少女と少年9
久しぶりの更新です。
「――それでは、ソラくんの歓迎と初討伐を祝って……乾杯っ!」
そう音頭をとったリズ・フローデルに続いて、クランのメンバー達も各々飲み物の入ったグラスを掲げた。
アイナとソラが地竜の討伐を成功させた後の夜。他のメンバー達もその日の狩りを終え、装備も解いて軽装に着替えた六人は広いテーブルに並べられた料理を囲んでいる。
大袈裟ね、とアイナは内心思いながらも好物のサラダを自分の皿に盛り付けた。
大して盛り上がる様子もないが、ソラも飲み物の入ったコップを口につけてる。すると、肩組しながら坊主頭の大男、オッドが「おう」とソラに声をかけた。
「初日で討伐してくるとか、なかなかやるじゃねーか」
「そうか? 昨日もやったから大したことないと思うけど」
「お、言うねぇ、おめぇみたいなやつ嫌いじゃねーぞ。このクランで男はオレたちだけだし仲良くしよーぜ」
「おう、よろしく」
同年代なこともあってか早くも意気投合したらしいソラとオッドは、互いに笑い合いながらコップを、コツっと合わせた。
そんな様子の二人に対して、アイナはフォークでサラダを弄びながらいつものように溜息を吐く。
「何はしゃいでんのよ。私の手助けがなかったら頭食いちぎられてたでしょうに。昨日だって私一人でもどうにかなったもの」
「あぁ? 誰もおめぇの話なんざ聞いてねぇんだよ、このまな板女が」
「はぁ……?」
オッドの反論にアイナがこめかみに筋を起てたのを見て、パトリシアが「まあまあ」と仲裁に入る。
「せっかくのお祝いなんだから、今日くらいは……ね?」
「……ふんっ」
パトリシアに宥められたアイナは、表情険しいままにサラダを頬張った。
――やっぱり仲良くするなんて無理ね、特にこのデカブツとは。
そう心の中で小さく悪態つきながらアイナはオッドに鋭い視線を当てると、彼の方も再び「んだよ、言いたいことあるなら言えや」とずいと体を前に出す。
すると、
「はーいっ、そこまで! いちいち些細な事で喧嘩しないの」
リズは、ぱんっと手を鳴らして二人の言い合いを収める。
「そんなことより、オッド君とパトリシアちゃんのほうはどうだったの?」
「そうそう聞いてくださいっ。オッドってば、ちっとも協力しようとしないんですよ。一人で突っ走って行っちゃって……。一応倒せはしたんですけど、時間も凄いかかったしオッドの方はもちろん私も援護とはいえ魔法連発で……」
もうヘロヘロですよ、とパトリシアは分かりやすく疲労した様子を見せる。
「パトリシア、お前は気合いが足りないんだよ。オレを見習ってお前ももっと筋肉つけて魔力も増やせって!」
「ほらぁ、リズさんこの子こんななんですよ……」
深いため息を吐いたパトリシアに「それは大変そうだね」とリズはにししっと笑みを向けた。
その後もリズを中心に終始賑やかな雰囲気が食卓に漂っていた。そして皆が食事を終えるとリズは「はい、それじゃあみんな聞いて」と自身への注目を促した。
「今日、あたしとリアンは別々に行動とってたんだけど、ちょっとギルドに寄った時に嫌な話聞いちゃってさ……」
リズは毎度のように指を組むと、落ち着いた声音で話し始める。
「なんだか近頃、希少種の目撃情報が増えてるみたいでね」
「あー、それならオレたちも聞いたぜ」
リズの話に反応を示したオッドは「なぁ?」と隣にいたパトリシアに視線をやる。
「うん。……確かにギルドの人達がそういう話をしてました」
赤髪を軽く揺らして頷くパトリシアと目が合い、アイナも小さく首肯する。
「私もシセさんから聞きました」
「おいなんだそれ。それは知らないぞ俺」
「そうね」
横で疑問符を立てるソラを短くあしらうと彼は「なんだよ」と不満そうに呟きを漏らす。しかしそんな様子のソラもさておいたアイナは「でも」とリズに問いかけた。
「ちょっとおかしいですよね。母龍が消滅したのは三年前でしょう? 希少種が増えることなんてないと思うんですけど」
白き母龍から竜の希少種は直接生み出されたとされている。しかしその母龍がいない今、その体数が増えることなど常識的にはありえないだろう。
「まあ、これまで姿を見せなかっただけで希少種たちも潜んでいただけかもしれないしね。それに今更だけど希少種が母龍から生み出されたかどうかも確かな情報ではないしさ。実際に白き母龍に遭遇した人も少ないから」
