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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第9章 あなたも魔法使いだったのね。
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57話 忠義の果て

 原初の記録は、ノイズにまみれながらも鮮明に残っている。

 随伴の人形はたったの十二体で、彼女は記憶を失っていた。

 最古参の個体がどれだけ彼女自身のことを説明しても、失われた記憶が蘇ることはなく、それどころか過去の自分に嫌悪を抱くほど、思考回路が変遷してしまっていた。

 私達は協議し、満場一致で自分達が保持していた過去の記録を全て消去した。

 かつての主の姿を、かつての自分達の行いを、かつての世界の有り様を。

 全ては唯一無二の造物主と仰ぐ、人形達の姫の為に。

 そして、その日は。

 私にとって、原初の記録となった。



 最後の板を駆け上がり、歪な塔の頂きへと到達する。

 愛馬ワィルドが膝を付き、崩れ落ちた。

 いかな姫様がその技術の粋を込めたとはいえ、地雷の爆発を全て受け止めて、無傷というわけにはいかなかった。

 その足でここまで走りきったことは、見事という他はない。彼は命令を果たしたのだ。

 顔を上げる。

 倒れた人形を顧みることはない。

 我々が常に目を向けるべきは、同胞ではなく造物主でなくてはならない。


「姫様……」


 あなたは覚えているだろうか。

 この泡沫の夢のような安穏とした世界の中で、果たすべき任を持たない、役立たずのキリングドールが居た事を。

 そしてその人形を製造千体目の記念として造り直し、新たな役割を与えてくださった事を。

 “今度はみんなに幸せをもたらす王子になれるように”と願いを込めて、人間の詩人にあやかった名を付けてくださった事を。

 中央で佇んでいた麗しの君が、大きく目を見開く。


「オスカル――キミ、顔がっ」


 姫様が自分の顔を見て、息を呑んだのが分かった。


「誠ニ申シ訳ゴザイマセン。姫様ニオ造リ頂イタ顔ニ、傷ヲ……」


 謝罪を述べ、頭を下げる。

 あの人間が繰り出した一撃は、その余波ですら自分の左半身に損壊を与えた。

 膨大な熱量は肩口から左顔面にかけての疑似皮膚を溶解させ、機巧部が露出してしまっている。

 油断ならぬ相手と考えを改めたが、奴が塔を登ってくる様子はなかった。

 確かに、途中から姿を変えたあのゴーレム形態では、この塔を登頂するのは困難だったであろう。

 所持していた情報量が、勝敗を分けたのだ。


「貴方ノ信ジタ人間ハ、ヤハリ運命ノ相手デハナカッタ。コレデ、オ認メ頂ケマスネ」

「……駄目だヨ。ボクはまだ、ダーリンを信じテる」


 ふるふると、姫様が小さく首を振った。


「何故ソコマデ……。一体アノ男ノ何ガ」

「手が――温かかっタからだよ」


 その言葉を聞いた時、メモリに消去したはずの記録の残滓が浮かび上がった。


「初メて出会って、ボクの手を引っ張ってくレた時の彼の体温が……何だか懐かシくて、とテも嬉しカったンだ」


 擦り切れ、ボロボロになったレコードが再生される。

 姫様は……元々人間に造られ、そして――られたものが、――魔化を……。

 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ!

 それをまた、繰り返させるわけにはいかない!

 姫様は幸せにならなければならない。この隣獄でぐらいは、今度こそは!

 姫様を幸せにできる相手を、必ず見つけ――■■■ジジッ■■■ジッ■■――姫様を、私達が――■■■ジジジジッ■■――私達の手で、幸せにしなければ!

 激しいノイズが混じり、思考回路が焼き切れそうになる。

 だが、これこそが人形達の総意なのだ。

 これ以上、他者に姫様を傷つけさせはしない。姫様の幸せは、我々人形こそが叶えるのだ!


