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車男短編集  作者: 車男
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あしあと

 「おーい、ケンタ、講堂いこーぜ」

4時間目の授業が終わり、筆記用具を片付けていると、俺のクラスメイト、リョウたちがやって来た。

「あ、おう、そっか、次学年集会かー」

「いちいち集まるの、面倒だよねえ」

急に入ってくる女子の声。隣を見ると、クラスメイトのハナがいた。ショートの茶色がかった髪に、ブランドの長袖Tシャツ、ショートパンツにニーハイソックス。無理矢理俺の椅子に座ってこようと距離を詰めてくる。

「お、ハナ。どうかした?」

押し返しながらそう聞くと、

「…べつにー。今日の放課後、委員会集会もあるから、ケンタ、帰っちゃダメだよっ」

「やべ、忘れてた。そっか、今日だったか」

「もうっ、やっぱり忘れてた。ほら、行くよっ」

ハナはそう言って俺の腕に自分の腕をからめてくる。

「な、なにやってんだよっ、離せ」

「やーだ。一緒に委員会集会行くんだから」

「それは放課後だろうがっ」

彼女と俺はこのクラスの学級委員。俺が副学級委員長で、彼女が学級委員長。そんな俺たちを見て、リョウたちはニヤニヤ。

「おーおー、お熱いですなあ。うらやましい」

「うっせー!」

結局腕を掴まれたまま、みんな揃って講堂へ。校舎の一階まで降り、外から講堂へとつながる渡り廊下に向かう。外は朝から大雨で、屋根がある渡り廊下にも、雨が吹き込んできていた。

「おっとっと、水たまりあぶねえな」

校舎から外へ出るところには大きな水たまり。気づかず突っ込んでいたら大惨事だった。水たまりを飛び越え、渡り廊下へ。

「ねえねえ、あしあとあるよ。なんかかわいい」

人が多いところでは恥ずかしいのか。組んでいた腕を離して、俺の一歩後ろを歩いていたハナが指差した。俺も気づいていたが、先程の水たまりに足を突っ込んでしまったのか、あしあとがコンクリートの渡り廊下にずっと続いている。不思議なのは、上履きの形ではなく、裸足の形。誰か裸足の生徒がいるのだろうか。それにしても…

「これ、かわいいか?なんか不気味なんだけど…」

「えー、わかってないなあ、ケンタは」

なにがわかってないのか疑問に思いながら講堂へ。俺の学校には、小学校にしては珍しく、体育館とは別にこういった集会で使う講堂がある。上履きでも土足でも入ることができ、1000人以上入ることができるらしい。入学式や卒業式もここでする。今日は5年生の学年集会のため、集まったのは100人くらい。俺はいつものように、背の順で決まった席に座る。ちゃんと椅子に座れて、机まであるから、体操座りしかできない体育館よりありがたい。ハナは女子の列の真ん中あたり。俺とは結構離れているが、人数確認のためキョロキョロして辺りを見渡す俺とふと目が合うとにっこり笑顔で手を振ってくれる。俺は慌てて目線をそらすが、周りの男子にヒューヒュー言われて、とても恥ずかしい。やめろって言ってるのに、あいつは…。

目線をそらした先には、隣のクラスの女子列がある。間には通路があって分かれている。俺の斜め前にちょこんと座っている女子が気になった。黒く長い髪に、半袖の襟付きシャツ、紺のスカート、そんな彼女の足元。上履きも、靴も履かずに靴下のまま。椅子の下で足を組んでいるため、真面目な印象の白いハイソックスの足裏が真っ黒に汚れているのが見えている。土踏まずと指の間以外は砂やホコリで真っ黒。きっと今日一日中靴下で過ごしていたのだろう。上履きを忘れたのだろうか。一日中靴下のまま過ごすのはかなり抵抗があると思う。

そのとき、俺はさっきのあしあとを思い出した。不思議な、裸足の形のあしあと。それはたぶん、彼女のものだろう。ざっと見渡して、ほかに裸足の生徒はいない。水たまりに気づかず、靴下のまま足を突っ込んでしまったのではないか。そのまま歩いたせいで、あのようなあしあとが…。そうなると、いまあの靴下は水で濡れているのかな…?

