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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第9章 あなたも魔法使いだったのね。
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56話 嘘の中の真実

 眼下には瓦礫を積み上げたようにも、玩具を積み上げたようにも見える退廃的な塔が聳えている。

 塔の頂上は円形の平地になっており、中心には一人の小さな少女の人影があった。

 その表情は不安を抱き、祈るように組んだ両手は頼りなく震えているようにも見える。

 憎悪と絶望の魔王、ラフィーナ。

 人形達を統べる頂点にして、かつて地獄で人形戦争を引き起こした、アペルチャイルドの再来とまで恐れられた悪魔。

 それがどうだ。本来の二つ名と記憶を奪われ、今や見る影も無い。


「悲しいねェ。あのラフィーナがアタシなんかに上を取られて、気付きもしないんですぜ。下の様子ばかり気に掛けて、まるで乙女じゃねェですか」


 これはもはや弱体化なんてレベルのものではない。中身の差し替えだ。

 この隣獄は実に正しく機能している。

 正しくここは、悪魔にとっての地獄なのだ。


「果たしてアタシがやってることは、本当に悪なんですかねェ。この世界こそが既に嘘にまみれてるじゃあないですか。あんたはアタシを品のない嘘つきだと言いやすが、嘘の嘘は一周回って真実にもなり得る。ねェ、そういうもんでしょ――」


 塔の麓から膨大の魔力の高まりを感じ取る。

 刹那、爆発でも起きたかのように土煙が立ち昇った。

 怒涛の勢いで伸びてくる巨大な木。

 三日前に見たあの召喚も、やはりこの魔女の仕業だった。

 天を貫く巨木が迫る。その幹の先端には、いと憎き悪魔が座している。


「アペルチャイルドォッ!」

「何でいきなり怒鳴ってるのか分かんないけど、どうせまたグチグチと嫌味なこと言ってたんでしょ。あなたがどんな思想を持とうが勝手だけど、私の周りの子に手を出すんじゃないわよ」


 伸びる巨木の勢いを借りて、アペルチャイルドが跳躍する。

 自分に抗う術など無い。生まれ持った力の差は歴然で、絶望を通り越してもはや笑えてさえくる程だ。

 だがそれで良い。無抵抗の自分を、魔女が一方的に攻撃したという事実さえあれば、己の目的は達成される。

 過去の失敗を踏まえ、今回は動画をアラクネットにリアルタイム配信している。

 新聞と違って、起きた事実を揉み消すことは不可能だと思い知るがいい。


「召喚――」


 死がやって来る。

 千の槍で串刺しか、腐食の毒液か、それとも哀れな虫のように喰われるのか。

 何でもかかって来るがいい。いずれの死をも乗り越えて、復讐を果たしてやる。

 お前の理不尽が常にまかり通ると思ったら大間違いだ。それを今証明してやる!


「ワールドエンド・ヴィクトリア!」


 力ある言霊と共に、世界が断絶した。

 ――否。なんだ、これは。


「緑の……壁?」


 自分がどこを向いているのか、平行感覚がおかしくなる。

 それほどの壁が、世界の果てまでも広がっている。

 前後左右、どちらを向いても壁しかなくなっている。

 唯一上だけが、変わらないラブパレードの退廃的な曇り空だ。

 なんだ、一体何が起きた!?


「聞こえるかしら、ルカノール」


 壁を通り越して、よく透る魔女の声が空に響く。


「混乱してるようだから教えてあげるわ。あなたの前に広がっているのは、蓮の葉よ。地獄で最も大きな種類のね」

「蓮だと――馬鹿な!」


 こんな、これ程の大きさの蓮など、聞いたことが!


「まぁ、みんな島として認識してるから無理もないけど。これでもれっきとした植物よ。あなたに突破は……きっと無理ね。しばらくすれば消えるから、たまにはのんびり日光浴でも楽しみなさい」


 こともなげに呟かれた言葉に、憤怒の感情が灯る。

 殺す価値すらないと、そう吐き捨てられたように思えた。


「これで……こんなもので、アタシに勝ったつもりか!」

「はぁ? 何で勝ち負けを挟まないといけないのよ。私達はまだ、対話の席にすら着いてないじゃない」

「なっ」


 アペルチャイルドの信じられない言葉に、声が詰まる。

 対話などと、どこからそんな呆けた発想が出てくるのか。


「いっつも核心に触れようとしないけど、私に何か言いたいことがあるんでしょ? マシュマロをつまみながらなら多分聞いてあげれるから、今度上等な茶葉でも手土産に持ってきなさい。襟をただして正面から来れば、魔女として歓迎してあげるわ。じゃあね」


 一方的に告げて、魔女の気配が遠ざかる。

 残されたのは世界を隔てる蓮の大地と、曇天の空。

 そして、配信中の動画に寄せられる、視聴者からの罵倒と嘲笑の声だ。

 誰も彼もが偉大で寛容な魔女を称賛し、対極の存在として卑屈で矮小な悪魔を蔑む。

 ああ、そうだ。あの時だってそうだった。


「……アタシは認めやせんぜ、アペルチャイルド。絶対に認めねェ。必ずいつか、あんたをアタシの所まで引きずり下ろしてやる……!」


 乾いた慟哭が空に響き渡る。

 握りしめた拳から零れ落ちた紫の血液が、緑の大地に爛れた染みを滲ませていた。

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