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ホワイト〜少女と龍の約束〜  作者: やまき たか
一章『少女と少年』
2/10

少女と少年1

 「……このあたりかしら」


 照りつける強い日差し、乾いた空気、風に舞う砂埃。靡く長い髪を押さえながら、一人の少女が呟く。

 深い青を基調とした装備を身に纏い、少し長めの刀剣を腰にさげ、今日も狩人としての依頼をこなすために――アイナ・エルヴィアは砂丘を訪れていた。

 大岩や崖の目立つこの場所ももう見慣れた景色だ。

 今日だって、いつも通りに竜を討伐すればいいだけなのだが、それも少し難しくなる可能性もある。アイナにとってはべつに大差無いことなのだが、一応は頭の中に留まってしまっているようだった。

 というのも、今朝ホームを出る際に言われたリズ・フローデルの言葉が原因だろう。



 *



「――はい、これ。今日のお仕事」


翼竜ワイバーン、ですか……」


 リズから渡された討伐依頼要項の紙を確認しながら、アイナは声を漏らした。

 茶髪のポニーテールと高い背丈。眼前の女性、リズ・フローデルはアイナの所属しているクランのリーダーであり十六歳のアイナより七つ年上である。いつも彼女が狩竜人かりゅうどギルドから討伐依頼を受けてきて、クランのメンバーに割り振っていくのだ。

 このクランにはアイナとリズの他に三人のメンバーがいるのだが、ホームの中を見回しても、その者達の姿は見当たらない。きっともうリズから依頼を受け取って竜狩りに向かったのだろう。残っているのは、朝に弱いアイナだけらしかった。

 それはそうとして、


「これ、討伐報酬額が『金四枚』って凄いですね。どういうことですか?」


「あーそれねー、実力派のアイナちゃんのために一番報酬額が高いのにしてみたのよ。見つけた瞬間びっくらこいたねー」


 依頼用紙に目を落としながらアイナが問い掛けると、リズは明るく答える。

 普通、翼竜の討伐報酬額といえば、銀五十程度だ。銀百枚で金一枚と同価値なので、今回の依頼の討伐報酬は通常の八倍である。


「なーんかその翼竜、ちょっととんでもないらしくてね」


「とんでもない……?」


 どこかわざとらしいリズの台詞を反芻して、アイナが首を傾げる。


「そっ。ギルドで聞いた話だと、これまでにもこの依頼受けたパーティが四組あったんだけどね、どこも討伐に成功してないのよ」


「四組も、ってことは逃げられているんですか?」


「いんや?」


 アイナの質問にリズは首を振った。


「全部リタイアだってさ」


 翼竜一頭で四組ものパーティが全部リタイア。

 なんとも耳を疑ってしまうような言葉だ。


「四組のうち、パーティの人数が三人のが二組と五人のが一組。それだけならこんな高額にはならなかったんだけどね……まぁ、これが一番の原因かな。小さいながら事件になったもんよ」


 リズはニッとした笑みを浮かべて言う。


「マギ・ファミリアの二人組パーティもリタイアしたらしいのよ」


「……それ、本当ですか」


 さっきまで視線を手元に向けていたアイナもリズの言葉に僅かながらに驚き、ようやく顔をあげた。リズが頷く。

 

 ――マギ・ファミリア。

 

 クランの討伐成績によって順位つけされている中で、そのマギ・ファミリアというのは手練れの魔法師ばかりを揃えている団体であり、四位に位置付いている実力の高いクランだ。

 たとえ二人だけのパーティであったとしても、そんなクランの実力者達が翼竜を倒せなかったとなると金四枚も納得かも知れない。

 となると、この翼竜の正体も大体予想がついてくる。


「希少種ですね」


「うーん。まあ、その可能性が一番高いかもね」


 アイナの答えに彼女も同意を示す。

 通常、竜の鱗の色は各種ごとに決まっているのだが、希に所々白い鱗が目立つ竜が現れるのだ。それらは『希少種』と呼ばれていて、普通の竜より力も強く、魔法に対しての耐久力も高い。加えて、個体差はあるが、何らかの能力に長けているので、マギ・ファミリアの実力者達が苦戦したのにも合点がいく。


