フシギイな上履き(?)
「みんなあ、おはよお」
あたしがいつもどおりに教室に入ると、みんなが黒板の前に集まっていた。なんだろ?気になったあたしは、その中のお友達、ユキちゃんに話しかけた。
「ねえねえ、ユキちゃん、なんなの、みんな集まって」
「あ、ふーちゃん。来てたの?みんながね、ふーちゃんにプレゼントしたいんだって」
「え?あたし?なんで?誕生日、あと、1、2、・・・とにかく、まだ先だよ?」
「まあ、いいからいいから」
「よう、浅野。これ、おまえにやるよ。みんなからだ」
クラスの学級委員さんをしている大野くんが、両手を差し出してくれている。そこには、なにものっていないけど・・・。
「・・・へ?なあに?なにもないよ?」
「あれ?ほらあ、やっぱ言ったじゃん。こいつには見えねえって」
「おかしいなあ。浅野さんなら、見えると思ったのになあ」
「ねえ、なんなの?」
「これなあ、バカには見えないフシギイなうわばき、なんだ。でも、おまえには、見えなかったのかなあ」
え?なんだって?バカには見えない、うわばき・・・。あたし、見えない・・・。じゃあ、あたし、バカなの?いやだよお、そんなこと、みんなに知られたくない!!
「あ、あれえ?よく見たら、あるねえ。うん、ステキな、うわばきだね。いいの?こんなのもらっちゃって」
「ん?見えるのか?じゃあ、よかった。いいよ、おまえにやるよ。ほら」
大野くんが、手のひらの上にのっているといううわばきを、あたしの手のひらの上におく仕草をした。ううん、やっぱり、見えない・・・。それに、おもさも、感じない・・・。あたしって、そんなにおバカなのかなあ。ヘコむなあ。
「あ、ありがとう・・・」
「じゃあさ、早速履いてみてよ」
ユキちゃんが言う。周りのみんなはニッコニコして見ている。こんなとこで、見えない、なんて、言えない・・・。
「う、うん・・・」
見えないものを履くなんて、生まれて初めて。あたしは、それまで履いていたふつうのうわばきを脱いで横に置いて、そのフシギイなうわばきを履いてみた。というか、履くふりをした。あたしの足元は、いま薄いピンク色のハイソックスだけ。うわばきを履いている感じが、全く、ない・・・。ああ、あたしって、ほんとうにバカなんだ・・・。
「ど、どうかな・・・」
「うんうん、すごく似合ってる。かっこいいよ、ふーちゃん」
うわばきが似合ってるなんて言われたの、初めてなんだけど・・・。頭のいいユキちゃんがみたら、そうなのかなあ。あたしも、見えるようになりたいなあ。
「今日からそれ、履いとけよ。そっちの方が、いいだろ?」
大野くんが言う。えーと、あたし的には、これ、なにも履いてない気がするんですが・・・。やっぱり、あるのかなあ。うわばき。
「そ、そう?じゃあ、このままでいようかなあ・・・」
みんなには、見えてるんだ。見えないの、あたしだけなんだ・・・。でも、バカって思われたくない。今日はこのまま過ごそう。きっと、勉強したら、頭良くなるよね、きっと!。
あたしはそれから、今まで履いていたうわばきを靴箱に戻しに行って、また教室まで戻ってきた。歩いていても、裸足で歩いている感覚だし、靴下の裏は汚れてるし・・・。みんながあたしの足を見てくるのは、やっぱりうわばきのせいなのかな。みんなと違う、すごいうわばきを履いているからなんだな、きっと。授業を受けたあと、頭がよくなったかなって思って足元を見てみたけれど、やっぱりうわばきは見えない。ただ靴下がそこにあるだけ。
体育の授業を受けて、お昼休みにはお友達とおしゃべりして、それでもうわばきは見えてこない。靴下はだんだん汚れてくる。なんでだろう。
とうとう、一日が終わってしまった。結局、うわばきは最後まで私の目には見えなかった。よし、こうなったら、思いっきり勉強して、おバカ克服してやる!そうしたらきっと、見えるはず・・・。
「ねえ、お姉ちゃん、なんで靴履いてないの?」
「え?」
あと少しで靴箱に着くというとき、急に声がかけられた。そこにいたのは、あたしの2つ下の妹、カオリ。今年小学校に入学して、今はかわいい一年生。
「なんで、お姉ちゃん、靴、履いてないの?」
あたしはフシギに思った。妹は、絶対にバカなんかじゃないはず・・・。
「カオリ、見えないの?あたしの、うわばき」
「なに言ってるの、お姉ちゃん?うわばき履いてないじゃない。靴下そんなに真っ黒にしちゃったら、ママに叱られるよ。忘れたの?」
「・・・ううん。みんなにね、もらったの。これ」
あたしは、足元を指差してみた。妹は首をかしげて、何かへんなものを見るような目であたしを見た。
「靴下、もらったの?」
「ううん、うわばきよ。バカには見えない、うわばきっていうの・・・」
妹は相変わらず、きょとんとしている。あたし、なにか変なこと、言ったかなあ。
「お姉ちゃん、バカだね。大バカだね。お姉ちゃんはほんとうに、アホでいらっしゃいますね!」
一瞬、空気が止まった。周りをゆく人たちが、戸惑ったような眼を向けてくる。何か妹が暴言を吐いたようだが、あたしはあくまでオトナな対応をした。
「なによ、それ。あたし、バカじゃないもん。・・・バカじゃないもん」
「バカには見えないうわばきなんて、あるはずないでしょ。なによその、『裸の王様』みたいなおとぎ話。お姉ちゃん、だまされてるのよ。っていうか、こんな話にだまされないでよ」
「・・・え?あたしが?まさかあ」
「だからあ、お姉ちゃんはもともとなにもはいてなかったのよ。うわばきなんて。この世にお姉ちゃんのうわばきが見える人なんて、いないよ。だって、ないんだもの」
あたしはもう一度、自分の足元を見た。そして妹を見た。
「あたし、最初っから、裸足だったの!?」
「だからさっきからそう言ってるじゃない」
「なによお、みんなで!!ゆるさないい!!!」
「お姉ちゃんもお姉ちゃんよ。どうしてそんなウソにのせられたのよ。情けない」
妹ががっかりしているのを見て、あたしの怒りは吹き飛んで、なんだか申し訳なくなってきた。
「・・・ごめんね、こんなお姉ちゃんで」
「・・・ううん、いいの。そんなおバカなお姉ちゃん、すきだよ」
「・・・ありがとう。」
「ほら、今日はもう、帰ろう。またあした、怒鳴りこんでやればいいのよ」
「うん、わかった」
妹は背伸びして、あたしの頭を撫でてくれた。うれしかった。
靴下は、自分で洗う羽目になった。
翌日、あたしは一番に教室に乗り込み、後からきた大野くん他数人を、ぶちのめしていた。ユキちゃんは、
「ごめんね、まさか、ほんとうに引っかかるなんて、思ってもみなくて。でも、そんなふーちゃん、すきだよ」
そんなことを言われてしまって、なんだか怒る気にもなれなくて、この話は、おしまいとなった。
・・・もう二度と、こんな話にはのらないぞ。
おわり




