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(1)毒蜘蛛

改稿します。

 王都フェルディナンドの片隅にある寂れた宿屋。ベッドと机、椅子が置かれただけの手狭な部屋が5つしかない小さな宿屋だが、裏世界の人間達からは重宝されている。宿屋を切り盛りするのは声と耳を失った初老の男独りだけ。その上誰が置いたのか、各部屋には防音の魔道具が備え付けられている。誰にも見られず誰にも聞かれないこの宿屋は、無法者達から見れば都合が良いという訳だ。


 その宿屋の一室に、5つの人影があった。部屋の真ん中で椅子に縛り付けられ血と涙を流す焦げ茶色の髪の男、その前に立つ筋肉質で大柄な短髪の戦士。そしてベッドに腰掛ける妙齢の美女はメイド服を着ていて、その膝に頭を乗せて仰向けで本を読んでいるのは金髪の儚げな少女だ。サファイアの瞳が忙しなく右から左に動いている。その胸の上に乗り、右に左に行ったり来たりするサファイアを見て微笑むのは半透明の少女。腹部にある紅い球が時折淡い光を放っている。


 「で、バガス。テメェは何してたって?」


 戦士が不機嫌そうに焦げ茶色の髪の男――バガスに尋問した。


 「すまねぇ...ルークの旦那。こんな事になるとは思ってなかったんだ」


 バガスは涙声で戦士ルークに返すが、ルークはバガスの胸倉を掴むと椅子ごと引き上げて目線を合わせた。


 「テメェがどう思ってたかなんて聞いてねェんだよ! 薬を何処やった!!」


 バガスはルークの腕を掴み、その手を弱々しく叩いた。顔が徐々に赤く染まっていく。


 「ルーク。死なせるつもりですか」


 メイド服の美女が平坦な声で割入った。慈愛に満ちた目で膝の上の少女を見つめながら。


 「チッ。大体こういうのはお前の方が得意だろ、リリア」

 「お嬢様を愛でる大切な時間を、ゴミ虫如きの為に使えと?」

 「...アレスを連れてくるんだったよ、クソが」


 リリアと呼ばれたメイド服の美女は、ルークの方をチラリと見ると再び膝の上の少女に目線を戻した。そして少女の邪魔をしない程度に前髪を弄び、顔を綻ばせる。


 空気を求めて喘ぐバガスを乱暴に手放し、ルークは深くため息を吐いた。部屋にバガスの咳き込む声だけが響く。


 「で、盗んだクソ野郎に心当たりは?」

 「...実は新人が2人入った。最近昔馴染みがパクられたんだ」


 目線を合わせる為に、今度はしゃがみ込んだルークにバガスが言った。その口からは咳き込んだせいか涎が垂れている。


 「それを最初に言えってんだよ」

 「いきなり殴ったのは旦那だろ!?」

 「だから貴方は脳筋と言われるんですよ、ルーク」


 少しだけ、空気が緩んだその時。リリアの膝の上の少女がパタリと本を閉じた。抱き締めようと手を伸ばす半透明の少女を押し退けて、少女が立ち上がる。そしてバガスと目を合わせた瞬間、部屋の空気がピンと張り詰めた。


 少女はキャミソールに出来た皺を伸ばし、金髪をふわりと泳がせながらゆっくりバガスに迫る。宝石のような瞳は一心にバガスの瞳を見つめ、一瞬も外れない。


 そしてバガスの目の前まで辿り着いた少女は、バガスが瞬きする間にその首を締め上げた。ルークの時よりも早く、バガスの顔が紅潮していく。


 「お前は言ったな? 私に命を捧げると」


 鈴の音のような可愛らしい声で、しかしゾッとするような口調で少女は言う。


 「そして私は言った筈だ。失敗は許さないと」


 バガスの瞳が恐怖に染まる。


 「安心するといい。死んで詫びろなどという非合理的な事は言わない」


 言うが早いか、少女の背中から無数の触手が生えバガスに迫る。


 「自分の失態は自分で取り返せ。ただし――」


 触手が矢のように伸び、バガスの顔のあらゆる穴に殺到した。


 「お前の人生はここまでだ」


 身の毛もよだつ絶叫を上げ、バガスが全身を痙攣させる。痙攣し、失禁し、絶叫し、強く握り過ぎた拳から血が滴った。


 だが少女が触手を抜くと同時、バガスは静かになった。そしてゆっくりと立ち上がり、四人全員に深く頭を下げ部屋を出ていく。その足取りは若干覚束無いが、拳から滴っていた筈の血はもう止まっていた。


 「相変わらずえげつねェなぁ」

 「最も手っ取り早く、効率が良い」


 頭を搔くルークにそう応えた少女は、触手で首から下を覆い目を瞑った。触手は変形しながら変色し、黒いスーツへと姿を変える。


 「さて、我々は我々の仕事をしよう。毒蜘蛛(タランチュラ)の評判を落とす訳にはいかない」


 ルークは首を鳴らし、リリアは立ち上がってメイド服の皺を伸ばす。半透明の少女はそんなリリアに抱っこをせがんだ。そして、一同は部屋を出る為に扉を開ける。


 「フローラ・ヴァイスだな。王都騎士団である。一緒に来てもらおう」


 そして、待ち伏せていた鎧の騎士達と目が合った。騎士の鋭い目はしっかりと少女を捉え、その手は腰の剣に添えられている。それを見て、スーツの少女――フローラは悪魔のように口角を上げて笑った。


