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妖の杜  作者: カフカ
1/1

山紫水明

【前置き】


“ 後悔は決して先には来ない ”


ーーーあの時、貴方と出逢わなければ……

私が人間紛いに関わらなければ……

こんな辛い思い、お互いしなくて済んだのにーーー


鉄の匂いが充満した暗い部屋の中、私はそう思いながら、自ら刺した腹部から赤い染みがどんどん広がっていくのを感じていた。

【器の少女】


「今回の器はこの赤子にする」

「妖力も強いし丁度良い」

「よし、では地獄火を入れるとするか」


祓屋はらいやが私の身体に地獄火を入れて何年経ったのか…物心ついた時から祓屋の屋敷にある部屋に隔離されていた私は不意に思った。

いつも通り部屋は暗く物は何もない。

身体は傷やアザだらけ、首と片足には御札のついた綱で部屋のどこかに繋がれている。


 はぁ…と小さくため息をついた時、誰かがこちらに来る足音が聞こえた。

そして襖が開かれ男の祓屋が入って来る。

その表情は怒りや苛立ちが募っていた。

多分、仕事が上手くできなかったのだろう、男は私の胸ぐらを掴み顔を殴った。

倒れこむと続けて腹を蹴られ踏まれる、もちろん罵声も浴びせられる。

でも、私は何もできない……いや、何もしてはいけない。

私は……


    ーー“ 道具 ” でしかないからーー


 男が居なくなってどのくらい経ったのか、私は気絶していたのか起き上がり壁にもたれかかった。


シオン「今日は一人だけかな、明日は…ううん、考えない方がいい」


そう独り言を呟いて辺りを見ると一筋の光が部屋に入っているのが見えた。


シオン「うそ、襖が開いてる…!」


外に出られる嬉しさと苦痛からの解放で、胸が高鳴る。

そして辺りに誰もいない事を確認し、私は屋敷を出た。

首と片足に繋がれていたはずの綱が無くなっている事にも気がつかないで…。



【杜の中】


 空が鮮やかな橙色から美しい群青色に変わる頃、先ほどまで喜びの気持ちでいっぱいだったはずの胸が今は不安の気持ちでいっぱいになっていた。

私は今、薄暗い森の中にいる。


シオン(どうしよう…見張りの人がいなかった裏の勝手口から出て来たけど、道ももう無いし…周りは木だし、怖いな……)


一人悩みながら歩いていると、何処からか声が聞こえてきた。

それは、笑い声だったり話し声だった。


「ひそひそ、ヒソヒソ…」

       「ははは、ゎははは」

   「怖い…怖い…悲しぃ…寂しぃ…」


怖がりながらも進もうとすると目の前に何かが立っているのが分かった。

見ると人間の形をした黒いモヤの様な者がいた。


シオン「ひぃっ!」


黒いモヤ「怖ぃか?…寂しぃか?

…なら、喰ってヤる、それごと…おマえゴと…‼︎」


そう言うと黒いモヤが突然私に襲いかかった。

運良くかわせ無我夢中で逃げるも、黒いモヤは後を追ってくる。


黒いモヤ「美味そうな人の子…待てぇ…!

     待てぇぇぇ‼︎」


シオン「はぁっはぁっ……

    何処かに隠れなきゃ……あ!」


逃げた先にあったのは古びた社だった。

黒いモヤとは距離があった為その社に身を隠すことができた。



【古びた社】


 社で隠れること数十分、


シオン「…もういないかな…?


……助かった。

勝手に入っちゃったけど、此処は何が祀られているだろ?」


暗く埃っぽい社の中を月の明りが優しく照らしている。

気づけば夜になっていた事を知りつつ、社の中を見て回った。

すると、奥の方にひっそりと佇む神棚を見つけた。


シオン「ん?なんだろう?

…狐の置物、狐ってことは此処は稲荷様の社だったんだ」


稲荷様の社という事に気づき、置物の上に積もっていた埃を軽く払う。


そっと手を合わせた後、外の様子を見に入り口へ行くと、突然扉が開き何かが私の腕を掴むやいなや、強い力で外へと放り出された。

〈ドサッ‼︎〉


シオン「うっ!」


強い衝撃に短い悲鳴をあげながらも目を開けるとそこには、もういなくなったと思っていた黒いモヤが私の目をジッと見ていた。

声を出そうにも恐怖で何も言えず、逃げようと後ずさりすると今度は黒いモヤが素早く私の首を掴み地面に押し付けられる。


黒いモヤ「よォやく捕まえた……!

     美味そうナ人の子‼︎」


シオン「ーーっ!」


必死に手足を動かして抵抗するも、力の強さと黒いモヤの殺気の前では無意味で、段々と思い出したくない感情が頭によぎってきた。


“私は、器でしかない。

死んだとしても、あの人達は新しい器を使う。

私が死んでも悲しむ人なんていない。

私には居場所がない…”


気づけば抵抗するのをやめていた。

居場所がないのなら生きていても仕方ないと思った。

黒いモヤも抵抗しなくなった私を見るなり、ニヤリと笑い、初めに首を喰いちぎろうと私の頭を持ち上げて口を喉へ近づけた。


   “これで、楽になれたらいいな…”


期待や恐怖などが入り混じる中、覚悟を決めて私は目を瞑った。


 目を閉じて束の間、頭を持っていたはずの黒いモヤの手が離された事に気づき、目を開ける。

すると黒いモヤは何かに吹き飛ばされたのか少し離れた所で倒れていた。


シオン「な、何があったの…!?」


そう呟いていると後ろから誰かが近づいて来た。


⁇「おい、俺の社で何をしている?」


黒いモヤ「……そいつは、

     そいつはワタシの獲物だー‼︎‼︎

     横取りは許サんぞ!

     偽り神がぁぁぁ‼︎」


⁇「言葉が喋れるってことは、邪鬼になって間もない妖か…。

今日の分は終わったはずだが仕方ない、殺す(やる)か。」


黒いモヤ「死ねぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」


黒いモヤが飛びかかっていったその瞬間、黒いモヤの身体が真っ二つに切られる。

赤黒い血が月の光に照らされながら宙を舞い、真っ二つに切られた身体は塵とかし空へ散って行った。


?壱「お見事です!白狐びゃっこ様!」


?弐「今日も御勤め御苦労様です!」


先ほど黒いモヤを倒したのは白狐と言うらしくニ人の言葉に 、白狐は「あぁ」と短く返事をした。

 黒いモヤが倒された事に安心したのか私は気づいたら気を失っていた。



【稲荷の狐】


 柔らかい朝の日差しと軽やかに飛び回る小鳥たちのさえずりに、いつもと違う感覚を覚え、ゆっくりと起き上がる。

見ると、見知らぬ屋敷の部屋で寝かされていたらしい。

部屋には、タンスや机などの最低限の家具が置いてあり、今まで暮らしていた所と比べものにならないほど、明るく綺麗な部屋だった。


シオン「こ、此処はどこだろ…!?

(もしかして、本当に死んじゃって天国に来ちゃったとかかな?)」


ふかふかで寝心地が良かった布団の上で辺りをキョロキョロしていると、襖がゆっくり開き、顔に赤い模様が入った白い狐が一匹、軽く会釈して入って来たかと思うと、〈ポン〉と変幻し、人間の姿になった。

顔の模様を表した目の辺りを隠す面を付けており、女性の様で、白く長い髪を頭の高い位置で一つに結んでいる。

女性用の赤い巫女服を着ていて、頭とお尻には狐の耳と尻尾が生えていた。


?弐「おはようございます。

  良くお休み頂けましたか?」


シオン「き、狐が喋った‼︎

    というか、人間になって⁉︎

    …これは、夢?」


?弐「いえいえ、夢では御座いませんよ。

申し遅れました。

私は、稲荷神 九羅真様の弟子である白狐様に支え、この社を支える神使の一人、あかと申します。

以後お見知り置きを」


シオン「稲荷神?神使?」


頭の整理が追いつかず混乱していると、またしても襖の方から今度は、顔に青い模様が入った白い狐が一匹、紅と同様に〈ポン〉と変幻して、人間の姿になった。

顔の模様を表した目の辺りを隠す面を付けており、紅と同じく白い髪だが、短かく癖っ毛で、男性用の青い巫女服を着ている。

白い狐の耳と尻尾が生えた彼の手には、ご飯を乗っけたお盆を持っていた。


?壱「おや、丁度いい。

お目覚めになられた様ですね。

食べやすい様にと雑炊を作って来ましたよ」


紅「蒼ありがとうございます。

もし、よろしければお召し上がりください」


シオン「えっ…⁉︎ 

    あ、ありがとうございます…。

    ……頂きます。」


出された雑炊は素朴な卵雑炊だったが、一口食べると卵の ふんわりとろっとした感じに優しいダシの味が口の中に広がり、自然に「美味しい」と声が出た。


?壱「喜んでもらえた様で何よりです。

私はあおと申します。

紅と同様、此処で白狐様の神使を務めさせて頂いております」


シオン「ぁ、えっと…シオンって言います。

今回は、その…泊めていただいた上に、美味しいご飯まで頂いて…何と御礼すればいいのか…」


蒼「そんなに堅くならなくても大丈夫ですよ」


紅「困った時はお互い様なので!

それに、お身体の傷も治られた様で安心しました」


シオン「ありがとうございます。

    ……傷?」


そういえば身体中の傷や痛みが無い事に驚いた。


紅「やはり、あの方の作る薬は効き目が良いですね」


蒼「そうですね。

一日で傷や痛みが治るくらいですからね!

流石です」


シオン「えっと…よく分かりませんが、治してくださってありがとうございます」


そんな風に話していると、廊下の方で誰かの声が聞こえた。


⁇「おい、今日の分は終わったぞ。

  昨日の分の書類なんだが……


  ーーーっ‼︎」


開いた襖の隙間から見えた声の主は、見るからに男性で、肩より少し短めの金髪、赤い模様の入った狐面を付けていた。

細くて背が高く、蒼と似た青色の巫女服を着ている。

そして、頭とお尻には狐の耳と尻尾が生えていた。


紅「白狐様、御勤めお疲れ様でした。

昨日の書類でしたら、いつも通り楓様の所へ送りましたよ」


白狐「そうか、助かる」


蒼「シオン様、こちらが この社の主である、白狐様でございます」


シオン「あ…えっと、泊めさせてくださって、ありがとうございます」


慌てて姿勢を直し、御礼を言いう。

しかし、面のせいで表情がわからず、かろうじて見える眼は私を睨みつけていて、敵意や殺気の様なものを感じられた。


白狐「お前、人間だろ?

   用が済んだらさっさと帰れ」


シオン「…⁈ あの、それって…」


白狐「意味が通じないのか?

   さっさと出て行けと言う事だ。」


そう言って白狐は私を睨みつけて何処かへ行ってしまった。

突然の事で頭が真っ白になり固まってしまった私に蒼と紅は、


蒼「シオン様 大丈夫ですか?」


紅「誠に申し訳ございません…。

白狐様は、大の人間嫌いでして、あの様な態度を取ってしまうのです…」


シオン「いえ!大丈夫です。

少しビックリしただけなんで…!

…えっと、長居もあれなので帰りますね!


お邪魔しました」


急いで布団などを片付け、足早に帰ろうと、廊下に出ようとした時、誰かにぶつかってしまった。

〈ドン〉


シオン「きゃ‼︎⁉︎」


?「あら?あなたは?」


ぶつかってしまった相手は誰か見て見ると、キリッとしているのにどこか和らげな黄色の瞳に、長く真っ直ぐな金髪を高い位置で一つに束ね、紅のと似ている巫女服を着ていた。

一言で言うなら、良いお姉さん という雰囲気が感じられた。

もちろん、狐の耳と尻尾も生えている。


シオン「す、すみません!」


?「いいのよ。

  私は平気だから、あなたこそ大丈夫?」


シオン「は、はい!大丈夫です…」


大丈夫と言える理由でもある彼女の胸を見るが、私のよりも大きい彼女の胸に言葉を無くし、一人で落ち込んでしまった。


?「そう、なら良かったわ。

  私はかえで。よろしくね」


シオン「えっと、シオンです。

    こちらこそよろしくお願いします」


楓さんは、にこっと微笑むと襖を閉めて、いつの間に用意したのか、部屋の真ん中に机が移動していて、楓さんと対面するような位置に座る様に誘導された。


楓「…シオンちゃん、突然だけど、あなたに頼みたい事があるの!」



【楓の頼み】


楓「白狐の巫女になってくれない?」


突如として言われたこの言葉は、楓さんに会って、ものの数分後だった。

蒼と紅が片付けたのであろう、布団や食器は無く、部屋の真ん中にある机に私と楓さんは対面する形で座っていた。


シオン「み、巫女⁉︎ 私がですか⁈」


楓「えぇ、そうよ。

あなたには、私達の様な妖や神が見えるくらいの強い妖力を持ってる。

それに…」


シオン 「ちょっと待ってください!

