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車男短編集  作者: 車男
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そんなんじゃないのよ

 私はいま、困ってる。とてもとても、困ってる。 私の目線の先にある靴箱に、あるはずの物が無い。そう、上履きだ。私は、上履きを家に忘れてしまったのだ。

 先週、持って帰って自分で洗って乾かして、一昨日には袋に入れて家の机の横にかけておいたのに、今朝にはすっかり忘れていた。いまも私の上履きが入った袋は、机の横にかかったままだ。

 こんなことみんなに知られたら、恥ずかしい。今日はなるべく目立たないようにしよう。でも、校内で履くものが何もないというのも辛いもの。なんとかならないかな?ならないよね・・・。この前友達が忘れたときも、一日そのままだったし。ああ、もう。私の、バカ!

 周りにいる人たちの目を気にしながら、私はこそこそと、スニーカーを脱いだ。そして靴下のまま、校内に足を置いた。木の床だから、靴下だけでも寒いとか、硬いとかはないけれど、やっぱり恥ずかしいし、汚いし・・・。もう、いいや。いいのよ。もう。早く教室に入っちゃお。そして今日はそこから一歩も、動かない。決めたわ、私。

 それから私は、白い、ハイソックスだけの足を踏み出した。廊下を歩き、階段を上って、また廊下を歩く。すれ違う人の視線を感じる。違うのよ、私は・・・、そうよ、そうよ、今日は靴下で歩きたい気分なのよ。そうなのよ。べ、別に、ドジっ子なんかじゃ、ないんだからね。わ、忘れたわけじゃ、ないんだから。そんなことを心の中で意味もなく訴えながら、私はなんとか教室に入った。席は一番後ろの窓際。校庭や空、学校の外の車の列とか、電車も見えて、授業中でも退屈しない。でも・・・。

「よお、宮野。おはよ。」

「あ、お、おはよう・・・。」

「どした?元気ねえな?お前らしくもない。」

「あ、えと、ううん、なんでもないのよ。ただ、ちょっと眠いだけ。」

「またゲームでもしてたのか?」

「そんなとこよ」

隣のコイツ。幼馴染で、一年の時から同じクラスで、なぜかいつも、席は隣。すごい確率なんだけど、ずっと。一年の初めから、二年の夏の今まで、席替えなんて十何回もあったのに、一回も離れたことがない。それも、くじ運じゃなくって、まあその時もあるんだけど、目が悪いから変わってくれとか、彼、背が高いから、前後交代してとか、私が一番前になった時は、自分も前がいいと言うし。しつこいのよね。なんでだろ?でもね、私も、彼のこと、別に嫌いじゃないのよ。あ、でも、好き、とか、そんなんでもないのよ。

「なあ宮野、昨日のここ、どうすんだっけ?」

「どこ?」

彼、時々解けない問題があると、私に質問してくることがあるんだけど、彼の方が、ゼッタイ、私より頭いいのよね。テストではいつも負けてるし・・・。まあ、悔しいけど、彼がクラス一番で、私が、二番なのよ。別に、これ、自慢じゃないのよ。違うのよ。

「あれ?そういや、宮野、上履きはどうしたんだ?靴下じゃん」

やっぱり、バレたあ。そして指摘してきたあ。ヤバイ。忘れたなんて言ったら、きっとバカにされる。

「あ、こ、これ?なんか、ね、今日は暑いし、上履きいらないかなあって・・・。ほ、ほら、靴下のままだと、涼しいじゃない!」

苦しい?

「本当かあ?」

ああ、疑いの眼差し。

「そ、そうよ。い、いいでしょ?別に・・・」

「悪い悪い。そんなにおこんなよ」

ああ、もう、調子狂うわ。上履き忘れただけなのに、靴下は汚れるし。教室に上がってきただけなのに、もう白かった靴下の裏は茶色く汚れがついている。あ、そうだ、そういえば、一階に来客用スリッパが・・・。ダメよダメよ。そんなの履いたら、忘れたのもろわかっちゃう。そんなの恥ずかしい。やっぱり、このまま、我慢するしか、ない、わよね・・・。

「で、宮野、ここなんだけど」

「ああ、えっと、これ?これわあ・・・どうするんだっけ?」

 そんなこんなで時間は過ぎて、結局、一歩も机から動かないまま、私は午前中の授業を終えた。いまから、昼休み。

「マキ!ごはん、食べよ!」

「うん!」

私はいつも、クラスの女子何人かと一緒にごはんを食べる。時々休日も一緒に過ごす、仲のいいお友達。

「今日、どこいく?」

「あ!あたし、中庭!」

「んじゃあ、そこ行こ!」

ゲ。まずい。中庭は、ロの字型の校舎の2階の中央部にあって、1階のホールの天井部分に当たる、生徒なら誰でも使えるコミュニティスペース。で、な、なんでよ、いつもならここで食べるのに・・・。靴下で、あんなとこまで行かなきゃいけない。

