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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第9章 あなたも魔法使いだったのね。
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52話 元帥、キレる

「さっぱり効いてないようだな」


 マキシムのように何らかの耐性でもあるのか、自分で選んだ勝負方法で潰れるほど間抜けではないらしい。


『クソが。ちょっとあの人形に自壊オーダー出してくる』

「どうどう。私達が手出しするのはさすがに大人気ないわよ」

『うがー、面倒くさい! 何で僕がこんな勝負に巻き込まれないといけないんだ!』


 へリルメルクが悪態をつくが、発端は自分で発行した無料召喚チケットのせいだと思う。

 長い跳躍が終わり、再びコース上に猫のようなしなやかさで着地する。

 一直線に走り続けたオスカルはリードを詰めてきており、互いの距離は50ヤードにまで縮まっていた。


「大分近づかれたわね」

「皆がベストを尽くしたんだ、やむを得ん。地雷を操作して停止させれば良かっただけなんじゃ?ってのは結果論だ」

『誰もそんなこと言ってないだろ、ちょっとは気遣え!』


 すまない、俺は成果主義なんだ。

 直線に戻った内に、右足首を止血帯できつく縛る。

 靴もディアボリカに頼んでいれば、地雷片が貫通することもなかったかもしれない。これは自分の失態だ。


「ハリー、痛いなら治すわよ?」

「今は大丈夫だ。レースの後で頼む」

「そういうの、フェアプレイってやつ? 私にはよく分からないわね」

「そこまで紳士じゃない。ただ、自分の行動が招いた結果を否定したくないだけだ」


 起きた結果を受け止めて、それでもなお最善を尽くす事しか、人間には許されていない。

 どれだけ祈りを捧げたところで、時計の針が逆に回ることは無いのだ。

 ミスをするな、務めを果たせ。それが責任だ。

 今思えば、自分の教導官が言っていた言葉は、兵士として限りなく正しかった。

 右にカーブするコーナーを曲がり、へリルメルクがチェックポイントを通過する。

 辛うじてリードは保っているが、へリルメルクとペガサスの走行スピードはほぼ互角だ。体感では時速70マイルほどだろうか。

 不思議と揺れない四足バイクの特性がなければ、とっくに振り落とされているだろう。


『まどろっこしいな。超低空で飛んでもバレないんじゃないか? 飛べば軽く五倍は出せるぞ』

「だーめ。私の前でずるっこは許さないわ。あなたもやれば出来る子なんだから、さくっとあれを攻略してご覧なさい」


 愚痴るへリルメルクに、アピィがコースの先を指差す。

 機雷ゾーンの次は、腕が沢山ついた謎の人形が、グルグルと回転するシュールな光景だった。

 ただ、今度は上空に網が張り巡らされ、正面突破しかできないようになっている。

 人形はほとんど隙間なく密集しており、一見すると撃破して進むしかないように見えた。





「木人拳だー!?」


 中継ドローンが映し出した映像に、思わずツッコミを入れてしまう。

 何やら背後で人垣がざわざわしているが、悪魔達の間でもあれが有名なのだろうか。

 隣獄でも知名度があるなんて、やっぱりジャッキーってすごい。


「ハリーさん、カンフーとか教えてくれないかなぁ……。やっぱり知らないかなぁ」


 誰にも聞こえないような小さな声で、ぽつりと呟く。

 ポリスストーリーも良かったなーと、動画配信サービスで一気見をした青春時代をふと思い出した。





「よく分からんセンスだな。もっとこう、火薬とワイヤーアクションが飛び交うコースの方が好みなんだが」

「うーん、これは可愛さが足りない」

『お前達は乗ってるだけだろうが! 今の無防備な僕に、あんな所に飛び込めっていうのか!?』


 それはそれで、正直見てみたい気もする。

 見た目はファンシーなバクが、無数の人形にタコ殴りに合う光景なんて、きっとこの隣獄でしか見られない。


「どうせあんなのじゃダメージ受けないんだから、別にいいじゃない」

『僕の尊厳がゴリゴリ削られるだろ』


 千年レベルの引き篭もりに尊厳がどうとか言われてもなぁ。


『おいアペルチャイルド。この人間からちょくちょく毒を含んだ心の声が聞こえるんだが、何なんだこいつ』

「何言ってるのよ。いつも無表情で口数の少ないハリーが、そんな愉快な性格のわけ無いじゃない」

「ああ、まったくだ」


