表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
車男短編集  作者: 車男
35/54

夏休み

 「ただいまあ!ああっちい!お母さん、麦茶!」

「もう、ハヅキ、そんなオヤジっぽいこと言わないの!ほら。ゆっくり飲むのよ。」

「サンキュ!・・・。ぷはあ。うんまい!」

「あ、ちょうど良かった。そのままでいいから、庭と畑に水撒いちゃって。制服そのまま洗うから、濡れてもいいし。」

「ええ?また外でんの?こんなに暑いのに?」

「水浴びたらちょっとは涼しいでしょ。ほら、さっさと撒いちゃって。」

「ほーい。」

私は現在中学2年生の大島ハヅキ。 今は8月の夏休み真っ只中。だけど私はバスケットボール部に入っているため、毎日部活動。朝早くに始まって、お昼前に終わり。熱中症の危険がある真昼を避けるためだ。そんな私は今日も、朝6時からの練習を終え、11時には家に帰り着いていた。

 自宅は学校から30分くらい歩いた山の中腹。そう、私の住む街は山間部にある小さな田舎町。中学校も全校生徒100人足らず。1学年1クラス。だがなぜかバスケットボール部は女子の人気があり、現在の部員は11人。1割以上もの生徒が私の部活に入っている計算だ。

 山の中腹にある私の家は、庭が広く、家族みんなで家庭菜園を作っている。夏はきゅうりやゴーヤ、とうもろこしなどが採れる。近所の人におすそ分けできるほどの量が毎年出来上がる。

 私は学校帰りのセーラー服に白ソックスのままで、サンダルをつっかけて庭に降りた。お昼の強烈な日差しが肌を刺す。一気に汗が出てくる。暑い。ちゃっちゃと終わらせよう。そして、水浴びしよ。水道のところに置いてあったホースを掴み、蛇口をひねる。水が出たのを確認し、畑の方へ。ホースの先をつまんで、水を勢い良く出す。キラキラとした水が地面を濡らす。時たま私の足元、ソックスも濡らす。すぐ脱ぐから、今はいいや。足が冷たくて、気持ちいいし。そのまま畑の中に入って行く。既にゴーヤやキュウリが大きな実をつけている。そろそろ収穫してもいいかな。それは私の仕事じゃないから、わからないけど。

 畑の端っこまで水を撒き終わったとき、そこに一匹の動物がいるのに気づいた。猫のようにも、狸のようにも見える。青くはない。茶色だ。不思議なことだが、私にはそれが何か、検討もつかなかった。私はその場に水の出るホースを置くと、そおっとその動物に近づいた。動物は結構好きだ。今は何も飼ってないけれど。その動物は家の裏手にある森 の入り口でこちらを見ていた。何度か入ったことのある、ウラの森。だがそれも最初の方だけであまり奥まで行ったことはない。おじいちゃんからいかないようきつく言われていたからだ。だがそのおじいちゃんも、1年前に亡くなった。ちょうどこの季節。明日あたり、みんなでお墓参りに行く予定だ。優しく、厳しいおじいちゃんだった。遊ぶ時は本気で遊んでくれたし、怒る時はきつく叱る。私はとても懐いていたと思う。

 森の入り口にいたその動物は、私が近づいても動くことなく、じっとこちらを見ていた。やっぱり猫かな・・・?ううん、でもちょっと違う。あと数メートルというところ、その動物は急に私にお尻を向け、森の方へと歩き出した。くるんと一回転した尻尾が、フリフリと揺れている。ちょっと迷って、私もついて行くことにした。なんだかその動物に誘われているような気がしたからだ。サンダルばきで足元はおぼつかないが、今更靴を履き替えに帰っていたら見失ってしまう。足下に気をつけながら、慎重に森を進んだ。

