(7)Round 2
玄関ホールに焦げた臭いが漂った。時折パチリと鳴るのは、魔術師達の炭化した死体である。
「さて、アレスを助けに行くとしよう」
フローラがそう言った瞬間、リリアが右手に緑の魔法陣を展開。ミュークはリリアの左手を握り、同調するように瞳に緑色の光を宿した。それを見てルークは剣を上段に構え、フローラは静かに背中から2本の触手を生やした。
「さっきぶりだねぇ、フローラ・ヴァイス」
そんな声と共にリリアの魔法陣が細かく振動し、割れる。魔法陣に込められた魔力が暴走し、リリアとミュークは弾き飛ばされた。それをフローラが触手で優しく受け止め、玄関ホールの奥にある大きな階段の1番上を睨む。
「会いたくなかったよ、《蛇使い》」
目を回すミュークを支えながらリリアは立ち上がり、右手に緑の魔法陣を展開。階段の1番上に両手を上げた姿の《蛇使い》が現れた。その姿は貧民街での戦闘時とは違い、黒い長髪を靡かせるグラマラスな美女だ。
「似合ってないぞ、《蛇使い》」
「仕方ないんだよねぇ。まさかアッチが壊されるとは思ってなかったからねぇ」
会話が途切れ、静寂が舞い降りる。それを切り裂くように、ルークは剣を振った。
「剛剣:大衝波ァ!」
黄色の光を纏って振り下ろされた剣から、床伝いに衝撃波が放たれた。それは階段に当たると炸裂し、凄まじいまでの魔力の暴風を生み出す。しかし《蛇使い》は緑色の魔法陣を指先に展開すると、気取った仕草で指を鳴らした。途端に魔力の暴風は消え去る。《蛇使い》は逆の手の指先に黒い魔法陣を展開。再び気取った仕草で指を鳴らし、自身を囲むように4匹の大蛇を召喚した。ほぼ同時にフローラは背中からもう2本触手を生やすと、合計4本の触手を巨大化して大蛇を迎え撃つ。大蛇が自身と同じ大きさの触手に牙を剥くと触手の先端が2つに割れ、中から無数の鋭い歯が覗いた。
「やるねぇ」
「同じ手は食わない」
空中で激しく揉み合った触手と大蛇は、お互いに相手を食い千切り霧散する。
「ミューク!」
リリアがミュークに声を掛けると、ミュークは瞳を緑に光らせて《蛇使い》を睨んだ。
「中々の魔術妨害だねぇ」
《蛇使い》は感心した様子で右手に黒い光を纏わせると、空中にある見えない何かを握り潰そうとした。そしてそのタイミングで、リリアが黄色の魔法陣を展開。それを自分の足元の床に押し付けた瞬間、《蛇使い》の足元がグニャリと捻れて木製の拳が《蛇使い》に襲いかかった。しかし顎を狙ったその一撃を、《蛇使い》は上体を少し反らして回避。
そこへ、ルークが剣を携えて飛び込んだ。上段からの振り下ろしを《蛇使い》は半身になって躱し、続く横なぎの一撃を魔力で強化した肘鉄で逸らす。ルークは続けて足蹴りを放とうとするが、その前に《蛇使い》はルークの足を踏み抜いた。
「剛剣:嵐破!」
大声と共にルークは全身から魔力を放出。《蛇使い》はその魔力に押し飛ばされ階段下へと飛び降りた。そこにフローラの触手が殺到。触手の先端には鋭い針が生えている。それを《蛇使い》は瞬時に赤い魔法陣を展開して焼き尽くす。反撃とばかりに逆の手に展開した赤い魔法陣をフローラに向けるが、その魔法陣は振動すると砕け散った。それを待っていたのか、ルークが階段の最上段から跳ぶ。
「剛剣:竜断破!」
剣から黄色の魔力が勢い良く噴き出し、ルークは墜落するように《蛇使い》へ襲いかかった。
「ヒェッヒェッヒェッ! 良いねぇ! 良い連携じゃないかねぇ!」
ルークの大剣と、《蛇使い》が頭上に掲げた黒い魔法陣が拮抗する。制御を離れた魔力が稲妻のように迸った。
「お礼にお見せしようかねぇ」
《蛇使い》が黒い魔法陣に更に魔力を注ぎ込み、魔法陣が巨大化する。リリアはそれを見て緑の魔法陣をルークに向けた。《蛇使い》はニヤリと笑うと、高らかに声を上げる。
「《ヴリトラ》」
巨大な魔法陣から、それ以上に巨大な黒いナニカが天へと昇る。それは屋敷を貫き大穴を開けた。そして天空でフローラ達を見付けると、大きく口を開いて地上へ首を伸ばした。
「どうするかねぇ、フローラ・ヴァイス!」
《蛇使い》は期待に満ちた顔でフローラを見た。フローラはため息を吐くと、背中から無数の触手を生やした。その触手はゆっくり上へと伸び、絡み合って繋がりフローラ達の頭上に蜘蛛の巣を形成した。そこに巨大な蛇が突っ込み、蜘蛛の巣と蛇が力比べを始める。
「こうするんだ」
フローラが指を鳴らすと、蜘蛛の巣を形成する触手の表面に細かく鋭い歯が生えた。そして、蜘蛛の巣は食らいつくように蛇を一瞬で包んだ。耳を劈く咆哮が響き、滝のように血が流れ落ちる。触手は蛇の全身を包んだまま、ゆっくりと捻れた。血の滝は勢いを増し、そこら中を赤く染める。耳を劈く咆哮は更に大きくなり、あまりの騒々しさに壁や地面が震えた。
そして、瞬く間に全てが消える。蛇も、血も、蜘蛛の巣も。屋敷には静寂が戻り、月明かりが天井の穴から玄関ホールを照らす。
「あぁ...。流石だねぇ、フローラ・ヴァイス。ボクは満足だよ」
「そうか」
目を瞑り、両手を広げた《蛇使い》の胸からルークの大剣が突き出た。《蛇使い》は吐血しながら満足そうに笑う。
「また会おうねぇ、フローラ・ヴァイス」
「断る」
ルークが大剣を引き抜き、《蛇使い》が崩れ落ちる。その口から大量の血と共に小さな蛇が流れ出た。
「...行くぞ」
フローラはそれだけ言うと、歩き出した。