巫女だなんて、そんな大役みたいな事できません!

それに相手だって人間を嫌ってましたし」


楓「あなたの気持ちも分かるわ。

  それに白狐の人間嫌いって事も知ってる。

  だからこそ……蒼、白狐を連れて来なさい。

  紅、お札を持って」


紅・蒼『かしこまりました。』


シオン「分かっているなら何で…?」


疑問に思いつつ、沈黙の時間が過ぎていく。


蒼と紅が部屋を出て数分後、お札を持った紅と白狐を連れて来た蒼が戻ってきた。

蒼と紅は楓の後ろに座り、白狐は襖近くに立っていた。


白狐「お前、まだ居たのか」


楓「私が引き止めたのよ。

  ほら、そこに座りなさい」


楓さんの言葉に従い、白狐はその場に座った。

そして、緊張感の漂う部屋で楓さんが口を開く。


楓「白狐、シオンちゃん、あなたたちには今から、神と巫女の契約を結んでもらいます」



【契約の糸】


楓 「白狐、シオンちゃん あなたたちには今から、神と巫女の契約を結んでもらいます」


緊張感の漂う雰囲気の中、楓さんから出た言葉に私と白狐は、身体に電流が流れたかの様な衝撃を受けた。


シオン「い、今ですか⁉︎

それに、結んでもらいますって、強制……⁈」


白狐「ふざけんな‼︎

   誰が人間なんかと契約するか‼︎」


楓「白狐、言葉を慎みなさい。

……二人の言い分も分かるわ。

けど、この契約は二人にとって意味ある事でもあるの」


膝立ちになっていた白狐は楓さんの注意を受けて座り直し、深呼吸をした楓さんが契約の意味について説明をし始めた。


楓「まずは白狐から、あなたは この社の主であり稲荷神よ。

神は此の世の者たちを平等に見ななければならない、それが例え あなたが嫌う人間だったとしてもよ。

だから、これを期に人間嫌いを克服してもらいます。

もちろん、これは 私と九羅真様の指示でもあるから、分かったわね?」


白狐「……ちっ」


了解したという事なのか、白狐は不機嫌そうに言葉ではなく舌打ちをして返事をした。


楓「次にシオンちゃん、 単刀直入に言うけど、あなたは“地獄火の器”でしょ?」


シオン「え? 何で知ってるですか⁉︎」


さっき会ったばかりの楓さんが何故その事を知っているのか疑問に思っていると、楓さんが答える。


楓「今日、私が此の世に来たのは器であるシオンちゃんの現状確認をする為だったの。


そもそも地獄火は昔、人間が あらゆる悪霊や邪鬼から村を守る為に、無数の式神を使って地獄から取って来た物なの。

そして、地獄火を保管する為に妖力の強い人間を入れ物にした。

これが“地獄火の器”の始まりよ」


初めて知った器の成り立ちに驚きながらも、楓さんは話しを続けた。


楓「けど、最近は地獄火の何か違う使い道を考えている様な動きがあるの。

それが、良いものか悪いものなのかは分からないけど、私たちは此処の神として地獄火を監視しているの。

だから自分自身を守る為にもシオンちゃん!

あなたには、白狐と契約して欲しいの!」


急に両手を握られ、勢い良く言われて戸惑ってしまった。


シオン「え、えっと……」


白狐「器から地獄火を取るとか、器ごと殺すとかはできないのか?」


楓「どっちも出来ないわ。

器から取るにしても、地獄火と身体が馴染み合ってて取ることは出来ないし、器ごと殺したとしても、地獄火が消える訳じゃない。

それに、器を無くした地獄火が暴走し始めるかもしれないのよ……」


楓さんの説明を聴き、改めて自分の持つ力の事を知った。

そして、いかに私は無知であるかを突きつけられた様に感じてしまった。


楓「それに今のシオンちゃんは、いつ地獄火が暴走してもおかしくない状況よ。

まぁ、これは見てもらった方が早いわね。 紅」


そう言うと、紅は「はい」と返事をして、お札を一枚 楓さんに渡した。

紅からお札を受け取った楓さんは、おもむろに自分の指を噛み切って、その血で何かの文字を書き始めた。


楓「よし!こんなもんね。

それじゃあ、シオンちゃん そのまま動かないでね」


そう言うと立ち上がり、座ったままの私に楓さんは、そのお札を私の頭にかざし、手を離した。

すると、そのまま頭に落ちると思っていたお札は、私の頭に触れる寸前で黒い炎に覆われ、跡形も無く消え去ってしまった。


シオン「っ……!えっ⁈」


白狐「ーーー赤い眼…⁉︎」


楓「そう、地獄火が穢れを取り込んで、力を増しているの。

無意識に出てしまうくらいにね。

赤い眼は地獄火特有のものよ。」


シオン「そんな……」


余りにも見慣れない現象に辺りが静まり返った。

このままでは、いづれ誰かを殺めてしまうのではないかと一人不安になっていると、白狐が私に近づいて来た。


白狐「ちっ……動くな、じっとしてろ」


そう言うと、お面をずらしはじめた。

初めて見た白狐の顔は、切れ長の目で月の様に透き通る黄色い色をしていて、整えられた顔だった。

男性ながら綺麗な顔だなぁと見とれていると、突然 唇と唇が重なった。


シオン(え…今、何が起きたの?)


段々 自分の顔が赤くなるのを感じた。

そして、ほんの一瞬の出来事で頭が真っ白になる。


白狐「お前がどうなろうと関係ねぇが、これは九羅真の命令だ。

俺はそれに従う。」


と 言い、終わると白狐は再びお面をつけ直し、部屋を出て行ってしまった。


楓「はぁ、まったく相変わらずね……。

シオンちゃん驚かせてしまってごめんね。

けど、これで契約は完了したわ。

その印に、お互いの片方の手首に赤い契約糸が結ばれているはずよ。」


その言葉の通り、私の手首に赤い糸が結ばれていた。

こうして私は、白狐と契約を結んだ。

今は不安しかないのだが……。



【社の謎 一】


 白狐との契約が済み、私は楓さんと紅に連れられ、着物が沢山ある部屋に入った。


楓「んー、どの着物がいいかしら。

  迷うわね〜」


紅「楓様、こちらは いかがでしょうか?

汚れていませんし、大きさも丁度良さそうです」


シオン「あ、あの一体何を……」


楓「そうね!これにしましょうか!

  あっシオンちゃん、これ着てみて!」


何をしているのかを聞く前に楓さんがワクワクしながら私に着物を着せてくれた。

それは、藤色の巫女服で脚の方の丈が膝より少し短めだった。


楓「私のお下がりでごめんね。

  けど、大きさも合ってて良かったわ」


シオン「あの、私なんかにその…

    もったいないです」


楓「良いのよ♪

あの白狐と契約を結んでくれたんだから、これくらい御礼させて。


よし、できた!鏡で見てみよっか?」


そう言って、私に鏡を用意してくれた。

初めて着るお洒落な着物に戸惑いながらも嬉しくなった。


紅「おぉ!良くお似合いです!」


楓「本当ね!凄く似合ってるわ!」


シオン「あっありがとうございます……。」


少し恥ずかしくなりながらも、二人にお礼を言うと、楓さんが何かを思い出したかたの様な反応をした。


楓「あ!そうだ、九羅真様から巫女が決まったら授ける力を預かってるの。

今からその力を渡すわね。」


そう言うと、楓さんは私の目の前に、七色に光る勾玉(まがたま)を出した。

小さな声で楓さんが呪文を唱えると、勾玉は光りとなって私の身体に入っていった。


シオン「な、何⁉︎」


楓「今、シオンちゃんに渡したのは、穢れを祓う力。

白狐は邪鬼や悪霊を倒す事はできても、穢れを祓う事はできないの。

だからシオンちゃんが皆んなの穢れを祓ってあげて」


シオン「は、はい」


楓「うん。

それじゃあ私は、まだ仕事があるから、高天原に帰るわね。

シオンちゃん、白狐はあぁ見えて意外と優しいところもあるから、そんなに不安にならなくて大丈夫よ。」


楓さんは、そう言うと優しく微笑んで帰っていった。



 楓さんが帰った後、私はこの社を探検してみることにした。

最初は自分の部屋になった部屋で静かにしていようと思ったが、蒼と紅が一番奥にある部屋以外なら自由に見て回って良いという事なので、そうすることにした。


 まずは社全体を見ようと思い、外に出る。

すると、屋敷の様に広い社だと思っていた建物は、黒いモヤに襲われた時に逃げ込んだ、あの古びた社だった。

さっきまで中に居たとは思えないほどの変わり様に驚き、近くで庭掃除をしている蒼に聞いてみた。


シオン「あ、あの!

中に居た時と外の外見が余りにも違うというか何というか…!」


蒼「ん?あぁ、特殊な妖術で隠しているんですよ。

この社は基本、関係者以外には小さな社になるんです」


確かに、初めて社に入った時は、神棚のある一部屋しか無かった事を思い出す。


シオン「そうだったんですね。

    不思議だな……ありがとうございます」


蒼「いえいえ、分からない事があれば、何でも聞いてください。

それと、無理に敬語を使わなくても大丈夫ですよ。

我々もシオン様と仲良くなりたいと思っていますので。」


シオン「ありがとうございます……

じゃなかった…あ、ありがとう。

それじゃあ、蒼さんと紅さんも、同じ様にしてください。

これじゃあ、ちょっと違うというか……」


蒼「お心遣いありがとうございます。

しかし、我々は仕事上の事もありますので……

あっそうだ!

お時間がある時構いませんので、私や紅を撫でてやってください。

獣の姿で撫でられる事は私や紅も大好きなので。」


シオン「え⁉ いいんですか?

    ……私が撫でても?」


蒼「はい、もちろんです」


思ってもいなかった蒼の発言に驚きながらも、動物を撫でられる事に内心喜んだ。


シオン「ありがとう…!」



蒼と話をした後、今度は社の中にある部屋を見て回る事にした。

私がさっきまで皆と居た部屋や自分の部屋なった所 以外にも沢山あった。

様々な本を保管してある書庫や薬品らしき物がある部屋、物が何も無い部屋、御札や瓶などがある部屋、神棚のある部屋、居間、台所、お風呂場 など、いろんな部屋がある。


そして、この社には中庭があり、その真ん中には大きな桜の樹が立っていた。

桜の咲く季節ではないのにも関わらず、満開に咲いている樹の下に、天女の様な服装の女性が一人居るのが見えた。

この社に住んでいる人なのかと思い、私は中庭に入り、話しかけてみることにした。


シオン「あの、この社の方ですか?」


女性「? えぇ、そうよ。

   あなた初めて見る顔ね。

   新入りさんかしら?」


シオン「は、はじめまして。

    今日から この社の巫女になりました。

    シオンって言います。」


女性「あら、そうだったの!

   巫女って事は人の子なのね。

   私てっきり人型の妖かと思っちゃたわ。

   …そう、あの人間嫌いのお狐様と…。

   あ!私は、千春(ちはる)

   この千年桜の精霊よ。

   気軽に千春って呼んでね」


シオン「こちらこそよろしくお願いします。

えっと、此処にはどの位妖が居るんですか?

沢山部屋があったので気になって…」


千春「そーね……いっぱい!」


シオン「いっぱい?」


千春「うん!正確に数えた事ないから私も分からないけど、主に小者の妖が多いわね。

なにせ、この社に居る妖は、身寄りがない子達が多いから」


シオン「そうだったんだ…。」


千春「えぇ、現に此処にも居るわ。

   ほら!」


そう言って千春が指をさしたのは、千年桜の根本。

見るとそこには、鼠や兎、小鳥の様な小動物に似た妖や小皿などの食器に目や足が生えている妖が身を隠す様にして、私の方を不思議そうに見ていた。


シオン「はじめまして、よろしくね。」


小者の妖達に近づき、挨拶をすると驚いたのか、一体の小皿型の妖が何処かへ逃げて行った。


千春「あらあら……ってまずいわ!

向こうには、立ち入り禁止の部屋があるの!

早く止めなきゃ‼」


シオン「え!? わ、私 止めて来ます‼」


そう言って私は、慌てて小皿型の妖を追いかけた。


長い廊下をどんどん進んで行くと、次第に辺りが薄暗くなっていく。

すると突然、小皿型の妖がある部屋の戸に当って止まってしまった。


目が回っているのか、大人しくなった小皿型の妖を優しく抱き上げ、千春の所に戻ろうとすると、戸の奥から"助けて" と微かな声が聞こえてきた。


シオン「(誰だろう?) あの、誰か居ますか?」


私の声に気づいたのか、すぐに返事が返ってきた。


?「助けて、戸が壊れていて…出られない…!

