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車男短編集  作者: 車男
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ブランコ

 また、ダメだった。これでもう何社目だろうか。面接で落とされたのは。もう数える気にもならない。

私は現在就職活動中の大学4年生。しかしこの不景気なご時世。なかなか採用してくれる企業はない。何の取り柄もないわたしだもの。雇ってくれる人がいるなんて、思えない。私はすっかり自信をなくし、住宅街を歩いていた。

 ふと耳をすませば、子供達の遊び声が聞こえてくる。そうか、もう小学校や幼稚園は終わった時間だ。ううん、ちがう。もう高校も終わってる。いつの間にか、時刻は5時を過ぎようとしていた。私はちょうど公園の横を通り過ぎるところにいた。あと少しで自宅アパートに着く。

 ふいに音楽がなり出した。ふるさと。5時になったのだ。西の空はすでに暗くなり始めている。子供たちが私の足元を駆けて行った。私にもあんな時期があったのだろうと思うと、今がきつい。私は公園の方を見た。どこにでもある、小さな公園。滑り台があって、シーソーがあって、そして、ブランコがある。今それは置き去りにされて哀しくキーキーないていた。私は公園の砂を踏みしめ、それに近づいた。最後にこれに乗ったのは、何年前だろう。もう覚えてすらいない。 

 私はカバンをベンチの上におき、スーツのままその板に腰掛けた。鎖がギイと音を立てる。きれることはないだろう。私はそこまで重くはない。パンプスで地面を蹴り、漕ぎ出す。良かった。感覚は覚えてる。この、気持ちのいい感覚。このまま飛んでいけそうな・・・。そうだ。私にはどうしてもできないことがあった。

 私は子供の頃、体育が好きだった。鉄棒も跳び箱も、人一倍できていたと思う。でもなぜか昼休みのブランコで、私はどうしてもできないことがあった。

 勢いよくブランコを漕いで、勢いのついたところで前に飛んで行く。たいていは砂場があるから、そこに着地する。これがなぜか怖くてできなかったんだ。友達が次々と飛んで行く中、私はただその様子を見ていた。やりたいなあとは思っていたのだが、いざこぎだしてみると、やっぱり飛べないのだ。だんだん早くなるブランコに乗っていて、私はそんな思い出を頭に描いていた。足が急に軽くなった。冷たい風がストッキングに包まれた足をなでる。見ると、左足のパンプスが脱げて遠くの地面に転がっていた。もともと大きめで、歩くたびに踵が浮いて、歩くだけで足が疲れた。よく見るとかかとはすっかりすり減って、私の苦労を象徴していた。側面の傷もひどい。

 私はなんとなくトライしようと決めた。飛んでやる。今日はなんだかできそうな気がしていた。飛んだら、何かが変わるかもしれない。私は残ったもう片方のパンプスを自ら飛ばした。ブランコの前の砂場へ飛んで、砂の中に埋もれた。

 ブランコの動きは激しくなり、足がスースーする。誰もいないのが幸いだ。私はゆっくりと、ブランコの板の上にストッキングを履いた足で立ち上がった。足先が破れて、ふくらはぎも伝線した、ボロボロのストッキングだった。ギーギーと錆びた鉄のチェーンが音を出す。私は立ち漕ぎをしばらく続け、いよいよ決心した。スーツを着ていることなど、すっかり忘れていた。どうでもよかった。今の私はあの頃の私。でもちょっと違う。今の私は飛べるんだ。いくぞ・・・。


 ブランコが前に出るその瞬間、私の足はブランコの板から外れ、私の体は宙を舞った。そして、ブランコの前の砂場へと、私は無事、足から着地した。ズサッ。尻もち。足が砂に埋もれる。

「あいててて・・・」

やはり靴を履いてなかったぶん、足が痛い。ストッキングがさらにボロボロになった。でも、私はできた。やりたいなと思っていたことが。振り返ると、ブランコが楽しそうにキャッキャと笑っていた。役目を終えたそれは、次第に動きを止めていった。後には風の音だけが聞こえている。

 私はその場に座り込んだままだった。スーツが、ストッキングが、砂まみれだった。子供の頃を再び思い出す。あの、無邪気で元気だったあの頃の私。今の私はそれだった。もう一度トライしてみよっかな。何度でも。何事にも挑戦して、失敗して、それでもいつかは絶対に成功できると信じてた、あの頃のように


おわり

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