少女と少年8
至極当然のように彼女は存在していた。
いつからかなんてことも分からないし気にならなかった。自分が何者なのかも不思議と知っていて、何が出来て何が出来ないのかもすぐに理解することができた。
それでもひとつだけ、彼女は自らが孤独であることに恐れていた。
だから彼女は、自分の複製を大量に作り出したのだ。自らの体の一部を触媒として生み出し、気休めでもいいから一人でいることを精一杯に拒んだ。
――これはひとつのおとぎ話だ。
ひとりぼっちの龍が孤独という悲しみを取り払い、幸せを手に入れようとする。
たったそれだけの物語だ。
我が儘で不器用で、何とも薄っぺらい理由を掲げながら自らの幸せを手に入れようとしている彼女のことを考えていると、何故だか笑みがこぼれてしまう。そっと瞳を開けて大きな白を見上げた。
自分勝手に足掻いて、もがいて、単純に欲を満たそうと必死な彼女はとても愛おしく思えた。
——それなら……。
わたしが彼女を幸せに出来るのなら、来るべきその日まで彼女のそばに寄り添っていてあげよう。
そう思いながら、自分の気持ちを隠すように、少女は再び瞼を閉じた。
* * *
『白き母龍』によって無数の竜が生み出されたのは、およそ百年ほど前の出来事であった。それらの竜が繁殖を繰り返し、多種多様な竜たちでこの世界の人々の生活や命は今日も脅かされている。竜狩りという仕事が生まれて狩人の数も年々増えてきており、討伐数も増加している一方ではあるが、存在している竜の数はいまだ計り知れない。
竜の種類としては『白き母龍』を除いて、
翼竜、
地竜、
飛竜、
蛇竜の四種。
そこに絶滅したとされている狼龍を加えた計五種類である。またその体数は少ないながらも、狼龍以外の四種には、体中の鱗のうちに白い鱗が紛れた特殊な能力を持ち合わせる「希少種」と呼ばれている竜なども確認されており、それらが『白き母龍』によって直接生み出られた竜であると言われている。
「……討伐の難易度的には、地竜→翼竜→飛竜→蛇竜っていう感じで上がっていくのが常識ね。というわけで、はいこれ」
そこまでの説明をソラにし終えたアイナは、先ほど手にした討伐依頼の用紙を彼に渡した。それを受け取り目にしたソラは納得したように呟く。
「なるほど、だから『地竜の討伐』にしたってわけか」
依頼紙には、
・内容『地竜の討伐×2』
・報酬『銀百枚』
という簡単な情報だけが記載されている。
ソラからそれを再び取り上げて、アイナは頷いた。
「まあ、そういうわけよ」
「でも俺に難易度合わせてくれたのは分かるけど、アイナはそれでよかったのか? 簡単過ぎたらお前だって物足りないんじゃ……」
「 そんなことアンタが気にしなくたっていいのよ。今回はアンタが言い出したことなんだから私の事情なんてどうだっていいんだから。そもそも、二体も討伐するんだからアンタも暢気なこと言ってられないわよ」
そもそも今回は狩りに行くつもりは無かったのだから、気分としては物足りないどころか既に疲れてしまっているほどである。
アイナは忠告を差すとやや歩みを早ませて、ソラがそれを追うように二人は目的地へと向かった。
街から南側の外れの門を出てしばらく進むと、昨日、翼竜を討伐した場所とよく似ている、崖の聳えた岩場の景色がアイナ達を迎えた。
「昨日のところと同じような場所だな」ソラが呟く。
「まあ、南門から出たらだいたいこんな感じね。アンタの事だしここら辺の地形が分からないでしょうから、一応説明しておくわね」
そう前置いて、アイナは指をさしながら口を開く。
「まずこの南門側は、岩場や崖、砂場に覆われてる砂漠地帯。大体の竜の生息地はこっちにあって、反対にある北門側には森林地帯が広がっているけれど白き母龍の討伐以降、竜の確認はされていないわ」
「ほうほう」
「じゃあ最後に竜の見つけ方だけど……簡単に説明すると、地竜やは砂場側の巣の付近を、翼竜は岩場側の巣の付近を探せばだいたい見つかるわ。
あとの蛇竜や飛竜は出現率は少なめだからギルドからの情報を頼りにする感じかしら」
「ふーん。なるほどな」