 助けて、助けて」


今にも泣き出しそうな声に、私は慌てて戸を開けようとする。


シオン「ちょっと待っててください。

    こちらからも開けてみます!」


戸を開けようと手を伸ばすと、〈パーン‼〉と何かが壊れた音がした。

その途端、戸が急に開き中から、大きな黒色の牛の様な妖が出てきた。



【社の謎 二】


 黒牛「ふっ馬鹿な奴だ。

    しかし、助かったぞ小童(こわっぱ)

    おかげで良い食事ができそうだ」


シオン「ーーっ!?」


黒牛はそう言って、私を目掛けて襲ってきた。

慌てて、近くの部屋に入るも黒牛は、戸や襖をなぎ倒しながら追ってくる。


シオン(どうしよう…!

中庭に行っても、他の皆が危ないかもしれない……取りあえず、何処かに隠れないと…!)



何処へ隠れようと逃げていると、黒牛が伸ばしてきた手が私の足を掴み、転けてしまった。


シオン「ぅっ…!」


とっさに、抱きかかえていた小皿型の妖を守り衝撃に耐える。


シオン「…大丈夫? 怪我は無い?」


小皿型の妖は小さく頷いていたが、その表情は怯えていた。


シオン「大丈夫だから、心配しないで」


少しでも安心させようと声をかけていると、黒牛の影が私たちと重なった。


黒牛「やっと捕まえたぞ小童!

   大人しく喰われていれば良いものの」


シオン「…………、

あそこの壁と壁の間に隙間があるでしょ、あなたなら通れるはずだから先に逃げて」


そう言って、小皿型の妖を逃した。

そして、黒牛が壊した物の破片を黒牛に投げつける。


黒牛「ふっ そんな物で怯む訳が有るまい。」


あっという間に投げる物もなくなってしまい、私は 覚悟を決めた。


シオン「……私を食べたいなら食べればいい。

その代わり、他の皆んなには何もしないで…!」


黒牛「ふんっははははは‼︎‼︎

馬鹿め、初めからそうしておけば良かったのだ!

安心しろ、残さず丸呑みにしてやる。」


そして黒牛は大きな手で乱暴に私を掴み上げると、握り潰す様に力を入れ始めた。

徐々に息ができなくなる。

苦しい…痛い…辛い…怖い……


   ーー 誰か…助けて……ーー


意識が朦朧とし始めた時、私は無意識に彼に助けを求めていた。


シオン(白狐…助けて……!)


親しい訳でもないのに、白狐に助けを求めたのは契約をしたからなのか、はたまた 単なる偶然なのかは分からない。

なぜか、願わずにはいられなかった。


黒牛が私を掴んでいる手を口に近づける。

大きな口を開き、丸呑みしようとしていた時、突然 私を掴んでいた黒牛の手が切り落とされた。

見ると、刀を持ち 狐の面を付けた白狐が黒牛を睨みつけていた。

黒牛は自分の手が切り落とされた事実と少し遅れてきたのであろう激痛に大声で雄叫びの如く鳴いた。


白狐「一度だけ選ばせてやる。

大人しくヨミの国に帰るか、此処で俺に殺されるか選べ」


黒牛「おのれ……偽り無勢がよくも…!

   許さん…許さぁぁぁん!!

   貴様から殺してやる‼︎‼︎」


黒牛が勢いよく白狐に襲いかかる。

その顔は苛立ちと怒りに満ちていて、一撃一撃が大きいものだった。

しかし、白狐は まるで相手の動きが読めているかの様に全てかわしていく。

その動きに更に苛立ったのか、黒牛の攻撃が雑になり、ちょっとした隙ができた。


黒牛「死ねぇ……!!

   死ね死ねぇぇぇ‼︎‼︎」


黒牛の手が白狐に擦りお面が取れる。

だが、黒牛の首元に近づいていた白狐は、顔色一つ変えず 黒牛の首を切り落とした。

大量の血が吹き出し、辺りを赤黒く染め上げる。

黒牛の身体は徐々に塵となって消えてしまった。



シオン「……なんで、

    なんで助けに来てくれたの…?」


白狐「あ”ぁ?

   邪鬼が出てきたからに決まってんだろ。

   ……それと、小皿から聞いた。」


かったるそうに言っている白狐の足元には、あの小皿型の妖がヒョコっと顔を出していた。


シオン「良かった!無事だったんだね。」


その言葉を聞いて安心したのか、小皿型の妖が駆け寄って来てくれた。


シオン「あなたが呼んで来てくれたんだね。

    ありがとう!」


駆け寄って来てくれた嬉しさとお互いの無事に喜び、私は小皿型の妖を抱きしめていた。


シオン「白狐もありがとう。

    来てくれなかったら私、死んでよ」


白狐「お前が死のうが 助かろうがどうでもいい。

   俺は仕事をしただけだ」


シオン「それでも良いよ。

誰かに助けてもらった事、今までなかったから嬉しくて」


白狐「っ……!

   ……取りあえず戻るぞ。」


居間に戻る途中、白狐の手に黒いアザの様なものが できているのが見えた。

まじまじと見ていると、アザが段々と広がっているのに気づいた。


シオン「ねぇ、そのアザ 広がってるみたいだけど…」


白狐「穢れだ。

   清水(せいすい)かけとけば治る」


そんな短い会話を終えると居間に着き、ほっと一安心することができた。


白狐「紅、蒼 奥の部屋の結界が解けた。

   準備してくれ。

   俺は 手の穢れを清め次第向かう」


紅・蒼『かしこまりました』


白狐は二人と話して、それぞれ行ってしまった。

私は、居間で小皿型の妖と休憩していたが、穢れでできた黒いアザが気になって考えていた。


シオン(楓さんから授かった力があるけど、使えなかったし どうやって使うんだろ…?)


考えていても わかるはずがない。

取りあえず、此処の事や祓いの力について書かれている本は無いかと探して見ることにした。



本を探すため 書庫へ向かう途中、庭にある井戸の水で手を洗っている白狐を見かけ、近づいてみる。


シオン「あの、だいじょ…」


声をかけようとした瞬間、白狐が刀を抜き 私の喉元に当たる寸前で止めた。


シオン「っ…!?」


白狐「何の用だ?」


シオン「えっと、

手にできたアザ 大丈夫かなって……

その、私のせいで迷惑かけちゃったし…」


白狐「人間の手なんて借りたくねぇ。

   ……どうせ お前も裏切るだろ」


シオン「…裏切る?

私はただ、穢れを祓いたいだけで……

それに私は器だから、人間というより道具だよ」


私の言葉を聞いて はっとしたのか、少し驚いた表情をして、刀を鞘に収めた。


白狐「変わった奴 ……

巫女と契約した者として 俺は巫女を守る義務がある。

もし、お前が俺たちを裏切る様な真似をしたら、その時は容赦なくお前を殺す。いいな?」


シオン「ぅ、うん…」


白狐は そう言い残し、去っていった。


白狐と話していて、私は 黒牛に襲われていた時、白狐に“助けて欲しい”と願っていた事を不意に思い出す。

幼い頃から 何も願ってはいけない と教えられてきた私にとって、また暴力による罰があると思うと不安になる。

少し身構えながら、私も庭を後にした。



本を探そうと思って書庫に来たが、外は太陽が沈み始め、月が上り始めていた。

明かりがない書庫の中で探し物をするのは難しいので諦めて書庫を出る。

すると出る途中である本が目に止まり、なんだろうと思い ペラペラ めくっていると、“偽り神”についての記述が載っていた。


【偽り神】


 薄暗い書庫の中、私はある本に目がと言う止まり、ペラペラと本をめくっていた。

すると、ある記述が目に入った。

その記述には “(いつわ)り神”について書かれていた。


シオン(偽り神…? そういえば、あの時の黒いモヤ や 黒牛が白狐に向かって言ってたっけ)


気になった私は、その記述を読んでみる事にした。


ーー[偽り神:妖、精霊 が神の力である、願いを叶える力・穢れを祓う力・悪霊、邪鬼を倒す力・恵を与える力 のいずれか一つでも神から奪い所有している者のこと。

または、それに近い力を所有している者のこと。

なお、神 直々に力を与えられた者は例外とする。]ーー


と書かれていた。


シオン(妖…悪霊や邪鬼を倒す……

神から奪った者…… この事が本当なら、白狐は元々 妖だったのかな?

だとしたら何で、人間嫌いなのに力を奪ってまで神になったんだろ?)


記述を読んで考えていると、紅の声が聞こえたので廊下に出てみる。


紅「あっシオン様!

こちらに居られましたか!

お夕飯の準備ができましたので、お伝えに参りました」


シオン「あっありがとう。(べに)ちゃん」


紅「いえいえ! ……べにちゃん?」


シオン「えっと、(あか)って べに とも読むでしょ?

それに、私も皆んなと仲良くなりたいなって思って…その、」


言葉に行き詰まって、ふと 紅の顔を見ると、まるで 周りに花が咲いたかの様な、喜びの笑みを浮かべていた。


紅「はぁぁぁぁ❁ 嬉しい限りですシオン様!

  ありがとうございます!

  こちらこそよろしくお願いいたします‼︎」


紅ちゃんの笑みで私も嬉しくなった。

きっと友だちができた時は、こんな感じなのだろうと思い、また嬉しさがこみ上げてくる。


紅ちゃんの案内で居間に着くと、焼き魚や煮物、味噌汁などのいい匂いが漂ってきた。


蒼「おや、お二方 お待ちしておりましたよ。

準備ができましたので、冷めないうちに どうぞ召し上がってください」


シオン「ありがとう (あお)君。いただきます」


紅「蒼、聞いてください!

先ほどシオン様から、紅ちゃん と言ってくださいました!」


蒼「それは良かったですね 紅!

私も 蒼君 と言ってくださって 本当に嬉しいです!」


改めて、二人に対する呼び方の事を言われ、少し恥ずかしくなったが、喜んでくれた様で安心した。


シオン「あれ? そういえば、白狐は?」


蒼「白狐様なら先に召し上がられ、夜の見回りに行っております」


シオン「見回り? 外暗いのに?」


紅「はい。

夜は悪霊達が動き回る時間ですからね。

白狐様は一日二回程、邪鬼や悪霊を倒す為にお勤めなされております」


二人の説明を聞き、神様って大変なんだな…と 改めてと思いながら私はご飯を一口、口へ運んだ。

心配など無用なのだろうけど、私は心の何処かで気にかけていた。





蒼君と紅ちゃんが作ったご飯を食べ終わり、お風呂に入る。

身体を洗い、温かい湯船に浸かろうと思ったが、ふと 姿見に私の背中が写っているのに目が入った。

鏡には、私の背中にある 器の証ともいわれる、白と黒の太極にそれぞれ眼の様な模様があるアザが写っていた。


シオン(消えてる訳ないよね…。

迷惑かけないようにしないと……)


幼い頃から祓屋の屋敷に居たが、この証のせいで よく周りから距離を置かれていたことを思い出す。

無理矢理服を脱がされては、まるで見世物のように扱われたことも、不意にアザを見た途端に態度が一変した人もいた。

なので、あまり見られたくないものの一つだ。

もし、このアザを此処にいる誰かに見られたら

、また避けられてしまうのだろうか……。



そんな事を考えながら入浴を終え、自分の部屋に戻る。

布団を敷き終わると私は、寝る前に書庫で見つけた あの本をもう一度読もうと思い、本を広げた。


シオン(“神 直々に力を与えられた者は例外とする”

……白狐の上には、楓さんがいて、確かにその上にも くらま様 っていう方がいる感じだったよね?

じゃあ何で“偽り神”って呼ばれてるんだろ?)


いろいろ考えたが解るはずなく私は、そのまま寝落ちてしまった。

一日に沢山の事があった今日は、疲れが思っていた以上に有りふかふかの布団は、まさに格別だった。




【鎌を持った薬剤師 一】


 雲一つ無い青空の下、私は紅と蒼の手伝いの為、小皿や茶碗などに念がこもって妖になったと言われている付喪神(つくもがみ)達を一体一体洗っていた。

水を入れた大きなタライの中を付喪神たちが楽しそうに遊んでいる。

ちなみに、付喪神の事は千年桜の精霊である 千春さんに教えてもらった。


シオン「ふぅ、これで終わりかな?」


洗い終わった小皿たちは嬉しそうにして、何処かへ行ってしまった。


シオン「よし!次は、庭の掃除だね!」


大きなタライなどを片付けて、物置小屋から ほうきを持って鳥居がある方へ向かう。

あまり雑草やゴミなどは無かったが、ほうきで周辺を掃く事にした。


 一通り終わろうとしていた時、見知らぬ青年が話しかけてきた。青年は、私と同じくらいか 一・二歳上くらいの歳で、あまり見た事のない白い服を着ていた。

肩には四角い箱のような入れ物をかけていて、髪は白く、黒眼で優しげな表情をしていた。


青年「あの、すみません。

   ここら辺に狐の妖 見ませんでしたか?

