05話 魔法使いハリー
「で、一体俺に何を見せたいんだ」
服を着替え、再び庭園に戻ってきての第一声だった。
楓が用意してくれていたのは、長袖の白シャツに黒のスラックスという、シンプルな格好だ。
後で、もう少し運動しやすい服も頼んでおかなければ。
「これよ、これ。どう? 可愛いでしょう?」
アピィが抱えるようにして見せてきたのは、二階から眺めていたあの鉢植えだ。
どうやらそれが完成したので、わざわざこうして俺を召喚してくれたらしい。
白い鉢植えによく映える、見たこともないカラフルな草花だった。
赤や黄色の丸い玉のような花弁をつけた花が大きく中央に座しており、その周囲を緑色の歯車――いや、これは葉っぱか。それが周囲を飾り立てている。
所々に散らばる別の赤い葉っぱがアクセントになっていて、綺麗とも不気味とも言えた。
「可愛いというか、前衛的というか……」
PTSDを発症した兵士が書く絵が、こんな感じだったと思う――なんて事を言うわけにはいくまい。
「有りか無しかでいえば、若干有りよりの無しとの境界線に近い有りだと思う」
俺は、フワッとした感想に逃げた。
「本当? べた褒めね!」
アピィの大きな瞳がキラキラと輝き、喜びを表現する。
まさかの正解だった。
隣獄の感性はよく分からない。
「この丸い花をつけているのが、マルゲリータよ。こっちのギザギザしたのがブッチギリー」
「名付けた奴のセンスが個性的すぎないか……。この赤い葉っぱは?」
「あぁ、それは……ふふっ、秘密よ」
口元に人差し指を当てて、アピィが小さくウインクする。
何故か、はぐらかされてしまった。
「これはあなたへのプレゼントなの。早速だけど、あなたに魔法を教えてあげるわ」
「魔法? それってまさか……」
「もちろん、反創成魔法シリアルよ」
朝からモチベーションが下がりまくりである。
「嫌なの?」
「……そんなことはない。光栄です、サー」
「そう? 久々に私も腕が鳴るわね!」
小さな教官はやる気に満ち溢れている。
口の中が苦くなってきた。こういう時は、大体良くないことが起こるのだ。
「まず、足を肩幅より少し広い程度に開きなさい。全身に力を入れて、しっかり踏ん張るのよ」
「意外だな。こういうのは、力を抜けとか言われるのかと」
「脱力してちゃ、シリアスにならないじゃない」
「そういうことか……」
理由としては納得せざるを得ない。
言われた通りに足を開き、足腰に力を入れる。
「利き手を前に。残った腕は、利き手を支えるように添えなさい。そう、それでいいわ。いい? 狙うのはこの鉢植えよ」
右腕を前に突き出し、左手を前腕部に添える。
右手の延長線上には、アピィの自信作である鉢植えが鎮座している。
(なるほど、この為に朝から……)
見れば、彼女の上等な黒いドレスが、所々土埃で汚れてしまっている。
その気持ちに報いないわけにはいくまい。
一発で成功するかは分からないが、何とか結果を出したいものだ。
「魔法に大事なのはイメージよ。どういう色や形なのか、放つと何が起こるのか、それをしっかりと思い浮かべなさい」
「魔法の、色や形……」
真っ先に思い浮かんだのは、ポッターの世界だった。
青や赤の稲妻のような光が杖の先から迸り、敵を討つのだ。
ベタだが、イメージはこれ以外に有り得ない。
「私達が使う魔法には、面倒なルールは存在しないわ。まず“始動”の言葉を宣言して、次に“魔法”を唱える。たったこれだけよ」
「始動の言葉?」
「そ。これから魔法を使うぞー、っていう意気込みを口にするの。決まりは無いから何でもいいわよ?」
「……参考までに聞くが、君の場合は?」
「セレクションか、召喚」
あの謎の宣言は、始動の言葉だったのか……。
これはある意味でセンスが問われる。
「最初だけきっかけをあげるわ。準備ができたら魔法を唱えなさい。恥ずかしがったら失敗するわよ」
アピィの小さな手のひらが背中に触れると、そこからチリチリとした熱を感じ始めた。
さらに、自分の足元から突如生じた赤い光が、正三角形の軌跡を描いて疾走する。
吹き上げる風が渦を巻き、まるで映画のような光景が目の前に展開された。
「これは、失敗するほうが恥ずかしいな……!」
悔しいが、お膳立ては最高潮だ。
背中の熱が徐々に全身に広がり、やがて右腕へと集中していく。
きっと、準備とはこの事に違いない。
やがて燃えるような熱に達した時、一度軽く引いた右腕を、全身のバネを使って強く体ごと押し出した。
「アクティベーション――シリアル!」
魔法を唱え、絞りきった弩を射出するイメージで、力を解き放つ。
青白い稲妻のような光が右腕から放出され、アピィの鉢植えを眩い光で包み込んだ。