アイナの説明に対して最低限の返答で答えるソラに、彼女は「本当に分かっているのかしら…」と不安に思いつつも、そこら辺の知識だったりは後でじっくり教えることとして今は依頼に集中することにした。
「まあいいわ。さっさと砂場の方へ向かいましょう」
今回は地竜二頭を狩らなければならない。先ずは竜を見つけてから戦闘するのは当然ながら、日没の時間も考えてみるとあまり狩りを長引かせてはいられない。
二人がようやく到着した場所は、不安定さを感じさせる砂で足場を囲まれていた。砂煙を微かに立たせながらいると、ちょうど巣の近くに五メートル程の二足歩行の影を捉えた。がっしりとした脚と太い尻尾、そして大きな顎を目立たせている。
――地竜だ。
二人で岩陰から息を潜め、顔を覗かせ対象を眺める。
「でかいな」
「まあ、一般的な翼竜と比べれば攻撃も重たいけれど、それ以上に動きも反応も鈍いわよ」
行くわよ、とアイナの合図で揃って岩陰から飛び出した。
「それじゃあ、一体目は私が手本を見せるから、攻撃に巻き込まれない程度の場所で一応剣構えながらしっかり見学してなさい」
「おう、了解」
ソラは新調した長剣をかちゃりと不器用に抜き出すと慣れない手つきでそれを構えてみる。
そして、それを横目で確認したアイナが竜の方へ駆けていく。
竜はそれに気付いて重たく喉を鳴らして威嚇をし、近付いたアイナに突進で迎え撃とうとするも、彼女は素早く股下に滑り込んだ。そして腰元の剣に手を添えて振り返ると、竜の片脚に刃を抜き入れ腱を断ち切り、巨大な体躯を持ち合わせた地竜の膝を地に着かせた。
「おお…すげえ…」とソラが感嘆を漏らす間に、勢いそのままアイナは噛み付こうと向かってくる地竜の大きな顎を避けながら、喉元にとどめの二撃、剣を振るった。
ざっくりと肉が裂け、赤い鮮血が景気よく噴き出す。
倒れてくる巨体から華麗に退けると、アイナはふっ、と息を吐いて、素早く慣れた手つきで剣の血を払い鞘にしまう。
目にも止まらぬスピードで狩りを終えてしまった彼女はソラに振り向いた。
「まあ、こんな感じかしら」
「参考になったような……ならなかったような……」
「アンタごときの狩人に初めから今みたいに仕留めてもらおうなんて思ってるわけないでしょ。取り敢えず、動きを制限して隙が見えたら急所を狙う、ってことを実戦してみればいいわ」
彼だって昨日はあの翼竜の希少種の攻撃から逃げ回ることも出来たのだから、それよりも段違いに動きの鈍い地竜を相手にならそれなりに立ち回れるかもしれない。
「あとそれから」
と付け加えてから地竜の方へ向き返り、手際良く頭部の白角を手際良くナイフで切り取った。
「白角を剥ぎ取って、ギルドで換金してもらうまでが『竜狩り』よ」
そう最後にまとめ、今度はソラがメインで狩りを行うこととして、アイナはサポートに回るように段取りを立てた。
「それじゃ、次に行きましょう」
と彼女は言った。
*
「これは、予想以上ね……」
二体目の地竜を見つけ、今度はソラが狩りを行うことになったが、
「おらぁ!」
ぶんっ、と派手に鳴る音も虚しく、ソラの振るう剣は霞を切った。
彼の攻撃は、未だ一度も地竜にかすってすらいない。
「何やってんのよ……」
「なんだこれ、全然当たんねぇ」
「攻撃が単調で振りがでかすぎるのよ」
そうアイナが注意するも彼女の声はソラの耳には全く届かず、相変わらず闇雲に剣を振り回すのみである。地竜の方も遅い動きながらも、余裕の様子でソラの斬撃から避け続けている。
近くでそれを見るアイナも、はぁ、と息をついて頭を抱えた。
そしてとうとう彼を相手にするのも馬鹿らしく思ってきたのか地竜は自らの巨大な体を反転させ、尻尾でソラを薙ぎ払った。
攻撃を受けたソラは数メートル飛ばされ、土埃を立てながら転がるとすぐさま、がばっと起き上がる。
「いってぇ……いや、思ったより痛くねぇな」
「装備のおかげで助かってるだけだから、あまり余裕こいてると痛い目見るわよ」
すると地竜はソラの方には見向きもせず、今度はアイナの方へ敵意をはっきりと向けてきた。この場で彼よりもこちらの方を危険だと判断したのだろう。
