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ホワイト〜少女と龍の約束〜  作者: やまき たか
一章『少女と少年』
5/10

少女と少年4

 任せといてくれ。


 ――とは言ったものの、俺に出来るのだろうか。


 視界に目的の崖下を捉えて走りつつも、少年はそんな事を考えてしまっていた。

 先程、今日出会ったばかりの少女から指示された作戦を思い返してみると、自分に課せられた役割というのはやはり囮そのものである。

 横目で翼竜の様子を確認してみる。片眼には自分の投げ刺したダガーを目立たせながら、翼竜はこちらを睨んでいた。


「うわ、すげえ見てる。……ん?」


 かと思いきや、暫しこちらをうかがった後に首を巡らせて何かを探すような仕草を見せる。

 きっと翼竜はあの少女の姿を探している。片眼を奪った自分よりも、怒りと恐怖の対象はあくまで彼女なのだということなのだろう。このままでは、彼女が剣を取りに行くのを奴に邪魔されてしまうに違いない。

 だから誘き寄せる一発が必要なのか、と少年は思い至る。

 確かに翼竜は自らを斬りつけた張本人であるあの少女に狙いを定めすぎてしまっている。加えて、怒りによって興奮しており冷静ではない。


「そう考えると、的確な作戦かもな」


 目的の位置まで辿り着いて少年は足を止めると、こっちには目もくれずにいる翼竜に向け掌をかざした。

 この位置から翼竜までは一〇〇メートルもなく、怯えるには十分な距離ではあるが、魔法をぶつけるとなると少し遠いようにも思える。だが最悪当たらなくとも、こちらに向かわせることができればいいのだから、難易度的にはそう困ることもない。

 少年は相手に向けた手に僅かに力を込めた。


「頼むから、そんなに速くない速度でこっちに来てくれよっ!」


 そう口にし終えて――まずは一発、火の玉を飛ばした。

 直径一メートル程度の炎弾は勢いよく対象に向かっていき、翼竜の足へ見事に直撃した。

 距離のせいかダメージはそこまで与えられていないようだが、思いがけない魔法の攻撃をくらった翼竜はついよろめいた。

 少年は先ほどまでいた岩陰のへと目をやると、そこから少女がダッシュで出ていくのを確認した。


 ――さあ、ここからだ。


 こちらの思惑通りに、叫ぶ翼竜は少年へとターゲットを切り替えたようで、足の爪で数度地面を掻き鳴らすと飛び上がってこっちへと向かい始めた。


 同時に少女は剣を拾い上げ、砂の地面を駆け抜ける。すると驚くことに、そのまま傾斜の殆ど無い崖の側面を猛スピードで走り始めて段々とこちらへと向かってきた。


「ほぼ垂直の崖走るとか、マジか……」


 しかしそんな神業をずっと眺めているわけにはいかず、すぐさま視線を目の前の敵へと元に戻す。

 徐々に近付く翼竜を睨み付け、右手でその姿をとらえた。


 ――まだ、まだ、まだ。


 耳を済ませ、魔力を溜めた右手に意識を集中をさせる。

 そんな中で少年は、直前に少女から告げられた作戦を思い出す――。




『――まず、私の合図であの崖の下まで走りなさい。そしたらアンタに竜が気を取られている隙に、私はふっとばされた剣を取りに行くわ。それから私が二発目の指示を出すから、それまでは発射の準備してギリギリまで翼竜を引き付けてなさい。

