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車男短編集  作者: 車男
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前野さん、シャーペン落としたよ

 カラン、コロコロコロ…。

数学の授業の最中、僕の席の前方で、シャーペンか何かが落ちた音が聞こえた。先生は黒板にy=sinxのグラフを描いている。気になって見てみると、僕の斜め右前の、前野さんの席の前方に、彼女のものと思われるシャーペンが落ちていた。当の前野さんは、シャーペンが落ちたことに気づいていないのか、一向にそれを拾う素振りを見せない。よくよく見ていると、シャーペンを持っていた左手をそのままの形に、頭がかくんかくんと船をこいでいる。もしかして、前野さん、居眠りしてる?!

 前野さんは真面目な優等生タイプの女の子。頭もいいし、居眠りなんて、するはずないと思っていたけれど…。仕方ないかな。初夏とはいえ、外の気温は30℃近いし、教室には程よくクーラーが入っている。しかもこの授業の前は、体育があって、お昼ご飯もはさんでいる。周りを見ると、同じように頭を下げている人があちこちに。むしろ頭が上がっている人の方が少ない。僕はというと、この授業を聞き逃したら、苦手な数学がますます苦手になりそうで、必死でついていっている。

 先生がグラフの説明を終えたとき、前野さんの頭がぴょこんと上がった。それから左手を開いたり、閉じたり。シャーペンがないことにようやく気がついたようだ。それから、机の前後をキョロキョロ。そうして前方にシャーペンを見つけると、彼女はちょっと動きを止めたあと、おもむろに足元をごそごそとし始めた。真っ白なハイソックスに、真っ白な上履きを履いていた前野さん。その左足の上履きを、そっと脱ぐと、白いハイソックスに包まれた足を、シャーペンに向かってそーっと伸ばしていく。足先がくねくねと動いている。その足が、シャーペンに触れた。彼女はそのまま、シャーペンをつかもうと、足先を丸める、しかし、細いシャーペンはつるんと滑って、さらに前方に。前野さんは完全にソックスだけの足を床につけて、さらに前へと伸ばす。体が結構きつそうな体勢になってきた。再びシャーペンに触れると、指をぎゅっと曲げて熊手のようにして、シャーペンをその足に引っ掛けて、ゆっくりと自分の方に寄せてきた。あと少し、頑張れ!

 なんとかシャーペンを自分の椅子の真下に持ってきた前野さん。気に入ったのか、ソックスの足裏でシャーペンをコロコロと転がし始めた。ノート、取らなくていいのかな?やがて授業が終盤に近づくと、前野さんはソックスの足指を丸め、細いシャーペンをぎゅっと掴んだ。そのまま足を曲げて、上からは手を伸ばして、ようやく、シャーペンは元のように、前野さんの手に帰ってきた。活躍したソックスの足をしばし放置されていた上履きに戻した前野さん。でも、さっきの足、なんだかだらしなく感じたな。前野さんはノートをさらりとまとめると、ふと気付いたように、あたりをキョロキョロ。そして後ろを振り向いた時、観察していた僕と、バッチリ目があった。とたんに、耳を真っ赤にした前野さん。さっと前を見て、ノートを再びとり始める。なんだったのだろう?

 そうしているうちに、授業が終了した。下がっていた頭がポンポンと上がり始める。そして、起立、礼、着席。次の授業は、なんだっけ、と考えていると、前の席の前野さんが、さっと立って、僕の横に立った。びっくりして見上げると、前野さんはしゃがんで僕の机に手をかけると、小さな声で、

「さっきの、ナイショだよ?」

と言って、去っていった。その手には、生物の教科書が。そうだ、次は生物だったっけ。

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