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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第2章 鼻からきのことか生えればいいのに。
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08話 バナナはおやつに入ります

 隣獄に召喚されて、はや二週間が経っていた。

 鈍っていた体は大分勘を取り戻し、魔法の行使による疲労感にも慣れてきた頃、アピィから突然の集合を命じられた。

 言われるままにアピィの部屋へ向かうと、同様に声が掛かっていたのか、楓の姿も見える。


「揃ったわね。ではまず、これを渡しておくわ」


 三つ折りにされた、手書きのパンフレットのようなものを手渡される。

 訝しげにそれを観察すると、表にはワイルドさを感じる殴り書きで、『旅のしおり』と書かれていた。

 既に嫌な予感しかしない。


「あの、お嬢様……。これは?」

「見て分からないかしら? もはや、機は熟したわ」


 意味深に小さく笑うと、アピィは力強く握り拳を掲げた。


「明日から楽しい楽しい修学旅行です!」


 いや、隣獄の救済はどうした。


「どうせ馬鹿真面目なハリー辺りは、目的が違うとか言いたいのでしょうけど。それはあなたの役目であって、私は純粋に旅行を楽しみたいと思うわ」

「くそったれか、君は」


 給料泥棒の無能将官みたいな事を堂々宣言しやがった。


「いい? 今回のミッションは隣獄に存在する六つの国を巡り、その地を支配する魔女達にシリアルを掛けていくという過酷なものよ。相応の覚悟を持って望んで欲しいわね」

「アピィも魔女なんだろう? 君にはいつ掛けるんだ」

「私は最後ね。まずは五つの国を巡って、最後にこのレッドガーデンに戻ってくる事になるわ」

「なるほど」


 五つの国か……思ったより少ないが、国と国の移動距離がどの程度なのかが気に掛かる。

 隣獄はそれほど広い世界ではないと、楓からは聞いているが……。


「それでいろいろ悩んだんだけど、最初の目的地はラブパレードにしたわ。とりあえずテンション上げていこうかなって」

「テンションが上がる国って何だ……」


 しかも、何やら怪しげな名前な気がするが。


「ラブパレードは、愛と笑顔の魔女であるラフィーナ様が治める超巨大遊園地です。隣獄一の娯楽国家ですね。一ヶ月掛けても遊びきれない程だとか」


 疑問符を浮かべた俺に、楓が補足してくれた。


「……本当に悪魔なのか、そいつは」


 邪悪さの欠片も無い二つ名である。


「ラフィーナは面倒だけど悪い子ではないから、話もしやすいと思うのよね。あと、新作のアトラクションが公開されたばかりだそうよ」

「後半の話に惹かれただけだろう、絶対に」

「それの何が悪い!」


 こいつ、開き直りやがった。


「ともかく。詳しいことはそのしおりに書いておいたから、各自しっかり読んでおきなさい。明日は午前中には出発よ。準備ができたらガレージ前に集合すること。では、解散!」





 アピィの部屋を後にし、楓と並んで廊下を歩く。

 何気なくアピィにもらったしおりを広げてみると、持参して良いおやつの種類のことだけがみっちり書いてあった。

 至極、どうでも良い。


「楓、準備で何か手伝うことはあるか?」

「ご安心ください。従者の務めとして、あらかじめ済ませておりましたので。あ、でも」


 そう言って、楓はこちらを心配そうに覗き込んできた。


「ハリーさんに頼まれたあれ、まだ届いていないんですよ」

「ああ、あれか……。それは少し、困ったな」


 彼女に同意して、声のトーンが少し落ちる。

 初めての魔法行使の際、植物型悪魔に手も足も出なかった俺は、楓に護身用の武器を注文した。

 ナックルガードが付いたナイフ、サプレッサーが装着可能な拳銃、閃光や音響など数種類のグレネード、そしてそれ等を効率的に装着できるコンバットスーツ……他にも色々だ。

 さすがに無理がある注文かと思ったのだが、驚くことに受注の宛があるとの事だった。


「キガクルさん、仕事は完璧なんですけど、配達だけがネックでして。私の刀も、かなり時間が掛かりましたし」

「そうか……。ところで、キガクルって何なんだ」


 何というかこう、狂気を感じるネーミングだ。


「ええと確か……『気が向いたら来る』ので、キガクルさんだったかと。趣味でアイテム製作をやっておられる悪魔の方です」

「……この世界は、悪魔達の暇つぶしで成り立っているんだな」


 聞けば、城の雑事を全てこなしている自動人形達も、どこかの悪魔が作ったものを無償提供しているらしい。

 歴史の大半を金儲けに費やしてきた人間達に聞かせてやりたい美談だ。


「まぁ、間に合わないものは仕方がない。適当に包丁でも持っていくさ」


 何気なしにそう告げると、楓は驚いたように目を丸くした。


「ハリーさんが……適当になった!?」

「君まで、俺をなんだと思っているんだ」

「……冗談の通じない、鬼教官?」


 少し考えた末に、楓はそう答えを出した。

 彼女に言われると、地味に傷つく。


「俺は単に、無いよりはマシと思ってだな……」

「あ、それなら納得です。やっぱりハリーさんには、そういうリアリティのある台詞の方が似合いますよ」


 お国柄であるアメリカンジョークさえ許されないのか、俺は。

 大広間まで歩いたところで、楓がくるりとこちらを振り返った。

 俺にあてがわれた客室は二階にある。楓の部屋は三階の奥だから、彼女とはここでお別れだ。


「それでは、よく切れる包丁を用意しておきますね。キガクルさんにも、駄目元で一報入れておきます。明日から長旅になりますが、頑張っていきましょう!」


 ぐっ、と両手を握り拳にして、楓が決意を新たにした。

 自分の部屋へ向かう彼女の背を見送って、ふと壁に備え付けられた姿見を自身の顔を写す。


「……そんなに険しい顔だろうか」


 いくら俺でも、包丁で戦うほど愚かではない。

 小粋なジョークを挟んだつもりだったのだが、彼女には全く通じていなかった。

 今度、軽くなるコツをアピィに尋ねてみるとしよう――そんな事を思いながら、俺も客室への帰路についた。

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