4月1日
『それで、先輩に怒られちゃったんだ』
『うーん、アヤもだけど、先輩さんも、ちゃんと言ってて欲しいよね、決まりがあるなら!』
夜のベッドの上、私は今日も、寝る前に友達とメッセージで会話していた。中学校に上がる際、親の仕事の都合で、遠くへ引っ越してしまった友達。小学校ではすっごく仲が良かったから、離れてしまうって知ってしばらくショックを受けていた。
『そういえば、もう4月だよね?』
『あ、ほんとだね』
気付くと、もう日をまたいでいたようで、今日から4月だった。学校は春休みだから、部活はあるものの授業がなく、曜日感覚というか、日付をあまり意識していなかった。新学期の始業式まであと何日あるんだったかな…。
『アヤ、明日、というか、今日って、何か予定ある?』
聞かれて考えるけれど、特に入っていなかった。クラスの友達とのお出かけは、土日で行ったし…。
『うーん、特にないかな!』
『そっか!あたしもヒマだなあ。部活もないしね』
『私も!あ、そろそろ寝なきゃ怒られちゃうから、寝るね!』
『そうだね!おやすみ!』
メッセージの相手、ヒナは、眠そうなスタンプと一緒に送ってきた。私もおやすみのスタンプを送ってスマホの画面を切る。中学校に上がるときに買ってもらったスマホ。夜に使えるのは0時までということになっている。確か明日(というかもう今日)まで、私が入っている吹奏楽部はおやすみだったから、朝はゆっくりできる。何しようかな。アヤはなんで予定を聞いて来たのかな…。そう考えつつ、でも頭はもう働かなくて、私は目を閉じると、やがて眠りについた。
念のためかけていたスマホのアラームで目を覚ますと、もう10時だった。家族はみんな仕事でいない。パジャマから部屋着に着替えて、朝ごはんを食べる。軽く学校の宿題をしてスマホを触っていたら、もうお昼を過ぎる頃。お昼ごはんはどうしようかな、お母さんからお昼ごはん代をもらってるから、せっかくだし近所のスーパーまで買いに行くかと、ちょっとそこまで行けそうな外着に着替える。ベージュの長袖のパーカーに、黒ののキュロット、外は暖かいから、素足のままで、クロックスのサンダルを履くことにする。別に靴下が苦手ってわけじゃないけど、わざわざ靴下を履く必要がないと思う時は、履かないだけ。玄関を出ようとしたときに、スマホを忘れていることに気付く。リビングに戻ると、さっきまで寝ていたソファの上に、スマホが転がっていた。画面を見ると、ヒナからメッセージが来ていた。つい10分前。
『アヤ!私は今どこにいるでしょう!』
そんなメッセージと共に、一枚の写真が。誰かの足元を撮った写真。見覚えのある床。そこに立つ白ソックスのままの足。これって、学校…?
『え、学校…?』
『正解!よくわかったね!』
『どうして?ウソ、ほんとにいるの?』
『待ってるよ!』
そんなメッセージと、スタンプをただ送ってくるヒナ。どういうことだろう。親の仕事の都合で、中学校に進学するタイミングで他県に引っ越したはずなのに…。でもたまたま戻ってきているのかもしれない。それなら、一刻も早く会いたい!小学校の間、ずっと仲の良かったヒナだもの。私はその格好のまま、クロックスサンダルをつっかけて、自転車に乗る。春休み中だから、制服じゃなくても大丈夫だろう、きっと…!
