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英雄とは?

 数日後の城塞都市の中。数多の人が行き交う通りの傍らで、スミレは自分の目を疑っていた。普段は収納している翼と尻尾をつい広げてしまうところだった。


 淫魔(サキュバス)という悪魔などは人々に受け入れられているため、それらを出しても特に問題は無い。狂暴なモンスターと突発するダンジョンいう共通の敵があるため、人間・獣人・魚人・悪魔など様々な種族が手を取り合っている世である。

 しかし、やはりいきなり翼を出されると何事かと人々は驚くだろう。


 目線の先には白髪でガタイの良い男、クラウス。いや、彼がいる所を偶然見るのは彼女にとって何でもないことなのだが、彼がしている行為に対してスミレは驚いていた。


 馬車からの荷物降ろし。いくつもいくつも木箱を降ろして運んでいく。冒険者がやるような事ではない仕事を彼は今しているのである。荷物運びの業者に任せておけばいいものを。


 スミレより頭一つ飛び抜けて高い身長と大きな体格を持つ彼にはうってつけの仕事かもしれないが、冒険者がわざわざそれをやるかというのは疑問だ。

 ダンジョン踏査・破壊、モンスターの討伐が主な仕事であって、決してお手伝いさんではない。そんなことをするのは日々の生活に困っている冒険者くらいだが、彼女の観察によればクラウスはそれほど生活に困っている者ではない。


「クラウスさん、何をやっていますの?」


「アンタは……なにって、荷物を降ろしている」


「ええ、それはそうなのですが」


 気づけばスミレはクラウスの元へ向かって問いかけていた。どんな理由があって荷物降ろしなんてしているのかと聞きたかったのだ。まさかトレーニング代わりではあるまいとの予想をもって。


「英雄様は荷物降ろしなんてするんですの?」


「そうだ。英雄はみんなの助けになることをする」


 摩訶不思議な答えだなとスミレは思う。『英雄だから』。この一言でクラウスはなんでもしそうだと思ってしまうのだ。


「あなたの言う英雄って、なんですの?」


「文字通り英雄だ。小さなことでも、大きなことでも、みんなのためになることをして助ける」


 右腕で額の汗をぬぐい、クラウスは表情を変えることなく答えた。老けた顔立ちをして、英雄とは子供っぽい。極度の甘い物好きで、女性や酒に慣れていないというのも子供っぽい。20歳なので、子供っぽさを残していることにスミレは理解できるのだが。

 なお、クラウスに英雄と呼ばれるまでの実績は無く、自分で自分を英雄と呼んでいるだけである。


「おい! お手伝いさんよぉ! サボるんじゃねぇぞ!」


 手を休めるなと怒号が飛ぶ。クラウスは職場の者に一言謝ってから、スミレに向き直った。


「すまない、仕事中なんだ。話はまた今度だ」


「……失礼しました。ではゆっくり話をしたいことがあるので、19時ごろに冒険者ギルドに来てくださいますか? 大きな仕事が入りそうですわ、英雄様に似合う仕事が」


 皆を助けてくれるのだから、もちろん来てくださいますよね? ニコリと笑うスミレの表情は、有無を言わさぬものであった。



 きっかりと19時。この時間帯、冒険者ギルドでは後日のダンジョン踏査のミーティングなどが良く行われる時間帯だ。

 艶のある流れるような黒髪に、(すみれ)色の異国の着物。彼女がどこにいるのかというのは、周りの恐れる冒険者の視線からでもわかる。

 クラウスは彼女の居場所にすぐに気づき、向かいの席に腰かけた。


「話とは?」


「来てくださりありがとうございます。新しいダンジョンが発見されましたわ」


「やはり戦いの話か」


「わたくしがギルドでそれ以外の話をすると思いまして? わたくし、男遊びや遊戯より血を見るのが好きですもの」


 赤と紫の瞳がすっと細まる。ぞくりと震えあがってしまうような嫌な笑みだ。

 だがクラウスはその怪しさに動じることなく話を進める。一々(いちいち)ビビられる他の冒険者より話がしやすいと、スミレは少し上機嫌になった。

 なお、スミレは処女であるし男遊びやそういう遊戯などまったくもってしたことがない。


「そのダンジョンについては?」


「ええ。先遣隊が先に向かい、ある程度の調査をおこないました。しかし」


 ある程度の調査。それは発見されたダンジョンがかなり広いか、強力なモンスターがうろついていることを示唆していた。

 先遣隊、斥候と肩書は弱そうだがプロだ。それがボス直前などの深い階層までではなくある程度となると、それなりに厄介なダンジョンということになる。


「かなり大きなダンジョンで、かつモンスターの種類と数が多いらしいのです。放っておくと近い内に外に(あふ)れかねない数との情報ですわ」


 深い階層のモンスターが増えると、浅い階層にまで。さらに放っておくと弱いモンスターとまとめて外にまで出かねない。

 ダンジョンに居場所がなく群れを追い出される者がほとんどなのだが、流通を担う運び屋や商人にとっては厄介極まりない存在だ。


「大規模なモンスター狩りをするということか。ギルドの危険度判定は?」


「浅い階層の危険度はCからD。深い所に行くとBですわ」


「なるほど」


「受付嬢さんに聞けば同じことを言ってくれますが、あなたの言う通りに多数の冒険者を募って大規模なモンスター狩りを決行しますわ。可能であれば、ダンジョンコアの破壊も行います」


 中に存在する可能性がある金銀財宝さえ入手できれば、モンスターを生み出すダンジョンにほとんど価値は無い。万が一のために、コアは壊せるなら壊してダンジョンを消滅させてしまうのが良い。


「人手を集めていた所にあなたが働いていまして。と言っても、わたくしでは人がそんなに集まりませんでしたが」


 くすりと自嘲気味に笑ってからスミレは話を続ける。


「浅い階層のモンスターについてはアマチュアの冒険者が対処する予定ですわ。もしものときのために、皆を救うために参加していただけませんか? 遊撃隊としての参加になると思いますが」


「わかった。ギルドに話しを通して参加しよう。……アンタは?」


「わたくしも参加してダンジョンに潜りますわ。それはもう可能な限り奥の奥まで。今のところ、話に出てきたダンジョンより良い所はありませんし」


 他に行きたいところが無いので参加するのですと言って、スミレはコーヒーをぐいっと飲んだ。飲み終わったその顔は、ダンジョンの奥まで潜れるからか、それとも自分の命を助けてくれて気が合うクラウスと話せることからかは不明だった。

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