 いい? 死にたくなかったら、しっかり私の声聞こえるように耳の神経研ぎ澄ませておきなさい。あとは出来るだけ竜の額を狙って』


『そのままだとすごく俺がピンチなんだけど……二発目をぶつけたら、どうするんだ?』


『そんな心配しなくても大丈夫よ』


 そして彼女は清々しいまでの口振りでこう言っていた。



 ――後は、私が片付けるから。




 そんな彼女の台詞は妙に頼もしく、こうやって風を切りながら飛行してくる翼竜と対峙していることも、そこまで怖くない。


 ――さあ、来い。


 翼竜と少年との距離が目と鼻の先にまで詰まった、――その時。


「――そこよ!」


 耳に届いた彼女の声。

 その合図に合わせて、魔力で生成した二発目の火の玉を翼竜に対して飛ばした。それは彼女の指示通りに額へとかまされ、僅かな衝撃を伴ったのちに煙と共に消え去る。

 一発目とは違って手応えもあるが、倒せる威力ではないのだろう。


 だからこの後は、彼女に任せた。


「――はあああぁっ!」


 頭上から少女の声が聞こえたかと思うと、

 ――視界にいた翼竜の翼に、彼女の剣撃によって一本の線が描かれた。

 竜の翼は根本から切り落とされる。

 バランスを崩した翼竜が落下して、自らの体重を全て地面へと預けた。

 少女は着地するやいなや、相手に動く隙も与えぬ素早い動きで移動をすると、そのまま翼竜の喉元へと豪快に剣を振り抜いた。


 彼女は、足掻くように繰り出された竜の尻尾と血飛沫を共に避ける。

 そして、絶叫のような悲鳴のような、甲高いわめき声を最後に、翼竜は遂に頭部さえも地に落とした。


 呆気に取られつつも、少年は少女の方へ目をやる。

 

 長く艶めいた髪の毛を靡かせながら、剣についた鮮血を振り払う彼女。

 『強さ』というシンプルな美しさを纏ったそんな一人の少女の姿に、少年はただ呆然と見惚れてしまっていた。



 * * *



 剣を鞘に納め、アイナは息の根を止めた希少種の翼竜を見下ろす。

 左翼と本体の二つに分断されて横たわった翼竜を目にしてみて、改めて自分の見立てが正解していたことを確信した。

 この希少種の特徴は、『硬化』そして『回復』であった。

 しかしその硬化というのも体のどこか一ヶ所だけに限られており、反射的に出来るわけではないので不意討ちにも弱い。


 だからあの少年には額を硬化させるための魔法を撃たせ、その後の硬化と回復をさせないために、動きを封じる一撃ととどめの一撃の二振りで仕留めた。

 他にも手はあったのだが、あの少年にも手を加えさせるにはこのやり方が一番手っ取り早かった。

 それにしても、彼はよくこちらを信じてくれたものだ。仕留めきれなければ彼は危なかっただろう。思いの外上手くいったのは、この希少種が理性を欠いていたことにもあっただろう。

 それに、


 ――あいつの魔法の威力……。


 アイナは少年の方に目をやる。

 彼はこちらに近付いてくるとアイナの隣で止まり、しゃがんで翼竜をうかがった。


「残酷な断面だな。気持ち悪い……」


「アンタも竜狩り続けていたら、すぐ慣れるわよ。男なんだから血や死体ぐらいで驚かないでちょうだい」


「しかしな……なんだろう。ここまではっきりとした倒しかただとは思わなかったな」


「当たり前でしょう。やるからには徹底的に叩きのめすわ」


「それにしてもじゃないか。こんな分厚い翼の根本、その剣の刃渡りでどうやって切り落としたんだよ。素直にビックリなんだが」


「ま、私の技量と才能が成せる業かしらね」


「突然の天狗だな。いや本当に凄いから別にいいんだけどさ」


 そうやって褒められるの嫌いじゃないわ、と吐きながら、アイナは翼竜の頭部へと近付いた。そして片眼に突き刺さっているダガーを抜き取ると、翼竜の後ろ頭についた小さな白い角をダガーを借りて切り取った。

 それを見た少年は尋ねる。


「何をやってるんだ?」


白角はっかくを剥ぎ取っただけ。これをギルドに持っていかないと討伐報酬貰えないのよ。あと、素人だからって何にも知らないのはどうかと思うわね…………。ほら、これ返すわ」


 説明を終えて溜め息を吐き出したアイナは、手元のダガーを少年へと渡す。


「お、どうも」


「っていっても、そのダガーの長さじゃあ今後戦うのは厳しそうだから、別なの買った方がいいわね。まあ、今回初めて使った武器だろうから取っておく分にはいいんじゃないかしら」


