60話 後日談
カラフルにラッピングされたドリンクを両手に持って、色彩の薄いパーク内を歩く。
お祭り騒ぎだったレース会場も、コースが撤去されれば普通の道と変わらない。
ここで機雷や地雷が爆発しまくっていた事実も、今では夢だったのではないかと思えてくる。それぐらい、ラブパレードは平穏を取り戻していた。
「お待たせしました、ハリーさん」
「……ああ。ありがとう」
濡れたハンカチを顔に掛けて、空を仰いでいたハリーが虚ろな返事をする。
無造作に身体を預けたベンチを軋ませて、ハリーがドリンクを受け取った。
無限の体力を持つお嬢様に、泣き言も言わずに付き合い続けること早42時間。
ミッションが終わればいくらでも乗り物に付き合ってやる――そんな迂闊な約束をした彼の末路がこれだ。
一応あと6時間で契約完了らしいが、果たしてそれまで生きていられるだろうか。
ハリーの隣に、少しだけ隙間を空けて腰を降ろす。
ラフィーナと違って、私にはこれが精一杯だ。
「人生初の遊園地はいかがですか? ハリーさん」
「……もう一生分は遊んだんじゃないか」
「これでもまだ、ラブパレードのアトラクションは4分の1も乗ってないみたいですけどね」
「……一応、これまで任務を途中で放棄したことはないのだが。今、初めて投げ出したくなった」
この鋼の意思を持つハリーも持ってしても、お嬢様の相手は一筋縄ではいかないようだ。
疲労困憊の彼に気分転換をさせるべく、別の話題を振ることにする。
「そういえば、あの執事さん――見習い執事として、一からやり直すことになったみたいですよ。24時間体制で、ラフィーナ様の側仕えだとか」
「それはまた、大層な降格処分だな。ボロボロ泣いてるんじゃないか、あの執事」
「そうですねぇ。……本当に、お優しいことで」
ついでに小耳に挟んだ話だが。
オスカルやマキシム、盗賊団達も、結局は無罪放免となったらしい。
ボディの修理と論理回路のクリーンアップを行った後、ラフィーナ自身の手で一体ずつ丁寧に調整を行ったようだ。
人形手の少なかった昔を思い出したと、苦笑しながら彼女が言っていた。
そんな事を話していると。
「楓ー! もうボクには無理ダよ、代わっテー!」
遠くからラフィーナがおぼつかない足取りで駆けてきた。
休日のデート服といった感じのカジュアルな装いもよく似合っており、その可憐さは人形故の整ったプロポーションと相まって、自分とは異なる次元に居ると言ってよい。
ぶっちゃけ、可愛いのだ。おのれ魔女め。
「クックックッ。どこへ行こうと言うのかしら、ラフィーナ。まだ地獄のジェットコースター変顔写真フルコンプリートは、半分しか埋まってないわよ?」
「もうヤダー! ボク、一応ここのプリンセスなのニー!」
うわぁ……なんて恐ろしいチャレンジを。
ラフィーナには悪いけれど、これは全力でスルーしよう。
ハリーを休ませる為に自ら代役を買って出たその勇気は素晴らしいが、少々お嬢様を甘く見過ぎだ。
ラフィーナは首根っこを掴まれて、体格の小さなお嬢様にズルズルと引きずられていった。むごい。
その様子を見ていたハリーが、呆れるように嘆息をつく。
「……時に、アピィがあの執事人形を黒幕だと見破った理由、君は聞いたか?」
「いいえ? ハリーさんのはお聞きしましたが……」
確かハリーが気付いたのは、ハートオブジェンガに細工を施せたのが彼以外に居なかったからだとか、何とか。
賢能たるお嬢様なら、もっと些細な違和感に気付けたのだろうか――。
ハリーがドリンクに口をつけ、ひと呼吸置いてから続けた。
「名無しのモブの癖に出番が多かったから、だそうだ」
……ああ、うん。言いそう。
納得してしまって申し訳ございません、と心の中でお嬢様に謝罪する。
「あいつ、本当にノリと勢いで生きてるんだな」
「……楽しそうで何よりでございますね」
私見は大いに混じっているが、良い御方なのだ。間違いなく。
ただちょっと、お散歩災害魔女というあだ名は否定できないなと、改めて思った。




