62話 魔女のお土産
シェルターの保管室を出ると、見習いに降格されたあの執事人形が毅然とした態度で立っていた。
左右には衛兵なのか、騎士の格好をした大柄な人形も立っている。
「……皆様、オ疲レ様デゴザイマス。姫様ハ――」
「今、眠ったよ。彼女が目を覚ますまで、後は君が守ってやってくれ」
「ハッ、オ任セクダサイ」
力強く胸を叩き、執事が誓いを口にする。
彼ならば、ラフィーナを裏切ることはないだろう。
「コレカラ、次ノ国ヘ旅立タレルノデショウ? 姫様カラ、皆様ヘプレゼントヲ預カッテオリマス。ドウゾ、コチラヘ」
執事人形に促され、後をついていく。
地上への階段を登り、長い廊下を通って案内された場所は城の裏手だった。馬型の人形やパレードに使われるフロートなどを待機させておく格納場らしい。
その一角に、シンプルな装いながら質の良さそうな馬車が一台、停まっていた。
よく見れば、パークの入口で預けたはずの四足バイク達も側に係留されている。
「長旅ニハ、馬車ノ方ガ都合ガヨロシイデショウ。ドウゾオ使イクダサイ。ソチラノバクナラ、二頭デ充分ニ引クコトガ出来ルハズデス」
おお、素晴らしい。
輸送車両の充実は戦線に革命をもたらすものだ。
人員と物資の輸送を甘く考えていると、後で必ず痛い目を見る。
しかし、アピィの反応する所はそこではなかった。
「バク? そんなものどこにも居ないわね。この子達はただのイカしたバイクよ」
「エッ。イエ、デスガドウ見テモ――」
「バイクよ」
「……ハ。確カニ、バイクデゴザイマス。失礼致シマシタ」
他所様の従者にまでバイク呼びを強制するんじゃない。
ふと隣を見ると、主に代わって楓が何度も頭を下げていた。健気過ぎる。
「皆様ノオ荷物ニ加エテ、旅ニ必要ソウナモノモ既ニ積ミ込ンデオリマス。ドウカ、道中オ気ヲツケテ」
執事人形に見送られ、城を後にする。
ラフィーナの最後の贈り物なのか、パーク中の人形達に道すがら見送られつつ、ラブパレードのエントランスゲートを潜った。
荒れ果てた都市群の整地されていない道路でも、新しい馬車は実に静かなものだった。
これもラフィーナの謎の技術で、車輪が作られているのだろうか。
広くなった車内はゆったりと足を伸ばす余裕もあり、アピィは随分快適そうだった。
「良い馬車を頂きましたね。バイクが一頭減ったのは寂しいですが、余った子はお嬢様が逆召還でレッドガーデンに送ってくださいましたし」
「そうだな。これならもう、君が寝こけて落ちそうになる心配もない」
「ハリーさんっ」
楓が顔を赤くして抗議の声を上げる。
そうはいっても、落ちそうになったのは事実なのだから仕方がない。
「ねぇ。ところでずっと気になっていたのだけど――この大きな箱は何かしら?」
車内の中央に置かれた箱に手を掛け、アピィが興味を示した。
大小のハート柄にストライプのリボンという、ベタなプレゼントボックスだ。ただし大きさが、立った状態のアピィほどある。
確かに圧倒的な存在感を誇っていたが、あからさまに怪しいので敢えてスルーしていた。
「うーん……執事さんが仰っていた、旅に必要なものでしょうか?」
「しかし、食料などは楓の準備したもので事足りるはずだ。……やはり分からんな、一体何だ?」
真面目に考えだすと、開けるのが怖くなってきた。
「私、閃いた!」
どこに隠し持っていたのか、アピィが押したスイッチからピロンと小気味良い電子音が鳴り響く。
やっぱりコメディアンだろう、この魔女。
「……色々言いたいことはあるが、答えを聞こう」
「間違いないわ。マシュマロね」
ないない。
「しかもオイル味」
……ありそうな気がしてきた。
あの国、やたらオイル味を推してたし。
「……開けるしかないか。もし食料なら腐っても困る」
恐る恐る、箱に手を伸ばす。