   黄色い奴なんだけど?」


シオン「いえ、見てませんけど…

    どうかしましたか?」


青年「いや、大した事じゃないんですけど、昔この辺りで、でかい妖狐が大暴れした とかいう噂を聞いて見にきたんですよ」


シオン(でかい妖狐?

この人も私みたいに妖とかが見えるのかな?)


シオン「すみません、見た事ないのでわかりません」


青年「そうですか……

   ん?

   向こうの林、やけに騒がしいな」


青年が見ている方を私も見てみるが、特に騒がしい感じはしない。


青年「もしかしたら、例の狐の妖がいるのかもしれない!」


シオン「え、ちょっと⁉︎」


青年は私の手を急に掴み、走り出した。

突然の事で、持っていたほうきをその場に落とし、青年に連れられて行くことになった。



青年に連れられ、社の東側にある林の奥に来たものの、辺りを見るが青年が言っていた騒ぎは見当たらなかった。


シオン「あの、聞き間違いとかだったんですかね?」


そう言いながら青年の方へ振り向くと、青年は大きな鎌を持っていた。

何処から出したのか分からない程の大きな鎌を持つ青年の姿は、(いたち)の様な耳と尻尾が生えていた。


シオン「!?」


青年「へぇ、この姿も見えるんだ。

   君すごい妖力持ってるんだね」


青年は、そう言いながら ゆっくり私に近づいて来る。

私もゆっくり後ろへ下がるが、木に当たりそれ以上行けれなくなった。


青年「あ、そうそう。

俺、薬剤師やってるんだけど、妖力の強い人間って薬を作る上で何かと便利なんだよね。

だから、まぁ 悪く思わないでね」


青年が鎌を私に向けて振りかざす。

私はとっさに、青年に飛びつき 横に倒れた。


その後ろから大きな爪が木を真っ二つに切り倒す。


青年「悪霊⁉︎ いつのまに⁉︎」


シオン「大丈夫ですか⁉︎

    とりあえず逃げてください!

    時間稼ぎくらいならできるから!」


大きな爪を持ったの悪霊は、次から次へと襲いにかかる。


青年「いやいや、逆でしょ⁉︎

君が一番危ないんだから!」


勢いよく振り降ろされた爪を、青年は大きな鎌で防いぐ。

その時、青年が不意に薄っすら笑ったかと思うと、悪霊の後ろから刀が見え、一気に悪霊の首を刎ねた。


青年「流石、楓姉さんのお弟子さん!

   迷いのない一撃だこと!」


見ると、白狐が刀を(さや)に納めていた。

おそらく、見回りをしていたのか少しやる気を削がれた様な表情をしていた。


白狐「何でお前らがこんな所に居るんだよ…」


青年「ん?俺はちょっとした検証のために この子を試しただけだよ?」


青年は何食わぬ顔でそう言った。

白狐は呆れた顔をして、ためいきをする。


シオン「えっと、二人は知り合い?」


青年「そうだよ!」 白狐「残念ながら」


親しい感じで話していたので、二人に質問をすると、二人同時に答えてくれた。

しかし、その答えは正反対だった為、青年はすかさず否定する。


青年「ちょっと⁉︎

   残念ながらってどう言う意味⁉︎」


白狐「話は後だ、社に戻るぞ」


何か言いたげだった青年もその一言で、私たちと一緒に社へ戻ることにした。




【鎌を持った薬剤師 二】


 林での出来事後、私たちは社に戻り居間で話すことになった。

青年は相変わらず にこにこしていて、軽く自己紹介を始めた。


青年「いや〜 さっきはごめんね!

俺の名前は、 切人(きりと)気軽に呼んでね!

妖でいうと鎌鼬(かまいたち)だよ。

楓姉さんとかが居る高天原の社で、薬剤師をしてる。

白狐とは、高天原で同期の仕事仲間だったんだよ。

仕事内容とかは違ったけど! よろしくね!」


シオン「シオンです。

    よろしくお願います」


切人「普通に接してくれていいよ。

“地獄火の器”とか聞いてたから、どんな子か いろいろ想像してたけど、まさか女の子だったとはね!

あとで 一緒にお茶でもどう?」


白狐「帰るか?」


切人「待って 待って⁉︎

   冗談だよ!

   あわよくばとか思ってないから‼︎」


シオン「えっと、聞いていたなら何であんな試す様な事をしたの?」


切人「あぁ、あれは シオンちゃんがどんな子か知りたかっただけだよ。

契約したって聞いたから、妖力や妖を見たときの反応、性格、趣味、特技、どんな異性が好みか、好きな食べ物は何かとか、いろいろ気になるからね!」


白狐「始めの三つ以外は、いらねぇだろ。

   高天原に戻んなくていいのか?」


切人の話が段々ずれ始めていたからなのか、白狐が話を変えてくれた。

切人も、何か思い出したかの様に喋りだす。


切人「あ、忘れてた!

俺、今日からこの社で働きながら暮らすことになったから、二人とも よろしくね!」


私と白狐に、にこっと笑いながら切人は、そう言った。


白狐「はぁ?何も聞いてねぇぞ!

そういう事は、前もって手紙を送るなりしろ!」


切人「いや〜 ごめん ごめん。

一様 手紙書いたんだけど、送るの忘れちゃってさ、まぁ どうせ行くから、その時 渡そうと思って今日持ってきた!」


「はい」と言って切人は白狐に紙を渡した。

白狐は一通り目を通したのか、読み終わると服の中にしまい込んだ。


切人「あ!そういえば、シオンちゃんは、どこまで白狐の事聞いたの?

昔、妖だったことは聞いた?」


シオン「え、妖だったの?」


もしかしてと思っていた事が当たり少し動揺してしまう。

ふと、本人である白狐の方を見るが、顔色一つ変えていないため、真実の様だった。


切人「えっ何!? 

白狐、もしかして 言ってなかったの……⁉︎

あ、じゃあ今言ったこと忘れて!」


白狐「いや、無理だろ。

   まぁ、いづれ知ることになる話だ」


白狐は至って冷静に、そう言うと簡潔的に昔の事を話してくれた。


白狐「この阿保ネズミが言った通り、俺は昔妖だった。

今は、その時の罪滅ぼしの為に神事をしている」


切人「ネズミじゃなくてイタチね!

あの時俺が言った、昔この辺りで でかい妖狐が大暴れしたってやつ、実はその妖狐が白狐なんだ。

知らない人に話しかけられたから、喋らなかったんだと思ってたけど、本当に知らなかったんだね」


シオン「うん。

けど、人間嫌いなのに何で神様になったの?

罪滅ぼしなら他にもやり方があるんじゃあ…」


白狐「そんな事 お前が知って何になる?

   話は終わりだ、俺は仕事に戻る」


訳を聞きたかったが、話したくなかったのか、白狐は仕事に戻って行った。

確かに私が知ったところで何も変わらないと思うが、本に書いてあった記述や二人の話を聞いていると、段々と真実を知りたくなってきた。


切人「あー、行っちゃった。

   まぁ話したくないなら しょうがないね。

   俺も仕事部屋に戻ろかな」


シオン「……」


切人「シオンちゃん、そんなに白狐のことが気になる?」


一人で考えこんでいたら、切人がふふっと笑いながらそう言った。


シオン「え⁉︎ えーと、この本を読んで思ったんだけど、偽り神の所で“神 直々に力を与えられた者は例外とする”って書かれていたから、白狐はどうなのかなって……

前に助けてもらった時に邪鬼や悪霊が、白狐のことを そう言ってたから…」


私は、そう言って切人に本を見せた。

すると、切人は少し驚いた様な表情をしながら話してくれた。


切人「へぇ、この本 妖の文字で書いているのによく読めたね!

あ、結論から言うと、白狐は偽り神じゃないよ。

ちゃんと九羅真(くらま)様って言う稲荷神から力を与えられてる。

他の奴らが言うのは、恐れとか神と認めたくない気持ちから来たもの なんじゃないかな?」


話を聞いて白狐が、偽り神ではないことがわかって安心した。

しかし、他の皆から悪く思われている事に関しては、祓屋の屋敷にいた時の自分とどこか重なっている気がして辛く感じる。


シオン「そっか、教えてくれてありがとう」


切人「いいよいいよ!」


そう言って、部屋に帰ろうとしている切人が ぼそっと何か呟いた。


切人「シオンちゃんなら、変えられるかもしれないね《ボソ》」


シオン「え、 今なんて?」


切人「なんでもないよ。

じゃあ 俺は仕事部屋に戻るから、またね♪」


何か意味深い感じがして聞き返してみるが、切人は答えてくれず、部屋に戻ってしまった。

私に 一体何ができるのだろうと思う中、時間だけは過ぎていく。


【朝の挨拶】


 朝の日差しが部屋を照らし、小鳥たちのさえずりが聞こえる頃、私はまだ眠い目を擦りながら布団から起き上がろうとしていた。


シオン(朝か…そろそろ起きようかな…)


起きて布団を畳もうと思い横を見ると、そこには何故か切人が すやすやと寝息をたてながら寝ていた。


シオン「え……⁉︎ ちょっと!?

    なんで切人が ここに⁉︎」


昨日は確かに一人で寝ていた筈なのに、いつのまにか寝ていた切人を見て朝から驚く。

そして、そんな私の声を聞いて切人があくびをしながら、ゆっくり起きだした。


切人「ふぁあ……あれ?

   もう起きたんだ。

   おはよ〜」


シオン「いや、おはようじゃなくて!

    なんで寝てるの⁉︎」


切人「え? だってほら、一人で寝るのって寂しいじゃん?

それに、鼬って寂しいと死んじゃうんだよ?」


シオン「当然の事みたいに言わないで!

それと、寂しいと死んじゃうのはウサギだから!」


切人「まぁまぁ、落ち着いて。

あっそうだ、異国では朝に おはようの口づけをするらしいから、やってあげよっか?」


シオン「なんでそうなるの⁉︎」


流石に駄目だと思い逃げようとするが、切人は私を抱き寄せて離さない。

そして段々と顔が近づいてくる。


切人「ーーーゔっ‼︎」


しかし、突然 切人のおでこに何が勢いよく当たり、そのまま切人は後ろへ倒れてしまった。


シオン「え?」


よく見ると、緑色で唐草(からくさ)模様が入った巻物が切人のおでこに当たり、型がついていた。


白狐「朝っぱらから何してる 阿保ネズミ……お前の部屋は此処じゃねぇだろ」


本人は冷静に言っているようだが、明らかに言葉と表情が怒っていた。


切人「いった…… ネズミじゃなくてイタチね。

俺は朝の挨拶を交わそうとしていただけだよ。

ねぇ?」


切人は私に同意を求めてきたが、この場合 なんて答えれば良いか わからず戸惑ってしまう。


白狐「明らかに困ってるじゃねぇか…。

さっき、高天原から届いたお前の仕事内容だ、確認しておけ。


すまん、こいつは あぁいう奴だ。

気を付けろ」


どうやら、白狐が切人に投げつけたのは仕事内容が書かれた巻物らしい。

そして、白狐は切人のした事を謝ってくれた。


シオン「ぅ、うん。ありがとう

   (あれ?もしかして、気遣ってくれたのかな…?)」


この社に来てから、白狐には冷たくされていたが、急に気を遣われた為嬉しいけど、顔が少しずつ赤くなるのを感じ、恥ずかしくなってしまう。


切人「げっ 薬足りないじゃん⁉︎」


突然、巻物を見ていた切人が焦った様に言いだした。


シオン「どうしたの?」


切人「ここにある薬の一部なんだけど、個数が足りないんだよ……、薬の材料も足りないから森へ取りに行かなくちゃいけないだよね……。

はぁー」


いかにも 手伝ってください!

と言わんばかりの表情で私たちの方を見つめている。

その表情は、目が潤んでいて小動物の様だった。


シオン「えっと…、私で良かったら手伝うよ?」


切人「本当!シオンちゃん優しいね!

   ありがとう♪」


そして、切人は続け様に白狐の方を見つめると、白狐は呆れた感じになっていた。


白狐「はぁ、見回りの時にあったら取って帰る。

それでいいか?」


切人「わぁーい!白狐もありがとう!

   それじゃあ、準備してくるね!」


私と白狐にお礼を言うと切人は、すたすた と部屋を出ていた。

朝早くからの出来事で、眠って疲れをとった筈なのに、早くも疲れてきた感じがする。




【妖術】


 木々の間から溢れる光りの下、私は切人の手伝いで一緒に森の中を探索していた。

薬草に詳しくない私は、切人から薬草図鑑を借りて、まじまじと草花を見ていた。

切人によるとその薬草は、妖や妖力がある者にしか見えない種類らしい。


シオン「どれも一緒だと思ってたけど、種類によって違うんだね。」


切人「そうだね。

俺も最初は全部同じに見えたけど、慣れれば自然とわかってくるよ。」


二人で 黙々と薬草を取っていき、あっという間に入れ物がいっぱいになった。

切人は、帰ったら薬作りをするらしいので、社に戻ろうとしていた時、私は木の下で 、傷だらけで弱り果てている(からす)を見つけた。


シオン「!? 大丈夫⁉︎……

どうしよう、すごく弱ってる……。」


切人「シオンちゃん、どうしたの?