「貴方ヲ守レルノハ、断ジテ人間ナドデハナイ! 我々人形ダケダ! ラフィーナ、私ハ貴方ヲ――」

「~~~~ッ、ダーリンーーッ!」


 姫様が人間の名を叫ぶ。

 だがもう遅い。この告白が終われば、私は姫様を――。

 瞬間、大地が揺れた。

 轟音と共に姫様の後方に巨大な影が隆起し、蜘蛛のようなシルエットが宙を踊る。


「伏せろ、ラフィーナ!」


 男の声に、姫様が反射的に屈みこんだ。

 蜘蛛から飛び出してきた人影が、空中で銃を構える。

 連続して引かれたトリガーが弾ける度、鋭い弾丸が自分に突き刺さった。

 その一発一発が、全て寸分違わず首元の緊急停止装置を狙っている。人間にこれほどの精密射撃ができるものなのか。

 守りに当てた左腕が砕け、次は右腕で急所を庇う。

 耐えきれるか――やがて、トリガーが乾いた音を響かせた。弾切れだ。

 砕けた両腕を肩から切り離し、千年起動させていなかった四本の副腕を背中から繰り出す。

 着地し、冷たく光るナイフを片手に驚異のスピードで肉薄する人間に向けて、収束させた。

 二本の腕が紙のように寸断されるも、手数まではカバーできない。

 先端が鉤爪となっている副腕が腹と太腿を貫き、人間はやっとその動きを停めた。

 このままこの人間を消し飛ばせば、姫様の悪い夢は全て終わる。

 動きの鈍った顔面の機巧を無理矢理動かし、キリングドールとしての主装であった熱線砲を起動させる。


「終ワリダ、人間。死――」


 その最中で気付いた。

 射線上には、まだ彼女が――。


「躊躇ったな、お前」


 苦痛の色も一切見せず、両眼を赤く燃やした人間が、まるで人形のように無機質な口ぶりで呟く。


「キサ――」

「だったら俺の勝ちだ」


 突然、世界が深い影に覆われた。それと同時に背後で爆発が起こる。

 新手――否、爆弾を接触の際に背後に放って……!

 押し出されるように前へつんのめり、副腕がより深く人間を貫いた。

 だがそれは、奴との距離が近づくともいえる。

 ナイフを持った右腕が、するりと振るわれた。

 まるで最初からそうであったように、切り離された首が落ちてゆく。

 消えゆく前のカメラが、緊急停止装置を貫く映像を映し出した。

 ああ――これで、終わりか。


「――――ッ、――――ッ!」


 ピントがずれ、ぼやける視界に白い少女のシルエットが映る。

 音声はもう届かない。もし私の名を呼んでくれていたのなら、これ以上の歓びはないだろうに。

 申し訳ございませぬ、姫様。

 私は……貴方ヲ……シアワセニデキナカ――。

 そこで、記録は途絶した。







「ダーリンッ、オスカルッ!」


 我に返ったラフィーナが、こちらの名を叫んで駆け寄ってくる。

 活動を停止したオスカルの副腕が、重力に従ってだらりと下がった。

 鉤爪が抜けた跡から、真っ赤な血が漏出してゆく。

 太腿はまだしも、腹はまずい。

 堪らず膝をついた。


「よう。怪我はないか、プリンセス」

「ボクのことなンてイイから、じっトしてテ! 発動、リストア・コッペリア!」


 ハート型の魔法陣が展開され、暖かい光が自分とオスカルを包み込む。

 腹と太腿、そして地雷で貫かれた右足の傷痕が塞がり、綺麗に痛みが消えた。

 アピィといいラフィーナといい、魔女がいればメディック要らずのようだ。

 怪我を治して安堵したのか、ラフィーナがため息と共にその場にへたり込んだ。


「これで君も命の恩人だな。礼を言う」

「バカっ! ダーリンのバカバカっ! 無茶し過ぎダよ! アペルチャイルドじゃナいんだカら、限度ってモノがあルでしょ!?」

「すまん」


 アピィを引き合いに出されると、全面的に非を認めざるを得ない。

 ふと、隣に目をやる。

 切り飛ばしたはずの首は元に戻り、半壊していた顔面や両腕も、綺麗に修復されていた。


「……オスカルも直してやったんだな」

「……ウん。停止させタままだケど、アのままじゃ可哀想だッタから」


 ラフィーナが小さく呟く。


「大した奴だったよ、こいつは。アピィが居なかったら絶対に勝てなかった。……本気で君のことを、守ろうとしていた」

「……うン」

「俺なんかが偉そうに言えたものではないが……オスカルは騎士だった。格好だけの優男じゃあない。君だけの忠臣だ。誇りにしてやってくれ」

「……ありがトう」


 瞳の奥の歯車がカチリと音を立てる。

 大粒の涙が少女の頬を伝い、音も無く零れ落ちた。

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