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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第1章 中途半端な位置にある地獄。
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06話 引っこ抜かれて、戦って

 ボフン、という空気の爆ぜる音がして、大きな煙が周囲に立ち昇る。


「やるじゃない、ハリー! 成功よ!」


 隣ではしゃぐアピィとは対照に、急激な倦怠感が全身を襲った。

 よろめきながらも、何とか踏みとどまる。

 これが、魔法を使うということなのか――思ったよりハードだ。


「ぐっ……これは、きつい」

「ま、最初だから仕方ないわね。そんなに消耗の激しい魔法じゃないから、すぐに慣れるわ。それよりも見てご覧なさい、煙が晴れるわよ」


 風によって煙が払われてゆく。

 そういえば、緩い悪魔たちをシリアスにする魔法だということだが――アピィの例えがフワッとし過ぎていて、具体的にどうなるのかよく理解していない。

 煙が薄まってゆくと、大きな黒い影がぼんやりと映った。

 ……おかしい。数メートルは優にある。

 口の中の苦味が強さを増した。

 次の瞬間、鞭のような何かが煙の中から飛び出してきた。


「お?」


 アピィが抵抗する間もなく絡め取られ、空中へと持ち上げられる。

 次いで自分にも鞭がうねりを上げて向かってきた。


「なんだ!?」


 間一髪、横へ前転して逃れる。

 煙が完全に晴れ、影の正体が顕になった。

 極太の幹の先端から垂れたカラフルな丸い玉に、ヒビのような亀裂が入っている。そこから覗くのは、よだれが伝う凶悪な乱杭歯だ。

 根本の方では、残虐を形状化したような回転鋸の葉っぱが、けたたましい唸りを上げている。

 多分、あの鉢植えだった。原型はほとんど残っていないが。


「シリアスの度合いが重すぎないか!?」


 思わず叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。

 武器もないのに、こんなモンスターと戦えるはずがない。

 哀れな獲物を捕獲しようと、再び鞭のような触手が伸びる。

 二度、三度とそれを躱し、横目でアピィの位置を確認する。


「おいアピィ! 無事――」

「何やってるのよ! 左よ、左! 下手くそね!」


 捕獲されたまま、巨大植物の肩口で指示を出していた。


「君はどっちの味方だ!」

「……はっ。ごめんなさい、つい」


 何がつい、なのか。

 油断した直後、地面すれすれを這わせてきた触手に足を取られ、バランスを崩す。


「しまっ――」


 一度足を止めてしまうと、瞬発力に欠ける人の身は弱い。あっさりと触手に全身を絡め取られ、空中に持ち上げられてしまった。


「ぐっ……! アピィ、どうにかならないのか!? このままじゃ食われてしまうぞ!」

「やれやれ、落ち着きなさい。私はこのレッドガーデンを支配する魔女よ? この国で私に反逆する悪魔なんて存在しないわ。さぁ、あなたも私が笑顔のうちにこの戯れをやめなさい」


