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ホワイト〜少女と龍の約束〜  作者: やまき たか
一章『少女と少年』
4/10

少女と少年3

 鉱山付近の岩場を後にしたアイナは、二十分程かけて砂の地面と岩や崖に囲まれた砂丘の外れに足を運ばせた。

 そこには先程の希少種よりも一回り小柄な通常の翼竜が二頭おり、それらに気付かれないよう静かにかつ急ぎ足で、アイナは岩陰へと身を隠しながら様子をうかがう。


「まだ来てない……。先回りになっちゃったかしら」


 もしかしたら、場所を間違えたか……。それは避けたいところではある。逃がしたのならリタイアしたのと大差ない。


「……それにしても」


 不意に後ろへ目をやってみると、少年の姿は見当たらなかった。当然かな、とも思った。けれど、


「何よ……あんなこと言っておいて、結局来てないんじゃない」


 呟いてみて、でも、かぶりを振る。今日出会ったばかりの素人の言葉なんて気にしないでおけばいい、そう自分に聞かせる。切り替える意として、アイナは剣に触れた。

 と、丁度その時だった。

 二頭の翼竜のものと思われる僅かに高い鳴き声が響き渡り、その方へアイナは視線を戻した。アイナは翼竜達がそのまま羽を広げて飛び去っていくのを目で追いかけると、視界の端で二つの影とは別にもうひとつの巨大な影をとらえた。


「来た」


 ――希少種の翼竜ワイバーン


 おそらくあの二頭は希少種が来るのを感じ取って逃げたのだろう。


「登場が遅いから、検討違いかと思ったわよっ」


 鞘から刃を露にさせて剣を構える。

 そして、微風で砂煙を撒き散らしながら希少種が降り立ったのと同時に、アイナは岩陰から飛び出し、高速度で竜の正面にまで来ると相手の意表をつくようにその首もとに剣を突き刺した。

 剣を抜くと血が噴き出した。突然の攻撃に怯みながらも反撃として希少種の振るわれた片翼をかわし、アイナはすぐさま後退して距離をとる。


 予想通り、と口角を上げて剣先を翼竜に向けると、翼竜は咆哮を怒鳴り散らかす。


 すると、どうやらその怒りの度合いもピークな様で、あからさまな威嚇の姿勢に入り始めた。地面を爪で掻き鳴らし、またも翼をはためかせる。だが今度のそれは退避のためではなく反撃の合図であるのだと、翼竜自身が纏う雰囲気が語っていた。その証拠として、翼竜はアイナを睨んだまま数メートル飛び上がったかと思うと、飛行しながら突進をして来た。


 アイナはその攻撃を避けると翼竜の後ろへと回り足を斬りつけようとした……が、翼竜は尻尾で彼女の剣を横から凪ぎ払った。それから間髪無しにアイナの方も尾で叩かれて、吹っ飛ばされてしまう。


「……ヤバい」


 これは、どうにも不利な状況になった。

 起き上がりながら剣の行方を探すも、なかなか見当たらない。

 翼竜はそんなアイナの姿を見付けると、地を爪で掻いて、――飛び上がった。


 ――来る……。


 そう思った瞬間、


「――うらぁぁ!」


 聞き覚えのある声と共に、翼竜の顔へと小さな何かが飛んできた。

 よく確認してみれば、それはどこかで見たことのあるような安物のダガーであった。運良くそれは翼竜の片眸を穿っていて、不意をつかれた翼竜はバランスを崩して地面へと落下する。


「あの短刀って……まさか」


 ダガーの飛んできた方向に目をやると、やはりあの少年の姿がそこにはあった。


「やるじゃないか、俺」


 彼はこちらに駆けてくると、アイナの腕を掴んで立たせ、「取り敢えず、今のうちにどっか避難しよう」と言って走り出した。

 彼女は手を引かれながら足を動かす。

 

「……アンタ、逃げたんじゃなかったの?」


「逃げてないけど。というか、隠れてた」


「え?」


「ここに着いてからずっと崖下の方で隠れてて、翼竜がめっちゃ弱ってから横取りするつもりだったんだけど……なんかピンチっぽかったから、ダメもとで……ナイフ投げてみた、らキレイに目に刺さって……んで、お前のこと助けないとって思って……い、今に至る……ハァ……ハァ……」

 

