フシギなレストラン
「ねえねえ、このお店、良さそうじゃん?」
「なになに?ええと、廃校レストラン?なんか、怖いね・・・」
「行ってみない?ちょうどお腹空いたし」
「さんせー!」
「あたしも!」
「えー・・・じゃあ、私も、いこっかな・・・」
高校生の仲良し4人組、ナツハ、ハルエ、フユコ、アキホは、休日、午前中の部活動を終えて、遊びに行こうと、駅への道を歩いていた。季節は初夏。間も無く夏休みに入る。半袖のセーラー服に身を包み、ショート丈の白ソックスにローファーを揃って身につけた4人は、いかにも怪しげな看板にそって、"廃校レストラン"へと向かった。
それは丘の上に立った、古びた小さい学校のような建物だった。木造で、何故か内部は暗くて見えない。校庭には草がはびこり、いかにもな廃校という様を呈していた。
「ね、ねえ、やっぱり、帰ろうよお。なんか、怖いよ」
「もう、ハルエは臆病なんだから。ほら、わたしの手を握って。大丈夫。きっと料理は美味しいよ。こんなでも、お店やってるんだから」
「ナツハ、ほんとに勇敢だよねえ。あたしも見習わなくっちゃ」
ハルエとナツハ、フユコ、アキホの順に、開け放たれた校門らしき物の間をとおる。人の気配は未だにないが、なにやら美味しそうな匂いが辺りを漂っている。
「・・・カレーの匂い」
一番後ろのアキホが呟く。
「あ、ほんとだ。これ、きっと自家製だよね?ああ、お腹ペコペコ!」
4人はある程度草丈の低い部分を選んで、それでも足にチクチク刺さる草をくすぐったく感じながらも、ようやくレストランの玄関へと辿り着いた。"ようこそ廃校レストラン"と、ゴシック体で描かれた看板に、メニュー表、そして、注意事項も。
「わあ、カレーに、カレーピラフに、カレーハンバーグに、カレーオムライス・・・どれにしよう!」
メニュー表に釘付けのナツハ、その横にくっつくハルエ、そして遠くを眺めるアキホ、フユコはメニュー表より、注意事項も書いた、ホワイトボードに注目していた。
「ねえねえ、これ見て。当店は、お客様に快くお料理を楽しんでもらうため、幾つかやっていただきたいことがございます。ご気分を害されることもあるかと思いますが、お客様に料理を心ゆくまで楽しんで頂くための物ですので、ご了承ください・・・だってさ」
「なんだろ?お店が、あたしたちに、注文するってこと?」
「もう、そんなの、入ってから考えようよ。早く入ろう!うーん、カレーピラフか、カレーオムライスか・・・」
「ナツハ・・・、ほんとに行くの?」
「大丈夫って、ハルエ!」
「まあ、危なくなったら、すぐに逃げ出せば、いいよ」
「そう・・・?アキホが言うなら・・・」
4人は、玄関のドアをあけ、校内へと立ち入った。
中は、特になにも変わりないようだった。数点言えることは、相変わらず、人の気配が全くしない。それに、内装にレストランらしさが全くない。廃校となった学校をそのまま、レストランとして使っているようだ。ただ、先ほどからのカレーの香ばしい匂いが、校内に充満している。
「あ、なんか書いてあるよ」
一段高くなっているところに、立て札があった。
"お客様はここで靴をお脱ぎください。店内は土足禁止で、お願いいたします。靴はその場に置かれておいて結構です"
「土足禁止だって」
「まって?スリッパとか、あたし、持ってないよ?」
「私も・・・」
「わたしもだけど・・・土足禁止って言ってるし、靴、脱いでいこう?レストランだし、綺麗だよ」
4人はナツハに倣って、履いていたローファーを脱ぎ、4つまとめて、玄関に置いた。足元は白ソックスだけという格好になった4人は、木の床の校内を、壁に描かれた矢印にそって、ペタペタと歩き始めた。
「静かだね・・・」
「なんか、涼しい」
窓という窓全てに、真っ黒なカーテンがかけられていて、教室の中は見えなくなっている。廊下に灯る蛍光灯が、辺りを明るくしているだけだ。
「うわ、靴下、真っ黒・・・」
矢印に沿って階段を登るとき、ハルエがちょっと立ち止まって、ソックスの足裏を確かめていた。
「そりゃ、学校だしね。気にしないで、行こう!」
カレーの匂いはだんだんと強くなっていた。厨房が近づいている。
くすんだ木の板の階段を登ると、そこにまた、立て札があった。目の前には、防火扉が閉じている。
"ご注文をお伺いいたします。マイクに向かってご注文ください"
そこには一般的な学校用の机があって、その上にメニューと描かれた紙と、スピーカーのような装置がついていた。注文すると、防火扉が開いて、中に入れる仕組みなのだろう。
「やっと注文だ!」
