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車男短編集  作者: 車男
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しゅーず おあ とりーと!

 小学4年生の神無月みどりは、その日、朝いちばんに登校した。クラスの学級委員を務めている彼女は、朝から仕事をいくつかこなさなければならない。まず、教室の鍵を開け、電気をつける。それから先生にその日の朝テストやプリントをもらって、教卓に置いておく。それらはあとで配布係という極めて楽な係りさんが配ってくれる。

 まだ朝日の低い、午前7時30分。靴箱の前に立ったみどりは、不思議な思いだった。その日は金曜日。にもかかわらず、みどりの靴箱に、上履きが入っていなかった。見ると、そんな空っぽの靴箱が、みどりのクラスにだけちらほら見られる。それはどれも、女子の靴箱らしかった。男子の靴箱には、ちゃんとブルーの上履きが入っていた。

「なんでだろ?」

みどりの頭のなかは、疑問符で埋めつくされた。


 その日の前日の昼休み、みどりのクラスでは、ある計画が立てられていた。しかもその日、みどりは風邪をひいて、学校を休んでいたのだった。クラスいちやんちゃな女子、霜月しのが、きちんと上履きを脱いで、適当な男子の机の上に立って、高らかに叫んだ。

「明日、なんの日か、知ってる人~?!」

そこに集まるクラスの女子たち。机を乗っ取られた男子は、やむを得ず廊下に退避する。

「あ、はいはい!はろうぃん、でしょ?」

「あ、そっか!あたし、かぼちゃ買ったよ!あんまり好きじゃないんだけど」

ある程度の女子が集まると、しのは机にしゃがんで、やや抑えた声で、計画を話し出した。

「ということで、明日ははろうぃんですから!しゅーず おあ とりーとキャンペーン、しちゃおう!」

「しゅーず おあ とりーと?」

「そう!」

集まった女子の目がきらきらと輝く。毎回、しのの発案する"キャンペーン"は、面白いと評判だ。

「ルールを説明するね!むつみ、モモ!」

呼ばれたしののお友達、むつみとモモが、ノートを机の上に広げる。そこにはイラストを交えたルールが書いてあった。

「まず、今日は、女子のみんな、誰でもいいから、誰かの上履きを、一足持って帰ること!それから、あした、忘れずに持ってきてね。自分のじゃだめだよ。そうだなあ、放課後に、交換会でもしよっか」

女子は黙って聞いている。

「それから、明日、はろうぃん当日!みんなは持って帰ったら上履きを持ってきてね。それと一緒に、何か美味しいお菓子も持ってくるの!」

「あ、わかった!それと靴を、交換してもらうんだ!」

「そうそう!みんなは、とにかく上履きを履いてない子を見つけたら、しゅーず おあ とりーとって言って、話しかけてみて!その子がお菓子をくれたら、上履きを返すの。その上履きが、その子のだったら、取引成功!返してあげてね。違ったら、その人とは、バイバイ!みんなの元に上履きが戻ったら、終了ね!」

「なるほど!だったら、上履きは誰のかわからない方がいいね!」

「うん!だから、選ぶ時には目隠しして、お家に帰っても、それが誰のか、みちゃだめだよ」

「わかった!」

女子はそれぞれ趣旨を理解したようで、顔をほころばせながら去っていく。中心にいたしのは、満足そうに机をおりた。


 その話を全く聞いていなかったみどり。上履きのない靴箱の前に立って、思いを巡らせていた。

(なんで?もしかして、…いじめ?だって、金曜日なのに、上履きがないなんて…。でも、私、何かした覚えなんて、全然ないし…。とにかく、教室にあるかもしれないし、探してみよう…)

みどりは、ためらいはあったものの、履いていたストラップシューズを脱ぐと、靴箱に入れた。それから、レースのついた真っ白なハイソックスを履いた足を、床につける。10月末の廊下は、やや冷たかった。薄手のソックスだけではその冷たさがよく伝わる。みどりはそれから廊下を歩いて事務室に行き、鍵をもらうと、コンクリートのたたきで、砂の積もった渡り廊下を通り、南校舎へ。ちなみにみどりの学校には大きな建物が、体育館棟と、南校舎、北校舎がある。生徒の靴箱は全て北校舎、職員室などの特別教室もそこにある。4年生5クラスの教室は、南校舎の4階だ。みどりはソックスのまま、階段を登る。登る。まだまだ登る。

 4階ぶんの階段を登りきる頃には、結構足が疲れてしまった。上履きのないその日はなおさらだった。みどりのクラスは4年3組。階段から3番目の教室。みどりはそこの鍵を開けて、中に入った。空気がひんやりとして、ひと気のない教室。この独特の雰囲気を味わえるのは、私だけだと、みどりは自負している。早速自分の机周辺を探してみるが、やはり上履きは見つからない。みどりは困ってしまった。今日一日、靴下のまま過ごさなくてはならないのだろうか。恥ずかしいし、きたないし…。みどりは気になって、膝を曲げ、白いハイソックスの足裏を見た。既に埃や砂で、茶色に足型が浮かび上がっている。

「もう、最悪…」

それでも責任感に厚いみどりは、それからソックスのまま職員室に行き、体育館に行き、全ての用事を済ませてしまった。疲れて教室に戻ってきた頃には、時刻は8時を回ろうとしていた。

「あ、みどり、おはよう!しゅーず おあ とりーと!!」

唐突になにか呪文を唱えられ、みどりは思考停止。

「…なに、かしら、その、しゅーず、なんとか?」

「ちょっと、やよい、みどり昨日休んでたでしょ?きっとそれ、知らないんじゃない?」

よこからさつきが顔をだす。彼女たちはみどりのクラスメイトだ。よく勉強を教えたりしている。

「えー?昨日、しのちゃんがちゃんと伝えとくって、言ってなかった?」

そんな話をしている彼女たちの足元にふと視線が向いた。なぜか、彼女たちも、上履きを履いていなかったのである。みどりはますますわけがわからなかった。説明をしてもらわなければならない。第一、私はしのから、昨日なにも聞いていない。しのとみどりは、親友同士で、携帯電話番号も交換済みだ。

「ねえ、今の、なに?」

みどりはさつきとやよいに、恐る恐る聞いてみた。だいたい予想はついている。しのの考えそうなことだ。それに、思えば今日は、はろうぃんなのだ。あの、お菓子の交換会かつ仮装大会の日。

「うーんとね、話せば長いのよ」

そう前置きして、さつきが昨日のことを話してくれた。確かに長かったが、これで全て、合点がいった。

「なるほどね。お菓子と靴を、交換するのね」

「そうなの。あたしたちは、まだ自分の、見つかってないけど。早く見つけなきゃ。

このままじゃ、冷たいよお」

「そういえば、みどりのは、誰が持って帰ったんだろうね?」

「うん?しのちゃんじゃない?言い出しっぺだし、仲間はずれは、大っ嫌いだし」

「そうだね…あ、思えば、みどり、久しぶりじゃない?確か、熱が出て、月曜日からずっと休みだったよね?」

「ええ、そうね…」

その時、みどりの頭の中に、ふとある記憶が浮かんだ。今日は、金曜日。でも、私は、思えば今週は、今日初めて学校にきた。そして、先週、私は…。

「あああー!!」

「どうしたの、みどり!?」

みどりは、それが自分のせいだと気づいた。そしてその日、みどりは一日中、白いソックスのまま、学校生活を送ったのであった。ちなみに、しゅーず おあ とりーとキャンペーンは、無事みんなの元に上履きは帰され、女子の靴下を多少汚すこととなったが、大成功のうちに幕を閉じたのであった。


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