(4)人ならざるモノ達
フローラは轟音と共に、半ば墜落するような形で貧民街へと降り立った。蛇使いは黒ローブのフードを手で押さえ、フローラが連れてきた突風に堪える。
「ヒェッヒェッヒェッ! 来たねぇ、フローラ・ヴァイス」
蛇使いはニチャリと笑うと、その病的なまでに白く細い腕をフローラに向ける。赤い魔法陣が瞬き、矢のような炎弾がフローラに発射された。フローラはその身体とは不釣り合いな程に巨大な翼を強くはためかせ、炎弾を風でかき消す。炎弾を吹き消した突風が収まった後、フローラは翼を大きく広げるとそれを切り離した。重く、水っぽい音がして翼は貧民街の裏路地に横たわり。フローラが一歩、蛇使いへ踏み出したのを合図に翼は激しくのたうち触手の塊となった。塊は朧気に人の形をとると、変質して少女に変わった。金髪、蒼眼、雪のように白い肌、華奢なボディライン。
「噂に聞いてたけど、やっぱり君の魔術は気持ち悪いねぇ」
「「「お前の顔ほどじゃない」」」
3人に増えたフローラは異口同音に皮肉を吐き、そして蛇使いに向かって駆け出した。蛇使いは右手で炎弾を連射しながら左手に黄色の魔法陣を展開し、フローラが蛇使いに肉薄する寸前に裏路地を土の壁で封鎖した。それを見たフローラの1人は踵を返し、貧民街の奥へと消えていく。残った2人の内の片方は両手を組んで腰を落とし、駆け寄ったフローラが組んだ両手を足がかりに土壁を飛び越える。
「だろうねぇ」
楽しげな声がして、土壁を跳び越えようとしたフローラが炎弾に打ち据えられて炎上。人の形が崩れ、炭と化して足場になったフローラの足元へ転がる。それを気にすることも無く、フローラは右腕を引き絞ると全力で踏み込み土壁を殴り付けた。轟音と共に土壁が弾け飛び、フローラへ向けて炎弾が複数迫る。
殴った衝撃で身動きが取れなかったフローラは、瞬時に上半身を触手へ変え炎弾を回避。そのまま全身を触手へ変えると2つに分裂し、少女の形へ戻る。しかしどちらも右腕が剣、左腕が盾の形をしている。
砂埃の向こうで赤い魔法陣が瞬いたのを見逃さなかったフローラ達は、盾を胸の前に構えて猛進。炎弾を盾で受け流しつつ、蛇使いへと迫る。
「ホントに何なんだろうねぇ」
蛇使いは呟くと、頭の上に両手を掲げ緑の魔法陣を展開。それを勢い良く地面へと叩き付け、発動した魔術によって天高く舞い上がった。フローラは強風に耐えきれず足を止める。しかし風が止んだ瞬間、片方のフローラは背中に翼を生やすと蛇使いを追って舞い上がる。そして地上に残ったフローラは左手を弓へと変え、右手を人間の手の形へ戻す。
蛇使いは炎弾や強風で翼のフローラを撃ち落とそうとするが、翼のフローラは盾で全て受け流して蛇使いへ迫る。それを見て距離を取ろうとした蛇使いの背後を、矢が光のように掠めた。
「厄介だねぇ」
蛇使いは諦めたような顔で動きを止め、翼のフローラが振り上げた剣を両腕を開いて迎えた。そして剣が蛇使いを捉える寸前、蛇使いの背後から現れた真っ黒な大蛇が翼のフローラを食い破った。
「ボクの名前は《蛇使い》だよ?」
「なんだ。蛇のように執念深いのではないのか」
「それもあるかもねぇ」
蛇使いは真っ黒な大蛇を伴って空から舞い降り、フローラは両手を普通の手に戻して着地を待った。しかし蛇使いはフローラの頭より少し上で停止する。
「闇属性とは珍しいな」
「闇の魔術は禁術が多いからねぇ。使うだけで犯罪者扱いだよ」
フローラと蛇使いは暫し無言で睨み合った。そして何処かで鳥が鳴いたのを合図にフローラは走り出し、蛇使いは真っ黒な大蛇を差し向けた。大蛇は地面を素早く這うと、走るフローラに大口を開けて迫る。フローラはその口の中へ飛び込み、大蛇は反射的に口を閉じた。それを見た蛇使いが片眉を釣り上げた瞬間、大蛇の喉が爆散しフローラが飛び出す。蛇使いは笑みを浮かべ、両手の前に黒い魔法陣を展開。連動してフローラの行く手に黒い魔法陣が幾つも展開され、そこから黒い大蛇が顔を出す。次々フローラに襲いかかる大蛇。それを躱し、殴り、触手で引っ張って。フローラは蛇使いの足元へ辿り着いた。
フローラの手から触手が伸び、蛇使いを捕らえる。しかし締めあげられた蛇使いは解けるように蛇の大群へと変わり、そしてフローラの背後にもう1人の蛇使いが現れた。その手には赤い魔法陣と黒い魔法陣が重なって展開されていて。
「これは効いて欲しいねぇ」
そんな嘲りを含んだ一言と共に、魔法陣から燃え盛る大蛇が顔を出した。そして炎の大蛇がフローラを食い殺す為に口を開いた瞬間。
「《剛剣:大斬波》!!」
黄色の剣圧が大蛇の頭を消し飛ばした。そして蛇使いの懐に、半透明の少女が入り込む。ミュークの半透明で小さい拳が唸りを上げて蛇使いに突き刺さり、蛇使いはその威力に身体をくの字に曲げて水平に吹き飛ばされた。しかしその途中で触手に捕まり、逆再生のように引き戻される。
「さぁ、お返しだ」
その行先では、フローラが異形の右腕を振りかぶっていた。前腕から、長い棒が並行に突き出た巨大な腕だ。フローラはその異形の腕で蛇使いを殴りつけ、トドメに腕の機構を作動させた。それはバリスタのように長い棒を拳から突き出すだけの機構だ。だが触手の性能は、たったそれだけの機構に鋼鉄の城門さえ打ち破れる程の威力を与える。
そんな物を至近距離で、しかも反対方向の力を加えられた上で受け止めた蛇使いは。何かが無数に割れる音と共に上半身と下半身に分かれた。
「ヒェッヒェッヒェッ...まさか一撃でボクの結界を全て破るとは思わなかったねぇ」
しかし蛇使いは触手に捕まったままでフローラを嘲笑する。
「まぁ、目的は達成したからねぇ。今日はここでお開きにしようかねぇ」
そう言って特徴的な笑い声を上げた蛇使いは、暫くして事切れる。その口からは血と、1匹の小さな蛇が滴り落ちた。それを見たフローラは蛇使いの耳の穴に触手を突っ込んで記憶を読み取る。
そして苛立たしげに蛇使いの死体を投げ捨てた。
「あぁ、なるほど。だから《蛇使い》か」
追い付いたルークがフローラに問う。
「どういうこった?」
「コイツは偽物で、囮だ。詳しい話は後にしろ」
フローラはぶっきらぼうに答え、リリアに連絡をとった。
『リリア! 聞こえるか!』
しかしフローラの予想通り、リリアからの応答はない。フローラの足元で、小さな蛇がキュウと断末魔を上げた。