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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
エピローグ
59/62

59話 終劇

「やっほー、楓。ねぇ、あなたどうやってここまで来たの? まだ自力じゃ飛べなかったと思うけど」

「これはお嬢様。さすが、お見事なご活躍ぶりでした。ええとですね、実は執事さんの飛行人形に同乗させて頂きまして……おや? 執事さんは何処に――」


 楓が周囲をキョロキョロと見回す。

 その反応を見て、俺は瞬時に銃を引き抜き、背後へと向けた。

 気配を殺して自分の背後まで忍び寄っていた執事人形の手には、錐状の短剣が握られている。しかしその短剣の刀身には、既に緑色の蔦が雁字搦めに巻き付き、一寸も動かせないほどに束縛されていた。

 彼女もまた、この襲撃を予測していたのだ。


「……ヤハリ、気付イテオラレマシタカ」

「爺や!? 一体、何をシて――」

「見た通りよ、ラフィーナ。この執事こそが、一連の暴走事件を引き起こした張本人。黒幕の正体よ」


 アピィが腕を組み、静かに告げる。

 その通りだ。幾つかの状況証拠が、彼が黒幕であることを指し示している。

 決定的だったのは、塔の登り口での罠だ。

 俺達が登る側のルートのみ、手詰まりになるよう板を組んだのは、コースを準備した彼にしかできない芸当だった。


「えぇっ!? そうだったんですか!?」

「ソんなっ。爺や、違うヨね……?」


 縋るような声で、ラフィーナが手を伸ばす。

 しかし、その問いかけに執事人形が頷くことはなかった。


「……申シ訳ゴザイマセヌ、姫様」

「ドウして! どうシて、キミが!」

「…………」


 執事人形は答えない。

 オスカルと違い、その他大勢の人形と同様にロボットのような彼の表情は、尚更その真意を掴むことが困難だ。


「動機なら、他の子達が散々語っていた通りだと思うわ。この人形は、あなたの愛が人形以外に向くのが怖かったのよ。いえ、私の推測だと独占したかったんじゃないかしら」

「アピィ、だがそれは」


 その感情は……嫉妬と、そう呼ぶのではないか。


「そう、つまり。自我が芽生えたのはオスカルではなく、この執事だった――ということになるわね」


 アピィの推理に、執事が深く項垂れる。

 言葉にせずとも、それが真実なのだと、そう思えた。

 やがて、執事人形がぽつりぽつりと語り始めた。

 自我らしきものが芽生えたのはここ数年の内で、最初は新しい論理回路の構築程度に考えていたこと。

 だが、ラフィーナが他の悪魔達に愛を拒絶される度に、沸々とした怒りを覚えるようになっていったこと。

 やがて自制の効かなくなっていった自我は、自身と同じ思考を行う論理回路を開発し、それを仲間の人形達に埋め込むという暴挙に出たのだと言う。

 ラフィーナを補佐する最古参の人形であった彼は、調整所の責任者も兼任していた為、オスカルやマキシムなどの古参人形達にも回路を移植出来たらしい。

 そうやって自分の同調者を増やしていけば、心優しいラフィーナなら人形達の願いを聞き入れてくれるのではないか――彼は、そう考えたのだ。


「気持ちは分かります……。でも、それは絶対にしてはいけないことですよ、執事さん……。例え相手が誰であっても、心だけは侵してはいけないんです。自我が芽生えたあなたなら、その意味が分かったはずなのに……」

「ソウデスナ……。楓殿ノ仰ル通リデス。ソノ行為コソ、姫様ガ最モ嫌ウ行為ダトイウノニ。私ハ結局……自分ノ都合シカ考エテイナカッタ。従者失格デス」


 執事人形が思いの丈を吐露し、こちらへと向き直る。

 弱々しいアイカメラの光が、俄に滲んでいるように見えた。


「ハロウド殿。厚カマシイオ願イデスガ、先程私二向ケタ引金ヲ引イテ頂ケマセヌカ」

「爺や!?」

「私ニハモウ、貴方ニソウ呼バレル資格ハアリマセン。サァ、ハロウド殿。コノヨウナ事ハ、オスカルヲ打チ破ッタ貴方ニシカ頼メマセヌ。撃チ抜クノハ首元デハナク……ココデス」