 感情を表に出すことは禁じられていたのだから、せめて心の中でぐらい率直な感想を言わせてくれ。


『やっぱりこいつ性格悪いぞ!』

「あーもうっ、うるさいわね! バリア掛けてあげるから、とっとと突っ込みなさい!」


 アピィが宙に魔法陣を描き出し、何やら呟いた。

 青白い光の膜がへリルメルクの前方に展開され、風を切る感覚がパタリと無くなる。


『よしよし、まぁこれなら突入もやぶさかではない。行くぞ!』


 へリルメルクが勢いづき、加速する。

 先頭の人形達を体当たりで幾らか撥ね飛ばすと、さすがにスピードが落ちるのを感じた。

 このままではオスカルにあっという間に追いつかれてしまう。


「援護する」


 装着ベルトから手榴弾を取り外し、安全ピンを抜いて投擲する。

 山なりの放物線を描いたM94が回転人形達の群れに潜り込み、半径16ヤードを吹き飛ばした。

 2064年にアメリカ軍で正式採用された、ハンドグレネードの傑作だ。

 ディアボリカ製のそれは、飛散片として弾核にドラゴンの鱗が形状変化した竜棘を混ぜており、悪魔にも通じる貫通力を備えた一品となっているらしい。

 パリーン!


「あ」

『またバリアがーッ!? お前っ、わざとなのか!?』

「すまん」


 かなり余裕を見た距離で投げたのだが、ここまで貫通した棘が届いたのか。

 あのドラゴンのオーバーテクノロジーは、一体どうなってるんだ。

 バリアを失ったへリルメルクが、ここぞとばかりに回転人形達の丸い腕によってボコボコに殴られる。シュールすぎる。


『がーっ、鬱陶しい!』

「あっはははは! あは――ゲホッ、ケホ……はーっ、ポンポンがイタい」


 アピィ、笑い過ぎだ。気持ちは分かるが。

 そんな混乱の最中、背後から蹄の音が響く。

 そちらに顔を向けると、オスカルが今まさに回転人形に接敵するという瞬間だった。

 直後、無表情ながらも端正な顔が、顎から二つに割れる。

 大きく開いた口の奥から覗くのは、巨大な銃身だ。

 その銃口がオレンジ色に光ったかと思うと、高出力のレーザーが発射される。

 破壊を伴うエネルギーの奔流が、直線上の回転人形達を瞬時に蒸発させた。


「あいつ、ただの王子じゃなかったのか」


 ますます某殺人サイボーグじみてきたが、コンセプトがよく分からなくなってきた。

 ラフィーナは何を目的に、オスカルを特別な設計にしたのだろう?

 疑問を抱く自分とは裏腹に、アピィの瞳がきらりと光った。


「口からビームかぁ。……ありね」


 やめろ、一応は君もレディだろう。


『クッソ、ふざけやがって。僕がいつまでも大人しくしてると思うなよ!』


 再びヘリルメルクの我慢が限界に到達する。

 部隊指揮に向いてなさそうな、よくキレる元帥である。

 聞き取ることのできない言語で何かを詠唱すると、黄金の魔法陣を展開させた。


「あっ。ハリー、すぐに手綱から手を離して。メルクの毛をしっかり掴みなさい」


 急に真顔に戻ったアピィの言葉に、ただならぬ事態を予感する。

 言われるままに短い背中の毛を掴んだ直後だった。


『退けぃ、この塵芥共が!』


 へリルメルクの身体がブルリと震えたかと思うと、みるみる膨張してゆく。いや、これは巨大化しているのだ!

 身体に括り付けていた手綱が弾け飛ぶと、周囲の人形を押し潰し、頭上を覆うネットを突き破って、へリルメルクの体高が十倍ほどに膨れ上がる。

 城の柱ほどにまで巨大化した足が、一歩進むごとに回転人形をバラバラに粉砕してゆく。

 圧倒的な質量は、もはやそれだけで兵器と同意だ。

 ストレスから解放されたへリルメルクは、軽やかな足取りで回転人形ゾーンを突破した。


『ふん、最初からこうしていればよかったのだ。見たか人間、これが僕の実力――』

「言ってる場合か! 前を見ろ、元帥殿!」


 巨大化によって緩慢になった走りの間に、オスカルはこちらを抜き去って逆にリードをつけている。


『…………おおう』


 事態を悟ったへリルメルクが、最もスピードの出せる元のサイズに戻る。

 すっかり低くなった目線で追うオスカルまでの距離は、皮肉にも50ヤード程。なんとも言えない気まずさを感じる。


「あなた達、もうちょっと真面目にやりなさい」


 そしてアピィに怒られた。


「面目ない」

『お前に言われるのだけは避けたかった』


 へリルメルクの呟きに、内心僅かに同意する。

 こんな時に限って、やらかしてないのがアピィだけなのは何故なんだ。

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