「なによそれ。というか、なんでそんなに疲れてるのよ! 体力無さすぎじゃないの?」


 最後の方はほとんど息切れで聞き取りづらい声の彼にアイナはツッコミを入れる。


「……わ、悪い……走りながら、だと……」


 ――ほんっとに、こいつは……。


 段々と緩まっていく走る速度に痺れを切らし、アイナは少年の手を振り払って彼を追い越した。


「あー、もうっ、足遅すぎなのよ! これじゃまたすぐアレが来るでしょ!」


 今度はアイナが少年の腕を引いて走り出して、二人は崖下の岩陰に身を潜めた。

 少年の方がやや激しく、お互いに息を切らしながら希少種の様子を覗いて見てみると、目に刺さったまま抜けないナイフの痛みのせいか頭を振りながら暴れまわっていた。

 それを目にして一安心したのか、少年は腰を下ろした。


「……ハァ、なんか……これ、同じようなのさっきあったよな……」


「……え? ああ、そうね」


「…………」


「………………」


「……………………」


「…………ちょっと、何いきなり黙ってるのよ」


「あ、ごめん」


 呼吸を整え終えた彼は謝罪の後に続ける。


「あと、さっきのもごめんな」


「さっきのって何よ」


「ほら、お前俺のこと怒鳴ってただろ。なんか、私のこと舐めてんのかよ的な意味合いで」

 

「まあ、間違ってはないわね」


「っていうかよく初対面の、しかも男の胸ぐら掴めるよな。怖いわ」


「でももう怒ってないわよ」

 というか、半ば強引に気にしない方向に持っていっただけだけど。


「ならいいんだけどさ」


 と呟いてから少年は続ける。


「……あれ別にさ、お前が女だからとかそういうのじゃないからな。ましてや、お前が弱いとも思ってもない。……かといって、今そんなの説明する余裕も筋合いも無いだろうから、ひとつだけ言わせて」


「アンタなに言ってんのよ……」


 ぺらぺらと自分の用件ばかりを一方的に言う少年に対して、アイナは首をかしげていると、彼はこちらを向いてこう言った。


「あの翼竜、一緒に倒そう」


 笑みを浮かべながら提案をする少年に、アイナのほうもつい微笑む。……何を言い出すかと思えば、そんなことか。

 一度目を伏せ、アイナは答える。


「絶対に嫌」


「え、嘘だろ」


 予想外の返答だったのか、わりかしショックを受けたような顔をする少年。


「何でだよ、おい」


「ひとつ、アンタが足引っ張りそうだから。ふたつ、報酬山分けとか嫌だから。みっつ、アンタが気に食わないから」


 順番に三本指を立てていきながらアイナは答えると、急いで言い返す。


「まてまて、最初のは努力するし、報酬も全部あげるって。最後のはどうにかして貰いたいところだけど」


「そうは言ったって……」


 今彼に出来ることといえば、懸命に声援を送ることくらいだろうし、唯一の武器であるダガーナイフでさえ翼竜の片眼に未だに刺さったままだろうし、強いて言うと今回のファインプレーとしてはそれが一番有力なのではないだろうか。

 そこまで考えて、アイナはひとつ溜め息を吐く。


「せめて、アンタが魔法でも使えれば役に立ったかもしれないわね。残念だけど……」


「魔法? 使えるぞ」


「ほら、やっぱり。それじゃアンタはここで怪我しないように見学でもして…………え?」


「え?」


 ――今、こいつなんて。


「ちょっと待って、私の聞き間違えかしら。今、アンタ魔法……」


「いや、だから使えるって。火属性の初級だからそんな凄くないやつだけどな。

 そんなことより早く手打たないとじゃないか? あの翼竜も段々と落ち着いてきてるみたいだし……」


「……で……た、が」


「え、何て?」


「……なん、で」


 アイナは顔を上げ少年の肩を両手で掴んだ。


「――なんでっ、アンタみたいなのが魔法なんか使えるのよ!!」


「何だよ急に。最近、知らないオッサンが軽く教えてくれただけだよ」


「軽く、って……。どうして、アンタみたいな……馬鹿が……」


「さっきも言ったけど、お前本当に失礼なやつだな。何を初級魔法ごときではしゃいでるんだ? 魔法くらい、お前ならもっと凄そうなの…………あれ、そういえばさっきから戦い見てても……」


 そこで言葉を詰まらせる少年の肩からアイナは手を外して項垂れる。


「……ええそうよ。私はね……魔法が使えないのよ」


 アイナ・エルヴィアは魔法が使えない。

 その原因としては、アイナは生まれつき体内に魔力が無い……厳密に言えば魔力が限り無く0に等しい、ということにあった。それでも普通の人ならば体の成長によって魔力が増えていくのだが、そのまま魔力が増加することなく、アイナは成長期を殆ど過ぎた十六歳になってしまっていた。