丁寧に巻かれた蝶結びのリボンを解いた瞬間、爆ぜるような勢いで蓋が吹き飛んだ。
「パンパカパーン! 正解はボックでーすっ♡」
両手を広げて白い魔女が満面の笑顔で飛び出す。
その両手には『レッツ、ハネムーン♡』と書かれた横断幕が握られていた。一体どこの誰と結婚したんだ。
「げえっ、泥棒ネッコ!?」
楓が驚愕して不思議なポーズで固まった。どこから出た、その低い声。
あとアピィがジャーン、ジャーンうるさい。なぜ銅鑼を叩く。
「……ふぅ、これは夢だな。寝不足のツケが今頃回ってきたか」
そう結論づけて、タオルを顔に乗せて視界を塞ぐ。
おやすみ。
「あぁっ!? ハリーさんが現実逃避を!?」
「やン、ダーリン♡ まだお日様も高いノに、セっかちさんナんだカらっ。でもボクは今かラでも全然オッケ――」
速攻でタオルを剥ぎ取った。
おはようだ、畜生。
「……なぜ君がここにいるんだ、ラフィーナ」
「今度はボクが、みンなのお手伝イをしよウと思って♡」
「その気持ちは有り難いが、そうではなくて――」
シェルターはどうしたのかと言い掛けたところで、アピィがポンと手を打った。
「あぁ、なるほど。あなた、コピーなのね」
「おー、さスがだねアペルチャイルド。大正解!」
コピー? それはどういう事だ?
「この子はオリジナルのラフィーナではないわ。悪魔の気配がしないもの。自我に近しい思考回路を持たせた、本物そっくりのコピー人形よ」
「記憶も能力も完全移植済みデス! そレでもオリジナルに比べれバ、ボディスペックが劣るケどねー」
コピー……これがか?
顔や声はもちろん、仕草や言葉遣いもまったく違いが分からない。
「ちょ、ちょっと待ってください! えっ、ホントに? 本気と書いてマジなんですか、ラフィーナ様? ついて来ちゃうの?」
そして楓の口調がおかしなことになっている。
よく分からんが落ち着け。
「ダメかナ♡」
「駄目ですよ♡」
両名とも顔は笑っているが、目がまったく笑っていない。怖すぎる。
「何でサ、楓のケチんぼ! ペチャパイ!」
「胸は関係ないでしょう、胸はっ。大体、お手伝いだなんて建前が私に通じるとお思いですか!」
二人の言い争いは激しくヒートアップしていき、収束の気配は中々見えてこない。
アピィが退屈そうに欠伸をした。
「フンだっ、もうイイよ。アペルチャイルドに決めてモらウもん。ねぇ、ボクもついテいってイイでしょ?」
「あら、私? うーん、そうねぇ……」
突然ラフィーナから話を振られて、アピィが一瞬考え込む。
そして妙案が浮かんだのか、目をキラキラさせて顔を上げた。
「じゃあ、とりあえず面接しましょうか」
何故そうなる。
ウキウキで折り畳み式の簡易椅子を広げると、樽を机に見立てた面接会場が出来上がった。
理知的な印象の四角い眼鏡を掛けたアピィが、くいっとツルの部分を持ち上げる仕草を挟む。
「ではお名前を」
「ハーい! 愛と笑顔の魔女、ラフィーナ。永遠の15歳デーすっ♡」
「資料には年齢が1036歳とありますが?」
「15歳のボクには何のコトだかサッパリ」
とか言いつつ顔を逸らすな。
千歳に加えて微妙な端数までサバを読むんじゃない。
「では次を。えー、特技にフルヌード・オッサン・ボブスレーとありますが、これは?」
「フルオートマティック・ミリオン・ラブパレードです……。エッと、人形やフロートをたくサん出して、行進できマす。花火トか、レーザー演出とかモ」
「ほうほう。つまり?」
「ボクが居レば毎日が遊園地!」
「採用!」
歓喜の声を上げるラフィーナに対して、楓が四つん這いで床板を悔しげに叩く。フットボールの試合後か。
ぶっちゃけ、アピィがリーダーの時点でこうなる事は分かっていただろうに。
「やはり有能な人材こそ財産ね。ラフィーナの加入で、理想的なパーティー構成に一歩近付いたわ」
