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(2)犯罪組織《毒蜘蛛》

 かつて、ボーシャン・ブバールの私邸があった場所。貴族然とした屋敷が建っていたその場所には、今は質素ながらも上品な屋敷が建っている。前の住人であるボーシャン・ブバールは自身の商会の本館で寝泊まりし、前にも増して仕事に精を出しているそうだ。だが昔からの知り合い曰く、ボーシャンは事件に遭ってから変わってしまったという。突然何者かの襲撃を受けたボーシャンは護衛の兵士の殆どを殺されるも奇跡的に無傷で生き延びた。しかしそれからというもの人が変わったように商会に身を捧げ始め、利益の為なら多少悪どい事もするようになったという。その変わりように妻は困惑して距離を置き、一人娘も家に寄り付かなくなったとか。だが結果としてブバール商会は業績を順調に伸ばし、今では王都以外の都市に支部を構える程である。


 その後ブバール家の私邸跡地に越してきたのは、最近徐々に大きくなりつつある金豚商会の会頭、アレス・ポールドである。ボーシャンとも個人的な付き合いがあるという事でブバール家を取り壊し、その跡地に私邸を建てた訳だが。近隣住民は、そんなアレスを受け入れられずにいた。妻もなく、子もない。にも関わらず屋敷にはメイドと護衛を連れた少女が頻繁に出入りし、アレス自身もそれ程社交的では無かったからだ。アレスの屋敷が建てられてから半年が経った今でも、それは変わっていない。


 そんなアレス邸の一室で、フローラはローカストの瓶詰め作業をしながらリリアの報告を聞いていた。傍らではミュークが楽しそうにフローラの作業を見つめていて、リリアの横にはルークが立っている。


「魔術探査の結果ですが、前回とほぼ同様です。現場で使われたのは光の魔力で、制御能力は素人。しかし出力は王宮魔術師にも匹敵する程強く、斬撃系と強化系の術式を多用しています。現場に残されていたのは売人の死体と破壊されたローカストの瓶だけです」

「聞き込みは?」

「殺されたのは昨日の深夜。全身真っ黒な服装の見慣れない剣士を見たって奴が多かったな。あと、その剣士の横に茶色のローブの小柄な女を見たって言ってる奴も数人居たぜ」

「状況は同じか。他に被害は?」

「いや、ウチだけだって話だ」

「狙いは我々、というよりローカストか」

「えぇ。ですがアレスの報告では敵対組織に動きは無いとの事でした」

「全く。記憶を読めないのは厄介だな」


 フローラは執務机の上に溜まったローカスト入りの瓶を机の横に積まれた木箱に詰め、それを触手で部屋の隅へ移動させた。そして部屋の逆の隅にある大きな壺からバケツへ中身を移し、また瓶詰め作業に入る。


「小動物を使っての監視網はすり抜けられ、売人全員に虫を植え付ける訳にもいかない。どうするべきか」

「襲撃の報告を受けてからでは犯人に追いつけませんし、監視網に引っ掛かるのを待つしか...」

「...なるほど。では植え付けた虫を休眠状態にしておいて、襲撃を受けたら即座に覚醒させて敵の正体を知る、というのはどうだろうか」

「そんな事が可能なのですか?」

「ついでに虫から分体を出せねぇのか?」

「可能だ。よし、では早速虫を植え付ける事にしよう」


 フローラは右手から分体を生成し、現れた分体は黒いローブを羽織って部屋を出ていく。


「では、次の報告です。ローカストの売上は順調に伸びています。ただその影響で、在庫が少なくなってきています」

「製造用の分体を増やそう。倉庫も幾つか新しく借りてくれ」

「了解しました。次に、件の錬金術士がローカストの成分分析を終えました。未発見の魔物の体液だという所までは判明したようです」

「引き続き放置する。しかし毒蜘蛛(タランチュラ)の存在を知った時点で報告しろ」

「かしこまりました。次に、近隣住民達がお嬢様や私達の事を嗅ぎ回っているようです。アレスから何とかしてくれとも言われています」

「ローズリップ伯爵に依頼して偽の記録を用意してくれ。記憶の改竄は私がやろう」

「伝えておきます。報告は以上です」


 フローラは頷くと、遠隔地に居る製造用の分体に追加の分体生成を指示した。そしてチラリと時計を見て、作業を中止し立ち上がった。


「夕食にしよう」

「かしこまりました。準備は出来ております」


 フローラはリリアを連れて部屋から出る。ミュークはその後を追い掛けるとフローラの手を握り、ニコリと笑いかけた。ルークはため息を吐くと、その背に声を掛ける。


「俺はいいわ」


 そして踵を返し、上着のポケットに手を突っ込んで玄関へと向かう。


「わかりました。ついでにアレスに報告をお願いします」

「あいよ」


 ルークは背中越しに手を振ると、玄関ホールを抜けて外へ。フローラ、リリア、ミュークは奥の部屋の隠し階段から地下へと向かった。木造の床下に隠されていた石畳の階段を抜け、リリアが展開した照明代わりの火の玉を頼りに長い石の廊下を進む。突然光を浴びたネズミが驚いて石畳の隙間に逃げ込み、そこに手を突っ込んだミュークに捕まって喰われた。そうして辿り着いたのは、地下牢だ。両脇に並んだ鉄格子の奥に絶望の表情を浮かべた若い女性達が何人も繋がれ、その奥には頑丈な閂のついた鉄の扉があった。フローラは女性達を見渡すと、その中の1人と目を合わせた。紫色の髪に褐色の肌をしたその女性は鎖で繋がれながらもフローラを睨み付けている。身体には傷が多く、周りの女性達と比べて筋肉で引き締まった体つきをしていた。


 フローラがその女性に近付くと、リリアは牢の鍵を開けた。フローラは牢の中に入り、女性の目の前に立つ。女性は真っ直ぐフローラと目を合わせると、フローラの顔に唾を吐いた。しかしそれが首元から伸びた触手に阻まれるのを見て、女性は舌打ちを漏らす。


「覚悟はできてる」

「当然です。お嬢様の命を狙っておきながら、苦しまずに死ねる幸運を噛み締めなさい」


 手錠を外そうとするリリアを無視してまで、女性はフローラから目を離さない。そして手錠が外れた瞬間、女性はフローラに襲いかかった。だがフローラの細い首元目掛けて伸ばされた両手は触手に叩き落とされ、女性の顔をミュークの半透明の腕が大きく膨らんで覆う。息が出来ずに藻掻く女性を軽々担ぎ上げたミュークはフローラの顔を期待を込めて見つめた。


「行くぞ、ミューク」

「ごはん!!」


 フローラとミュークは鉄の扉の中に消え、リリアが外から閂を掛ける。リリアは牢の鍵を閉め直すと、石畳の廊下を通って石の階段を昇った。その背後から、女性の嬌声が響く。何かを叫ぶ女性の声を聞きながらリリアは階段を昇り、隠し階段を元に戻した。そして厨房へ向かって木造の廊下を歩きながら、ふと漏らす。


「...1人ですね」

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