「そうか。せっかく買ったのに残念だ」


 そのわりに大して残念がらずに言った少年を横目でスルーしながら、アイナはコートに白角をしまう。

 服とスカートの砂汚れを軽く叩いて落とすと、少年が口を開いた。


「もう行くのか」


「ええ、事は済んだもの。長居する必要もないわ。アンタも帰るときは気を付けなさいよ」


 言ったアイナは、それと、と翼竜の死骸を指しながら言葉を続ける。


「この翼竜、ところどころ白い鱗がついてるでしょう? その鱗ね、希少種の特徴のひとつなんだけど。剥ぎ取ってギルドに持っていくと高値で買い取ってくれるわよ」


「へえ、そうなのか」


「だから今回の討伐分ってことで、それ全部アンタにあげるわ」


「なんだと、いいのか?」


 アイナの言葉に食い気味に反応した少年。

 あぁ、そういえばこいつ貧乏だったかしらね……。


「でも……さっきお前、報酬の山分けは嫌だって言ってなかったか?」


「報酬とこれとは別よ。私はちゃんと報酬の金四枚貰うから十分よ」


「……お前良いやつだな。口は悪いけど」


「ちょっと……」


 少年のいらない一言のせいで前言撤回してしまおうかとも思うが、ここはひとつ心を落ち着かせると、アイナは続けて告げる。


「それからもうひとつ忠告しておくけど、クランに入らないとギルドで報酬も貰えないから気を付けなさい。あまり強いところは無理だけど、小規模なクランならアンタのことだって引き取ってくれるでしょう」


「クラン……って、たしかギルドの受け付けにいたお姉さんも言ってたな。うっかり忘れてた」


 呆れるような少年の台詞を流して、


「……まぁ、それで今度こそパーティ組んで出直してきなさい。二度とソロ討伐なんかしないことね。ただの自殺になるわよ」


 とアイナは言った。

 しかし返事がかえって来ず、アイナは「どうしたの?」と彼に視線をやると彼はこう言った。


「それなら一人でこんな化け物倒したお前は、やっぱり……凄い強いんだな。尊敬するよ、俺」


「なっ……」


 突然真顔でそう言われて、アイナは言葉を詰まらせた。

 今まで誉められはしたが、尊敬なんて言葉を言われたことがなかった。

 こんな素人でも、自分を認めてくれる人物がいる。


 ――こいつは、私を認めてくれた。


 今まで一人でやってきたことを認められて嬉しかった。

 リズやクランのメンバーからは心配されていたが、自分を強いと認めてくれる者が出来たことがただ単純に嬉しく思えた。


「……アンタみたいな、馬鹿素人に言われてもね」

 

 ――でも、ありがとう。


 そう心だけに感謝を留めておくと、ついつい表情も笑顔に変わった。

 そんなアイナをじっと見つめた少年の視線に気付いた彼女は、ぎくっとした後に急いで顔を両手で覆い隠した。

 

「な、何よ」


「……なんていうか、言葉が悪かった故か笑った顔に正直驚いた。あと今気付いたが、おたく割りと美人だな」


「はぁ!? な、にっ、なに言ってんのよアンタっ」


「いや、だから美人だって……」


「う、うるさい! それ以上言うとこの翼竜と同じようになるわよ!」


「突然怖いかよ。やめてくれ」


 ――あーもうっ。


 ついいつものペースを乱されてしまい、ここでもやっぱり落ち着かせるために息を吐き出す。今日はもうこのポーズを何度行ったのかも忘れてしまった。

 これ以上ここにいては自分を見失ってしまう。

 そう思って、アイナは少年に背中を向けた。


「それじゃあ今度こそ私は帰るから。ついでに、その翼竜あと一時間もしないで消滅しちゃうから、鱗剥ぎ取るなら早めにやらないと一緒に消えちゃうわよ」


「そうか」


「狩人、せいぜい頑張りなさい」


「ああ、これからはお前を手本に頑張っていくとするさ」


 少年からの言葉を受け、アイナは頬を緩ませる。


「百年早いわよ、馬鹿」


 さようなら、とアイナは帰路についた。

 それからしばらく歩いていると、ふと思い至った。


 ――そういえばあいつの名前、知らないままね。「……い」


 ――でもどうせ今後会うこともないだろうし、別に良いわね。「……おーい」


 ――私もこれからはこの希少種討伐の勢いのまま頑張っていかないと……。


「――おーい、鱗がうまく剥ぎ取れないんだがー」

「――うるさいっ!」


 助けを求める少年。それに対する一人の少女の苛ついた怒号が、砂丘に響き渡った。

 こうして、アイナ・エルヴィアの初の共闘は終わったのだった。

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