……!こりゃ酷いな、急いで社に戻ろう!」


切人も異変に気付き、真剣な表情に変わる。

意識が弱く、かろうじて呼吸をしている様な烏を切人が抱えて私たちは社に戻った。


社に戻ると、切人の仕事部屋である薬の調合室にある一角に布団を敷き、烏を寝かせた。


シオン「……大丈夫かな、切人 私にできる事はある?」


切人「大丈夫、必ず治すよ。

俺は使えそうな薬を取ってくるから、シオンちゃんは側で見守っていてくれる?」


シオン「うん、わかった。」




烏の様子を見守っていて数分後、切人が茶色い小さな瓶と水が入った湯呑みを持ってきた。

瓶に貼っている紙には、『薬』としか書いておらず、どんな薬が入っているのかがわからない。


シオン「それは?」


切人「栄養剤みたいな物だよ」


切人は、瓶を開けて小さな匙で一杯すくい、水に混ぜた。


切人「よし、できた。

じゃあ 飲ませてあげて。」


そう言って切人は、私に薬の入った湯呑みと小さな匙を渡した。

私は湯呑みから一杯匙ですくい、恐るおそる烏の口元に近づけると、先程まで意識が弱かった烏がゆっくりと起き出した。

すると、ちょっとずつだが、烏は薬を飲んでくれた。


シオン「よかった、飲んでくれた。」


薬を飲み終わった烏は、少し落ち着いたらしく、眠ってしまった。


切人「さて、薬も飲んでくれたみたいだし、やるか!」


切人はそう言って烏の体に手をかざした。


シオン「何かするの?」


切人「うん、妖術で治療する。

   見ててもいいよ。」


切人は目を瞑り、小声で何かを唱え始めた。

何を言っているのかは わからなかったが、段々と烏の体に淡い新緑の様な色の優しい光が覆い始めた。

すると、傷だらけだった烏の体が次第に治り始めた。


シオン「すごい……!」


只々その光景に感心し、目が釘付けになる。

そして、ものの数分で烏の傷は完全に癒えた様だった。


切人「よし、完了!

これで後は、寝てれば大丈夫でしょ!」


シオン「よかった。」


傷が治った様で、気持ち良さそうに寝ている烏の姿を見て私は、一安心した。


烏の治療後、私は切人に妖術の事を聞いていた。


シオン「さっきしていた妖術って、どうやってたの?」


切人は、薬の入った瓶や湯呑みを片付けながら答えてくれた。


切人「あぁ、簡単に言うと頭の中で陣を思い浮かべたり、術を唱えたんだよ。

そして、妖力を使って発動させた」


シオン「へぇ、なんか 難しそうだね…」


切人「そんな事ないよ。

シオンちゃんには、元々 強い妖力があるし、穢れを祓う力もある。

練習すれば できるようになるよ!」


物を片付け終わったのか、切人は ある本を私に渡した。

だいぶ使い込まれていたのか、所々に傷や汚れがある。


シオン「……これは?」


切人「妖術や陣をまとめてある本だ よ。

この本は主に治療系が書かれてる。

もし興味があるなら、やってみるかい?」


シオン「私にもできるかな…!」


切人「俺が手取り足取りじっくりねっとり教えてあげるから、安心して♪」


興味はあるが、できるか不安になっていた私に、切人は自信有り気に応えてくれた。


切人「じっくりねっとり の部分は流石に拒否してね…」


シオン「?」




【術学び】


 気を取り直して、妖術を教わる為に私と切人は中庭近くの縁側に座った。

私は切人に借りた本を持ち、切人は白い半紙と筆・墨などが入った箱を持ってきていた。


切人「さて、まずは簡単な妖術でもやろうか」


シオン「うん!」


切人「じゃあ、シオンちゃん その本の二枚目を開いて。」


切人に言われた通り、本の二枚目を開く。

それと同時に切人は半紙を広げて筆に墨を付けた。

すると、開いた所には丸い形の陣が描かれている。

そして切人は、迷いのない筆さばきで、本と同じ 丸い形の陣を描きながら説明を始めた。


切人「今描いている陣は、切り傷程度の怪我なら治せる陣だよ。

まずは、実際に陣を描いてやるやり方ね。」


丸い陣を描き終わった切人は、何食わぬ顔で自身の爪で指に傷をつくった。

思いのほか切れたのか、傷からどんどん血が流れている。

切人は、そのまま指を陣にかざした。


切人「陣が描き終わったら傷の所にかざしたり当てる。

そして、自分の妖力を陣に与える……」


すると、陣が優しく輝きだす。

みるみるうちに流れていた血が止まり、傷が治り始める。


シオン「傷が治ってる……!」


そして傷はあっという間に治り、元の指に戻った。


切人「陣を使うやり方は、こんな感じだよ。

次は術のやり方なんだけど、これは頭の中で陣を描いたり、その本に書いている様な術を唱えるから、さっきの応用みたいな感じかな。

だから、陣の形や模様•術の内容を全部覚えたらできるよ。」


切人の説明を聞き、改めて本を見るが 形や模様が複雑な陣や、難しい文字が長く連なっている術の文があり、覚えるのが大変そうだと感じた。


シオン「これを……全部……」


切人「初めから頭の中でやるのは難しいから、最初は実際に陣を描いてみたり、読んでみるといいよ。

それでもできるし、やってるうちに自然と覚えるから。」


切人の話を聞いて私も実際にやってみることにした。

半紙と筆を借りて、本に書いてある陣を見様見真似に描いてみる。


数分後、それっぽい陣が描けたが、所々歪んでいたりして、これでできるか不安だ…。


シオン「できたけど、これで大丈夫かな?」


切人「大丈夫大丈夫!

   じゃあ、早速やってみて。」


シオン「うん。

    でも、妖力ってどうやるの?」


切人「念じれば できるよ。

治ってほしい とか 元気になってもらいたいっていう思いが大事だからね。

俺は使ったこと無いから わからないけど、穢れを祓う時も似た様な感じなんじゃないかな?」


シオン「そっか…

    うん、やってみる!」


私は、切人から助言を受けて念じてみた。

すると、切人が見本を見せてくれたときの様に陣が優しく光だした。

初めて陣を使った妖術に成功してすごく嬉しくなった。


シオン「できた…!

    切人 私にもできたよ!」


切人「うん、上出来!

この調子だと他の術もできそうだから、一通り教えるね。」


そう言って切人は、一通り本に書いてあった妖術を教えてくれた。

難しい妖術もあったが、中には簡単なものもあり すぐに覚えることができた。




【書庫にて】


 切人から妖術を教わった後、私は前に書庫で見つけた本を返そうと思い、廊下を歩いていた。

そして書庫に着き襖を開けて中に入ると、部屋の奥にある本棚にもたれかかって、お面を付けたまま寝ている白狐を見つけた。


シオン(白狐……⁉︎

なんでこんな所で寝てるんだろ……?)


そっと近づいてみると、白狐の手には穢れのアザができていた。


シオン(また、見回りで戦ってきたのかな?)


そっと白狐に近づき、アザのできた手に触れる。

すると、突然知らない情景が頭の中に入ってきた。


それは、人間や妖の残骸があるものや、大きな狐の妖が森を荒らしている所、牢獄の中で沢山のお札や太い縄で監禁されている場面など、様々な情景が次々と流れ込んできた。


シオン「なに、これ……!?」


突然の事で頭が付いて行かず、思わず後退りしてしまう。

すると今度は、私の手首を掴まれた。

それは実際の事の様で、ちゃんと感触や温もりを感じた。

そして掴まれたことで私は、その情景から出ることができた。


白狐「お前 、俺の記憶を見たのか?」


どうやら、私の手首を掴んだのは白狐だったみたいで、お面のせいで表情は見えないが、不機嫌そうな声色と力のこもった握り方をしている。


シオン「白狐の記憶……!?

    ご、ごめんなさい‼︎」


慌てて謝る私を見て白狐は、私に訊いてきた。


白狐「俺が怖いか?」


白狐の問いは、単的で それでいて どこか意味深い感じがする。


シオン「え? どうして?」


白狐「……、じゃあ なんで泣いてんだよ」


私は意味のわからないまま、自分の顔を触ってみた。

すると、確かに泣いていたらしく、触れた手にも涙が付いていた。

これだと怖くて泣いていたと思われても仕方がない。


シオン「本当だ……ごめんなさい、、、」


急いで涙を拭いていると、白狐はアザのできた方の手を見て言った。


白狐「これ、お前が祓ったのか?

   なんで…」


その言葉を聞いて私も見てみると、さっきまで白狐の手にあったはずのアザが消えていた。


シオン「うそ…⁉︎

穢れ、祓えたんだ!やったぁ…!」


確かに祓いたい思いはあったが、まさか知らないうちに祓えていたので、自分でも驚いた。


白狐「また、無意識か」


シオン「たぶん……私も知らないうちにできていたから分からないけど、白狐の穢れを祓いたいって思いはあったよ。」


素直に言うと、白狐は何故か黙り込んでそっぽを向いてしまった。

私は、何か気にさわることを言ってしまったかもしれないと思っていると、白狐は立ち上がり、数本の束になっている薬草を私に差し出した。


白狐「……そうか、まぁ…助かった。

   これ、切人に渡しておいてくれ」


シオン「ぅ うん、わかった」


そう言って白狐は書庫を出て行ってしまった。

私も持ってきた本を返し、切人に薬草を渡すため、再び薬の調合室に向かう。


そして、調合室に着き 中へ入ると、そこには、見知らぬ少年が布団の上で黒い翼を広げていた。


【烏天狗の少年】


 白狐から切人に渡して欲しいと頼まれた薬草を持って、再び調合室に行くと、そこには、見知らぬ少年が布団の上で正座していた。

少年は一見、普通の人間の男の子の様な外見だが、背中には大きな黒色の翼が生えており、山伏のような格好をしていた。


シオン「だ、誰……!?」


小さな声で言ったつもりだったが、少年に聞こえていたらしく、少年がこちらを向いた。


少年「っ!

助けて頂き、ありがとうございました!

僕は、山神様の御山を御守りする、烏天狗の(おさ) 僧正坊(そうじょうぼう)が一族、勘九郎(かんくろう)兄弟の六番目、勘九郎六助(ろくすけ)と申します。

失礼ですが、ここは九羅真様のお社でしょうか?」


少年は少し緊張しているようだったが、丁寧に自己紹介をしてくれた。


シオン「えーと、そうだと思……」


勘九郎「本当ですか⁉︎

では、あなた様が九羅真様でございますね‼︎」


勘九郎と言った少年は急いでいるのか、矢継ぎ早に進めていく。


シオン「えっと、私は……」


勘九郎「九羅真様!

真に御無礼な事と存じております。

しかし、僕達 烏天狗の一族をどうか、お助けください!」


勘九郎君は、必死になって助けを求め、深々と頭を下げた。


シオン「頭なんて下げないで!」


勘九郎「どうか!!!」


そんなやりとりをしていると、突然 襖が開いた。

襖を開いたのは切人で、この光景に少し驚いた表情をしていた。


切人「廊下から声が聞こえてきたんだけど、これは……どういう状況?」


勘九郎「どうか我ら一族をお助けください!!」


シオン「切人、これは……!」


今の状況を説明しようとするが、これが逆に、うるさくしている様で切人は やれやれといった感じに、鎌を出して近くにあった空の瓶を割った。

片手で大きな鎌を振り下ろしたのにもかかわらず、畳の床すれすれで止まっている。

瓶が割れる音がに響き、突然の事で私と勘九郎君は、動きを止めて切人の方を見た。


切人「手荒な真似してごめんね。

   で、何があったのかな?」


一気に静まり返った部屋の中、切人は いつもの笑顔で訊いてきた。

笑顔の裏に怒りがある様な感じのする切人を見て、勘九郎君は ワナワナと震えている。

この状態では、勘九郎君自ら自己紹介も無理そうなので、私が簡単に紹介する。


シオン「えっと、烏天狗の勘九郎君。

    切人が治してあげた烏だよ」


切人「なるほどね〜。

ここら辺の烏天狗といえば、山神様の御山にいる烏天狗だけど……」


シオン「そう、そこの烏天狗みたい。

    ……あとこれ、白狐から」


私は、先程 白狐から預かっていた薬草の束を切人に渡した。


切人「おぉ!ありがとう。

流石!なんだかんだで採ってきてくれるなんて白狐は優しいな〜♪

あ、頼み事だろうから白狐呼んで来るね!」


そう言って切人は、白狐を呼びに行った。



ーー数分後、白狐を連れて切人が戻って来た。

それぞれ空いている所に座り、改めて勘九郎君が自己紹介も含めて話しだした。


勘九郎「ぉ、お初にお目に掛かります。

僕は、山神様の御山を御守りする烏天狗 の長 僧正坊が一族、勘九郎兄弟の六番目、名を勘九郎 六助 と申します。

今回は、九羅真様に御無礼を承知で我々一族の危機を救って頂きたく思い参りました」


白狐「そうか、ご苦労だったな。

だが、現在 九羅真は高天原に居る。

俺は白狐だ、九羅真の代わりに此処の神社の主をしている」


白狐が軽く自己紹介をしたので、私と切人も続けて自己紹介をする。


切人「俺は切人、薬剤師だよ」


シオン「私は巫女のシオン、よろしくね」


勘九郎「そうでしたか!

