10.聖女の力
「カイル・アドリアと言ったわね。……魔族め、正体を現しなさい!」
私は青い炎をカイルに向けて放った。カイルが呻くと、たちまちその真の姿が露わになった。
青白い肌、黒い髪、爬虫類のような赤い瞳。ゲームのバルゼブブ戦で副将だった夢魔、インキュバスだ。
「……これはまさか聖女の力か!」
「知らなかったの?私が聖女だってことは一部で有名だったのだけど」
キュー太を始め、エルフやドワーフが知ってたぐらいだし、魔族にも当然バレているものだと思っていたわ。
「学園に入り込んで好き勝手なことしてくれたわね!」
「バルゼブブ様の仇め!こうなれば学園ごと道連れにしてやる!」
インキュバスが叫ぶと同時に、窓の外の空間に大きな亀裂が見えた。魔物を呼び込むつもりね!そうはさせないわ。
「往生際が悪いわ」
私はそう言い放って、右手人差し指をくるっと回すと、青い炎が生きた蛇のようにインキュバスに巻き付いた。空いた左手で、外に向かって一振りすれば、たちまちのように空間の亀裂が消えていく。
「なんだこれは」
インキュバスの動きも魔力も完全に封じた。聖女の青い炎は魔素を浄化するものだ。魔素の塊の魔族には抵抗する術はない。
「私はこの国に忠誠を誓った竜騎士よ。よくも王太子殿下に手を出してくれたわね。キッチリ落とし前付けさせてもらうわ。永遠の滅失」
「ぐわああああああ!!!」
インキュバスの断末魔が響く。その姿はたちまち塵になって消えていった。
「ふー。なんとかミッションクリアね」
無事覚醒できたし、王太子たちの命も奪わずに済んだし、良かった!
ふと横を見ると、ケイトが驚愕した顔で突っ立っていた。
「ルチア、貴女は本当に聖女様なの……?」
「そうらしいわね。子供の時から自分の使命を知っていたし、色々な人から『聖女』と呼ばれたことがあったの」
「……使命?」
ケイトは不思議そうな顔をした。
「そうよ。いつか魔王を倒しに行かなくてはいけないということ。だから魔法の訓練もしたし、竜騎士団に入団したの」
「……そうだったのね…。……はっ、私、聖女様に失礼な口のきき方をしてしまって、申し訳ございません!」
ケイトは土下座せんばかりに、跪いて頭を下げた。
「今更そんなこと言わないで。私たち友達でしょう。お願いだから今まで通りでいてほしい」
「……でも」
渋るケイトの手を持って立たせる。私はそのまま両手を握って言った。
「私たち、一緒に竜騎士になるのよ。約束でしょ?竜騎士は皆仲間よ。上も下もないわ」
「ルチア……。ええそうね!これからも仲良くしていただいてよろしいかしら?」
「こちらこそ、よろしくお願いするわ!」
こうして私たちはいつもの二人に戻ることができた。
王太子たちの所に行くと、五人は夢から醒めたような顔をしていた。
「ルチア……、いや、聖女様、私たちは貴女を攻撃するという大変な愚を犯しました。謝って許されることではありませんが、心からお詫び申し上げます」
皆、片膝をついて、臣下の礼を執った。項垂れる姿を見ると責める気も起きなかった。
「頭をお上げください。皆様を操っていた魔族は倒しました。上級魔族の一人の夢魔がこの学園に入り込んでいたのです。カイル・アドリアという生徒に覚えはありませんか?」
「カイル・アドリア、そうだ私は彼と言葉を交わして以来、自分が自分で無くなって行ったのだ……」
「カイルがその夢魔でした。きっと調べればカイル・アドリアという生徒は元からこの学園にはいなかったのだと思います」
これは後に、その通りだということがすぐに分かった。二年生にも過去にもそんな生徒が在籍した記録はない。それどころか、この国の民の中にも存在しない者の名前だったのだ。
「レオナルド王太子殿下、貴方に神のご加護を」
私は王太子に「聖女の加護」を与える。青い炎が彼を包み、加護の証の青いオーラに変わる。やがて、それは静かに彼の魔力に馴染んでいった。こうすれば彼が不適格として廃太子されることもないだろう。夢魔に操られさえしなければ、彼は公平で立派な人物なのだ。
「ありがとうございます。……私は、ケイトを奪った貴女に嫉妬していたのに!」
えっ!王太子までケイトが好きで、私に嫉妬してたっていうの?
「ケイトは長年私の婚約者候補でした。でも、ある日『竜騎士になるから』と私の傍から離れていった。それまでケイトをただの幼馴染としか思っていませんでしたが、離れていく姿に焦りを感じ、いつしか愛するようになりました。しかし、彼女は貴女に夢中で、振り向いてくれず……。私はこの数年ずっと醜い思いを抱えて来ました。きっとそこを夢魔に付け込まれたのでしょう。本当に恥ずかしく思います……」
まさかの告白タイム!?ケイトを見ると、神妙な、それでいて困ったような顔をしていた。うわー。どうすんだこれ。
「ケイト、王太子殿下とゆっくりお話ししなさい」
「えっ!ルチアは一緒にいてくれませんの!?」
「二人の問題でしょ!私は馬に蹴られて死にたくありません!」
そんな言い回しが存在しないこの世界では通じなかったようで、ケイトが「馬?なぜ馬に蹴られますの??」と素で聞いて来たので、私は無言でケイトを王太子の前に差し出し、
他の四人を引き摺って部屋の外に出た。
「聖女様、今まで本当に申し訳ございませんでした。聖女様だからと言うだけでなく、俺たちの貴女に対する態度は、貴族としても男としても許されるものではなかったと気付いていましたが、今日まで謝罪することもできませんでした……」
ジョニー達は改めて頭を下げる。ケイトも罪作りだね!
「貴方達もケイトが好きだったからでしょう?このままだったら殿下に取られるかもしれませんけど、いいのかしら?」
彼らは力なく首を振った。
「殿下が相手で、彼女が国母になるというなら、俺たちは全力で彼女を支えるまでですから」
そう言った彼らの顔は少し明るくなったように見えた。