 威厳たっぷりに、元鉢植えに命令を下す。

 直後、アピィがカラフルな玉に丸呑みにされた。


「きゃー」


 もはやコントでしかない。


「シット、アピィがやられた! 衛生兵――じゃない!」


 反射的に戦場の口癖がフラッシュバックしてしまった。

 落ち着かないといけないのは俺の方だ。


「誰かいないか、アピィが食われた!」


 屋敷に向かって声を振り絞る。

 これだけの騒ぎだ、誰か目を覚ましていないのか――そう願った瞬間、三階の窓ガラスを突き破って人が飛び出してきた。

 薄黄色のネグリジェをはためかせ、絹のような黒髪が風に踊る。

 そのまま一直線に、こちらへ向かって落下してくる。


「動かないでくださいまし!」


 短く人影が叫んで、すれ違いざまに手にした棒状の何かが振るわれる。

 藁を斬るような鈍い音と共に、体が浮遊感に包まれた。

 叩き切られた触手と共に、自分の体が地面へと落下する。

 骨に響く衝撃を我慢して、慌てて人影を目線で追った。

 視線を外したほんの一瞬の内に、元鉢植えが長尺の日本刀によってバラバラに切り刻まれていた。

 襲いくる触手をなぎ払い、アピィを丸呑みにした口のような花弁を叩き落とし、回転鋸の葉っぱが袈裟に切って捨てられる。

 最後に中央の太い幹を唐竹に断ち割ると、逆さまになったアピィが腕組みをした状態で詰まっていた。


「申し訳ございません、お嬢様。遅くなりました」

「構わないわ。たまには食べられるのも新鮮な経験ね」


 人影――楓が、逆さまになったアピィを丁寧に救出する。

 ネグリジェの袖でアピィの顔についた植物の体液を拭っているが、さすがに拭いきれないようだ。

 結局、二人共ベタベタになってしまっていた。

 その後、自分に巻き付いた触手も断ち切ってもらい、ようやく俺も自由を取り戻すことができた。


「お怪我はありませんか?」

「大事ない。しかし、すごい刀裁きだ。まさか君がサムライガールだったとはな」

「これはその……私、まだ半悪魔の未熟者でして。こういった物に頼らないと、とても荒事は。お恥ずかしい限りです」


 頬を染めて、俯きながら楓はそう答えた。

 半悪魔というのは、どういう存在なのだろうか?

 今度、彼女に尋ねてみるとしよう。


「……それで、一体何があったのでしょう? この化物はどこから……」

「ハリーに例の魔法を教えていたのよ。このマルゲリータとブッチギリーを練習台にね。ほら、庭園に植えてあったでしょう?」

「マルゲリ……ああ、『丸かじりイーター』と『ぶつ切リーパー』ですか?」


 アピィの言葉から正解を推測し、楓が補足する。

 そんな物騒な名前の植物だと分かっていれば、こっちも最初から距離を取っていたというのに。


「二つとも、もっと可愛らしい植物だったと思うのですが……」

「これが地獄で自生している時の、本来の姿よ。隣獄では植物まで癒やし系になってるから、びっくりしたかもしれないけど」

「……今度、剪定の際に処分を検討しようと思います」


 俺の初魔法は、楓にとっても深いトラウマを与えてしまったようだ。

 多分、大体アピィが悪い。

 そんな事を思っていると、楓がこちらを向いて深々とお辞儀をした。


「ハリーさんも、お嬢様をお助けいただきありがとうございました」

「いや、俺は何もできなかった。礼を言うのはこっちの方だ」


 やるだけやらかして、後始末を年下の少女に任せてしまうなど、情けないにもほどがある。

 楓のように刀とは言わないが、護身用に何か武器を調達しなければなるまい。


「そんなことはありません。ハリーさんの声で、私も目が覚めましたので……。従者として、迂闊でした。お嬢様が寝ついていないことに、気が付かなかったなんて……」


 楓は駆けつけるのが遅れたことに、責任を感じているようだ。

 しかし、彼女は宴のせいで朝まで働き詰めだったのだ。無理もないと思うのだが、どうもそれを良しとしないらしい。


「なに、失敗は取り戻せばいい。そして君は見事、取り戻してみせたじゃないか。楓を責める奴はどこにもいない。そうだろう? アピィ」

「そうね。あなたも隣獄の住民なら、もっと気楽に生きなさい。その緩さこそが、この世界の根底なんだもの」

「お嬢様、ハリーさん……」


 楓が感慨深そうに瞳を潤ませている。

 アピィも中々良い事を言うものだ。


「しかしな、アピィ。危険があるなら先に言っておいてくれ。君が食われた時は、肝を冷やしたぞ」

「馬鹿を言わないでちょうだい。このアペルチャイルド、例え丸呑みにされようとネタバレはしないわ」


 どこから取り出したのか、大成功と書かれたプラカードを高らかに掲げていた。

 こいつの原動力は、一体どこから湧いてくるのか。

 そのやり取りのくだらなさに、楓も笑いをこらえきれなかったようだ。


「くすくす……。さぁ、お二人共。すぐに湯を沸かしますので、どうぞ汚れをお落としください。お嬢様、今日は私が髪をお流しいたしますわ」

「もう、気にするなって言ってるのに。まぁいいわ、それであなたの気が済むのでしょう?」

「はい。ありがとうございます、お嬢様っ」


 楓から明るい笑顔が溢れる。

 あれなら、きっともう大丈夫だろう。


「なんだったらハリー、あなたも一緒に入る?」

「ちょっ、お嬢様!?」


 アピィの意地の悪い問いかけに、楓が顔を真っ赤にして慌てふためいた。

 彼女は生前の歳相応に初心らしい。

 しかしながら、こちらはそれで答えに窮するほど若くないのだ。


「魅力的なお誘いだがな。君がナイトドレスの似合う背丈になったら、考えさせてもらおう」

「あら、振られてしまったわ。フフッ、でもあなたも馬鹿ね。レディの誘いに二度目はないのよ?」

「む。それは――」


 考え込んで、少し残念に思った。

 彼女はきっと、大きくなったらなったら良い女になるのだろうから。

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