続・おひとよし
「ねえママ、私の上履き知らない?洗って玄関の靴箱の中にいれておいたはずなんだけど・・・」
「え?それ、どうするつもりだったの?」
「いや、明日からまた学校だからさ、持っていかないと・・・」
「・・・ごめん、捨てちゃった・・・」
「うそ・・・。どして・・・?」
「だって、あれもう使わないのかなって、思っちゃって。だって、結構使い込んでたでしょ?ママ・・・、てっきり学校においてきたと思ったのよ。ごめんねえ」
「じゃ、じゃあ・・・」
「上履き、今この家にないわ・・・」
「ちょ、え、うそお。明日学校だよ、私・・・」
「明日は、ごめん、我慢して・・・。それとも、休む?」
「いや。皆勤賞狙ってるんだもん。この前は遅刻しちゃったけど・・・。わかったよう、諦める」
「今からパパに買ってきてもらおうか?」
「ううん、いいよ。それにもうお店どこもあいてないし・・・。もう11時だよ・・・。もっと早く気づけば良かった・・・」
「ほんとにごめんねえ。学校で貸してもらって?」
「貸してもらえるかなあ?じゃあ、おやすみ」
「おやすみ。・・・宿題やったの?」
「もちろん!」
「――そんなこんなで、今日、上履き履いてないの。恥ずかしいんだから、聞かないでよお」
「ごめんごめん。ヨーコちゃんが裸足でくるなんて、何事かなって、驚いただけよ。あ、そだ。私の上履きかしたげよっか?先生も貸してくれなかったんでしょ?」
ついこの前のあの一件から仲良くなった子のひとり。
「うん、貸せるような上履きはないって・・・。でも、いいよ。悪いから」
「じゃあ、私の貸したげる。ほら、この前勝手に借りちゃって、迷惑かけたでしょ?」
もう一人が顔を出す。
「いやいや、いいの。もう、あのことは。気にしないで。私は大丈夫だから」
「そう?」
「うん」
「ね、次、始業式だよ。体育館行かないと」
「うん、じゃあ、いこ」
私は再びの登場、佐藤ヨーコ。ついこの前、1学期始まって少しした頃、上履きに関するアクシデントがあったが、夏休み明けの始業式、またしても校内を靴下だけで歩くハメになってしまった。でも、私が悪いんだから、仕方ない。私が履ける上履きは、近くにない。まさかママが上履きを捨てちゃうなんて、思ってもみなかった。それに気づいたのが、昨日の夜眠って見た夢のせいだ。上履きを忘れてしまい、一人だけ校内を靴下で歩くことになってしまって、顔から火が出るほど恥ずかしいといった、内容。その夢に飛び起きたのは、眠りについて2時間後の夜11時。その時私は、翌日上履きを持っていかなくてはならないということを、すっかり忘れていた。夢のおかげで、そんな事態を避けられたと喜んだのに・・・。結局一緒だった。おかげで今日はなんだか眠たい。睡眠時間がいつもより短かったからだろうか。
今日は始業式をして、大掃除して、宿題出して、帰宅。大掃除の場所はどこかわからないけど、綺麗なとこだったらいいな。
それにしても、やっぱり一人だけみんなと違うのって恥ずかしい。みんな上履き履いてるのに、私だけ、靴下。買ったばかりの、レースのついた白い靴下。きっと汚れちゃうだろうな。ごめんね。
体育館まで、ずっと靴下というのはきつかった。みんなに私の足元を見られ、恥ずかしくて、それにきたないし・・・。教室に帰ってきた頃には、茶色い汚れが靴下の足裏にきれいに浮かび上がっていた。
大掃除。それを靴下でやるの・・・?嫌だあ。帰りたい・・・。でも、やらないと。場所は教室でよかった。変なところに行かされたらどうしようかと思っていた。トイレだったら最悪だ。箒で床を掃いていくと、みるみるうちに灰色の埃や砂が集まる。こんなところを靴下だけで歩いているなんて、改めて嫌になる。それに靴下で歩いてるのって、雑巾のからぶきをしてるのと一緒じゃないか、とも思う。・・・もう、いいや。気にしないようにしよう。靴下は捨てて、足は洗えばそれで済むんだから。今は、我慢我慢・・・。そうしているうちに、ようやく掃除は終わった。雑巾がけあとの床は、まだ水が残り、私の靴下を湿らせた。じっとり。
