14.新たな決意
マクシムスは私を奥の部屋に通してくれた。先ほどの部屋よりも広く、机や椅子も立派だが、シンプルなことには変わりない。
これほどまでの大神殿なのに、人も少ないし、装飾の一つもないなんて不思議な場所だ。
ゲームの中では気にならなかったが、この世界で生きて来た今の私にとって、違和感がある。
そもそもこの世界の宗教は世界樹と創世の神エアやその他の神々たちを祀る多神教。いわゆるアニミズムに近い。もちろん精霊たちも信仰の対象になる。
そのため神殿は、何を祀っているのかが一目でわかるようその信仰の対象を象徴する装飾が施される。
例えば、世界樹なら植物の装飾、エア神なら象徴である鉾、月の女神シンなら三日月というように。
ゲームの中では何の神殿か説明がなかったけど、たぶんここの役割は結界の守護なのだと思う。
魔王の国はこの先にある。異界にあるというなら、その入り口から地上に魔物たちが出て来られないように、何かの結界が施されていると考えれば納得がいく。
乙女ゲームではマクシムスは魔王の国への水先案内人だった。彼がいないと辿り着けないということは、マクシムスがいないと結界を解くことができない。あるいは、マクシムス自身が異界への扉を開く「鍵」そのものなのだろう。
私は疑問をぶつけてみることにした。
「この神殿はどなたを祀っておられるのですか?」
「何も祀っておりません。ここは魔界への入り口を塞ぎ、この世を守るための結界です」
やっぱりそうなのね。私が頷くと、マクシムスが続けた。
「魔王はこの地上にはおりません。精霊界と地上の狭間の異界にあります。彼らの世界が何でできているかご存知ですか?」
「はい、エルフの長から魔物をつくる魔素は『この世の澱』からできると聞きました」
「そうです。澱は沈みやがて、形をなします。それが世界の狭間にたまり魔界と呼ばれます。そして、魔素から生まれ出たものが魔族であり、魔物です」
「この神殿はいつからここにあるのですか?」
「記録によれば二千年ほど昔になります。聖女または聖人は『澱』を晴らすために、度々この世に遣わされますが、ある聖人の時代に闇の精霊がお言葉を下さり、この先にある異界への入り口を塞ぎ、管理することになりました」
闇の精霊は闇そのものや精神を司る。精霊の中でも最も思慮深く、知恵者であるという。
「もしかして、異界への入り口って闇の精霊の管理下なのでしょうか」
私は深淵の森を思い出した。
「どうでしょうか。魔界への入り口は一つではありませんし、魔族は地上への入り口を開く術を持っています。それらはこの先にあるものほど大きいものではありませんが、地上に魔族や魔物が現れるのはそのためです。」
なるほど。確かに、バルゼブブの時は山の麓から突然大量の魔物が溢れ出した。あれはバルゼブブが異界から地上への入り口を無理やり開いたからなのだろう。うわ!あれ塞いでないけど大丈夫かしら?温泉が湧いてたから大丈夫かな?
「各地でスタンピードが発生するのもそのせいですが、近年その頻度が上がっています。きっと、貴女の覚醒ももうすぐでしょう。澱を晴らすことができるのは貴女だけです。何卒よろしくお願いいたします」
そう言って深々と頭を下げられた。
「どうか頭を上げてください。そうだ!私がここに来た目的なのですが、ヘクトルの鎧の確認と、魔王討伐への同行のお願いです。今すぐではありませんが、近い将来、私は行かねばなりません。どうかご助力願います」
「もちろんです。私が魔界へご案内いたしましょう。これでも光魔法と闇魔法の使い手ですので、きっとお役に立ちますよ。ヘクトルの鎧は、奥の殿にありますが、ご覧になられますか?」
私は首を振った。ここにあることが分かれば十分だ。
「ありがとうございます。来るべき時まで、どうか鎧をお守りください。またご同行承諾感謝いたします。すでにエルフ族とドワーフ族の協力も取り付けました。あとは私の覚醒と勇者の指名だけです。」
「神託では三年後と聞いております。それまで、私も精々足手纏いにならぬよう精進いたしましょう」
「では三年後に。それまで私がここに訪れたことや、私が聖女であることは公表しないでいただけますか?さ来年から学園に通うことになりますのであまり騒がれたくなくて……」
そう言うと、クスリと笑われた。イケオジの笑顔は破壊力あるわ。
「わかりました。アーダ神聖国には知らせておきますが、機密として、貴女の覚醒迄静かに見守るよう手配いたします。もし何かお困りごとがありましたら、最寄りの神殿にて私の名前をお伝えください。必ずご助力いたしますので」
マクシムスの協力も取り付けた。まだ日が高いので、今日はこのまま近くの町まで移動することにした。神殿の食事事情はあまり良くないようなので、エルフの里でいただいた果物をいくつか差し上げたら喜んでもらえた。
特に門兵さん!帰る時に槍を向けたことを平謝りしてくれたのだけど、エルフの里の果物一つと、ドワーフの国で持たされた干し肉を渡すと、泣いて喜んでくれた。
次回来るときも何か持ってきてあげよう。
麓の町で一泊して、私はシラクサへの帰路に就いた。家族にエルフの里の果物と、ドワーフの国でもらったケーキやお肉を渡した。もちろん出所はそのままは伝えていない。
表向きはアーダ神聖国への巡礼の旅ということになっているので、すべてひっくるめて、アーダ土産とした。どれも絶品だったので、また買ってこいとか、どこで売ってるんだと言われてごまかすのに苦労したけど。
竜騎士団でもネハコのお守りを配ると結構喜んでもらえた。数少ない独身女性騎士仲間たちに恋愛成就のお土産を配ったら、ネハコの町について詳しく聞かれた。
実質十日ほどの旅だったが、観光なんてほとんどしていないので、ネハコに長期滞在したことにしている。ヴァルツバルトの森でキャンプしたことと、ネハコの町をプラプラしたことぐらいしか話すことはないが、それだけでも皆興味が沸いたようで、次の休みに皆で行こうと盛り上がっていた。
それから二年弱は穏やかに過ぎた。私は十五歳になり、いよいよ学園に入学する年となった。一年後には魔王討伐だ。気を引き締めていかないと!もちろん悪役令嬢攻略して、そのお兄様と幸せになってやるんだから!