 「残念ながら暇ではないのでな。そちらに行く予定は無い」


 それを聞いた騎士は腰の剣を抜き放ち、一歩踏み込んで視界の異変に気が付いた。


 「...天井?」


 そんな間の抜けた声と共に、騎士の首が床に転がる。間欠泉のように吹き上がった血が天井を染め、雨のように落ちた。扉の右側から金属音の混じった重い足音が近付くのを聞き取りながら、フローラは声を上げて笑う。


 「コイツはこの為に1時間以上も立っていたのか?」


 駆けつけた仲間の騎士達が剣を振りかざし、半透明の巨大な拳でいっぺんに殴り飛ばされた。フローラは首のない騎士の遺体を跨ぎ、廊下を進む。


 「全く、貴様らは変わらんな。ある意味尊敬するよ」


 赤い魔法陣が廊下の奥で煌めき、廊下ごとフローラを焼き払う。しかし炎はすぐさま消え、白煙が廊下に立ち込めた。


 「成程。貧民街ごと焼き払うとは良い作戦だな。私は死に、治安も少し良くなる」


 リリアは青い魔法陣が浮かんだ右手を握り込み、再度開くと同時に緑の魔法陣を展開した。白煙は風に流され、廊下の見通しが良くなった。


 「1階に10、玄関前に15、裏手に15です」

 「金を払ってない」

 「翁は玄関前で保護されています」

 「では表から出るとしよう」


 リリアとフローラが短く打ち合わせ、ルークは廊下を走った。そして勢いそのままに、新たな赤い魔法陣を展開していた魔術師を殴り飛ばす。


 「嘶け《首切包丁(コシュタ・バワー)》」


 その魔術師の胸倉を掴み、右手に展開した魔法陣を押し付ける。魔術師は断末魔を上げ、胸に貼り付いた魔法陣から長大な剣を生んだ。それをルークが引き抜くと同時、魔術師の首が宙を舞う。


 ルークは大剣を肩に抱えて階段を飛び降り、1階と2階の間の踊り場に着地した。そして大剣を腰だめに構え、声を張り上げる。


 「ミューク!飯だぞ!」


 ほぼ同時にルークの頭上から降ってきた半透明の少女を、ルークは大剣の腹で殴り飛ばした。


 ミュークは衝撃で拡散し、拳程の大きさとなって宿屋の1階で待ち構えていた騎士達に降り注いだ。ジュウっと音がして、ミュークが付着した部分が有機物無機物問わず溶けていく。悲鳴と血と恐怖で染まった騎士達の真っ只中に、ルークは大剣を構えて突っ込んだ。


 「《剛剣:大車輪》」


 阿鼻叫喚の騎士達の真ん中で、ルークは黄色に輝く大剣を横なぎに振り回した。剣圧が黄色の光を纏い、騎士達を壁へと吹き飛ばす。


 「少しは翁の迷惑も考えなさい、ルーク」


 フローラと共に1階へと降りてきたリリアはそう言うと、右手に緑の魔法陣を展開。騎士と共に吹き飛ばされた家具や小物が元の場所に戻る。そして今度は左手に展開した青い魔法陣を宿屋の玄関へ放り投げた。


 「撃てェェェーー!!」


 そこに玄関の外で待機していた魔術師達の炎が殺到。青い魔法陣から現れた大きな水の壁に阻まれて消えていく。


 「丸ごと吹っ飛ばす気か!?」

 「我々を殺せればそれでいいのだろう。死人に口なし。殺ったのは我々だという事にすれば文句は出ない」


 驚愕するルークにフローラはそう諭すと、宿屋の玄関へ足を進めた。それを合図に水の壁が消え、再び炎の球が迫る。しかしそれら全てを触手で払い落としたフローラは、後ろ腰で手を組むと宿屋の玄関の前に立ちはだかった。


 「良ければ裏手のお仲間も呼ぶといい。そのくらいの時間は差し上げよう」


 フローラのその言葉に、何人かの騎士が無言で1人の騎士を見た。視線を追い、背中にマントをはためかせる騎士と目が合ったフローラはその騎士の苦虫を噛み潰したような顔を見て笑顔を浮かべた。花が咲くような、見た目相応の笑顔だ。


 「殺れ」


 短くそう吐き捨てたフローラの声を合図に、半透明で不定形の粘液がその騎士の身体を這い登った。肉の焦げる音と匂いが充満し、騎士は全身を掻き毟る。


 その悲鳴をBGMに、フローラは残った騎士に可憐な笑顔を向けた。


 「まだ続けるなら御相手しよう」


 恐怖が限界に達した騎士達は悲鳴を上げ、我先にと全てを踏み潰して逃走を図る。後には座り込んだ老人と、ピクピク痙攣する人の形をした肉だけが取り残された。

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