大変失礼致しました……改めまして、よろしくお願い致します」


白狐「で、お前たちの所で何が起きてる?」


勘九郎「はい、実は先月辺りから、僕ら一族が暮らす屋敷内に悪霊が潜り込んでしまったのです……。


悪霊は、次々と兄者や弟たちを襲い、今現在では治療中が十一名、殺害が三名にまで至りました……。

これ以上、兄者や弟たちが傷つくのは見たくありません…!

ですから、何卒お力添えをお願いいたします!」


勘九郎君は言い終えると一度、深く頭を下げて真っ直ぐ白狐の方を見ていた。

しかし、白狐は顔色一つ変えず、勘九郎君に問いかけた。


白狐「事情はわかった。

だが、これは僧正坊からの言付けか?」


勘九郎君は 痛い所を突かれた様にびくりと反応した。

そして、正直に答える。


勘九郎「……いいえ、僕の独断です。

僧正坊様は、我らだけで片付けるとおっしゃっていました」


それを聞き、白狐は案の定といった様な反応をした。

まるで、こうなっていた事を知っていたかのようだ。


白狐「だろうな。

お前達の長が言っていない以上、下手な真似はできん、諦めろ」


"諦めろ"と言われ、悔しながらも御礼と御辞儀をする勘九郎君を見て、私は祓い屋の屋敷にいた時の事を思い出した。

その頃は よく、“お前は器だから”と言われ、屋敷の外へ出ることさえ許してもらえず、諦めていた。

なので、勘九郎君の気持ちがわかる気がして、助けてあげたいと思った。


シオン「なら、私がやる」


思いもしない私の一言で三人が一斉にこちらを向き、驚いていた。


勘九郎「本当ですか!?」


切人「シオンちゃん危ないから、やめた方がいいよ!!」


白狐「悪霊も倒せねぇくせに何を言ってる」


シオン「確かに悪霊とかは倒せないよ。

けど、穢れを祓ったり多少の怪我なら治せる!

危険な状況なのは話しを聴いててわかるけど、困ってるなら私のできる事で力になってあげたいから!」


言いたい事は言えたが、その反動で静かになってしまい、気まずい雰囲気に圧倒される。


切人「だってさ、どーすんの?」


白狐「……はぁ、わかった。

勘九郎、お前名義で今回の頼みを受ける。

だが、その最中にお前達の仲間が死んだとしても俺たちは責任は取らない。

切人、怪我の奴らもできる限りの治療を頼む。」


切人「了解

   お狐様が言うなら俺もやるよ。」


勘九郎「本当ですか!?

ありがとうございます!!」


悪霊退治をしてくれる事が決まり、勘九郎君は一気に明るくなって、嬉しそうに頭を下げた。

私も皆んなの力になれるように頑張ろうと白狐の方を向くと、白狐は当然のように言った。


白狐「あ、お前は留守番してろ。」


シオン「え!なんで!?」


白狐「なんで じゃねぇだろ、自分の立場考えろ!」


シオン「うぅ……でも、」


確かに私は、白狐みたいに強くもなければ、切人みたいに満足な治療もできない。

それに地獄火もあるため、安易に行動ができないので、言われていることが正論だとわかる。

けど、私も協力したいと思っていた為、簡単に分かったと納得できない。


切人「まぁまぁ、白狐はシオンちゃんのことを心配して言ってるんだよ。

シオンちゃんも誰かの役に立ちたい気持ちもわかるけど、もしもの事があったら大変でしょ?」


勘九郎「シオン殿、誠にお気持ちは嬉しいのですが、その……御山は、女人(にょにん)禁制でして……申し訳ございません。」


切人の意見と勘九郎君の説明で、根本的に行けない事が明確になってしまった。

心の準備をしていた私にとっては、残念で仕方がないのだが、妖術も多少しか使えていないため、自分の力不足を思い知った。




【御山で悪霊退治】


 勘九郎君の頼みを聞いた次の日、いつも以上に静かな朝だと思い、起き上がる。

そういえば、白狐と切人は勘九郎君の頼みで御山に行っている事を思い出した。


シオン(今頃、何をしてるんだろう…)


そう思いつつ、私は居間の方に向かった。



[御山(視点:白狐)]


 まだ日も登ってなく、辺りが薄暗い時、俺と切人、勘九郎は勘九郎名義の頼みを果たすため、山神の御山にある烏天狗の屋敷に来た。

日は登ってないにしても、辺りに嫌悪な雰囲気が流れており、より一層 周囲が暗く感じられた。

確かにこれでは、悪霊が居ても不思議ではない。


門をくぐり、屋敷の中へ入ると、そこには長である僧正坊が立って居た。

長直々に出てくるとは、相当な状況になっている様だと思い少し驚く。


僧正坊「何処へ行ったかと思ったら勘九郎、何故 選りに選ってこいつを連れてきた」


前にも会ったことがあるが、今の烏天狗の長である僧正坊は、八代目で珍しく突然変異で生まれた白い烏天狗だ。

顔の上半分が隠れる烏を型どった黒色のお面を付けていたが、たまに見える眼は青く氷を思わせる様な冷たさが感じられる。

僧正坊は勘九郎を見た後、次いで俺を睨みつけた。

歓迎されていない事は分かっていたが、やはり俺はこいつも苦手だ。


勘九郎「申し訳ございません、僧正坊様……僕は これ以上、兄者や弟たちが傷つく姿を見たくありません。

ですから悪霊退治を依頼した次第でございます」


僧正坊「我々の力では不満か?」


勘九郎「いえ!そういう事では……」


僧正坊「あいつは昔、人間と共に我々の家族を奪っていった。

挙げ句の果てには森中を血の海にした奴だぞ!

そんな奴は信用ならん」


やはり、昔の事を根に持っていた。

まぁ持っていてもおかしくないのだが……。


白狐「俺をどう思おうが勝手だが、これは勘九郎名義の依頼だ。

それに、頼まれた依頼を易々と放棄しする程、俺は落ちぶれていない」


僧正坊「ほぉ…」


僧正坊は、小さく声を出したが、相変わらずお面から覗く眼は俺を睨み続けていた。


切人「まぁまぁ、二人共落ち着いて。

僧正坊様もご存知だと思いますが、白狐も悪事から足を洗い神事をしている身分。

前の様な事はありませんよ。」


お互い睨み合っていたため、切人が仲裁に入る。

普段は、少しふざけたりしているのに対し、こういう時は機転を利かせて仲裁に入ってくれるため有難い。


僧正坊「ふんっ、今回の悪霊退治は認めよう。

しかし、少しでも妙な真似をしてみろ こちらも容赦せんぞ。」


そう言って僧正坊は、屋敷の奥へ去って行った。

俺たちも勘九郎の案内で屋敷の中を歩いてそれぞれの役割を始めることにした。



 勘九郎の案内で切人は治療室での治癒、俺は目撃・遭遇率の高い所を教えてもらい、屋敷の中を歩いていた。

奥へ進む程、雰囲気が暗くなり小さな邪鬼が浮遊してる。

おそらく、この辺りに悪霊が潜んでいるた思い、刀の入った鞘に手を当てながら進む。


すると、何かが急に横を通り過ぎた。

それは一瞬で、ここに居る烏天狗たちではない者だった。

すかさず後を追い駆ける。

追いかけて行くと、廊下の曲がり角辺りで、叫び声が聞こえ さっきの者の姿が見えた。

それは、狼の様な姿の悪霊で、邪鬼に取り憑かれているのか、魔が魔がしい威圧感を放っている。

そして、悪霊は 烏天狗の首元辺りを噛み付いていた。


白狐「……っ、離れろ!」


烏天狗と悪霊を離すため、刀を抜き 振りかざす。

悪霊は刀を避けたが前足の方を掠った様で、威嚇していたが、すぐに何処かへ行ってしまった。

首元辺りを噛み付かれていた烏天狗は、意識はあったが、苦しそうに呻き声を上げている。


白狐「おい、しっかりしろ!」


まともに返事ができない烏天狗の身体には、大量の血と穢れが広がっていこうとしていた。

その為、すかさず持っていた清水をかけて、ある程度の穢れを清めた。

そして、傷口には手ぬぐいを巻いて応急処置をし、肩を貸しながら治療室に向かう。


治療室に着くと、薬を調合していた切人と手伝いをしていた勘九郎がこちらに気づき、慌てて近づいて来た。


切人「白狐どうしたのそれ!?

   重症じゃないか!」


勘九郎「兄者!大丈夫ですか!?」


白狐「狼型の悪霊に噛まれていた。

出血と穢れが酷い。

一応、清水である程度清めたが後は頼めるか?」


切人「わかった。

勘九郎君、空いている所へ寝かせるから手伝って」


勘九郎「はい!」


後のことは切人たちに任せ、俺は再び悪霊を探すことにした。

早く手を打たないと被害が大きくなるのも時間の問題だ。




[社(視点:シオン)]


 社での仕事である掃除が終わり、私は獣姿の紅ちゃんと蒼君を縁側で、撫でていた。

紅ちゃんと蒼君の毛並みは、雪の様に真っ白で、ふわふわしていて とても触り心地が良い。


シオン「もふもふしてて気持ち〜」


紅「たまには、撫でて頂くのも良いですね〜蒼♪」


蒼「そうですね〜 とても心地よいですね紅♪」


ゆったり ほのぼのとした時間を過ごしていると、突然 空から烏がこちらに向かって一直線に飛んで来た。

そして、烏天狗に変化する。

その姿は勘九郎君と同じ格好で、勘九郎君よりも歳上の様な感じだった。


シオン「な、なに⁉︎」

紅・蒼『!?』


烏天狗「九羅真様!手荒な真似で申し訳ございませんが、どうか我ら一族をお助けください‼︎」


どうやら、勘九郎君と同じく九羅真様に頼みに来たらしいが、人違いだと気付いてなく、強引に私の手首を持ち、軽々と身体を持ち上げられてしまった。


シオン「きゃぁぁ!?」


紅・蒼『シオン様!!』


シオン「あの、私 九羅真様じゃ…⁉︎」


烏天狗「参りますぞ!」


一気に上へ飛び上がると、あっという間に紅ちゃんと蒼君が小さく見えるくらいまで飛んでいた。

初めて見る空からの景色は、高くて少し怖かったが、綺麗なものでもあった。


御山に着くまでは……




御山に着くと、そこは 息苦しさを覚える程の不気味さを感じた。

そして、降ろされた後 屋敷の中に案内される。


烏天狗「ささっ、こちらです」


私の後ろに何か人の気配を感じたが、尋ねる暇もなく屋敷の奥にある部屋に入った。


烏天狗「僧正坊様、稲荷神の九羅真様をお連れしました。」


中に入ると、僧正坊様と呼ばれていた白い烏天狗が持っていた巻物を置き、青い瞳をこちらを向けた。

案内してくれた烏天狗さんは部屋を出て行き、二人だけになった。


僧正坊「うちの者が手荒な真似をして申し訳ない、九羅真殿。

それにしても、長らくお会いしていないとは言え、随分と若い女子(おなご)の姿に変化されたのですね。

この御山は女人禁制ですので、できれば男人の姿の方が良いのですが……」


そう言って微笑む僧正坊さんは一見、怖そうな感じだと思っていたが、意外と紳士的な口調で話しかけてくれた。

彼も言っている九羅真様は相当すごい神様らしい。

それにしても、今日はよく九羅真様に間違えられるな……。

そんなに私と似ているのか不思議で仕方がない。


シオン「あの、すみません……

    私は九羅真様ではないんです」


僧正坊「あははは、

    何をご冗談をーーー」


シオン「…………」


僧正坊「…………、


ーーーま、まさか……⁉︎

この強い妖力は、正に九羅真殿のものの筈…… 」


シオン「私は、その……」


僧正坊「きっ貴様…まさか、本当に……

    本物の女子…!?」


シオン「はい……。」


僧正坊「ーーっ!?

こっ此処は、女人(にょにん)禁制だ!!

今すぐ御山から降りろ!」


ワナワナと指を差す僧正坊さんの問いに答えると、何やら慌てた様にすぐさま御山を降りろと言われ、強く手首を引っ張られる。


シオン「いたっ…!」


アザができるのではないかと思うくらい、強く引っ張られた為、思わず声が出てしまう。

すると急に力を抜かれ、掴まれていた手が離れた。


僧正坊「す、すまん…!!