彼女は学年主任の話や委員会の話の間中ほとんど動くことなく、手は膝の上に、まっすぐ前を向いて、足は椅子の下に組んだまま座っていた。ときおり、靴下が濡れて気持ち悪いのか、足の指をくねくねと動かしたり、足を組み替えたりしたくらい。

委員会の話が終わると、最近3カ月でなんらかの表彰を受けた生徒への表彰に移る。俺は特になにもなかったが、ハナが小学生陸上大会の地区大会で優勝したため、壇上へ向かった。昔から足が速く、俺は敵わない相手。そして俺が気になっていた靴下の彼女も立ち上がって壇上へ向かった。彼女の歩いた後にはうっすらと黒いあしあとが残る。表彰内容は、書道展での優秀賞だった。賞状をもらってお辞儀をする時も、彼女は表情を崩すことなく堂々としていた。上履きを履いていないこともあまり気になっていないように。

「なあ、ケンタ、なんであの子靴下なんだろうな?」

彼女が再び壇上から降りるとき、隣のクラスメイトがこそっと話してきた。じっと彼女を見ていたせいで、少し慌ててしまう。

「えっ?さ、さあ?上履き忘れた、とかじゃねえ?」

俺も彼女に聞こえないように、こっそり返事する。

「靴下、真っ黒じゃん?俺、あんなに汚したら母ちゃんに殴られそう」

「ああ、ありえそう」

表彰が終わると、校歌を歌って、集会はおしまい。

彼女のいる1組から順に教室へと帰ることになった。彼女は席を立つと、賞状を片手にペタペタと靴下のまま講堂を後にする。一緒に帰るようなクラスメイトはいないのだろうか。

「ケンタ!帰ろっ」

ぼーっと彼女を見ていると、頭をポンっと叩かれる。我にかえって見上げると、そこにはハナが立っていた。

「なんだ、ハナか」

「なんだとはなんだ!ケンタ、誰を見てたの?」

そう言って向こうのほうを見渡すハナ。慌てて取り繕う。

「い、いや別に、誰も見てねえよ」

「ふうん…。かわいい子いたんだ」

目を細めていじわるな感じで聞いてくる。

「ち、違うって!」

「あはは、冗談、冗談。さ、いこっ」

ハナは俺の手を握り、ぐいっと俺を立たせる。運動をしているだけあって、力は他の女子より強い。

「ば、バカ、手、握んじゃねえよ」

「えー?いいじゃん、ちょっとくらいっ」

再び男子たちにからかわれながら、教室へ向かう。帰り道の渡り廊下には、来た向きとは反対に、新しいあしあとがついていた。あの彼女のものだと思うと、気になってしまう。

教室への帰り際。1組の前を通ったときにちらっとのぞいてみたが、彼女の姿はないようだった。だが、ふと前を見ると、女子トイレから出てくる彼女の姿が。上履きを履かずに、白いハイソックスだけで廊下を歩く彼女。俺の学校のトイレには専用のスリッパなどないはずだから、トイレも靴下のまま入ったのだろうか?そう思うとなかなかすごいと思えてくる。他の女子に上履きを借りたりもしないのだろうか。

今日はそのまま帰りの会があって、放課となった。だが、俺とハナはもう一仕事。

「ケンター!委員会いこー!!」

彼女が犬だったら、きっと息を弾ませ、しっぽを大きく振っているだろう。そんな勢いで俺の腕を掴んで、無理矢理席を立たせるハナ。

「わーった、わーったから、ちょっとまって」

「ケンタ、仲良くやれよ!」

「お幸せに〜」

「うっせーよ!」

みんなが帰宅する中残る俺に、男子からの励ましの言葉をもらい、職員室の隣にある小会議室へ向かう。5年になって、学級委員会が集まるのは初めてだ。他のクラスの委員はどんな生徒だろう。ひょっとして、彼女かも…。そんな期待を抱きながら小会議室に入る。まだ誰も来ておらず、席は12席で、長机が縦に3列、横に2列並んでいた。俺とハナは入り口近くの長机に2人で座った。5年生3クラスの委員だから6人しか来ないのだが、一番小さい会議室がここだから仕方ない。