「……一応聞くが、君の理想のパーティーとは?」
「魔法使いが一人と、残りは遊び人」
クレイジー過ぎる。
「ちなみに魔法使いはあなたよ」
五分で破綻する未来しか見えない。
魔法を使わない魔女とは一体何なのか。
「さぁ、新たな仲間も加わったことだし、この調子でどんどん行くわよ! 次の目的地はラブパレードのお隣、セントシクス!」
アピィが高らかに宣言する。
聞こえはまともそうな国名だが……。
「うわぁ……嬉しいような、そうでないような」
「……いきなりアレに会うのかァ。次の次で合流スれば良かっタ……」
楓とラフィーナの反応が、ものすごく微妙そうだった。
もはや嫌な予感しかしない。
「……どんな魔女なんだ、次は」
半ば諦めて、アピィに問い掛ける。
「清廉と欺瞞の魔女、レプリマリア。集団としては最も大きな勢力を持つ、隣獄唯一の宗教家よ」
ああ、そういう……。
道理で二人が微妙そうな反応をするわけだ――そう思い、自分も顔をしかめてみた。
鈍い打撃音が薄暗いキャンプ内に響き渡る。
飛散した血痕が泥で汚れたリーザの白い素肌に付着した。固い銃床による執拗な殴打は、既に捕虜の戦意を完全に喪失させていた。
それでも軍曹は拷問の手を緩めない。彼の上官が止めない限り、命令は忠実に実行されるのだ。
時計に目を落としていたリーザが顔を上げる。一分が経過したのだ。
「もう一度訊くぞ、少佐殿」
その声に、軍曹が殴打の手を止める。
元は端正だったロシア将校の顔は、大きく腫れ上がり原型を残していない。
「かっ……はがっ……」
「お前達が捕らえた我々の仲間をどこへやった。殺していないのなら、どこかへ護送したのだろう。言え」
「いぎっ……じっ――」
ロシア将校が最後の力を振り絞って口を開く。
狂気に彩られた血の滲んだ相貌が、リーザには悪魔のように見えた。
「じらないっ! ほんどうだっ! あいつっ、あの箒のりは――ぎえだんだ! 大雨が降っだ日の夜、独房がら煙のようにぎえでてっ……! ぼまえらが手引きじたんじゃないのかっ!?」
リーザの眼差しが冷ややかに細まる。
嘘は言っていない。この状況で嘘が言えるほど、この将校は優秀な兵士ではない。そんなことは、尊敬する隊長と比較すればすぐ分かる。
リーザが銃を抜いた。スライドを引き、セーフティを外す。止めのトリガーは淡々と引かれた。
乾いた銃声が二発、真夜中のジャングルに響き渡る。軍曹は直立不動で、眉一つ動かさずその様を見届けていた。
「軍曹、後処理は任せる。この事は口外禁止だ」
「はっ」
軍曹と視線を合わせずに、リーザがテントから退室する。足早にしばらく歩き続け、隊員達の気配が遠ざかったのを確認してから、膝をついた。
彼が残していったドッグタグを握りしめ、リーザは声を上げて泣いた。
生きている。彼はまだ、どこかで生きている。
疑問はもちろんある。何故部隊に帰ってこないのか、どうやって脱出したのか、生きているなら何処で何をしているのか――。
それでも今だけは、その希望だけを抱きしめて神に感謝を捧げていたかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
人形喜劇編はこれにて完結でございます。
小説一冊分ぐらいを目標に書き出しましたが、思ったより長くなってしまいました。もう少しコンパクトにまとめる練習が必要そうです。
さて、次はアピィ達がセントシクスへ旅立つ流れなのですが、この物語は一旦ここでストップとさせて頂きます。もし楽しみにしてくれていた方がおられましたら、申し訳ございません。
未完はよくないことなのですが、まだまだ勉強が必要だなぁと思った次第でこざいます。
また次の作品を投稿できることを祈りつつ、この度はこれにてお仕舞いということで。改めて、どうもありがとうございました!




