(6)旬の食材を使ったオードブル〜血飛沫を添えて〜
王都フェルディナンドの中心には王城が聳え建ち、その外周には貴族街が広がっている。貴族街は白亜の壁で囲まれ、出入りは自由だが緊急事態が起きた際には門が閉じられ結界が張られる。そして壁の外側には貧民街が広がる。人も獣も、病魔さえも簡単に出入り出来る貧民街は緊急事態であっても閉じられる事は無い。貴族と貧民。王と民。それらは決して交わる事無く、また入れ替わることも無くただ脈々と受け継がれてきた。しかし、時に王さえも殺し得る商人だけは例外だ。
ブバール商会の会頭を勤めるボーシャン・ブバールは貧民街の出だが、その類まれなる商才によって貴族街に屋敷を持ち、更には近日中に准男爵位を賜るとの噂もある。しかし最近では屋敷から姿を見せる事も少なく、何やら怪しい連中との繋がりがあると言われていた。だがそんなボーシャン・ブバールが実は体調不良で。しかも快気祝いに盛大にパーティーを開くと聞いた弱小貴族や豪商達は、こぞってその招待状を求めた。ブバール邸には次々に馬車が止まり、豪華絢爛で品のない服装の人々がキツい香水の匂いを引き連れてブバール邸へと吸い込まれていく。
そんなブバール邸の前に、4人の姿はあった。
「ホントにここにアレスが居るのかよ?」
「ミュークの分体通信網によればここだ。それに僅かだが、虫の気配を感じる」
「全て焼き払って確かめれば分かる事です」
「アレスー!!」
騒がしい毒蜘蛛の面々は、パーティーに合わせて正装を着ていた。
「しかしルーク。お前は燕尾服が絶望的に似合わないな。もう少しスマートになれないのか」
「無茶言うな! 大将だってその...」
「可 愛 ら し い...ですよね? ルーク?」
「お...おう!似合い過ぎてビックリだぜ!」
「ミューは〜?」
「勿論可愛らしいですよ、ミューク」
フローラは青色のフィット&フレアータイプ。後ろ腰に大きなリボンが付いている。リリアはタイトなドレスで、地味な色ではあるものの抜群のスタイルに映えている。ミュークは白と水色のバルーンドレスだ。上半身は白、下半身は水色である。
「まぁどうせ返り血で汚れるからな。ただの慣例だ」
「どんな慣例だよ。敵地に殴り込むっつーのに正装なんざ聞いた事ねェよ」
「お嬢様はこんなにも愛らしいのに、何か文句があるのですか? ルーク」
「いや...良し! で、何処までやっていいんだ?」
「建物の形は残せ」
ルークはその言葉に笑みを浮かべると、悠然と屋敷の入口へ近付いた。明らかに不審な雰囲気が漂う4人組に、2人の門番が怪訝な目を向ける。それにフローラがニッコリと笑って返した瞬間。
「嘶け《首切包丁》」
ルークの手刀が門番の胸に突き刺さり、魔法陣が煌めく。門番の首が飛び、血飛沫が上がる。そしてその胸からルークが長大な剣を引き抜いた所で、もう1人の門番が首から下げた笛を咥えた。そして全力で息を吹くが、門番の予想を裏切って音は出なかった。
「良いのですか? 貴重な空気を吐いてしまって」
リリアが声を掛ける。その右手には、緑の魔法陣が展開されていた。門番はもう一度笛を吹く為に息を吸おうとして、自身の周囲に空気が存在しない事に気付いた。混乱して膝から崩れ落ち、空気を求めて石畳を引っ掻く門番。その首に、ルークの剣が突き刺さった。リリアが抗議の目を向けるが、ルークは目を合わせずに剣を構えた。
「剛剣:大斬波!!」
首切包丁から放たれた黄色の斬撃が庭の木々を切り倒し、門から屋敷の扉までの1本道を敷いた。そこで異変にようやく気が付いた衛兵達が駆け付ける。片手剣とバックラーで武装した衛兵達は、剣を引き抜くと身構えた。そして1番前に立つ衛兵が声を張り上げる。
「何者だ! ここはボーシャン・ブバール様の私邸である!」
「お前は何を言っている? 我々が侵入者以外の何に見えると言うんだ?」
顔を真っ赤にして暴言を吐こうとした衛兵。しかし声を上げる前に、リリアの手に赤い魔法陣が展開された。そしてそこから炎が放射され、衛兵の集団を炎の渦で焼き尽くす。炎の渦から逃れようとした衛兵は炎の腕に抱き留められ、再び渦の中へ消えていった。
「では、進軍を再開しよう」
4人が門から屋敷の扉まで歩く間に、衛兵達が次々と襲いかかった。しかし4人は衛兵を見る事さえせずに撃退し、衛兵達は呻きをあげて庭へ転がる。そして遂に扉に辿り着いた4人は気を引き締めると、フローラが扉を開いた。その瞬間、扉から炎が溢れ出る。フローラは瞬時に背中から触手を生やし、自身と扉を隙間無く覆った。炎は3人の前で遮られ、熱さえも届かない。少ししてから、触手は炭となって朽ち落ちた。フローラも炭となって立ち尽くしている。
「やったぞ! 1人殺した!」
広い玄関ホールで歓声を上げるのは、灰色のローブに身を包んだ魔術師達だ。彼等はお互いを褒め称えながら、握手を交わしあった。守られた3人が何の反応も示さずに待っている事にも気付いていない。
「何だそのザマは」
フローラの声が響く。フローラは炭化した身体で、1歩踏み出した。
「まるで素人じゃないか。まだ敵は残っているだろう? はしゃぐ暇があるなら魔術を使え」
口を動かす度に身体が崩れ落ちるが、それでもフローラは止まらない。そして玄関ホールの真ん中まで魔術師達を追い詰めると、腕を組んだ。その足下から新たな触手が生まれ、少女の柔肌へと変わっていく。それは波のように、つま先から頭頂部まで続いた。そして全身の再生を終えたフローラの身体を、肩から生まれた触手が青いドレスとなって包み隠す。そうして全てを元通りに復元したフローラの横に、3人が並んだ。魔術師達の間に動揺が走る。
「ブバール商会は従業員の質は高いが、護衛の質は著しく低いな。正直落胆した」
「こんなのにやられたってのか、リリア」
「《蛇使い》の魔術妨害に負けたのです。こんな雑魚共に負けた訳ではありません」
「ミューが着いてる〜!」
リリアは飛び上がって存在をアピールするミュークの頭を撫でると、1歩前へ出た。
「では、ここは私とミュークが。ミュークは魔術妨害に警戒して下さい」
そう言って、リリアは魔術師達を見据えると同時に背後に魔術を展開した。それは赤と黄色の魔法陣。その数、30以上。
「お嬢様を裸にした罪。貴方達の命で償いなさい」
魔法陣が煌めき、そこから燃え盛る鳥が飛び出した。玄関ホールは飛び回る炎の鳥達に占拠され、魔術師達は急いで張った水の防壁をいとも簡単に抜かれて火達磨になっていく。そんな中、魔術師達の中の誰かが叫んだ。
「乱射狂が敵なんて聞いてない!皆早く逃げ――」
しかしその誰かも、燃え盛る鳥の体当たりを食らって焼け死んだ。
「乱射狂...懐かしい名前ですね。でも今は、可愛らしくて美しくて強くて優しくて一生懸命で容赦の無い、お嬢様のメイドです」