フシギな腕時計
「はい、これ。ハッピーバースデイ!レン。」
「ありがとう、ナツミ。あけていい?」
「もちろん。きっと気に入ると思うよ。」
「なんだろう・・・、わっ、これ、腕時計じゃん。いいの、こんな・・・。」
「いいの!そのかわり、ボクの誕生日もよろしくね。」
「えっ、ああ、もちろん。最高のもの、贈るよ!」
「さっすが、レン!たのしみだなあ~。ねね、つけてみてよ。」
「うん。・・・・・・よし、どうかな?」
「にあうにあう。かっこいい!」
「ありがとう。大事にするよ。一生の宝物だな。」
「そんなあ。そんなにしなかったし。こんなによろこんでもらえてよかった!」
「ほんとに、ありがとう。」
「ね、今からどっかいかない?」
「いいね、じゃあ、・・・どこいこう?」
―――この腕時計に、こんな機能があるなんて・・・。
僕はただ、腕時計の横についた小さなボタンを押しただけなのに・・・。それが時刻を合わせるためのものだと思って・・・。するとどうだろう。時が、止まったのだ。だが僕は、動けている。いつもと同じように、動いて、声も出て、息もしている・・・。僕という存在以外の物体すべてが、止まっているのだ。歩いている人はそのまま、机から落ちかけたペンは空中に静止し、グラウンドで行われていたサッカーの試合は、躍動感そのままに止まっている。黒板に向かっていた先生も、それを聞いていた生徒たちも、みんな、止まってしまった。僕が腕時計のボタンを押すと同時に――。
いったいこの時計はどうなっているんだ。本当に何もかもが止まっているのか。学校の外は・・・。やはり、すべてが静止している。空を飛ぶカラスも、雲も、道を走るバスや乗用車も、通行人も、みんな、止まっている。すごい。この腕時計。時間を止められるんだ。この。腕時計。ナツミ、それを知ってて僕にこれを・・・?いや、まさかそんなこと・・・。・・・聞いてみるか。いや、もしも知っていたら、どうする。何のためにこれを僕に渡したんだろう。怖い。答えを聞くのが、怖かった。やっぱりやめよう。これは僕の、僕だけの、秘密だ。誰にも知られてはいけない。それに、もう2度と、この機能を使ったりはしないだろう・・・。僕は時を止めた時と同じボタンを押した。時は再び、刻まれ始めた。
それから1ヶ月、何事もなく過ぎた。僕はその機能を、誰にも言わず、使うこともなかった。ナツミにさえも、だ。未だに、ナツミはこの機能を知っているのかどうか、僕にはわからないままだった。
そんな時、僕はある衝動に駆られることとなった。恥ずかしながら、僕は上履きを忘れた女の子には目がない。そんな子に対して、恋愛的な好き、とは違う、好きという感情を持っている。つまり、フェチ的に言って、好きなのだ。
その日、僕はその好意を寄せるべき女の子を目にした。月曜日である。朝登校すると、下駄箱から何も履かずに、靴下のままで校内へと入って行く。僕は慌てて靴を履き替えると、その子を追った。その時思った。そうだ。これで時間を止めよう。そうすることで、その子をじっくり観察出来る。ひょっとしたら、汚れた靴下の裏までも。僕は腕につけていた時計の、あのボタンを押した。時が、止まった。今まで動いていた何もかもが静止する。音は何も聞こえない。僕は落ち着いて、ゆっくりと、止まった生徒たちの間をすり抜けながら、その子を探した。いた。ちょうど階段を上がっているところ。驚いたことに、足裏がバッチリこちらを向いていた。まだ登校したてで、汚れのない真っ白な足裏。これが帰る頃にはどうなっているのだろう。楽しみで仕方ない。
昼休み。僕はナツミと向き合って昼食をとっていた。他愛もない話が続く。そして食べ終わった時、僕は再びそのボタンを押した。時が、止まる。僕はこちらに目を向けているナツミを残して、あの女の子の元へゆっくり向かった。彼女は一学年下の子だった。やや赤みがかった長い髪をツインテールにし、スカートは短め。顔は小さく、アイドルグループに入っていそうな可愛らしい顔つき。まあ、ナツミには敵わないけれど。また、化粧も施されていた。それなのに、足下は短く下ろした白ソックスだけ。このギャップが凄まじく僕を興奮させる。事情はわからないが、とにかく僕は彼女を観察しにかかった。
彼女は教室の窓枠に腕を載せて、グラウンドを眺めていた。とっくに昼食は終えたのか、摂っていないのか。そして彼女に近づいた時、僕は息を飲んだ。足下、右足の裏がバッチリこちらを向いていた。爪先だけを床に当てている。顔を近づける。理想のソックスだった 。足の形通りに茶色っぽく汚れた白ソックス。かわいい。ぼくは興奮しっぱなしである。また放課後、彼女を探すことにして僕はナツミの待つ自分の教室へと向かった。
放課後。僕は再び時間を止めた。こんなに自由に時間を制御できることが僕に優越感をもたせていた。でも、いいのだろうかという不安は残る。こんなに止めたり、動かしたりして、大丈夫だろうか、世界は。・・・いや、心配することはない。時間が止まった世界で動いているのは僕一人。たった一人、動いていたって何も変わりはしないだろう。うん、安心、安心。
僕は彼女の教室へと急いだ。早く見たかった。教室へ入る。彼女の姿は見当たらない。もう帰ったのだろうか。次は下駄箱へ。いない。学校中を探し回ったが、靴下姿の女の子はいなかった。どうしてだろう。こんなに早く帰れるものだろうか。いや、まてよ、まだ探していない箇所がある。トイレの中。おそらく、そこに彼女はいる。だが、たとえ時間が止まっているとはいえ、女子トイレに入りのは気が引ける。ここはいったん時間を動かして・・・。いや、トイレに靴下のまま入っているんだぞ、そんな光景、普通じゃ見れない。よし、入ろう。そして、観察しよう。時間は止まってるから、大丈夫。だれも僕のすることは知らないのだから。僕は彼女のクラスの最寄りの女子トイレの前に立った。大きく深呼吸。よし、いくぞ。なんでこんなに勇気がいるのか、僕にはわからなかったが、確かに彼女はそこにいた。爪先立ちで、掃除したての水が残ったままのトイレを歩いていた。まさにドアに手をかけているところである。僕は再び興奮した。女子トイレに入ったからでは、決して、断じて、ない。ただ、汚れがよく確認できない。僕はそっと彼女に近づいた。その時である。僕の時計が洗面台に当たった。と同時に、僕の耳に音が帰ってきた。ほんの数秒ののち、その音は悲鳴に変わっていった。
おわり




