甘い展開にはまだ遠く
数分後、クラウスの元へ本当にパンケーキとミルクが運ばれてきた。若い女性冒険者が頼むようなものだ。
先程と違った店員が運んできたため、皿は一度スミレの前に置かれた。そこでクラウスが自分が頼んだものだと一言。店員は混乱した頭で謝りながら皿をクラウスの前に移すのだった。
「先日はあんなにお酒を楽しんでいたのに、食べるのは可愛いものですのね」
「ここの酒は……いや、だいたいの酒が飲めない。アンタが持ってきたのが特別飲みやすかっただけだ」
「くすくす、私の観察眼に間違いはありませんでしたわ。……えっと、なにをしていますの?」
スミレがピシッと固まる。クラウスの元に出されたパンケーキに異常な事態が起きているのだ。
「なにって……シロップをかけている。甘いものが好きなんだ」
「限度というものを知っていますか?」
どばぁ、とパンケーキの表面が全てシロップで埋め尽くされるほどのかけ方。甘い物好きだとしても、ここまでのかけ方はしないだろう。パンケーキそのものの味が絶対にわからなくなる量だ。
この行為にスミレが呆れている間に、スミレの元にも肉が運ばれて来た。脂がのった良い豚肉だ。
この男といると感情を動かされることが多いなと思いつつ、スミレはフォークとナイフを手に取る。
「では、いただきましょうか」
軽い雑談を挟みつつ、食事は進んでいく。噛み応えのある肉と柔らかいパンケーキの差だ。当然のようにクラウスが早く食べ終わる。
そのため、クラウスはすぐにもう一度パンケーキを今の半分のサイズで追加で注文した。
食事の食べ終わる時間の差なんて気にしないでいいのに。そういった視線をスミレは送ったものの、彼は最後までそれに気づくことが無かった。
「さて、食事が終わったところで。わたくし達でパーティを組んでみませんか? ダンジョンではかなり相性が良かったと思いますわ」
単独で活動する者同士、パーティを組んで戦ってみないかという提案をスミレは持ち掛けた。
パーティであればよりダンジョンの深い所まで潜ることができ、強い相手と戦うこともできる。山分けにはなるが報酬も今より安定して手に入れることができるだろう。
それに、スミレは何度も言葉を交わさずとも動きを合わせてくれるクラウスのことが気に入っていた。変な所もあるが、渋い雰囲気をして可愛いことをするギャップにも好感を抱いている。
しかし、組む気満々で訪ねてきたスミレの問いかけに、クラウスは難しい顔であった。
「……俺は英雄だから、皆を守るためにダンジョンへ潜ってモンスターと戦う。アンタとのコンビはあまり良いものになるとは思えない。戦う時の相性はいいみたいだが、戦う目的が違うからだ」
同じ志や目的をもってパーティは集まる。守るために戦う自分と、楽しむために戦うスミレでは、いずれパーティは決裂するとクラウスは考えたのだ。
そして、スミレの提案は自分がより楽しむためにパーティを組みたいという個人の利益に基づいたものだったため断るのだ。
「なるほど、単独で自由に動く方が向いているというのですね。……はぁ、やっぱりわたくし、パーティには向かないんですのね」
「すまない。だが、パーティを組まずとも、アンタほどの実力ならどこでも協力者として雇ってくれるのでは?」
「ええ、まぁ、わたくし実力には自信がありますが……」
スミレはぐるりと辺りを見回す。彼女の視線に気づいた冒険者達は、怖気づいて身を引くような仕草を見せる。それだけ彼女が周りから恐れられているということだ。味方の首すら狩りかねない『首狩り姫』として。
「こういうことで。慣れっこですし、わたくしは1人でもダンジョンに潜りますが」
彼女は困ったように首を傾げてみせた。クラウスも彼女の恐怖を覚えそうな戦いぶりを思い出し、なかなか協力者としてパーティへ一時的に加われないわけだと納得した。
「あの昆虫蔓延るダンジョンで、一緒に戦っていた時は楽しかったですわ。残念ですが、このパーティの話は無かったということで」
自分が食べた分の代金は払っておきますわね。そう言い残して、スミレは席から立ち上がる。
「パーティは組めないが」
呼び止めるようにクラウスは一言話しかけた。
「アンタが俺を呼んでくれれば、俺はいつでも英雄として助けに行く。どんな敵でも倒す」
「くすくす、助けに行く? わたくしの方が実力は上ですわ。わたくしが敵わない相手にあなたが勝つかどうか……。でも、もしもの時があったらお願いしましょうかね、英雄様」
もう一度ベストなタイミングでクラウスが助けに来ることなどスミレは考えていない。もう一度スミレが危機に陥るとしたら、その時は本当に死ぬ時だろう。それが圧倒的な実力の前に倒れるのか、搦め手で自由を奪われるのかはわからないが、次の危機では必ず死ぬ。
彼女はクラウスの言葉を本気で受け取らず、お世話になりましたと一度軽く礼をしてからその場を立ち去るのだった。
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