5.出会い
竜騎士団に入団して、一年が過ぎた。私は正式に竜騎士となり日々任務に明け暮れている。私が正騎士になったと同時に、ダレンさんは小隊長から副小団長に昇進した。ダレンさんの後任は、コールさんという元副小隊長。そしてカイさんが新たに副小隊長になった。私は、夜勤以外はカイさんチームに所属し、夜勤の週は他の小隊の昼間勤務に参加させてもらっている。
シラクサは辺境の田舎の町だが、大きな湖があり、貴族の避暑地としても人気が高く、多くの貴族たちが、湖の傍に別荘を構えている。
今日はそんな別荘エリアの巡回だ。基本的にこの地区は魔物が出るエリアから遠いので楽ちんだけど、貴族に何かあれば大ごとなので、気を引き締めて見回る必要がある。
ワイバーンで空から地上を眺めると、小さな女の子が湖の真ん中の船の上で途方に暮れているのが分かった。
「ジェイ、どうしよう。あの子どうやって助けるべき?」
「そうだな。ワイバーンで近くに降りても、船がないな。紐を下ろして引っ張るか?」
「上空でホバリングしたら、波が立って船が転覆するよ」
しょうがない。私は身体を固定していたベルトを外した。
「あれをやるわ」
「お前、まさかあの曲芸をやる気か?」
「他に方法がないでしょ」
「それなら俺がやるよ」
「騎竜はジェイの方が得意でしょ。ちゃんと降ろしてくれるよね?」
私は有無を言わせぬ勢いでそう言った。
ジェイはしぶしぶ同意し、私は下の女の子に声をかける。
「シラクサ竜騎士団第十五小隊です。今すぐお助けしますので、船の真ん中に立って、腕を天に伸ばしてください!」
女の子はちゃんと聞こえたようで、その通り腕を一生懸命伸ばしてた。
私はジェイのワイバーンの足につかまり、自分の足を引っかけ、さかさまになって、腕を伸ばした。
「行って!」
合図とともにワイバーンは滑空を始める。低空飛行で女の子に近づき、その手を掴んだ!成功!
そのまま岸に女の子を降ろし、私も降り立った。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
女の子は蒼白のまま首をブンブンと横に振った。
同い年か少し年上くらいの、燃えるような赤い髪の猫を思わせるかわいい子だ。きっとどこかの貴族の令嬢だろう。
「どちらの別荘ですか?お送りいたします」
「……あ、あの、クリシュナ伯爵邸です」
クリシュナ伯爵の別荘は、反対側の岸辺にある大きな白亜の屋敷だ。
「ああ、あそこに見える白いお屋敷ですね。ではあちらの岸まで。高い所は大丈夫ですか?もし怖いなら、目をつむって、私にしがみついていてくださいね」
令嬢をワイバーンに乗せて、私はその後ろに座る。彼女を横抱きにしたような状態で、自分の身体とベルトで固定し、私自身はワイバーンに固定する。
「さあ行きますよ!」
令嬢はなかなか勇気があるようで、怖がるどころか空の旅を思いの外楽しんでいるように見えた。目は輝き、頬が紅潮している。
いくら貴族令嬢でも空中散歩はなかなか経験できるものではないもんね。
向こう岸には数人の人だかりがあった。
きっと令嬢の不在に気付いたクリシュナ伯爵邸の者たちだろう。
私は彼らに合図をして、ゆっくりワイバーンを降下させた。
「さあ着きました。空の旅はいかがでしたか?」
「楽しかったわ!なんて素敵なの!」
令嬢は嬉しそうに声を上げた。可愛らしい。私なんて、初めて乗った時も特に感慨はなかったもんね。
「それはよかったです。では私が先に降りますので、じっとしていてくださいね」
降り立つと、わらわらと使用人達が、「お嬢様!」と近寄って来た。
そりゃ心配だよね。突然お嬢様が空から現れたら何があったのかと思うよね。
私は令嬢の腰を支え、ゆっくり降ろしてあげた。
少し顔が赤いけど、大丈夫かしら?
「あの、ありがとう。これお礼です」
少女が緑のペンダントを差し出した。上質の翡翠だ。彼女の瞳と同じ色ね。
「皆様をお守りするのが私たち竜騎士団の役目ですので」
そう言って、固辞しようとしたが、泣きそうな顔をされてしまったので、受け取ることにした。
「ありがとうございます。大切にします」
にっこり笑うと、彼女も嬉しそうに笑ってくれた。
それにしても、湖の上で一人取り残されて、心細くて怖かったと思うけど取り乱さないなんて気丈なお嬢様だわ。
彼女はメイドたちにすぐに連れて行かれた。お兄さんだろうか。彼女とよく似たイケメンが彼女を抱きしめているのが見えた。
ジェイがいつの間にか、執事と思しき人物と話をして、ことの次第を説明してくれていたので、私たちはすぐにまた任務に戻ることができた。
後日、クリシュナ伯爵邸からお礼にということで大量のお菓子が届いたそうだが、私は連休中だったので、出勤した時にはすべて食べられた後だった。くそっ!