 しばらく平坦な道を進んでいたが、それもちょっとすると道らしきものはなくなり、草が生い茂るようになった。私は諦めようかとも思ったけれど、やっぱりついて行く。その動物は時折後ろを振り返り、私がきているかどうか確認しているようだった。虫に手足をあちこち刺されながら草の中を進むと、ちょっと開けたところに出た。私の体はあちこち痒く、葉っぱや土が身体中について、白ソックスも土で茶色く汚れていた。動物は私の方に目を向けた。こっちに来い、そう言っているように思えた。私は彼(?)に近づき、しゃがんで見た。やっぱり猫のような動物。でもどこか狸っぽい・・・。わからない。

 私がしゃがんでちょっとすると、その動物が一歩進んだ。すると驚くことに、目の前の茂みに小さな穴が空いたではないか。ガサガサ、ガサガサと木の葉のこすれる音が響く。その動物は私に目配せし、その茂みのトンネルへと入って行った。ちょっと待って、私には小さ過ぎるような・・・。何とか膝をついて、ハイハイで進む。木漏れ日が暖かい。前をゆく動物のお尻がだんだん遠ざかって行く。ちょっと急ごうとしたその時、片方のサンダルが脱げてしまった。慌てて後ろを振り向く。すると、トンネルがなくなってきているのに気がついた。あの動物が通ったあとは、茂みが再び元に戻るのだ。もう少しで私は茂みの中に取り残されてしまう。当然、この狭いトンネルで、サンダルを再び履く暇はない。あの動物も、すでに遠くまで歩いて行ってしまっている。私はサンダルを諦め、動きにくいから、もう片方もその場に脱いで、白ソックスのままでトンネルを進み始めた。振り返ると、すでに一足のサンダルは茂みの中に消えていた。ソックスはもうここまでで結構汚れていたし、土まみれでも、仕方ない。そのまま進んでいくと、緩やかなカーブを曲がった先にようやくあの動物のお尻が見えた。待ってくれてもいいじゃん、と心の中で文句を言いながら、その動物に追いつく。と同時に、茂みのトンネルは途切れた。立ち上がると、そこには思わず息を飲む風景が広がっていた。

 また、ちょっと開けたスペース。さっきより、広い。そのほぼ中央に、あの屋久杉とも見紛うほどの大木がどっしりと、ひっそりと、立っていた。その根は森の奥深くまで伸び、その周辺一帯の空を、その葉で覆っていた。私の足も、その木の根の上に載っていた。すっかり土まみれになった、白いソックスだ。

 その木の根元まで行った動物は上を見上げ、初めて鳴いた。アオーン。狼とも、犬ともとれるその声は、見た目からは程遠い。

 すると次の瞬間、私はあっけにとられていた。あたりの草木が一気に音を立て出した。ざわざわ、かさかさ。私はその場にへたり込んだ。立っていることすら、ままならなかった。そして、

「おじいちゃん・・・?」

そこから出てきたのは紛れもない、おじいちゃん。あの優しげな、かっこよかった、おじいちゃん。

「あ、まって・・・。」

だがおじいちゃんは、私に微笑むとすぐに消えてしまった。瞬間、私は気を失った。

 ふと目が覚める。周りを見ると、あの動物はいない。そして私は、家庭菜園のなかに横たわっていた。あれは夢だったのだろうか。私は何とか立ち上がった。すると足元に違和感が。みると、私は泥まみれの靴下だけを履いて立っていた。体のあちこちにも土がついている。制服にも。手のひらも。

「じゃあ、あれは・・・。」

夢じゃなかったんだ。おじいちゃんは私に会いにきてくれたんだ。そう思うと、私は懐かしさでいっぱいになった。そのとき、お母さんがやってきた。

「終わったのー・・・って、あんたなにそのカッコ!なにしてたの?!」

「ちょっとおじいちゃんに会ってきた。」

「はあ?」

お母さんが口をあんぐり開けた時、森の中から再び、あの生き物の鳴き声が聞こえた気がした。

元気でね。おじいちゃん。そして、ありがとう。


おわり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