「それで?」


 リズがアイナに尋ねた。


「どうする? 行かない?」


「当然、行きますよ。私なんですから」


「おー、さすがはわがクランのエースだね。それじゃあ、お願いしたいんだけど………」


 これまた露骨に言葉を切ったリズに対して、アイナは不思議そうな表情を作る。

 

「なんですか?」


 そう尋ねてみると、リズは少しだけ眉を下げながらアイナに柔らかい笑みを向け、今度は普段より若干大人しい声音で言った。


「ねぇアイナちゃん。今回の討伐、パーティ組むにはいい機会じゃない?」


 そう言われて、アイナは僅かな時間口を結んだ。

 狩人になってから、アイナは一度もパーティを組んだことがない。それは彼女の実力が高いからでもあるのだが、半分以上は彼女の性格が原因しているのだろう。

 人付き合いが苦手なアイナにとっては、パーティを組むというのはどうにも難儀なことであるのだ。

 それでもパーティ編成を勧めてくるリズは、きっとアイナのことを心配しているだけなのだろう。それはアイナ自身分かってはいることだ。

 今回のような討伐依頼――希少種の竜を相手にする依頼――は、どうしても危険が伴ってしまう。いくらアイナが手練れだからと言っても、リズが不安に思ってしまうのも無理はない。


「リアンあたりはどう? あの子の戦い方ならアイナちゃんの戦闘の邪魔にもならないと思うし」


 クランメンバーの一人である少女の名前を出され、まだ彼女がホームにいることにアイナは気付く。


「リアン……。まだ行ってなかったのね」


「うん、一応休ませておいたの。たぶん今は部屋にこもって弓いじりながら暇してるだろうから、声掛けてきたら?」


 一応休ませておいた、というのは、はじめからリズはアイナにパーティを組ませようとしていたということなのだろう。

 確かにリアンは弓使いで腕もそれなりだから、剣士であるアイナの邪魔にならずに援護をしながら戦闘出来るし、パーティを組むなら彼女が適任かもしれなかった。

 

 ――とは言っても、そこで素直に頷けるのなら、私はきっと今頃パーティを組めているはずなのよね……。

 

「いえ、いいです」

 

 彼女はゆっくりと首を振った。

 彼女が自分を心配してくれていることもわかるし、このままソロで討伐を続けていくのにも限界があるだろう。

 それでもそう簡単に折り合いがつくほど、アイナも素直じゃないのだ。一度失敗したことなんかは、容易にどうにかなるものじゃない。

 

 十六歳の少女にとってなら、尚更だ。

 

「それに、リアンも……みんなだって私と組むのは嫌だろうし」

 

 このクランに入ったきっかけは、一番人数が少なかったからだ。狩人は強制的にクランに入らなければならなかったので、人と接するのが苦手なアイナは、リズとリアン二人だけしかいないこの小規模なクランを選んだのだ。

 ホームでも、リズは年上で同年のリアンも大人しい方だったからそれなりに生活しやすかったのだが、アイナが入ってから数月程経つと、メンバーも増えていってしまった。

 新しく入ってきたメンバー達とは上手く打ち解けられず、冷たい態度もとってしまったアイナは、クランの中で浮いた存在となってしまった。リズだってそれを心配視してくれている。


「まあ、気が変わったらでもいいから……。ひとまず今日は無事に帰ってきてちょうだいよ」


 リズは言いながらアイナの肩を叩いた。

 彼女はその手をどけながら、リズの後ろに見えるドアに向かって数歩進んで、一度立ち止まる。

 

 ――これは多分、私のプライドの問題か。

 

 心の中でそう呟いてから、口を開いた。

 