学校は部活動をしている生徒のために今日も門は開いていた。グラウンドではサッカー部が元気に活動している。私はその横を、自転車を押して駆け足で進む。適当に止めて先生に見つかると大変だから、きちんと指定の位置に自転車を止めると、靴箱へ。慌ててきてしまったせいで、上履きを持って帰っていたことを忘れていた。でも早くヒナに会いたい一心で、サンダルを脱いで靴箱に入れると、裸足のままで校内へ。こうなるなら、靴下履いてきたら良かったなと思うけど、気にせず進む。
学校には着いたけれど、ヒナがどこの教室にいるのかわからない。どこにいるの?って聞いているけれど、あれ以来、返信はない。既読はついてるけれど。とりあえず、自分の教室へ向かってみる。汗ばんでいるのか、ペシ、ペシという裸足の足音が、無人の廊下に響いてちょっと恥ずかしい。階段を上がり、2年生の教室が並ぶ校舎3階へ。来年は4階に上がるらしい。上り下りが大変だなあと思う。休み中は生徒の掃除がないから、ざらざらする廊下をさらに進み、ようやく自分の教室へ着いた。窓から中を伺うけれど、誰もいない様子。LINEの返信も来ないまま、と思っていたら、ちょうど返信が来た。またしても足元の写真。けれどさっきと床の模様が違う。これはわかる。私が日々部活動で利用している、音楽室だ。2階の端っこにある。私はまた、ペシ、ペシと足音を鳴らして廊下を急いだ。
音楽室へ近づくと、誰かが自主練に来ているのか、チューバやフルートの音が響いていた。私服で誰かと学校で会うのも気まずいなって思いながら音楽室の中をこっそり伺う。ハッとした。そこには1人、女の子がいた。椅子にぽつんと座っている。彼女の学校の制服なのか、見慣れないセーラー服。上履きは何も履いてない。写真と一緒で、白ソックスのまま。フルートの音色の主はその子のようだ。確か小学校でも、親からもらったというマイフルートを、吹いていた。
私はいろいろ込み上げてくるものを感じながら、それをグッと堪えて、静かに扉を開ける。
「…ヒナ…?」
「…アヤ!待ってたよ。久しぶり」
ヒナはそう言って静かに微笑んだ。
再会の後、落ち着いた私たちは、せっかくだからと、それぞれの楽器で一曲合わせてみようとなった。ヒナはフルート、私はトランペット。中学校から始めたものだから、まだまだ拙いけれど、ヒナが合わせてくれてなんとか曲になった。
「…アヤ、すごいね!すっごく練習、したんじゃない?」
「うん、初心者だし、最初は大変だったよ」
まだヒナと再会できた嬉しさでふわふわしていたけれど、ようやくいろいろ考えられるようになった。楽器を片付けて、音楽室を出る。私もだけれど、ヒナももちろん上履きはなくって、それで白ソックスのままらしい。スラっと長い髪に整った顔立ち。でも靴下のままの女の子って、なんかアンバランスだな。
「そうだ!ヒナ、なんでここにいるの?!」
階段を上がり、私の教室へ。何をするでもなく、なんとなく黒板に、残されていたチョークでお絵描きする。まだそれを聞けていなかった。
「えへへ、実は、またこっちに戻って来ることになってね」
「え、ほんと…!」
私は喜びそうになって、でも慌てて考え直す。今日は4月の最初の日。つまり…。
「で、でも、それってウソ…?」
私の反応が思っていたのと違ったのか、意外そうな表情を見せるヒナ。首を傾げながら少し考えて、
「あ、ううん、ホントだよ!ホント!ほら、昨日、引っ越してきたばっかりだし!」
そう言って、スマホの写真を見せてくれる。ピカピカのマンションの前で自撮りしている写真。
「そ、そうなの…?」
「うんうん!それにね、確かに今日は4月1日だけど…、ウソをついていいのは、午前中だけ、らしいよ?」
「え、そうなの?!」
それは初めて知った。エイプリル・フールって、なんとなくウソをついていい日だと思っていたけれど…。
「なんかね、午前中はウソついていいけれど、午後でちゃんと種明かししなきゃ行けないんだって!」
「そうだったんだ…」
力が抜ける感じがして、私は床の上にペタンと座り込んでしまった。ということは…。
「じゃ、じゃあ、また同じ学校になるの?」
「うん。また、よろしくね」
「やったあ!」
ようやく現実を実感して、私はヒナにぎゅっと抱きついた。
「…そういえば、アヤの私服って、そんな感じなんだね?」
靴箱へ向かいながら、ヒナが言う。
「う、うん、ヒナが来てるって知って、慌てて出てきちゃったから…。なんか恥ずかしいな…」
「いやいや!かわいいと思うよ!」
「あ、ありがとう…?」
フォローはしてくれたけれど、ヨソイキの服じゃないし、何より裸足だし…。せめて制服を着ていたら…!
「そういえば、ヒナはどこから入ったの?」
「あたしも、普通に靴箱からだよ。靴はここに…」
そう言って、靴箱の上から背伸びをしてスニーカーを取るヒナ。スラっと背が高くなってて羨ましいな。私も、自分の靴箱からクロックスを取り出す。靴も、ちゃんとしたのを履いてきたら良かったと、今さら思う。これで自転車、乗ってきたんだよな…。
「わ、靴下、汚れちゃった…」
靴を履こうとしていたヒナが呟く。みると、白ソックスの足裏に、真っ黒な足の形が浮かんでいた。
「え、ぎゃ、私もだ…」
休み中の学校をあちこち歩いたせいで、私の足の裏も、埃や砂で真っ黒になっていた。学校って意外と汚いのかな…。
「なんか、小学校の頃を思い出すね」
「え、なんかあったっけ…?」
「ホラ、アヤって時々、上履き忘れてたでしょ?一度、暑い日に、サンダルで学校に来て、上履きも忘れちゃって…」
「わわわ、あれは、まだ子どもだったから…!」
「あはは、まだまだ子どもだよお、あたしたち」
ヒナはそう言って、くすくすと笑っていた。
終わり