「……人を散々馬鹿呼ばわりしていた私が恥ずかしいわ。アンタも仕返しに笑ってもいいわよ。今回に限って許してあげるから」


「なんだその急な悲観的発言。そもそも、俺とお前とじゃ比べてもどうにもならないだろ。片や初級魔法使えるだけの素人、片や……希少種、だっけ? と、互角に渡り合える有能剣士だぞ。誰が見たって、俺なんかは遠く及ばないだろ」


 少年の気の利いたフォローにアイナは曇らせていた表情を僅かに明るくさせて顔を上げた。


「そうよね、それが当たり前よね。アンタと私じゃどう考えたって百対一で私に利があるわよね」


「事実だけど、その言われかたは刺を感じるな」


「でも……、私が魔法使えないことには変わりないのよね……」


 この歳になって魔力が無いも同然ということは、今後の魔力増加の見込みは絶望的である。


「だから、こっちも……」


 ふと思い付いたようにアイナは自分の胸元に手を当てると、ぐっと悔しさを滲ませながら歯を食い縛った。


 ――って、いやいやいや、胸は関係ないじゃない!


 我に返ったアイナは気持ちを切り替えるように首を振ると、ひとつ深呼吸を入れた。


「……よし」


「なんかよくわかんないけど、落ち着いたか」


「ええ、何とかね……」


 自分としたことが無駄な事まで考えてしまった、と一瞬だけ後悔をするも、今の状況を考えるとそんな余裕も無いのですぐさま彼に問い掛けた。


「それで? アンタのその火属性魔法ってどんなやつなの?」


「どんなのって……」


 問われた少年は答える。


「手のひらを相手に向けて、炎の玉を飛ばすやつだ。威力は初級のそれだけど、そこそこ命中はすると思う」


 ――炎弾、ね。


「それ、何発うてるの?」


「どうだろうな。前は三発くらいうったら疲れたな」


「それなら、その三発を強めの二発にしてやれる?」


「わからん」


「さっき足引っ張らないように努力するって言ったでしょ」


「じゃあやる」


 潔く返事をした後で少年は「ところで」と切り出した。


「……俺って、結局何するわけだ?」


「何って、そりゃ囮よ」


 当たり前のように答えたアイナの口ぶりに、少年は苦笑う。


「……ああ、なるほど。何となく納得だけど……一応理由を聞いてもいいか?」


「理由も何も……魔法飛ばす以外何も出来ないんだから、接近戦させるわけにもいかないし、たった二発の初級魔法で仕留められる訳もないでしょう」


 聞くまでもないこと聞かないでよ、とアイナは言う。


「それに、あの翼竜、反応が速いのもそうだけど他のと違って回復もするし硬化も出来るみたいなのよ」


 先程の戦闘で攻撃が防がれたり、浅い切り傷でダメージを殆ど負わないことの理由は多分そういうことなのだろう。

 それをこちらに気付かれる前に逃げだしたみたいだったが、そのことを忘れて暴れ散らし、冷静さを失っている今がチャンスだろう。

 飛ばされていた剣の場所の確認も終え、ここからが本番というところだろうか。

 アイナは指を指して少年に対して作戦の説明をする。


「まず、私の合図であの崖の下まで走りなさい。そしたらアンタに竜が気を取られている隙に、私はふっとばされた剣を取りに行くわ、それから――」


 それから、アイナが続きの説明を一通り終えると、少年はふっと笑った。


「……お前、格好いいな」


「当たり前でしょう。私、強いから」


 アイナはそう自信を見せながら答えた。


 そして、出てこい、と言わんばかりの翼竜の豪快な叫びが崖に囲まれたこの場所に谺した。


「……それじゃあ、足引っ張らないようにしなさいよ」


 ――今思うと、今日初めて会ったこの男とはクランのメンバー達よりも多く言葉を交わしてしまっている気がするわね。


 曲がりなりにもこれから行うのは、アイナにとって初めての共闘である。


 ――パーティを組むのって、こんな感じなのかしら。だとしたらやっぱり、やりづらいわね。


 そんな事を考えて、彼女は少年の背中を軽く叩く。


「――今よ」


「――任せといてくれ」


 アイナの合図によって、少年は勢いよく岩陰から崖下へと向かって走り出していった。

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