「大丈夫ですよ。私、強いですし」

 

 自信を孕んだその言葉を置いて、アイナ・エルヴィアは扉を開けホームを出た。


 

 *


 

 リズとの会話を思い出してみて、アイナは一人考える。

 彼女はもう大人だから、年頃である自分達のことがよく分からないのだろう。みんなが簡単に手を取り合って仲間になれる訳じゃないのに。

 それにしても、どうしてこうやたらと人と人をくっつけたがるのだろうか。

 

 協力、絆、友情、愛。わかる、確かに大事だ。

 

 ――それでも私にだってプライドがあるのよ。

 

 そうアイナは口の中で転がして、ひとり頬を膨らませる。

 

 ――ああ、なんか無性に腹が立ってくるわね。

 

「そもそも一人で戦えるって言ってるんだから、任せておけばいいのよ。というかパーティを組んだところで、どうせ私が倒すんだから同じことで、しょっ」

 

 ひとりごとを漏らしながら近くにあった石ころにやつ当たって、それを蹴り飛ばした。地面が砂だからか石はほとんど転がらずに、そのまま地面に半分埋まる。

 それを確認してから、アイナは落ち着くためにひとつ溜め息をついた。

 

「それはそうとして、今は仕事に集中しないとよね」

 

 パーティを組む組まないは置いとくとしても、少しながら自分の短気さも考えものなのかもしれない。ただ、今のままでは「パーティを組む」、なんてのは自分には縁のない話だ。うん。

 自分の考えに納得してから、アイナは歩きながら周囲を確認する。

 

「……それにしても、足跡一つないわね」

 

 今回の討伐対象の翼竜だが、その名の通りに飛行能力に長けた竜であって、移動手段もその多くが飛行による――とはいってもずっと飛びっぱなしなんてこともなく、巣の周りには新しい足跡ぐらいは見付かるものだ。

 先程からいくつか巣は目に入るのだが、その周りの足の痕跡は数時間経ったものばかり。

 まあ、探すしかないだろう。

 それから再び歩を進めた。――その時だった。

 耳を塞ぎたくなるような大きな音が空気を振動させる。それは獣の鳴き声のようで、少し離れた場所から聞こえた。きっと翼竜の叫び声だろう。

 

 しかし、――おかしい。


 音が聞こえてきた方向には鉱山がある。依頼の通りなら、この時間の出現場所は砂丘であるはずなのだ。

 若干の疑問を抱きながらも、アイナはその方へと駆けていく。

 足を進ませながらのアイナは、一つ思い当たる。


 ――ああ、わかった。先客か。


 討伐報酬が多いというのは、それだけ多くの狩人の目につきやすいということであり、となると、他の狩人達と討伐対象が被ってしまうというのも珍しいことではないのだ。

 今回は、アイナも他の狩人とダブったのだろう。目玉の希少種――おそらく――であれば、少し手練れの狩人ならすぐに目をつけてしまう。

 けれど、そんなのはよくあることであって、どうにでもなることだ。


 狩りは狩りだ。


 基本的に横取り、なんかは少ないけれど、してはいけないなんて決まりも規則も、暗黙の了解ですら存在しない。


 ――いや、まあ、されたらされたで腹立たしいけど……。


 しかし、今回横取るのはこちらなのでそんなことは気にもしない。

 そうと決まれば、とアイナは少し足を急がせる。ようやく現場に辿り着いたようで、鉱山付近の岩場では砕けた岩の転がる音がわりと多い頻度で聞こえてきた。

 そして、その方へと進み――、目的の存在は姿を現した。


 五、六メートル程の黒い体躯に鋭い目付き。


 大きく広げた両翼。


 そして、

 

「……予想通りね」

 

 黒い鱗に覆われた体の所々に目立った、白い鱗。


 アイナは視線の先の翼竜の姿に、それが希少種なのだと確信をもった。興奮気味の竜の態度が、今が戦闘中なのだということを物語っている。

 そこで、少し駆け寄ってみると、アイナはもう一つ影を確認した。

 