なかなか見る目がある竜ね、とアイナは仕方なく剣を構えた。
――時間はかけられない。かといってここで私が倒したって何の意味もない。
地竜は彼女の方へ勢いを付けて頭突きを繰り出す。しかし、アイナはそれをなんてこと無くかわすと地竜は切り替えて尻尾で追撃を行った。
「面倒ね、まったく……」
向かってくる巨大な尾に対してアイナは剣を振るった。刃による一線からは血が溢れ、その巨大な尻尾は見事に切り落とされた。
驚く様子の地竜にアイナは、きっ、と鋭い瞳を当てる。
「アンタの相手はアイツよ。次間違えたらその頭も断ち落とすわ」
ドスの効いた彼女の声音に、怯えた様に喉を鳴らす地竜はアイナのその雰囲気に圧倒されたのか、方向転換してソラの方へと向かっていった。
「ほら、今度はしっかりやりなさいよ」
「お、おう」
大口を開けながらスピードを上げて近付く地竜を、ソラはやっとのこと避けてみせる。攻撃をかわされた地竜は尻尾の重さを失ったことで上手くバランスがとれずにそのまま前のめりに倒れ込んだ。
「ふんっ」
そしてソラは竜が起き上がろうとする際に、その太い足首に向かって精一杯剣を振り抜いた。地竜の悲鳴と血飛沫が上がり、再度その巨体を地面に落とした。
「早く! 今のうちに首元へ回り込んで!」
「わかった!」
アイナにそう指示されソラは地竜の首へと近付いて剣を振り上げた。
しかし相手も殺されまいと、彼に向かって噛み付こうと抵抗を見せる。ソラは身を仰け反らせ、ギリギリでその反撃をかわすも、地竜に激しく頭を振られて近付く事が出来なくなってしまった。
「……くそっ」
「ちょっ! なに焦ってんのよ」
それでもそれに剣先を向けて飛び出したソラを見て、アイナはその方へ駆け始めた。
――あの馬鹿! 考えも無しに……!
地竜が再び噛み付こうと口を開いたその瞬間、高速で移動したアイナは飛び上がって地竜の顔を切りつける。そしてすぐさま受け身を取って着地して、ソラに向かって叫んだ。
「そのまま、喉に刺しなさい!」
顔に傷を負って怯んだ隙を見て、ソラは地竜のその喉元へ剣を突き刺した。加えて、力を振り絞り二度三度とぐっと剣をさらに押し込み、傷口から流れる血を浴びつつも相手が息絶えるのを待つ。
そして悲鳴に似た声を僅かに轟かせ、暫くして首から大量の血を流しながら、地竜は脱力した体を横たわらせた。
すると地竜の喉に突き刺さった剣もそのままに、ソラは息を切らし、へたっ、と腰を地面へと降ろした。
「これ……やったのか」
「馬鹿じゃないの。もっと慎重にやりなさい」
放心状態でへたれこむ彼の頭を、アイナはパシッと音を立てて叩く。
「いってぇ……」
「私があそこで何もしなかったら、今度こそアンタ死んでたかもしれないわね」
「ああ、ごめん。ありがとうな」
へっ、と疲れたように苦笑いを浮かべる彼を見下ろして、彼女は、ふぅ、とひとまず安堵の息を吐き落とした。
「まあ、初めて長剣を振ったにしては悪くなかったんじゃないかしら。それに、昨日あれだけ苦戦してたのに怖がらないで向かっていけたのも評価できないことも無い……のかしら……? いや、やっぱりただのアホね」
「どっちだよ……」
まあいいけど、と呟いて立ち上がった後ソラは自分の格好を見て、体の匂いを嗅ぎながら続けた。
「それにしても……この地竜の血、臭いとかは別に無いけど新しい装備がだいぶ汚れちゃったな」
「安心しなさい。竜の血液も本体と同じようにすぐ消滅するわ」
そうか、と彼が返事をしたのを確認して、アイナはしばらく振りに空を見上げた。日は傾き始め、オレンジの日差しが自分達を照らしている。
「さあ、さっさと仕上げましょ」
「仕上げ?」
疑問符を浮かべる彼に、アイナは「まったく、竜狩りの極意をもう忘れたの?」と溜息をつく。
「さっさと白角剥ぎ取って報酬貰いに行くわよ」
「お前って本当にぶれないな」
アイナの清々しいまでの金欲に、ソラはつい笑みを浮かべる。
こうして、アイナとソラはパーティを結成して初の討伐を終えたのだった。
戦闘描写がなんか分からないけど、とりあえず進めていきます。