「今日はそんなに暑くないし、わたしも、いこっかな。マキは?」

い、行きたくない・・・けれど、一人で食べるのも、辛いなあ。

「うん、私も、いく」

「やったあ!じゃ、行こ!早くしないと、席がなくなっちゃう!」

私たちは手に手にお昼ごはんを持って、教室を出た。みんなの後を、こそこそとついていく。ばれないで・・・。でも、無理だよねえ。

「ねえ、マキ」

「ふえあ!?」

「どしたの?ね、放課後、ヒマ?」

「あ、えと、放課後?」

「うん」

「えーっと、特に、なにもないよ」

「よかったあ。じゃあさ、ちょっと、手伝って欲しいの。マキ、学級委員じゃない?だから、いいかなって」

確かに私は、アイツと同じ、学級委員。ちなみに、1年の時もだ。

「いいけど・・・、なにするの?」

ペタペタと廊下を歩く音がする。足元が心もとなく、恥ずかしい・・・。

「体育倉庫の掃除なんだけどさ、人手が足りないから、誰か信用できる人、連れて来てって、言われてるの」

「なるほどお。いいよ、そんなことなら」

「やったあ!ありがとう、マキ!」

そっか、体育倉庫の掃除か・・・。あれ?体育倉庫って、体育館の中だよね?なら、そこも、上履きのまま、ってことで、私、靴下のまま・・・?

「そういえば、マキ」

「ん?」

「あんた、上履きどうしたの?」

「ブパ。・・・あ、これ?」

「・・・もしかして、イジメ?」

「ううん、違うよ。ちょっと今日、靴下で過ごしたい気分なの」

いくら友達にも、忘れたなんて、言えるわけないじゃない。恥ずかしいから!

「靴下で・・・?ふうん、変だね、マキ」

「こら、そんなこと言わないの。確かに、最近、暑いもんね」

「う、うんうん。廊下とか冷たくって、いい感じよ」

みんなの疑うような、ニンマリしたような視線が気にはなったけど、中庭でごはんを食べて、また教室へと戻って来た。午後の授業もここだから、放課後までもう出ることはない。よし、もう自分の席から動かない!

放課後。私はすっかり足裏の汚れた白靴下で、お昼のあの子に連れられて、体育館に向かっていた。

「ほんとうにありがとう。すぐ終わるから、我慢して!」

「私はいいよ」

 体育館には、彼女と同じ体育委員が集まっていた。見たところ、もちろんだが、靴下なのは私だけだった・・・。一人、靴下・・・。

「今日はみなさん、体育倉庫の掃除及び整理に暑いなかお集まりいただき、誠にありがとうございます。私、体育委員長の遠藤でございます。では、早速ながら手順を説明いたします。体育倉庫はこちらとあちら、2カ所の入り口がありまして、外の道具と中の道具に分かれています。今日は、どちらも上履きで入って構いません。まずは、道具を全て外にだし、一つ一つ修理したり掃除したりします。それから・・・」

ふと横を見ると、今朝のアイツがいるのに気づいた。彼のほうも、ずっとまえから気づいていたようで、手を振って笑いかける。私もついそれに応えてしまい、慌てて視線をそらす。なにやってんのよ、私。

「そして倉庫内を掃いて、ゴミをとったら、道具を戻して、体育館の床も綺麗にして、今日はおしまいとなります。では、よろしくお願いいたします」

委員長の説明が終わると、一斉にみんなが倉庫に殺到した。私は彼女に連れられて、ステージ左側の入り口へ。倉庫内は意外と広かった。サッカーボールなどのボール類や野球道具、ハードルに、綱引きの綱・・・。って、こっち、外と繋がってるほうじゃない!どうりで、足元がザラザラ。靴下が砂まみれ!

「ごめん、マキ!こっち手伝って!」

とうの彼女は、私の靴下なんて気にせずに、倉庫の一番奥から私を呼んだ。ためらった私だったけど、どうせ靴下はもう汚れてるし、ひんやりして気持ちいいしって思って、足の裏全体をつけて、みんなが砂まみれ上履きで歩くその砂まみれの倉庫を靴下のまま進んだ。

「そっち、持てる?」

「うん、大丈夫」

私と彼女で、バレーボールの入ったカゴを体育館内へ持っていく。そこにはシートが敷いてあって、体育館には砂は持ち込まれないようになっていた。私の靴下はもうダメだけど。

 それから、ハードルやカラーコーン、ゼッケン類を運び出し、倉庫内は空っぽになった。アイツも含めた男子が箒で床を掃くと、もうもうと砂埃。あんなとこ、私は靴下で歩いたのか。その間、女子は道具の点検。雑巾で拭いたり、壊れているものは、修理したり・・・。

 そんなこんなで全部終わったのは、午後6時を過ぎてからだった。私の靴下は、埃まみれの砂まみれ。彼女はそれを見て謝ってくれたけど、けど、気持ち良かったし、いいかな?

 アイツはというと、なんかいつの間にか帰っちゃったみたい。・・・ちょっと期待してたんだけどなあ。

「し、失礼します・・・。あの、スリッパ、かしていただけますか?」

翌日。私は事務室に、来客用スリッパを借りに来ていた。

「あら、どうしたの?忘れたの?悪いけど、今日は、お客様がたくさんいらっしゃる予定でね、貸し出せないのよ。ごめんなさいね」

な、なんだってー!

「そ、そうですか、わかりました。失礼しました」

私は力なく扉を閉め、とぼとぼと、白い靴下のまま、学校の廊下を歩き出した。どうして今日も、忘れるのよお。私の、バカ!


おわり

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