 人だ。

 

 きっと同業者……狩人なのだろうが、その服装は狩人のそれではなかった。何ともみすぼらしく、とてもこの翼竜と相まみえて戦うような装備とは思えない。せめてもと右手に握りしめた短刀だけが頼りな様だった。

 

「なに、あれ……?」

 

 その人物を目に、アイナも少なからず呆気にとられてしまう。

 

 もう再度、彼女は視線をやる。

 

 威嚇の雰囲気を放つ翼竜から数メートル程度の辺り、岩から岩へと陰に隠れるように逃げ回るひとりの少年の姿がそこにはあった。


 * * *


 ――ああ、知ってる。この状況がどんな感じなのか、俺でも分かるわ。


 息を切らし、酸素の足らない頭で彼は考える。


 ――これは、本当に、死すだろ。


 汗を流し、ひたすら駆け巡る。

 今日、狩人になったばかりの一人の少年は、翼竜の討伐に苦戦をしていた。


「これじゃ、聞いてた話と違いすぎだっ」


 狩竜人ギルドで尋ねた時に、翼竜と地竜じりゅうが初心者向けだと聞いていたのだが、さすがにこれがビギナークラスの敵だとは思い難い。それに自分の知識の中では、翼竜というのは二メートル、三メートルと竜の中でも少し小柄な方だと覚えていたのだけれど、すこし情報不足だったのか、いま相手にしている翼竜はその倍くらいあるみたいだった。


 それにさっきからこちらが身を隠していた岩も、翼竜は脚で簡単に砕いていく。あの硬く鋭い爪に掻かれてしまえば、まず間違いなく重症、下手をすれば首と胴体の分断。つまり死ぬ。

 何の策もない少年は、また繰り返すように岩陰へと移動して身を潜ませる。

 竜の方もまたこちらに迫ってきて、それを確認した少年もすぐにその場から離れ次の岩へと身体を移す。翼竜は岩に激突し、その対象は音を立てながら崩壊した。

 それを見るたびに、もしあれが自分だったらと考えてしまうと、つい冷汗が滲んでしまう。


 ヤバいのはヤバい……だが、この場をしのぐ方法が一向に思い付かず、やはりまた岩を盾に逃げ回ることしかできない。それにそろそろ体力の面でも限界が近く、このままではじり貧であり、気休め程度に右手に握られたダガーナイフも大型の翼竜相手には到底役に立つことも無さそうだった。


「うわっ!」


 そしてついに反応が鈍り、少年は背にしていた岩砕かれて数メートル飛ばされた。


「いってぇ……」


 少年は地面に身体を軽く打ち付ける。

 痛みに耐えながら顔を上げると、すでに翼竜は猛スピードでこちらに向かって来ていた。


 ――あ、死ぬ……。


「――こっち来なさいっ」


 翼竜に激突するかと思った刹那、誰かに腕を引っ張られて、少年は竜との衝突を免れた。

 彼は掴まれている左腕から徐々に視線を上へとあげていく。

 そこにいたのは、髪の長い、青の目立つ少女だった。


「……えっと」


 ――俺は助けられたんだろうか……。


 一瞬の出来事に上手く状況を理解できずにいると、腕をつかんだままの前の少女は、こちらに軽く睨むような目を向けた。


「アンタ、馬鹿じゃないの!?」


「は? はぁ……。え?」


「まったく……。まあいいわ、今のうちにどっかに隠れるわよ」

 

 彼女が言って、少年は竜の方に目をやる。

 翼竜は勢い余って地面にぶつかって、倒れてから起き上がろうとしているみたいだった。竜は、ぶんぶん、とかぶりを揺らしている。


「行くわよ」


「あ、おう……」


 名前の知らない少女にそのまま手を引かれ、二人は崖の割れ目に一旦身を隠した。

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