わっ私は少し屋敷内を見てくる……!

ここを出て左へ真っ直ぐ行くと治療室がある、そこに貴様の仲間も居るだろう。」


動揺しているのか、怒っていたかと思うと急に謝ってきた。

少し白狐と似ているかもと思っていたら、僧正坊さんは お面で顔を隠しながら部屋を出て行ってしまい、私も治療室に向かうことした。


向かっている途中、また誰かの視線を感じ、振り返ると庭の方で女性らしき人影が見えたが直ぐに消えてしまった。


シオン(まただ……なんなんだろ、悪霊じゃないといいけど……)


少し心配になりながら行き、治療室に着く。

入ると、切人と勘九郎君たちが忙しそうに看病していた。

怪我をしている烏天狗は痛みで苦しそうにしていたり、小さな子は涙を必死に堪えている様だった。


【治療室にて】


 勘違いで、御山に連れて来られた私は、僧正坊さんから場所を教えてもらった治療室へ来ていた。

そこは、十名くらいの怪我をした烏天狗さん達と看病している切人や手伝いをしている勘九郎君達が目まぐるしく動いていた。

部屋の隅の方には、小さな烏天狗君達もいて 治療室はかなり混んでいる。

それは、私が想像していたよりも大変な事になっていて、言葉を失うくらいだった。

私が唖然として立っていると、勘九郎君が気づいて駆け寄って来た。


勘九郎「シオン殿!?

    なぜ 御山に!?」


女性である私が女人禁制の御山にいる事に驚いたのか分からないが、勘九郎君は大きな声で言った。

その声で気づいて切人も驚きながら こっちに来た。


切人「シオンちゃん なんで⁉︎

   どうやって来たの⁉︎」


シオン「えっと、九羅真様に間違えられたみたいで、此処の烏天狗さんに連れられた感じかな…」


勘九郎「そうでしたか……又もや、御無礼を申し訳ございませんでした…!」


切人「なるほど、でも まぁ 無事で良かったよ」


二人共、少し安心したのか 入った時に感じた二人の真剣な表情から、顔が綻んでいた。


そして私は、額に当てる おしぼりを替えたり、小烏君たちの相手をすることにした。

勘九郎君によると、小烏君たちは、まだ修行も一 二回くらいしか行っていないらしく、もしも悪霊に襲われたら危険な為、他の部屋よりも強い結界が張られているこの治療室に避難しているらしい。

しかし、どんなに強い結界で守られているとしても、悪霊の恐怖や兄弟たちが怪我をしている姿を見ている為、凄く不安になっている事が伝わってくる。

私は、小烏君たちの不安感を少しでも無くす為、話をかけてみようと思った。

でも、何て話しかければいいのか分からない……、そんなことを考えながら小烏君たちを見ていると、手に赤切れの様な傷があるのが見えた。

おそらく、皆んなの手伝いをしていて出来た その傷は、小さなひび割れの様に手に何箇所もあり痛そうだった。


シオン「大丈夫?」


気がつくと私は、小烏君たちに話しかけていた。

話しかけられた小烏君たちはビクッとなりながら、私を見つめている。


小烏壱「だぁれ……?

    六助お兄ちゃんのお友達?」


シオン「そうだよ

    初めてまして。

    私はシオン、よろしくね」


小烏壱「…うん、 よろしく」


話しかけると、意外にもあまり人見知りしていなく、挨拶ができた。

しかし、小烏君たちは 手にできた傷が痛いのか、手を組んでいたり摩ったりしていた。

私は、できるかどうか分からないけど、切人に教えてもらった妖術で治癒をすることにした。


シオン「ねぇ、ちょっと手出してみて」


小烏たち『??』


小烏君たちが そっと手を出すと、私は予め書いていた陣を取り出して、小烏君たちの手にかざした。

そして、目をつむり頭の中で妖術を唱える。

すると、陣が優しく光りだし手にできた傷が段々と治っていく。

あっという間に手の傷が治り安心した。

初めて数人同時に治癒したので成功するか不安だったが、なんとかできて良かった。


小烏壱「すごーい!傷が治った!!」


小烏弐「本当だ!!治ってる!」


小烏参「ありがとー!!」


シオン「いいえ、治って良かった。

(よかった、上手くできた……!)」


小烏君の治癒に成功して、ほっとしていると、小烏君たちがキラキラした目で私を見ていたことに気づいた。


小烏参「お姉ちゃんは、天女様ですか?」


シオン「え?」


小烏壱「だって、治してくれたし!」


小烏弐「優しいから!」


小烏君たちのキラキラした目に嘘は無く、本気で言ってくれているのだと分かる。

もちろん 私は天女ではないが、幼く可愛いらしい小烏君たちを見ていると、間違いを否定しづらく、なんとなく申し訳ない感じになってしまう……。


シオン「ありがとう」


とりあえず そんなことを言っていると、後ろから勘九郎君が話しかけてきた。


勘九郎「シオン殿、弟たちの相手をして頂き ありがとうございます。

申し訳ございませんが、額に当てる布巾などを取り換えるので手伝って頂けませんか?」


シオン「うん、わかった」



私は、小烏君たちと別れて勘九郎君と布巾を取り換える手伝いをすることになった。

十名くらいの布巾の取り換えは、額に当てるもの以外にも何枚かあり、思ってた以上に大変で、段々と手が痛くなるのを感じた。


シオン「とりあえず、終わりかな?」


勘九郎「はい。

シオン殿 ありがとうございました。

では、僕は桶の水を換えて来ますね」


シオン「じゃあ、私も手伝うよ」


勘九郎「いえ!このくらい大丈夫です!

シオン殿はゆっくりなさってください」


そう言って、勘九郎君は水が入った大きな桶を持とうとしたが、持ち上げるだけで大変そうだった。

歩き出そうとする勘九郎君は、ヨタヨタしていて今にも転んでしまいそうだ。


シオン「やっぱり私も手伝うよ!

    片方持つね」


勘九郎「シオン殿、すみません……

    ありがとうございます」


私は桶の片側を持ち、勘九郎君と庭にあると言う、井戸へ水を換えに行くことにした。

廊下に出ると外はもう暗く、とても静かだった。


勘九郎「では、シオン殿 こちらです」


勘九郎君の案内で、井戸がある庭に向かう。

向かってる途中、私は少し気になっている事を勘九郎君に聞いてみた。


シオン「そう言えば、僧正坊さんってどんなお方なの?

私が会った時は、優しい様な厳しい様な感じだったけど、」


すると、勘九郎君は目を輝かせて僧正坊さんのことを教えてくれた。


勘九郎「僧正坊様は、立派なお方ですよ!

八代目の長を決めた時もですが、とてもかっこいい兄者です!!」


シオン「そうなんだ。

八代目を決めた時ってどんな感じだったの?」


聞くと勘九郎君は、輝かしい思い出を思い出す様に話してくれた。

その表情はまるで、僧正坊さんに憧れている感じだった。

そして、勘九郎君は 僧正坊さんのことを話してくれた。


勘九郎「それは、僕がまだ 未熟な小烏だった時の事ですーー


 僕らの長は、大体が長男か次男になるのですが、今の八代目は七男なんです。

だから、 七代目が八代目を任命した時は特に上の兄者達が驚いていました。


そして、力を示すために 八代目……七助兄者は、長男の一助兄者と次男の二助兄者との組手をすることになったのです。

明らかに二対一で 七助兄者が不利に見えましたが、七助兄者は ほんの数回 攻撃を回避した後、稽古用の竹刀で兄者達に勝ったのです‼︎


勝負がついた後、七助兄者は『歳が上だから成れる訳ではない、それ相当の実力があるから成れる』とおっしゃっていました。


長男でも次男でもない僕らにとって、それは希望になりました。

だから、僕も八代目僧正坊様のように…七助兄者みたいなお方になりたいのです!」


勘九郎君から話を聞き、素直に僧正坊さんは凄い烏天狗なのだと思った。

実力主義の様な感じもあるみたいだが、勘九郎君は本気で僧正坊さんに憧れてるみたいで、どこか微笑ましいく思う。


そうこうしているうちに私たちは井戸に着き、大きな桶の水を換えることにした。





【悪霊】


 勘九郎君と庭にある井戸で桶の水を換え終わり、治療室へ戻ろうとしていると、不意に何か不気味な気配を感じた。

急いで振り返ると そこには、忍びの様な格好の青年が クナイを持ってこちらに襲いかかって来た。

どこか禍々しい雰囲気をもつ忍びに勘九郎君も気づき、持っていた桶を離して、護身用のために持っていたのか服から短剣を取り出し、攻撃を防ぐ。


勘九郎「……!?

シオン殿 お下がりください!」


しかし、相手のほうが上手(うわて)だった様で、勘九郎君は防ぎきれず倒れてしまった。


勘九郎「うわぁぁ!!!」


シオン「勘九郎君!?」


急いで倒れた勘九郎君の元へ向かおうとしていると、一瞬のうちに相手が接近していた。


シオン「(まずい!やられ!?)

    っ……!」


思ったのもつかの間、何かが身体に入ってきた感覚と首に当てられた一撃で私は気を失ってしまった。


忍び「ーーさま……な ゼ、、、助け……」


薄れゆく意識の中に入ってきたその声は、どこか悲しげで救いを求めている様だった。



(視点:白狐)


 すっかり暗くなっり邪鬼や悪霊などが出て来やすくなる頃、俺は日中より警戒を強めて屋敷の中を歩いていた。

とはいえ、屋敷の中という事もあり 外ほど邪鬼や悪霊がいない為、どこか胸騒ぎがするくらい静寂していた。


 奥の部屋から確認して行き、一通り見終わりそうになっていた時、庭の方で物音が聞こえた。

急いで廊下を渡り、井戸のある庭へ着く。

すると、井戸の横辺りに座り込み 青ざめた表情の勘九郎を見つけた。


白狐「おい!どうした?」


俺の声に はっ となり、勘九郎がこちらを向く。


勘九郎「白狐殿……!

どうしよう……僕のせいだ……僕が、」


白狐「しっかりしろ、何があった?」


勘九郎「シ シオン殿が……悪霊に、、、

    連れて…行かれました」


白狐「!?」


勘九郎が発した言葉に一瞬 頭が真っ白になる。

社で留守番をしていたはずのあいつが何故ここにいるのか、そして 凶暴な悪霊に連れて行かれ、身の危険が迫っている状況が頭に過ぎる。


勘九郎「申し訳ございません!!

僕が弱いばかりに、こんな事態に……!」


勘九郎は泣きながら深々と頭を下げた。


白狐「話は後だ、悪霊はどっちに行った?」


一刻も早く助けなければ危ない為、あえて落ち着いて勘九郎に尋ねた。

すると、勘九郎は震えながらも 丁度目の前にある、襖が壊れた部屋を指差した。


勘九郎「ぁ あちらの方へ……」


指差していた壊れた襖の方をよく見ると、確かにここを通ったのか 前に遭遇した時につけた傷のであろう血痕があり、その奥の襖も壊させれていた。


白狐「わかった、俺は悪霊を追う。

   お前は治療室に戻ってろ」


そう言って俺は悪霊を追った。

心の何処かであいつの無事を願いながら。



(視点:シオン)


 ぼやけた視界の中、見知らぬ女性がいた。

その人は、黒く長い髪を頭の上辺りでお団子状に束ねていて桃色の着物を着ている。

そして、家の庭で大きめの黒っぽい犬と遊んでいた。

楽しそうな笑い声が聞こえてくる、とても仲が良さそうな感じーー

すると、頬に何か冷たい感触がし、意識が元に戻る。

どうやら私は眠っていたらしく、同時に誰かの記憶を見ていたらしい。


シオン「……あれ、ここは……?

    ひっ⁉︎」


起きた瞬間、私の目の前には 冷たい感触の正体であろう 黒く長い髪に白装束を着た半透明の女性……世にいう 幽霊が心配そうな顔をしながらこちらの様子を伺っていた。


幽霊「……あの、大丈夫ですか?」


幽霊は意外にも優しい口調で話しかけてくれた。

さっきの忍びの様な おどろおどろしい雰囲気は感じられない為、悪い幽霊ではないと安易だが そう思い返事をしてみる。


シオン「だ 大丈夫です……。

    えっと、あなたは?」


幽霊「私は、小梅(こうめ)と申します。

先程 貴女様を襲った悪霊の元飼い主です」


シオン「飼い主?

