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魔女と兵士と人形喜劇  作者: 安土仁守
第9章 あなたも魔法使いだったのね。
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51話 開幕ダッシュ

 レース開始の号砲と共に、膨大な光の奔流が弾けた。

 周囲から悲鳴が上がると同時に、混乱が伝播してゆくのが聞いて取れる。

 左腕でしっかりと視界を塞いでいた自分も、光が治まった頃合いを見て状況を確認した。


「クッ……閃光弾トハ、小癪ナ真似ヲ!」


 目論見通り、オスカルはまともに光を浴びて、行動不能に陥っていた。

 その隙にへリルメルクがスタートダッシュを切る。

 小柄な体躯に見合わない、矢のような加速力に思わず身体を置いていかれそうになる。

 手綱をしっかりと握り込んで、アピィを抱え込むようにして身体を低く伏せた。


「よし、今のうちに一気にリードを――」

「ぬあー! 目が、目がぁー!?」

『うおおぉぉっ、僕の闇冥の羽衣が!? おまっ、何てことを!』


 いや、何で味方まで被害を受けてるんだ。


「目を閉じてろと言っただろう」

「だって見るなと言われたら見たくなるじゃない。うぅ、目がチカチカするわ」


 猫が顔を洗うようにして、アピィが瞼を擦る。

 逆を言うべきだったか。ガン見しろ、とか。


「じゃあ元帥殿の何とかってのは?」

『僕が常時展開させてる魔法障壁のことだ。まさか人間が竜極光を放つなんて思わないだろ!』


 そういえばアピィが言ってたな。竜には悪魔のバリアを突破する力があるとか何とか……。

 どうやらあのフラッシュバンは、ただ光を放つだけの代物ではなかったらしい。


「それが無いとどうなる?」

『何かあったら僕がダメージを受ける』

「……それだけか?」

『それだけとは何だ、それだけとは。数千年間ノーダメージで生きてきたんだぞ、僕は』


 どれだけ引き篭もって生きてきたんだ、こいつ。


「たまには泥臭い現場も良いもんだぞ、元帥殿」

『お前、今どうでもいいと思ったろ!?』


 へリルメルクが抗議の声を上げるが、もはやレースはスタートしたのだ。

 彼には悪いが、最後まで付き合ってもらうしかない。

 身をよじり、後方を確認する。

 へリルメルクのロケットスタートで突き放したオスカルとは、既に100ヤード以上の差が生まれている。

 この差を更に拡げるには、何が有効だろうか。


「ハリー、前に何かあるわよっ」


 早くも視力の回復したアピィが注意を促す。

 向き直ると、前方にはピンク色のバルーンがフワフワと漂っているゾーンが広がっていた。


「あら、ファンシーね」

「さて、どうだか」


 バルーンはハートやスマイルマークの形を模しているが、ハートがひび割れていたり、スマイルが涙を流していたりと、どうにも剣呑な雰囲気を感じる。

 ホルダーから銃を抜き、しっかりと脇を締めてバルーンに照準を定め、引き金を引いた。

 バルーンが弾けると同時に、少質量の爆発が発生する。機雷だ。


「元帥殿、できるだけバルーンの少ないコースを取れるか?」

『ちゃんと落とせるんだろうな?』

「教官には指の形が変わるほど訓練させられた。任せてもらおう」


 ならばやってみせろ、と言わんばかりにへリルメルクが加速する。

 そのコース取りはさすがというべきか。

 最短距離を駆け抜けるその進路を塞ぐバルーンの数は7つ。

 その尽くをきっちり7発で撃ち落とし、進路に風穴を開ける。

 この銃は優秀だが、予備弾倉が無いのが玉に瑕だ。

 時間経過で充填されるとはいえ、即座に撃てるのは残り11発。無駄遣いはできない。

 途端、背中に怖気が走った。

 口の中がじわりと苦味を帯び、直感が背後に警鐘を鳴らす。


「アピィ!」

「まっかせなさい!」


 肩口からアピィが上半身を出し、両手を突き出した。


「召喚、コランダム・ラナンキュラス!」


 呪文と共に召喚されたのは、幾層にも重なる宝石の花弁で構成された美しい大輪だ。

 盾のように展開された花弁が、直後に飛来した銃弾を完璧に弾き返す。

 その遥か後方で、マスケット銃を構えていたオスカルが、無表情のまま銃を下ろすのが見えた。

 人形とはいえ、攻撃を防がれてああも動揺がないのは釈然としない。


「ふふん、そんなオモチャじゃこの盾は抜けないわよ!」

「……しかし不可解だな。単発式のマスケットでこちらを仕留める気――」


 言い終わる前に、へリルメルクの蹄が違和感のある物体を踏み抜いた。


『――チッ! 掴まれ!』


 反射的に、アピィを抱え込んで手綱を短く握り込んだ。

 足元から爆発が起き、熱した棘が刺さるような衝撃が右足の甲を貫いた。

 幸い、爆発を受けてもヘリルメルクの身体は微動だにしなかった為、振り落とされずに済んだ。


「っ――地雷も仕掛けてあったか。やりたい放題だな」


 マスケット銃の一撃は、こちらの気を逸らすための陽動だったのだ。

 どうやって地雷の位置を知ったのかは不明だが、コース上の仕掛けは把握されていると考えた方がいい。


「ハリー、大丈夫? 血が出てるけど」

「支障ない。元帥殿は?」

『蹄が欠けた。おのれ人形如きが、許さんぞ!』


 へリルメルクが激昂し、瞳に蒼い焔が灯る。

 結局無傷なんだから、そこまで怒らなくてもいいのではないかと思うのだが。


『掌握、LP18004-15型接触機雷! マニュアル起動、セットタイマー5SC!』


 へリルメルクがITエンジニアのような言霊を吐くと、周囲の機雷が一斉に赤く点滅し始めた。


『よし、跳ぶぞ。落ちても拾わんからな!』

「待て、上の機雷はまだ――」


 へリルメルクの視線の先には、手付かずの機雷が無数に浮遊している。


「平気よ、メルクがそう言ったんだから。そうでしょ?」

『その通りだ。吹き飛べ、人形!』


 へリルメルクがカモシカのようなバネで大きく跳躍する。

 その距離は優に機雷ゾーンを飛び越えるほどだ。

 跳躍の最中、バルーン機雷がへリルメルクに触れる。

 しかし爆発が起きることはなく、ただの風船同様にフワリと慣性によって押し退けられた。

 さっきの呪文で機雷を操作したのか?

 慣れない浮遊感に包まれながら、涼しい顔で地面を疾走するオスカルに視線を落とす。

 こちらが機雷ゾーンを抜けた直後、一斉に全機雷が同時爆発を起こした。

 それに地雷までもが誘爆したのか、地面からも激しい土煙が上がっている。

 ……いや、粉々になったんじゃないのか、これ。


「たーまやー!」

『ふはははは! この僕に小細工を弄した罪を思い知るがいい!』


 何というか、楽しそうだなこいつ等。

 立ち上がった硝煙が風に攫われる。

 そこから弾丸のように飛び出してきたのは、まったく輝きを損なわない金色の人形だった。

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