私が椅子に座って靴下の惨状を見ていると、誰かがやってきた。あんまり話したことはないけど、同じクラスの子。
「ねえ、ヨーコちゃん、お願いがあるんだけど・・・」
その子は申し訳なさそうな顔で、私にいった。
「ヨーコちゃん、今日上履き履いてないよね?それって、忘れたの?」
「ううん、家の全部捨てちゃって、なかっただけだよ」
そこでふと気づく。あれ?この子・・・。
「ねえ、ヨーコちゃん、私も上履き持ってないのよ。だから今日も靴下で・・・。きっと明日も上履き持ってこられないと思うんだ。きっと、今週中は無理だと思う・・・。買いにいく暇なんてないって、お母さん、言ってるし。だから、ね、お願い!明日も明後日も、今週だけ、一緒に、靴下でいて?お願い!私一人裸足って、恥ずかしいの!お願い!」
顔の前で頭を下げられ、両手を合わせられたら、もうこれしか言えない。
「・・・うん、わかったよ。じゃ、私も今週、上履きは持ってこない。2人いれば、恥ずかしくなんかないもんね」
「やった!ありがとう!約束よ!」
「もちろん」
「ねえ、ヨウコ、上履き、ほんとに今日じゃなくっていいの?明日もまた裸足で・・・」
「うん、いいの。みんな忙しいんでしょ?」
「でも、せっかくパパが暇を見つけてくれたのに・・・。もう日曜日まで買いに行く暇ないのよ」
「大丈夫!また日曜日に買いにいこ。ほんとは忙しいんだし」
「ほんとにごめんね。ママが気づかないで」
「ママのせいじゃないって!じゃあ、ご飯食べよう!」
「そうね。でも、もうちょっとあんまり靴下汚さないで欲しいなあ。洗うのけっこう大変なのよ。ヨウコの足も汚れるし」
「えへへ・・・。うん、明日から気をつけるね」
「怪我にも気をつけるのよ。まったく、学校も、上履きくらい用意しときなさいっての!」
「ははは・・・」
「ほんとにごめん、ヨーコちゃん、昨日帰ったら、パパがいてね、一緒に上履き買いに行ってくれちゃって・・・」
翌日、私が靴下のまま2日連続で恥ずかしさを堪えながら教室に入ると、挨拶の前に彼女の弁明が始まった。私は、裏切られた。約束したじゃない・・・。
「ほんとに、ごめんね。ヨーコちゃん」
もう何回その言葉を聞いただろう。だが私の顔の目の前で手を合わせられるとこれしか言えない。
「ううん、いいの。私、元々今週上履き買いにいけなかったし。仲間ができたかなって、思ったけどね。いいの。気にしないいで」
「ありがとう・・・。ヨーコちゃん。本当、優しいね。ヨーコちゃん」
「ううん。気にしてないから」
「・・・良かったら、私の履く?ほら、先に誘ったの、私だし・・・」
「え・・・」
でもその顔、いやそう・・・。私にそんなこと、できるわけない。
「いや、いいよ、そんなの。それに私の足、もう汚れちゃったから。綺麗な上履き、汚したくないもん。私はいいよ。このままで」
「ヨーコちゃん・・・。ほんと、ごめんね」
「いいって」
笑顔を作って、そのまま席につく。さりげなく、靴下の裏を確認する。結構使い込んだ、色あせたクリーム色のスニーカーソックス。捨ててもいいようにと、ママが探してくれた。やはりその足裏は、既にうっすらと黒く汚れてしまった。
「おはよ。・・・佐藤、今日も裸足なの?」
隣の男の子が話しかけてくれた。思えば、最近男の子としゃべってない・・・。
「う、うん、忘れちゃって。私、ドジだから」
「へえ、そんな風には見えないけど・・・。」
うれしい。なんだか、すっごくうれしい。私は思わずうつむいてしまった。顔が熱い。一人だけ靴下って、恥ずかしくって、裏切られたのは悔しいけど、男の子と話せた。やっぱりうれしい!さあ、今日も一日、頑張るぞ。
おわり