リズの言葉通り、白き母龍を見た者はとても少なく、これまでに二人だけがその姿を確認することが出来たと言われていた。
白き母龍の存在を広めた人と、そしてもう一人は白き母龍の討伐者。
「はい、じゃあそんなわけだから、みんな狩りの時は気をつけるようにね。もし希少種に遭遇した時はなるべく戦闘は避けるように。それから、ギルドで情報もしっかり貰っておくこと」
「よろしくね」とリズが皆に言ったところでこの話も終わったと思い、アイナは立ち上がってホームの出口へと向かう。
「アイナちゃん」
「なんですか」
リズに呼び止められアイナは振り返る。
「ちゃんと分かってる?」
「わかってますよ。私にはあまり関係ないですけど」
「まーたそういうこと言う。昨日の狩りは見事だったけど、希少種の討伐経験も少ないし、まだまだ分からないことも沢山あるでしょう? あたしは一度希少種を体験してるアイナちゃんが一番心配だよ」
またそういう話か、とアイナはつい溜め息をついて返事もせずドアノブに手をかける。
「おい待てよ」
気に食わないその低い声音にアイナは立ち止まってその方へ切れ長の視線を送る。
「何よデカ坊主」
「おめぇさ、いい加減その態度どうにかした方がいいんじゃねぇか? 別にこれまではおめぇ一人が勝手にやってたからどうでもよかったんだけどよ、これからはそうじゃねぇんだろ?」
苛ついた態度のオッドはそう言うが、アイナは小さく舌を鳴らして彼への視線を遮断する。
「別に、パーティを組んだからって大して変わらないわよ」
「変わらねぇわけねぇだろうが。ソラに危険が及んだらどうすんだよ」
きっと、ここにいるみんながその事を気にしているのだろう。
しかし、
「私が守る。それで問題ないでしょう」
アイナはそう言いきってみせた。アイナ自身、ソラとは半ば強制的にパーティを組まされているのだから少しくらいはこちらの自由にさせてもらいたい。昨日の狩りでも彼がいても問題ないこともわかった。それで十分だ。
だが、
「適当なこと言ってんじゃねーよ。魔法も使えねぇくせに」
そのオッドの言葉を最後にアイナはドアを開けて外へ出た。
* * *
ホームから少し離れたところにある川辺。せせらぐ川、足下の芝生や木の葉同士が擦れる音、月と星の明かりが暗闇を微かに彩っていた。
夜風に当たりながらアイナは近くの小岩に腰をかける。
アイナはよく一人でここに来るが、今日はもう一人多いようで背後から聞こえる無神経な足音が彼女のこめかみを僅かながらに刺激した。
「ここにいたのか」
やっと見つけた、と声をかけてきたソラはそのままアイナの座る岩のすぐ側に腰を下ろす。
「アンタ、何で来たのよ」
「来ちゃダメか?」
「良くないから私が不機嫌なんでしょう! ホント空気読めないわねっ」
まったく、とアイナは頬杖を膝の上に立て水の流れる音に意識を預けようとするも、「さっきのだけどさ」とソラに開口され「何よ」とアイナは多少荒い声で返す。
「アイナって、あまりみんなと仲良くないんだな」
「うるさいわね、八つ裂くわよ」
「ごめんって。睨むのやめて怖いから」
――本当にこの男はデリカシーのない……やっぱり馬鹿ね。
「白き母龍だっけ? それが希少種の親なんだよな。めっちゃ強かったんだろうな」
親、という表現が合ってるのかどうかは微妙だが「まあ、そうかもね」と頷く。
「じゃあ、倒した人ってどんな人なんだろうな」
「は?」
「いや、俺知らないからさ」
「……ああ、そういえばアンタ何もわからないんだったっけ。本当に無知というか常識知らずというか馬鹿というか阿呆というか……」
「おい悪口は可哀想だろ!」
「仕方ないじゃんか」と不満そうに口をとがらせるソラを見てアイナは問掛ける。
「だったら他の子達やリズさんから聞けばよかったじゃない」
「いや、アイナとも話せるだろうし」
「……」
「なんだよ」
「……別に」
彼の真っ直ぐな物言いに対して自分の頬にやや熱が籠ってしまったのが気に入らず、アイナはつい眉を下げた。
「それで、白き母龍を狩ったのってどんな人なんだ?」
改めて問いかけられたその質問に答えるべく、アイナは一つ間を空け、口を開く。
「――レアリア・グランフェルト。その人が母龍の討伐者よ」
レアリア・グランフェルト。
それは一人の狩人の名前であり、一つのクランの名前でもあった。
「彼女は狩人の中で唯一クランに所属していない……というか自分一人のクランをギルドに認めさせた人物よ」
