わなければ出血死する可能性がある。
「英雄は悪を許さない。……だが」
クラウスはポーションを飲み終えたスミレをそっと寝かせ、左足首を負傷していたブローンの部下に寄る。
「緊急用のポーションはあるか?」
「も、もう少しだけある……。おい、まさか?」
「そのまさかだ。悪でも、英雄は無暗に見捨てたりはしない」
「……好きにしろよ。俺達が渡さなかったら、自分の分を使うつもりだろ?」
言っても聞かないだろうな。そう考えた部下はポーションの残りをクラウスへ手渡す。
「ありがとう」
クラウスはもう一度ブローンに近づき、目の前にその渡された少量のポーションを置いた。感謝の言葉を述べる前に、ブローンはそれをまるで宝を見つけたかのように持ってごくごくと飲み干した。まだ一滴出てこないかと、ビンを逆さまにして何度も口の上で振るのが意地汚い。
「部下に感謝するんだな」
そう言ってクラウスは振り返り、振り返る。だが、その隙を認識した途端に、ブローンはすぐ立ち上がった。
「うがああああああ!!」
振りかぶる拳、急所である後頭部への狙い。いざその拳を振り下ろそうとした瞬間、疾風のように菫色の着物を着た女がクラウスのすぐ隣を駆け抜けた。次の瞬間には、ブローンの拳が振り下ろされるよりも早く、彼の顔面に強烈に拳を叩き込んでいた。
よほどの魔力を使って身体強化をしていたのか、巨体が後ろに吹き飛ぶ。地に倒れ伏したブローンは、白目を剥いて気絶していた。
「奥義、断岩拳。あまり使わない奥義ですのよ?」
ブローンが吹き飛んだことを確認した後、無理矢理に体を動かしたスミレが脱力する。それをクラウスはさっと抱き留めた。
「くすくす。これで、小さく借りは返しましたでしょうか? クラウスさん」
辛そうに咳き込んだ後、スミレは安堵の笑みを浮かべる。問題なかったのにと、クラウスはつられて小さく笑うのであった。




