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車男短編集  作者: 車男
27/54

俺の妹がこんなに活発なはずがない

 「じゃあな!」

「おう!」

俺は今年高2になる陣内智也。読み方は、トモヤ。今日は土曜日だが、俺の学校は、昼になるまで授業があった。季節は秋。夏の暑さはすっかり収まり、街路樹が色づき始めている。日光は当たるが、過ごしやすい日だった。

 友人と別れ、家に帰る道を歩く。新興住宅街で、歩道も綺麗に整備されている。俺はスマホをいじりながら、自宅近くの公園に足を入れた。そこをつっきれば、家はもうすぐそこだ。俺は高校まで、友人たちとバスで通学している。丘の上に住宅街はあり、自転車だと帰りがきつくてたまらない。ならいっそ、近所のバス停まで乗せてきてもらった方がマシなのだ。

 公園は結構な広さがあり、池やアスレチックが整備されている。大抵は砂が敷かれているが、一部ゴム製の地面になっている。俺はここで遊んだことなど、一度もない。住宅街に引っ越してきた時から、もうそんな年じゃなかった。

 公園の出口に差し掛かったところで、聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。いや、なにも襲われたとか、そんな感じの声ではない。楽しさのあまり出たという感じの声。俺はスマホに向いていた目線を上げ、公園内を見回した。いた。アスレチックのところ。制服に身を包み、スカートをひらひらさせてはしゃいでいる。彼女は俺の、妹だった。

 俺には妹がいる。現在中学1年生。家ではおとなしく、俺は妹が怒ったところも、はしゃいでいるところも、一度も見たことがない。俺の中での妹は、清楚で大人しいイメージだった。

 この家族である俺でさえ、あんな妹の様子は見たことがなかった。友達数人と、アスレチックの周りを走り回っている。時折大声をあげて、大きく口を開けて笑っている。こんなに活発で楽しそうな妹を見たのは初めてだった。

 俺は妹の方へと、歩を進めた。興味があった。俺を見たとき、どんな顔をするのだろう。頬を赤く染めて、清楚に戻ってしまうのか、それはそれで可愛らしいが。なんてことを思いながら近づくと、そこにはさらに驚くべき光景があった。

「あ、兄やん!どうしたの、こんなとこで」

妹は俺のことを"兄やん"と呼ぶ。

「いや、ちょっと通りかかっただけだ。珍しいな、おまえが公園で遊んでるなんて。それに・・・」

「ん?」

「あ、いや、なんでもない」

「そお?ねえ、じゃ、一緒に遊ばない?兄やんも!」

「バカ、誰が遊ぶか。友達がいるんじゃん。まあ、せっかくだから俺もちょっとここでゆっくりしていくか」

「なあに、それ。なんか散歩に出てきたワンちゃんみたい!」

「意味わかんねえよ。じゃあ、けがすんなよ!」

「わかってますよー!」

妹はまるでいつもの感じを忘れたように、さっきまでと同じテンションではしゃいでいる。俺を見ても、顔色一つ変えなかった。おまけに俺を誘ったのだ。どういうことだ?何があった?俺は考えた。そういえば、俺が最後に妹と話したのはいつだったろう。そう考えると、最近は全くと言っていいほど、妹と接していなかった。同じ家に住んでいるのに、俺は部活で忙しく、夜遅くなることがあったし、妹の方も、帰ったら部屋にこもってゲームをしているようだ。朝も、俺は朝練で早く家を出るし、休日も遠征や試合・・・。そうだ、俺が妹と話したのは、夏休みが最後だった。それから1ヶ月ちょっと、俺は妹と話していない!なんで気がつかなかったんだろう。それが自然なことになっていたからだろうか。1ヶ月もあれば、人はここまで変われるってもんだ。ああ、そうだ。ちょっと部活にやり込み過ぎたところがある。

 俺はそれから妹達が見えるベンチに座り、愛読書を鞄から取り出した。似合わないなんて言わないでくれ、作家は池井戸潤だ。ちょうど木陰になっていて、涼しい。自然な光がほのかに本の文字を浮かび上がらせる。

 公園には妹たちの他に小さな、まだ3、4歳くらいの子どもたちがちらほら遊んでいる。ママさんたちはそれを見守りながら、世間話に忙しい。

 静かだった。公園で遊ぶ子どもたちの声以外は、ほとんど何も聞こえない。夏の間ほぼ毎日聞いていた蝉の声も、今では忘れていたほどだ。

 俺は本から顔をあげ、妹たちの方を見た。そこには大きな子ども、小学生くらいの子どものための、アスレチックがあった。縄ばしごや急な滑り台、登り棒、その他、結構な能力を要する遊具。妹達は今、そのアスレチックのふもとで、なにやら会話をしている。その妹の足元に、俺はさっき、一目見た時から心奪われていた。学校に履いて行く、校章の入った指定の白いハイソックス。

 そしてその他には何も履いていなかった。俺がさっき妹と話していた時にはもう、靴下のままで砂の地面を走り回ったのだろう、その靴下は砂で茶色く染まっていた。それも妹だけではなく、その場にいた友人もみんな、靴下は砂まみれ。中にはその靴下の足を地面を撫でるように滑らせている子もいた。すっかり気持ち良さの虜になっているようだった。彼女たちが履いていたのだろう、ローファーは、近くのベンチの下に並べて置いてあった。そのローファーも砂で白っぽくなっていた。俺の鼓動はそれを見て早まった。いつもなら家に帰るのを優先するが、今日はそんなのはいい。彼女たちが帰るまで、おれはその成り行きを見守ることにした。時間もまだたっぷりある。本を読みながら、俺はチラチラと、アスレチックの方に視線を向けていた。

「兄やん、起きて、兄やん」

ふあ?あああああ。なんだ?寝ちゃったのか?ああ、気持ちよかったもんなあ。

「兄やん、もう帰るよ。なに寝てんの。風邪引いちゃうよ」

「あ、ああ、そうだな。サンキュー」

「もう、口大きくあけて寝てるからさ、虫とか入っちゃったりしてない?」

「マジか!?」

「ウソウソ。さ、かえろっ」

「おまえの友達は?」

「もう帰ったよ。ああ、楽しかった」

「そうか・・・」

あの靴下でどうやって帰るのか、気になってはいたのだが・・・。ま、いいか。

「っしゃ、帰ろうか」

「兄やん、おんぶしてえ」

「なん、なんだ、いきなり。なんでだよ?」

「冗談だよ。そんなアワてないでよ。ほら、あたし靴履けないからね」

そう言って、妹は自分の足元を指差した。さっき見た時より砂まみれ度が上がったソックスだけの足がそこにあった。

「いいのかよ、そんな砂まみれにして。怒られるぞ」

「いいじゃん、たまには」

「そっか」

「ねえ、アイス、コンビニで買わない?暑くなっちゃった」

「おいおい、その靴下でコンビニかよ?」

「いいじゃん、たまには」

妹はにっと笑って、夕焼けに染まった街を、走って行った。


おわり

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