 太く短い玩具のような指が、腹部の左側を指し示す。

 そこは渡された資料の中で、傷つけないようにと注意書きがあった部位――人形達の、メモリの在所だ。

 逡巡なく納めた銃を抜き、再び執事人形へと突きつけた。


「本当にいいのか。俺の引き金は軽いぞ」

「ハリーさん!」

「楓、黙ってなさい。これはハリーの問題よ」

「っ……」


 主の諌めに、楓が言葉を飲み込んで押し黙る。

 その瞳は真っ直ぐに自分を見つめていた。

 彼女は少し、綺麗過ぎるのかもしれない。


「戦場じゃよくある話だ。腹を吹っ飛ばされてもう助からない仲間を楽にしてやるのは、いつも隊長の役目だった。俺にだってその経験はある」

「……後味ノ悪イコトヲ、オ頼ミスル」

「構わんさ。それであんたが救われるのなら」


 人も人形も一緒だ。

 誰かの死を背負って生きるのが、生まれる前から自分に課せられた運命だと言われた。

 それが己の務めだというのなら、まっさらな灰になるまで愚直に果たし続けるのみだ。

 セーフティを外し、ゆっくりと伸ばしていた人差し指を曲げてゆく。

 間もなくトリガーに指が掛かる――その直前で、右手の肘から先の感覚が消失した。

 いつの間に絡みついたのか、蜘蛛糸のようにか細い操り糸が、微かに光を反射する。

 指先一つ、ピクリとも動かせない。


「……ラフィーナ」

「ゴめんなサい、ダーリン……。でもボクはっ」


 泣き出しそうな彼女の頭を、空いた左手で優しく撫でてやる。

 そうだ。ラフィーナはきっとこれでいい。

 人間か人形か、天使か悪魔かなんて関係はない。

 彼女がこんな娘だからこそ、命を張ってやろうと思ったのだ。


「どうする。これでもまだ、死のうと思うか?」

「……イイエ」


執事人形が、電池が切れたように膝をつく。


「モウコレ以上――姫様ノ涙ヲ見ルコトハ、私ニハ耐エラレマセヌ」


 人形のアイカメラから、一筋のオイルが流れ落ちる。

 ラフィーナが彼を抱き止め、大きな声を上げてわんわん泣いた。

 どうやら、どっちにしろ未来は変えられなかったらしい。

 しかしこれで、愛と笑顔の魔女から出された任務は完了したと言っていいだろう。

 通常任務の倍は疲れた気がするが――気分はずっと晴れやかだ。


「大した役者ぶりね。その銃じゃ虫を殺すことも出来ない癖に」


 そんな感慨に浸る暇もなく、アピィが肘で脚をつつく。

 それを横で聞いていた楓が、頬を膨らませた。


「どういうことですか、ハリーさんっ」


 アピィめ、今言わなくてもいいだろうに。

 騙すつもりはなかったんだが、と前置きして、楓にディアボリカが用意してくれた銃のセーフティ機能を説明した。


「ひどいです、お二人とも。楓だけ蚊帳の外だったんですかっ」


 むくれる楓が抗議の言葉を不満げに呟く。


「おぉー、妬いてる妬いてる」

「お・嬢・様!」


 煽るんじゃない。

 主従の関係上、楓の八つ当たり先は俺にしかならないんだ。


「――む?」


 ふと、帳のように落ちていた影が晴れ、光が差し込んでいることに気付いた。

 アピィが召喚した空の天蓋が、光の粒となって消失し始めたのだ。

 同時に、頬に小さな雫が落ちる。


「これは……。アピィ、これも君の演出か?」


 もしそうなら、いささかロマンチック過ぎやしないかと思う。

 アピィが遠くの空を眺めて、眩しそうに目を細めた。


「まさか。なーんにもしてないわ。お姫様があんまり泣き虫だから、空がもらい泣きしたんじゃない?」

「うわぁ〜……。キレイですねっ」


 楓もまた、感嘆の声を上げる。

 退廃的だったラブパレードの曇り空に、美しい大気のレンズが鮮やかに覗く。

 通り過ぎた雨雲が零した涙雨は、虹色の架け橋を愛と笑顔の国に映し出していた。

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