シェアシューズ
上履きを、忘れた。
普通の月曜日だった。土曜日曜を友達と遊んで楽しく過ごした、その翌日、あたしは冷や汗をかいていた。初夏の湿った風が、その汗をかわかしていく。
「どうしよう…」
その日あたしは、運の悪いことに新品の靴下を履いていた。半袖のシャツに、ミニスカート、スニーカー。靴下はピンクの、流行りのブランドのハイソックスだった。私は空っぽの自分の靴箱を見て、周りを見渡して…、を繰り返していた。家に取りに帰るには時間がないし、かといって靴下だけで学校の中を歩くのはためらわれた。あたしは周辺の靴箱を覗いてみた。ほとんどは外靴が入っていて、その持ち主はすでに教室にいることがわかる。あたしの友達も、みんなそうだった。あたしはそれからもずっと、足踏みしながらどうしようか考えていた。胸がドキドキしている。
このまま、ずっと靴下のまま過ごさなくてはならないと悟ったのは、学校のチャイムが頭上で虚しくも鳴り響いた時だった。このチャイムが鳴り終わって、もう一度チャイムがなるまでに教室にいないと、遅刻ということになって、先生に怒られてしまう。あたしは苦渋の決断で靴下をあきらめ、意を決してスニーカーを脱ぐと、靴下のままの足を床に乗せた。夏の床はひんやりとしていて気持ちよかった。けれど、汚れるのは嫌だ。あたしはそのまま、つま先立ちでそろそろと廊下を進んだ。
恥ずかしかった。周りを急ぐ他の人はみんな上履きを履いているのに、自分一人が靴下だけ…。階段を登っていると、後ろから上ってくる人に足の裏を見られて、また恥ずかしい。身体中、冷や汗をかいていた。階段には掃除を怠っているのか、大きな埃があちこちに散らばっていて、自分の教室がある階について足の裏を見てみると、ピンク色の靴下の足先が灰色に汚れていた。軽くはたいてみても、全然汚れは取れなかった。あたしはもう疲れてしまって、つま先立ちをあきらめ、足の裏全体をつけて、廊下を歩き始めた。汚れちゃうのはわかっていたから、もう、仕方ない、と結論づけた。
ペタペタと音を立てて廊下を進み、教室についた。開け放しの入り口から入って、一番奥の真ん中があたしの席。席につくと、あたしのお友達、リナちゃんとアンちゃんがやって来た。
「おはよう、マナミちゃん、今日、どうしたの?遅かったね」
リナちゃんが言う。
「うん、ちょっとあってね…」
「あ、マナミちゃん、もしかして、上靴忘れたの?」
アンちゃんに、気づかれちゃった。
「う、うん。そうなの」
「そっかあ。じゃあわたし、一つかしたげるよ。はい、マナミちゃん」
そう言ってアンちゃんは、右足の上履きを脱いで、あたしの靴下だけの足元に置いてくれた。
「え?いいよ、悪いよ」
「ううん、マナミちゃんはわたしの友達だよ。困ったときは助け合い!」
「じゃ、じゃあ、私も!えっと、こっちの上靴、貸すよ」
なんと、リナちゃんまで。
「リナちゃん…。いいの?リナちゃん、きれい好きなのに…」
「いいのいいの。だってマナミちゃん、大切な親友だもん。ね、アンちゃん」
「そうそう!上靴くらい、平気だよ」
「二人とも…。ありがとうっ!」
あたしは二人に感謝して、アンちゃんの右足の上履きと、リナちゃんの左足の上履きに、そっと足を通した。
…けれど、どっちも、足に合わなかった。アンちゃんのはぶかぶかで、リナちゃんのは、きつきつ…。でも、せっかく貸してくれたんだもん、文句なんて、言えない。むしろとても、ありがたかった。
「あはは、サイズバラバラだね」
「ほんとだ。良かった?小さくない?私の」
「うん、全然平気。本当に二人とも、ありがとう」
「いいって。さてと、リナちゃん。わたしたち、片足上靴ガールズだね」
「な、なによ、そのダサいネーミング」
「い、いいじゃん。こんな機会、滅多にないし」
「もしアンちゃんかリナちゃんが忘れたら、今度はあたしが、両方貸すね!」
「そう?じゃあ、明日わざと忘れてこよっかな」
「こら、そんなこと言わないの」
「あいたたた。はあい。じゃあ、また後でね!」
「うん、バイバイ!」
2人の、バラバラな上履きは、その日一日、あたしの足元を暖かく、優しく包んでくれていたのだった。
その代わり、アンちゃんの右足とリナちゃんの左足は、結構汚れちゃったんだけどね…。