「なあ、ハナ」

「ん、なあに?」

小柄なハナは、真隣で俺を見上げる形で首をかしげる。落ち着いて、近くで見ると、やはりかわいい。

「今日ってなにすんの?」

とたんにむっとするハナ。その顔もかわいい。

「昨日言ったじゃん!先生から資料ももらったじゃん!顔合わせと、夏休みまでの行事の確認、なにか決めることがあれば、決めちゃう。読んでないの?!今朝も忘れてたし…」

「ご、ごめんごめん、ハナならきっとわかってるだろうなって思ってなにもしてない…」

そう呟くと、ハナはちょっと嬉しそうになって、

「ふぇ?!ま、まあね、あたしはわかってるよっ!でも、せめて資料はよんどいて!いまっ」

「わかった、わかった」

資料を読んでいると、やがて扉が開き、他のクラスの委員がやってきた。1組と3組の学級委員だろう、みんなで4人。その中に見覚えのある顔があった。大人しそうにややうつむき加減で男子委員の後ろをついて会議室に入ってくる女の子。講堂で俺が視線を向けていた、上履きを履いていない彼女だった。さっきトイレから出てきたときは白いハイソックスを履いていたが、いま彼女はそれすらも履かず、裸足だった。それを恥じらう素ぶりも見せず、ペタペタと俺の前を横切り、隣の机にちょこんと座る。

「ちょっと、ちょっっと、ケンタ、資料読んでる??」

「あ、悪い、読んでる、読んでる」

そう返しながらも、視線は彼女の方へ向いてしまう。椅子が高くて足が全てつかないのか、素足の指先だけをタイル張りの床につけ、姿勢正しく資料を読んでいる。履いていた靴下はどこへやったのか。捨てたのか、それとも…。普段校内で裸足の生徒なんて見たことないから、彼女はここに来るまでに相当な注目を浴びたはず。それに足の裏もきっと汚れて…。

なんてことを考えていたら、会議の時間になった。今日の進行担当は1組。彼女のクラス。男子委員が教卓の前に立ち、彼女は黒板の前へ。足をもじもじさせながら、手を前で揃えてこちらを向いて立っている。俺の視線はそのきれいな裸足の方へどうしても向いてしまう。背の低い彼女は、背伸びをしながら今日の日付や議題を黒板の上の方へ書いていった。その際にチラチラと見える足の裏は、心なしか黒くなっているように見えた。

会議は順調に進み、今日のノルマを無事にクリアして終わった。黒板の前を裸足で行ったり来たりしている彼女を見ていたら、いつのまにか会議が終わっていた。自己紹介の時間があったが、彼女は多田舞花(マイカ)という名前らしい。

「おつかれー、ケンタ!じゃあ帰ろ!」

「あ、おう」

「いやー、早く終わってよかったねえ」

みんな一緒に会議室を出て、靴箱へ。ハナも俺もほかのクラスの委員と軽く話をしているが、マイカはひとりスタスタと靴箱の方へ。日が傾いて、少しひんやりとした校内。裸足で歩くには寒そうだ。

彼女は靴箱からかわいらしいスニーカーを取り出すと、少しためらいながらも、足の裏を軽く手で叩いたあと、おそるおそる素足のままでそれを履いた。

「あ、多田さん、おつかれさま!バイバイ!」

ハナがそう声をかけると、彼女は振り向いて会釈をして、そのまま帰っていった。気になってはいたものの、結局一度も話せなかったのが悔やまれる。

「ほら、ケンタなにボーっとしてるのよ。帰るよ!」

そんな彼女をジーっと見てしまっていたのか、ハナに背中をバンと叩かれて我に帰る。

「いってーな、そう急かすなよ」

ほかの委員たちとも別れて、ハナと2人の帰り道。彼女がこそっと話しかける。

「…あの子のどこが気に入ったの??」

「え…へ??」

「多田さんだよ。ケンタ、ずうーっと見てたじゃん!」

「そ、そうか?」

「うんうん」

顔が近い。そしてむっとした表情。しまったな。裸足をずっと見てたのがバレたのか。

「そっか、ケンタってああいう子がタイプなんだね…」

「へ?」

「長い髪の、ちっちゃな子が好き、なんでしょ?」

また変な誤解をされているらしいが、よかった、足を見てたことはばれていないらしい。

「…わたしも髪、伸ばしてみようかな」

ハナがポツリと呟いた。よく聞こえなかったものだから、

「ん、なんて?」

「な、なんでもないっ」

バシっと手提げバッグをぶつけられ、よろけてしまう。

「なにすんだよ!」

「べっつにー」

こうしてるとまた明日、男子からからかわれるんだろうなと思いながら、俺はハナと騒ぎながら夕焼けに染まる街を歩いていった。

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