「彼女……ってことは女の人か」
「そういうこと。にもかかわらず、個人討伐成績は狩人でも一番。現在のクランのランクだって三位……。たったの一人でね」
そう口にしたアイナは、あまりに悲しそうな声が自分の口からでてしまったことについ口角を上げた。
むしろ、この馬鹿な男にもいっそ笑ってもらえばいいのだと思ったアイナは自嘲的な笑みで声を紡がせる。
「ホームから出る時もあのデカブツが言ってたでしょ。魔法も使えないくせに、って。昔からずっと言われてきたわ」
子供だから。
女だから。
魔法が使えないから。
周囲はそんな言葉で自分から強さという肩書きを剥ぎ取ろうとしてきた。
――いや、アイナ自身が勝手に剥ぎ取られそうな気がしていただけかもしれない。
クランのみんなや他の狩人だってアイナの狩人としての実力を認めている。しかし、そこには必ず心配と不安が付き纏っているのだとアイナは感じてしまっていた。
「私ね、小さい頃に狩人の養成校に少しだけ通ってて、その時、魔力がほとんど無くて魔法も使えなかったから男の子達によくからかわれていたの」
アイナがまだ八歳の時のことだ。魔力がないことだって珍しく、加えて当時はまだ周りの子と比べて背も低かった。その頃から強気な性格ではあったが、逆にそれも原因になっていただろう。
「その時からレアリアさんは凄い狩人で私はもちろんみんなが憧れていたわ。だから早く強くなってあの人みたいにみんなに認めてもらいたくて、養成学校は十歳でやめたけどひたすらに頑張った」
体力をつけ、剣技を磨き、背丈もすぐに伸びていった。
十三歳で狩人になって功績を残し、徐々に周りの人から評価されるようになっていった。
「でもやっぱり、完全な信頼っていうのは得られなかったわ」
そう言ってから、「いや」とアイナは首を振る。
「私自身分かってたのかもしれない。レアリアさんは大人だし剣の達人で、魔法の達人でもあったから。魔法の使えない私が、あの人に追いつくなんて無理なんだって……」
そこまで話して、アイナは口を止めた。
少し強い風が草木を鳴らしながらアイナの長い髪を柔らかく靡かせる。
ふっ、と軽く息を吐き出しアイナが立ち上がると、横で座るソラはようやく口を開かせた。
「なんか、すげー話してきたな」
へへっと茶化したようなソラにアイナはきっ、と視線をぶつける。
「悪かったわね面白い話じゃなくて。……失敗したわアンタになんか話すんじゃなかった」
ホームに戻ろうとアイナは踵を返す。
すると、
「俺はお前のことすごいと思ってるぞ」
ソラが言う。
「別にいいわよそんな気遣わなくて」
「お世辞で言ってるわけじゃないさ」
アイナは立ち止まり振り向く。
「まだ昨日出会ったばかりだけど、それでも何度もアイナに助けられた。そのレアリアって人や他の狩人がどれだけ凄いのか見た事ないし、俺は何も分からない。でも少なくとも、魔法が使える俺よりもアイナの方が凄いし、実際に私は強いって言ってそれを目の前で証明してくれたアイナのこと、俺は素直に格好いいと思ったよ」
それからソラは立ち上がって、アイナに対面して言った。
「俺はアイナが一番だと思ってる。これからもそれを証明し続けてくれ」
きっと彼の本心なのだろう。真っ直ぐな瞳がアイナを確かに捉えていた。
この男は何も知らない。
魔法が使えないことがどれほどの事なのか、女である自分の狩人としての限界がどんなものなのか、きっとソラは何もわからない。
だからこその言葉なのだろう。
それでも、彼の言葉はどうしようもなくアイナの心に届いてしまう。
「アンタは……私のこと信頼出来るの?」
「何だそれ、らしくないな。昨日も昼間もはあんなに偉そうにしてたのに」
言われて自分が少しだけ弱気になっていることに気付く。
ソラから外した視線を足下へ落として、それからもう一度視線を戻すと、彼はにっとはにかんだ。
「当たり前だ。俺のこと守ってくれるんだろ?」
そう問いかけられ、アイナは気持ちが高揚していくのを感じ珍しくも目を細める。
「……何よ、アンタの方こそ偉そうに」
そうだ私ならやれる。後ろ向きな自分など要らない。
「当たり前でしょ。私、強いから」
やや弾んでしまった自らの声がむず痒く、アイナは綻びた表情を隠すようにソラから背を向ける。
「そろそろ帰りましょ」
そう彼に声を掛け、アイナは足を進ませた。
続きます。