……あ、私はシオンって言います。

あの、もしかして 私がさっき見た夢って小梅さんの記憶ですか?」


小梅「はい、その通りです。

あれは私の生前の記憶、あの子との大切な思い出です。

多少強引になりましたが、人の子が居てくださって良かった。

私は人間にしか取り憑けない様なので……」


シオン「えっと、じゃあ

    時々見えてた人の影も小梅さん……?」


小梅「はい、お恥ずかしながら。

どうしても シオンさんの様な妖力の強い方に手伝って頂きたい事がありまして、機会を伺っておりました」


小梅さんは恥ずかしそうに着物の裾で口元を隠しながら言っている。

優しく、話し方がおっとりした感じな為、多少強引とも言える行動力に人は見かけじゃないな……と思った。


シオン「手伝って頂きたい事って?」


小梅「はい、実は……」


小梅さんが本題を言おうとしていた時、突然 襖が開き、誰かが中へ入って来た。

薄暗い物置部屋に、雲の隙間から漏れる僅かな月の光りが部屋に入る。

それと同時に相手の姿を見ることができた。

そこにいたのは、先程 私と勘九郎君を襲った忍び姿の悪霊が立っていた。


小梅「(こう)……」


小梅さんが微かに声を出した。

おそらく彼の名前なのだろうが、その声は本人に届いていない様だった。

光と呼ばれた悪霊は又もや私にクナイを向けて来た。

何の迷いも無く私を目掛けてクナイで刺そうとしてくる。

しかし、クナイは私に刺さることなく顔ギリギリの位置で止まった。


シオン「っ……!?」


冷や汗が頬を伝う、恐る恐る見上げると 光と呼ばれていた悪霊の目の前に小梅さんが立っていた。

小梅さんの半透明になっている手はクナイを持っている手に触れているかたちになっていた。


光「ぁ……さ ま……どこ、、、」


動きを止め、喉を絞ったかの様な声で何かを言っている。


小梅「光、もうやめて……」


小梅さんが彼の頬に触れようと手を伸ばす。

しかし、その手は虚しく空を切る様に透けていった。


小梅「やっぱり……

   、、、っ!?」


光「……やめろ

  ……ぅっ、ゔわぁぁぁぁぁ!!!」


動きを止めたのもつかの間、突如 頭を抑えて叫び出したかと思うと、黒い霧が彼を包み 狼の様な獣に変化した。

禍々しく、地面のひび割れみたいな模様が浮かび上がっており、邪鬼特有のギョロっとした不気味な目がいくつか見開いている。

おそらく いや、まさしく 勘九郎君達が言っていた悪霊だとわかった。

牙を剥き出し禍々しい殺気を放つ悪霊は唸り声を上げながら こちらに ゆっくり近づいてくる。

後ろに下がろうにも、背中側は壁のため一二歩下がっただけでもう動けなくなった。


小梅「シオンさん……!」


シオン「……っ!?

   (どうにかしないと……)」


小梅さんが心配そうな声を出す。

なんとか切り抜ける為の方法を考えようにも良い案が出てこない……

その時、牙を剥き出し 悪霊は飛びかかってきた。


逃げ場がない状態の中、私の中に宿るモノが “燃やせば 助かる” と囁くように揺らめいた。


聞こえた その囁きが恰も自分の意思みたいで、何の疑いもなく私は初めて自ら “地獄火” を使おうと思った。

使うなら、確実に当たるギリギリの距離……一発で終わる位の強さで燃やそう。

狙いを定めて使う瞬間を見極める。



      ーーーー 今 ーーーー



シオン「…………っ!?」


地獄火を使おうとした瞬間、目の前に鮮やかな赤が飛び散った。

見知った顔の腕に噛み付き、血の赤と穢れの黒がその腕に広がっていく。


シオン「なんで……!?」


白狐「てめぇの相手は俺だ、よそ見すんな」


そう言って噛まれている方の腕を振り払うと、悪霊は距離を置くように後ろへ下がり、部屋を飛び出てしまった。


シオン「白狐…!?」


白狐「お前は今のうちに逃げろ、俺は奴を追う」


白狐はそう言って悪霊を追いかけて行った。

物置部屋は一気に静かになり、私はまた白狐に迷惑をかけてしまった事を思い胸が苦しくなっていた。

すると、覚悟を決めたかの様に小梅さんは言った。


小梅「……シオンさん、どうか力を貸してください。

もう、時間がありません。」


シオン「え、でも どうやって……?

小梅さんの姿、相手には見えてなかったような気が…」


小梅「そこで ですが、シオンさんの身体をお借りさせてください。」





【主人様と狗神】


 不気味な程 暗い廊下に埃の様な邪鬼が漂っている中、私は全速力で走りながら白狐と同じく悪霊を追いかけていた。

来たばかりでお屋敷全体を把握してなかったが、今 私に取り憑いている幽霊の小梅さんによる道案内で、なんとか迷わずに向かう事ができた。


そこは、縁側で左右には 広い庭とあまり物が置いてない広々とした和室があった。

見ると、縁側の方で白狐が刀を構えており、和室の方に僧正坊さんが見るからに天狗の団扇を持っていた。

そして、私たちがここに来るまでに戦っていたのか、悪霊には所々傷があり弱りなかだらも牙を向けていた。


僧正坊「弟達の仇だ、散れ」


そう言って僧正坊さんは氷柱(つらら)の様に冷たく鋭い怒りを放ち、悪霊にトドメを刺そうとした。

すると、不意に小梅さんが話しかけてきた。


小梅「シオンさん、ごめんなさい」


シオン「ーーーっ!?」


一言 口に出したかと思うと、急に意識が私から小梅さんに変わった感覚がした。



(視点:白狐)


 悪霊を追いかけて廊下を走って行くと、突然 目の前の部屋から突風が吹き悪霊を庭の方まで追い出した。

見てみると部屋の方には天狗の団扇を持った僧正坊が悪霊を睨んでいた。

この状況なら一見、挟み討ちにすればいいのだろうが、おそらく 僧正坊は悪霊しか見ていない為、互いに協力する余裕はないだろう。

まして けぎらいされている俺ともなると、容赦なく巻き添いをくらう可能性の方が大きい。


僧正坊「散れ」


先程の突風でかなりの重傷を負った悪霊に僧正坊はトドメを刺そうとしていた。

そして、怒りのこもった一振りを悪霊にぶつける。


しかし、同時に見慣れた影が俺の横を通り過ぎた。

逃げろと言ったはずなのに、どこか大人びた雰囲気のあいつは悪霊をかばう様に立ち、強い突風を一瞬で消した。


僧正坊「!?」 白狐「!?」


俺は、ただ見ているだけしかできなかった。

いや、もしかしたら見惚れていたのかもしれない……。

     “ あいつに似ていた ”

雰囲気が変わったのは おそらく何かに取り憑かれたからだろう。

姿は見えないが 取り憑いている者の形を現わすかの様に短かった髪が長く伸びている。

しかし、取り憑かれているにもかかわらず あいつ自身の意志はあるようで、少しずつだが、周辺の穢れを浄化していた。


そんな光景を見ていると、昔式神として祓い屋に支えていた頃、只々 自分の意志を押し殺して過ごしていた時を思い出す。

その頃は、言われるがままに刀を振るい、妖や人間を斬っていた……。

それしかできなかった。

今 あいつの姿を見ていると、俺には無い純粋さがあるようで、少し羨ましく思えた。



(視点:シオン)


 小梅さんが私に断りを告げた瞬間、自分の身体が自分の身体ではなくなった感覚がした。

何というか、自分の行動を自分で見ている……第三者のように客観的に見ている感じ?

要するに入れ替わっていた。

なので、今 私の身体を動かしているのは小梅さんで その動きや声が見聞きできた。

僧正坊さんがトドメを刺そうと天狗の団扇を振りかざすと同時に小梅さんは、光と呼んでいた悪霊をかばう様に立ち、突風を一瞬で消した。

どうやってあの強い風を消したのかは分からないが、この時 小梅さんが私に頼みたいと言っていた事が分かった気がした。

私の声が届くかわからないが、小梅さんに伝えてみる。


シオン「小梅さん、私でも役に立てるなら手伝います。

伝えたいことがあるなら伝えてください!」


すると、声が聞こえたのか 小梅さんは小さく「ありがとう」と返事をしてくれた。


私の身体を借りた小梅さんは光と呼んでいた悪霊の方を向き、ゆっくり近づいた。

大分弱っているのか、悪霊は牙を剥けるもののその場を動けそうになかった。


小梅「光 久しぶり」


小梅さんは しゃがみ そっと手を伸ばした。

しかし、触れようとした瞬間 悪霊は肩に噛みついてきた。

骨を砕くほどではない様だが、徐々に血や穢れが広がっていく。


小梅「よかった、やっと あなたに触れられる」


噛みつかれたまま、小梅さんは優しく抱きしめる。


小梅「光、ごめんね……

あの時、私はあなたに何も言わず 消えてしまった。

光は私を探してくれたのに…待っててくれたのに……

本当にごめんなさい」


光「ーーー!?

……あ、ある じ…さま。

おれ は、俺は……ずっと貴方様を、待っていました……」


小梅さんが謝っていると狼の様な姿だった悪霊が、人の姿に変わっていった。

泣きながらも話す姿を見て、お互いに大切な存在だったのだとわかる。


光「けれど、あの時以来…貴方様は何処かへ行ってしまわれた……。

寂しかった 辛かった、俺は初めて 貴方様を恨んでしまった……

貴方様は元々身体が弱い事、もう この世にいない事をわかっていたのに……」


小梅「そうね、光はずっと待っててくれた。

恨まれて当然ね。

私のことを許さなくてもいいわ。

私は あなたを傷つけてしまったもの……」


やっと会えた喜びと申し訳なさが入り混じっているのだろう、気がつくと今度は小梅さんが目に涙を溜めていた。


小梅「けど、これだけは分かってほしいの。

私は光を見捨てたりしない。

例え身体が無くなったとしても、私はあなたを見守ってる、心の中にいるわ。

だから もう、泣かないで。

ちゃんと前を向いて歩んで」


小梅さんが、そっと光の頬に手を当てる。

光も、それに応えるように小梅さんの手に触れていた。


光「主人様、もう 恨んでなんかいません。

また、貴方様に会えてよかった。

今度こそ、ちゃんと別れを言いたい……」


光はそう言うと改めて小梅さんの方を向き涙を拭った。


光「主人様、俺を拾ってくれてありがとうございます。

貴方様と過ごした日々はとても楽しかった。

本当にありがとうございました」


小梅「ありがとう 私を許してくれて、私も光と出会えて本当に良かった。

楽しい日々をありがとう。


ーーさようならーー」


小梅さんがそう言っていると、一瞬 私の身体が小梅さん自身に変わった様に見えた。

まるで花吹雪の様に散っていく小梅さんと その手を優しく握る光の二人は、涙を流していても 幸せそうに笑い合っていた。


小梅「ありがとう」


頭の中で小梅さんの声が聞こえる。

その声は、とても穏やかで優しいくて 私も ほっと安心するように、よかったと思えた。

それと同時に身体が一気に軽くなり後ろへ倒れそうになる。

上手く立ち直ろうと思ったが、二人の光景に目を奪われてしまい身体が思うように反応しない。

そして後ろに倒れようとした瞬間、私は誰かに受け止められた。

見ると、腕を怪我しているのにもかかわらず、優しく そして しっかりと受け止めてくれている白狐がいて、少し安心した様な表情をしていた。


優しい光りが辺りを、屋敷全体を包む。

それまで、禍々しく穢れが広がっていた屋敷が浄化されていく。

おそらくまた、私は無意識のうちに穢れを祓っていたのだろう、小梅さんが花吹雪の様に散り去った後 庭から見えた綺麗な月を眺め、そのまま眠ってしまった。




 その後の事はわからない。

小梅さんと別れた後 光はどうしたのか、勘九郎君や僧正坊さんたちはどうなったのか、気になる事が多い……




そしてーー



⁇「みーつけた、あの子が器の子か」


夜の暗闇が広がる森の中、何者かが言った言葉を誰も 当然私も気がつくことはなかった。


【後書き】


初めまして趣味でお絵描き・小説を書いているカフカです。

今回は、『妖の杜 山紫水明』を読んで頂きありがとうございました。

如何でしたでしょうか?

不明瞭な点もあったと思いますが、楽しんで頂けたなら幸いです。


さて、この “ 妖の杜 ” という作品ですが、舞台は妖達の住う杜、登場人物は殆ど妖であり、唯一の人間である筈のシオンも地獄火の器という訳ありです。

主な登場人物であるシオンは、幼い頃から祓屋の屋敷で隔離状態だった事もあり、きっと本人も人間として在りたいと思う事があっても、道具として在る方に慣れていたのではと思います。

そしてシオンと契約した稲荷神の白狐ですが、まず、名前の通りの白い狐では事に違和感があったと思います。

敢えてと云えば敢えてですが、白狐自身 過去に過ちを犯している為などもあり、なんやかんやでこの名前に落ち着きました。


人間嫌いの神様と器として生かされてきた少女の辿々しくも何処か甘酸っぱい関係性にも、注目して読んで頂けるとより面白いと思います。


では、また次回。

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