ナツハがメニューに飛びかかる。他の3人も、その周りに集まる。そこにはたくさんの洋食メニューが並んでいた。カレー系だけでなく、パスタ、サンドウィッチ、ハヤシライス、ステーキなどなど。デザートも充実していて、パフェだけで10種類以上あった。そして何より、価格が安い。税込で500円から1000円ほど。
「わあ、どれも美味しそう・・・あたし、ハヤシライスかな」
「私、カルボナーラ」
「じゃあ、・・・エビフライセット」
「ほら、あと、ナツハだよ?」
「え!?みんなはやいよお。えーと、えーと、うーん、じゃあ、カレーオムライス!・・・じゃなくって、・・・やっぱり、カレーオムライス!」
4人の注文が終わると、目の前の扉が開いた。
そこは、体育館を模した部屋だった。天井も広さも、体育館までとはいかないが、バスケットゴールや演台、マットや跳び箱、砂場まで完備している。その他、大抵のスポーツはできそうだ。
「これ、なに?」
「あ、あそこに立て札があるよ」
出口と思しき扉の前に、また立て札が立っていた。
"お料理ができるまで、しばらくのお時間をいただきます。どうぞお好きなスポーツで有意義な時間をお過ごしください。お腹が減って、ますます料理を美味しくいただけることと思います。料理ができましたら、ブザーでお呼びいたします"
「へえ、だてに学校レストランやってないね。これ、大人の人には結構面白いんじゃない?」
「あたしたちも、遊ぼっか?」
「さんせー!」
「なにする?」
「わたし、あの砂場が、すっごく気になるんだけど」
「そうだよね、体育館に砂場って、ないよね?」
「幅跳びでも、する?」
「でも、靴ないよ?」
「そこは、レストランが考えてくれてるみたい。ほら、あそこ」
アキホが指差した先、出口の横にあったのは、白いソックスが、4人分。
"お客様の靴下がもし汚れた場合は、お履き替えください。汚れた靴下は、こちらで処分いたします"
「えらく準備がいいね・・・」
「じゃあ、思いっきり、汚していいんだ!」
「靴下で砂って、あたし、初めて」
「わ、私もいいのかな」
「もちろんだよ!」
こうして4人は白ソックスにセーラー服のまま、体育館の中央に置かれた砂場で幅跳びをしたり、バレーボールをしたりし始めた。砂場に飛び込むナツハとアキホは、砂に粒が細かく、すぐに靴下が砂まみれになったが、靴下ごしに感じる砂の感触は、とっても、気持ちよかった。2人は陸上部なので、幅跳びは得意だ。記録を次々伸ばしていった。フユコとハルエは、その横でバレーボール。靴下のままで滑って、滑って、ボールを追いかける。そして砂場周りの体育館の床まで砂まみれになった頃、体育館内にブザーが鳴り響いた。
「あ、できたみたい!」
「なんか、料理のこと、すっかり忘れてたね、あたしたち」
「わたしも!いま思ったら、お腹がぺっこぺこだよ!」
4人はタオルで汗を拭き拭き、靴下を脱いで、出口の箱に入れていった。2人分の砂まみれの靴下と、2人分の足裏真っ黒の靴下が集まった。そしてまた、新しい、純白の白ソックスを履くと、ドアのノブを回した。
"いらっしゃいませ。どうぞお料理をご堪能ください。手を洗うことを、忘れずに!"
わざわざ洗面台の位置に矢印をつけてあったので、4人は念入りに手を洗い、顔を洗い、料理の置かれたテーブルへと向かった。この部屋だけは他と違って、フカフカの絨毯が敷き詰められていた。そして、料理からは湯気がもくもくと上がり、いい香りが辺りに漂う。
「わあ!美味しそう!いっただきます!」
4人はガツガツと料理を平らげ、充分満足した。
「ふう、お腹いっぱい!」
「けっこう、ボリュームあったよね?」
「フユコのエビフライも大きかったし!」
「お金はどこで払うのかな?」
「あ、あそこにまた立て札」
料理部屋の出口と思われるドアに、立て札が立っていた。
"右側の機械に、料金が表示されております。料金をお支払い頂くよう、お願いいたします。お支払いが確かめられましたら、扉の鍵が開きます"
確かに横には、彼女たちの食べた料理の名前と値段が表示されていた。一人ずつ支払っていくと、扉は自動で開いた。
「ふう、やっと出たあ」
「あれ?この靴・・・」
出た先には廊下が続いていた。そしてそこには、4つのローファーが並んでいた。
「すごおい。誰かがここまで持ってきてくれたんだ」
「いいお店だね。また来たいな」
「遊べるしね!」
4人は新しい靴下に包まれた足を、ローファーに入れた。それは確かに、自分の物だった。廊下の先は学校の裏山に続いており、そこからそのまま、元の学校の敷地に出ることができた。4人は満足感とともに、遊びへと繰り出していった。 だがその中の誰も、あのレストランで誰にも従業員に会っていないことを話題にはしなかった。
そのレストランの看板が現れることは、もう二度となかったという。
おわり




